焔の弾丸
「く、───」
まさしく冗談のような光景だった。いきなり何の前触れもなく自分の腕が爆ぜたのだから。
バランスを崩して、着地に失敗。横倒しになった零二は素早く立ち上がると、苦痛に顔を歪ませながらも相手を睨む。
「ヘッ、──とンでもねェな。アンタ」
「流石にいい勘をしていますね。今ので終わってもおかしくはなかったと言うのに。
ですがその右腕はどうします? リカバーでもすぐには治りませんよ」
「ああ、ソレなら問題ねェよ────ンッッッッッ」
零二は目を閉じ、深く呼吸をする。それに呼応するかのように全身から焔が顕現。揺らめきながら右腕へ集約していく。そしてなくなった腕は一瞬で焔に包まれ、燃え盛る。その焔を零二は棒でも振るうかのように振るって焔を散らすと──そしてそこには欠損したはずの腕。まるで手品のようなその光景を見て今度はアトロシティが目を剥く。
「これは、驚いた。回復能力が高いとは伺っていましたが──」
「ああ、おかげさまで前よりも色々と高くなったぜ」
「む、っ」
今度はアトロシティが後ろへと飛び退く。目の前で零二が拳を叩き付けた。ビシビシ、と拳は地面を割り、亀裂を生じさせる。
お返しとばかりにアトロシティはパチンと指を打ち鳴らす。
零二は再度横へさっきよりも早く飛び退く。
「チ、ッ」
だが完全には躱し切れない。今度は右足が血を噴き上げる。吹き飛びこそしなかったが、それでも傍目から見れば足がブラブラとしている様は異様である。
「ったく、厄介だな。アンタのイレギュラーは」
しかし零二は僅かに表情を歪めつつも、手に焔を生じさせるとブラつく足へ押し当てる。
さっき同様に焔に包まれた足はあっという間に傷を塞がれ、失っていた筋肉も元通りに戻る。
「ふぃー、いってェな」
「全く呆れるな。他のマイノリティからすればデタラメもいい所だ。
普通なら今のでこちらのチェックメイト、なのだが」
「まぁ、そういうなって。いや、ビックリしたぜ。アンタマジで強いな」
実際零二は相手に対して素直に感心していた。
これで二回攻撃を受けた格好になるが、まだ相手のイレギュラーについて分からない。
「にしても、なかなかエグいイレギュラーだよな」
「言っておくが、私は君よりも格下だと理解している。如何にこちらを持ち上げようともこちらは手を緩めるつもりもなければましてや油断などはしない」
「そっか、そいつぁ残念だ──」
あーあ、とお手上げだと言わんばかりに両手を掲げる零二だが、次の瞬間。左足で地面を蹴りつける。狙ったのはさっき亀裂を入れた部分。そこを熱噴射で加速させた足で蹴り上げ、地面を抉り無数の破片を飛ばす。
「く、」
アトロシティは横へ飛び退いて躱すも、零二がそこを付け込むだろうと予測。視線を側面へ送る。すると零二は予測通りに迫っており、拳を輝かせながら殴りかからんとする。
「う、らっっ」
走り込みながら拳を勢いよく叩き付けるように放つ。狙いは特にない。当たりさえすればそれでいい。だが、相手もさるもの。
パチン。
零二の速攻に対してアトロシティは左右の指を一足早く打ち鳴らす。
だが、零二はそのまま勢いを止める事なく突っ込んでいく。
そして、その次の瞬間には零二の身体は勢いよく吹き飛ばされ地面に激突。ゴロゴロと転がる。
「く、あ。つう」
だが起き上がった零二の怪我は大したモノではない。多少の火傷こそ負っているものの、さっきまでのような深刻な怪我はない。
「いってェな。ったく、ホントに厄介だよなその攻撃。だけどよ……ちょっと分かってきたぜ」
「ほう、何がでしょうか?」
「アンタのイレギュラーだよ。炎熱系だな、それとあとは何だ、ま、いいや細かいこたぁ」
「何故そう思うのですか?」
「確信したのは今のオレを吹っ飛ばした爆発だよ。オレも一応炎熱能力だからなああ何回も何回も喰らってりゃ気付くってモンだぜ。あとは何故躱せないか、までは分からねェけど」
「ふ、くく……」
「ン? どうしたよ」
突然その場でクスリ、と笑いをするアトロシティを零二は訝しそうな表情で眺める。見れば相手は口元に手を当てて我慢しようとしているようだが抑え切れないらしい。
「くく、くふふ、ハハハハハハ。ハッハハハハハハ」
「…………へっ」
それは奇妙な時だった。殺し合っているはずの両者はほんの少しの時間ではあったが、僅かに心を通じ合わせているかのように思えた。
「ンで、スッキリしたかい?」
「ええ、おかげさまで。ところで残り時間は減っているというのに攻撃してこなかったのは余裕からですか?」
「いンや。生憎だけど余裕なンて持ち合わせがねェよ。ま、何となくかな。それにあのクソハゲのいる場所なら分かってる。それこそ二分もありゃ余裕で間に合うね」
「そうですか。ちなみに残り時間は……」
「いいって。くっだらねェこたぁ。アンタがマジならいくらだって時間稼ぎ出来ンだろホントはさ? ソレをしねェだけでコッチは感謝しとかなきゃな」
「そうですか。そうですね。これは失礼をば、では────」
それまでの微かに緩んだ空気など何処へやら。両者の表情、雰囲気は一変。
アトロシティは一歩後ろへ下がり、零二はトントン、とその場でステップをし始める。
「「────」」
互いに睨み合いながら、機を伺って──先に仕掛けたのはアトロシティからだった。
パチンと右の親指を高らかに打ち鳴らす。
「──!」
だが零二は全身に焔を揺らめかせ、その場を動かずただステップするのみ。
「く、」
しかし零二は爆発しない。そしてアトロシティは苦々しげに下唇を噛む。
「やっぱ、そっか」
確信めいた表情を浮かべた零二は動きを止めると腰を落とす。
「タネは分かったぜ。終わりだ──」
揺らめかせる焔を消すと代わりに右手に意識を傾ける。白く輝かせた拳を握り締めながら左足を大きく踏み出し──右拳を大きく突き出す。
だがそれは届くはずのない間合い。
そう、”激情の初撃”であれば届かない距離。
「【火葬の第三撃──弾丸】」
「──!」
だがこの一撃は違う。零二の右拳から拳大の焔が飛び出す。その焔はグングン加速しながらその形状を変えていき──弾丸となる。みるみる内にアトロシティの目前へと迫り──その胸部を貫く。
◆◆◆
私は常に不必要な存在だった。
聞けば生まれてすぐに捨てられたそうだ。理由は知らない。何せ気付けば私は銃を手にして人殺しの練習をしていたのだから。
ここには多くの同年代の子供がいる。誰も彼もが自分の親を知らないままに人を殺す。
私達は世間的には存在しない事にされている。そんな事をせずともそもそも生きている証明など親を知らない私のような存在はいないも同然だ。仮に証明があったからといってそれがどうしたというのだ?
ある戦場で私は対人地雷によって瀕死の憂き目にあった。
手足はグチャグチャで内臓も飛び出し、どう見ても助からない、はずだった。
”ああ、こんなものか”
それが死に際して思った事だった。
静かに目を閉じて死ぬ、そう思っていた私が目を覚ますとそこはもう違う場所、知らない世界だった。
真っ白だった。壁も天井も床も何もかもが。
白、それは清潔で安心で美しい色だと思っていた。
だがその認識はここでは通じない。
ここはこれまで見てきたどんな場所よりも血にまみれた場所。
これまで見てきた地獄のような光景すらマシに思える程の地獄そのもの。
”白い箱庭”。それが程なく知ったこの地獄の研究施設の名前だった。




