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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
332/613

深い底

 

 ゴポ、コポとした音が聞こえる。

 何度となく聞いた音だ。


 それは例えるなら水の中で空気が抜けていくような音。

 少しずつ青空から遠退いていき、アタシはゆっくりと沈み込んでいく。

 何処までも何処までも、やがて水の底にまで到達するまで、光なんか完全に見えない暗黒の世界にまで沈み込んでいく。


(ああ、ここは何だろう?)


 まず思うのは当然ながら自分の置かれた状況について。


 覚えているのはあの道園獲耐のクソ爺。アイツに捕まってアタシが戦った事は覚えてる。

 相手は確か、…………椚剛だったかな。半端じゃなく”堅い”壁を持ったマイノリティで厄介な相手だった。

 アイツを倒して…………………………それからどうしたっけ?


 思い出そうにも頭の中に何か壁みたいなモノがあるみたいで上手く思い出せない。


 それはまるでパラパラ漫画みたいな、……そうコマ送りのようなモノだろうか。

 ぶつ切りになった断片的な映像が、少しずつ思い浮かぶ。


(時間、はありそうね)


 周囲には何もない、ここに…………底にいるのはアタシだけらしい。

 まるで時間、っていうモノ自体存在しないかのようにしん、と静まり返った底。

 無数にあったバラバラだったパズルのピースを集めて合わせて──そうして少しずつ思い出す。

 何があったのかを。


(そうだ、椚剛ってヤツを倒して……そしたらアイツが来たんだ)


 そこに姿を見せたのは武藤零二。

 ”深紅の零──クリムゾンゼロ”の異名を持つアイツ。

 アタシが探していた蒼い焔をまとった人、名前も知らない誰かを白い箱庭で”殺した”相手。


 その姿を見た瞬間、何かが溢れ出した。それは多分”感情”の波。何年もの間、ずっとずっと抑え続けた様々な感情を蓄積し続けてたダム。そのダムが決壊して一気に溢れ出したんだと思う。

 その感情の奔流を前にアタシはあまりにも無力だった。こらえようにもこらえられない。だってこれはアタシがずっとずっと抑えていたモノ。何とか心の片隅に置いていたモノなんだ。


 我慢出来なかった。学校の同じクラス、それもよりにもよって隣の席に座るアイツの顔を見る度に思ってしまった。

 ”何でコイツが平然とした顔でここに来てるの? 何であの人じゃなくてコイツが?”

 分かってる。そんなのコイツには関係ないって。当然だ。コイツはコイツであそこにいた。アタシは僅かな時間しかいなかったけど、それでもあの研究施設が最悪な場所だったってのは充分に分かってる。アイツだってきっと言葉に出来ない程にヒドい境遇だったに違いない。それは分かってる、だけども。


 理屈じゃ分かってる。でもどうしても納得出来ない。


 どうしてアイツだけが生き残ったんだ、って。


 イレギュラーの暴走・・がなければもっと大勢の人が助かったんじゃないのか、って。そしたらあの人だってもしかしたら生き残ったんじゃないのか、って。


 そんなのは言いがかりだ。結果論だ。


 分かってる、分かってるのよ。


 結局の所アタシは自分の中にあった怒りの矛先を、武藤零二に向けていただけだって。


 そして結果、アタシは”追い出された”。


 多分、これがあのクソじじいの”仕掛け”だったのだと思う。

 ペルソナ──仮面という名称を付けられた戦闘補助プログラム。

 アタシの知ってたソレとは違うけどまず間違いない。


 発動した瞬間、頭の中でプツンと電源でも切られたみたいな感覚があった。あれはペルソナに身体を任せる時特有のモノ。


 発動条件は多分、武藤零二を目の当たりにした際の、感情の爆発。思うにアレ自体も多分あのクソじじいの仕込みだったと思う。


 何にせよアタシはまんまとしてやられた、ってコトらしい。


 今やアタシの身体はアタシのモノじゃない。

 ペルソナに主導権を奪われ、こんな場所に追いやられた負け犬だ。


 どの位ここにいるのかも分からない。

 ここは時間の経過が曖昧だ。ただ前とは違うのはこうしてアタシはここにいるってのを実感出来るコト。前は眠っている内に全部が終わってたのに今回は時折、外での出来事が断片的に見える。だからこそ不愉快だ。


 武藤零二は殆ど抵抗をしなかった。


 一方的にアタシに攻撃され、ただ黙って耐え忍んでいた。最後の最後にようやく拳を向けたけどただそれだけ。結局アイツは無抵抗のままズタボロになってた。


 分からない、何でアイツは抵抗しなかったんだ?


 前にアイツと戦った時はもっとお互いにギリギリまでぶつかったのに。

 何で好きにさせたんだろう?

 分からない。


 ただ分かるのは一つだけ。

 今、アタシのいる場所があの白い箱庭だ、というコト。


 ここは忘れもしない、実験という名の殺し合いをさせられた部屋。


 ここだ、間違いなくここにあの人はいた。


 蒼い炎を漂わせた名前も知らないアタシの恩人。


 ここに来た目的は考えるまでもない。


 あのハゲサングラスが武藤零二を殺したいからだ。


 詳しいコトは分からない、でも分かる。断片的な事象を繋ぎ切れなくても一つ一つの場面だけで充分過ぎる程に。


 あのハゲサングラスは武藤零二に激しい恨みを抱いている。

 そしてそれは可能なはずだ。それ位に強い。

 だけど殺さなかった。理由は多分、どうせ殺すのであればアイツが一番嫌がる場所で、というコトなのだろう。本当に最低なヤツだ。


 だけど一番最低なのはアタシ。


 アタシは武藤零二をぶん殴ってやりたい。

 でも今やそれも叶わない。


 ただ漠然とこんな場所で沈んだまま、いるだけなのだから。

 ゴポゴポ、と気泡だけが上がっていく。

 アタシはただここにいるだけの存在だ。



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