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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 10
330/613

深緑の異界

 

「本当に宜しかったのですか?」


 零二が山へ入っていき、その姿が見えなくなった所でシャドウは口を開く。


「何がですか、シャドウ?」


 九条羽鳥は用意されたオープンカーの後部座席に腰を降ろしたまま、空を見上げている。


「あの山は普通には越えられないはずです。私の【ダークワールド】ならば──」

「その必要はありません」

「ではクリムゾンゼロにあれを自力で越えろと仰るのですか?」

「ええ、そうです。今の彼なら独力で越えられるはずです。そうでなくては彼は自分の中にあるモノといつまでも向き合えません」


 一見すればその淡々とした口調はいつも通り。だがシャドウには分かる。


(何故です? 何故貴女はあのような小僧にそうも期待をかけられるのか?)


 その僅かな言葉の語尾を、僅かな表情の変化を。能面でも被ったかのような整った、見目麗しい面ばせの端々から発せられる感情の乱れを誰よりも敏感に。


(く、全く気に食わん。だが、ピースメーカーがここまで気にかけているのだ。間違ってもくだらぬ事で仕損じるなよクリムゾンゼロ──いや武藤零二)


 唇を噛み締めつつ、ダークスーツに身を包みし青年は運転席へ。そして車を走らせる。


「さて、ここでの私達のやるべき事はもう何もありません。行きましょうシャドウ」

「はい、仰せのままに」



 ◆◆◆



 薄暗い鬱蒼とした深緑の中を零二は歩く。

 時計を見ると時刻は午前九時になろうか、といった所。

 刻限までおよそ三時間。

 それまでに到着しなければ今から向かう場所に目指す相手はもういない可能性がある。


 藤原新敷。


 零二、いや、当時No.02と呼ばれた実験対象の少年にとってその男の名は決して忘れる事の出来ないモノ。


 ある日突然戦闘訓練の教官役としてその姿を見せた禿頭の大男。

 その印象は鮮烈だった。


 イレギュラーは典型的な”肉体操作能力ボディコントロール”で、その姿形こそは変化しないものの、瞬間的に筋力を数十倍にまで高める事が可能。それに伴い圧倒的な身体能力と同時に破壊力を持ち合わせる。


 それまでただ自分の能力だけで全てを終わらせてきた少年にとってその戦い方は衝撃的。


 その後に行った実戦形式の手合わせは見るも惨憺たる結果になる。


 先手を打ったのに、気付けば倒れ伏しているのは自分。


 幾度も幾度も焔を放ったはずなのに、どれもまともに命中する事なく、逆に向こうの攻撃を受け一撃で倒される始末。


 そして唖然とした表情のまま倒れているNo.02に禿頭の大男は言い放つ。


 ──所詮はこの程度か。くだらんな。


 それは初めて向けられた侮蔑、という感情。相手からの畏怖、怯えしか知らずに来た少年はその時から自分、という存在よりもずっと上の存在がいるのだと認識した瞬間だった。



 それまでずっと無敵だと思っていた少年にとって士藤要という別格の存在を別にすれば藤原新敷とは人生に於いて多大な影響を与えた一人であったのは間違いない。




「ふう、しっかし遠いな」


 零二はうんざりするような距離や時間を歩いた訳ではない。

 実際、山の中腹まではシャドウによって送られた。そこから歩き出して一時間。

 ほぼ丸々半日以上を休息に充てていた為、今の彼にはこの登山は体力的には何の問題もない。

 ならばなぜ疲労感が漂うのか、理由は零二がさっきから見ている景色。

 およそ人の手が加えられた形跡のない山の中、そして同様の森。

 道などあるはずもなく、文字通り道を切り開くような格好の徒歩。

 何よりも森の木々が多過ぎる事で、光すら差し込まず、まるで夜のような景色と静まり返った雰囲気。そう、樹木以外の生き物の気配がここには欠けている。


「そういや、前に秀じいに聞いたっけか。山、ってのはそれ自体が【異界】であり、特に長い年月人を寄せ付けないような山ってのはそうした影響を持ちやすいって」


 そういやぁ、と零二は違和感・・・を感じ足を止める。

 そうしてゆっくりと改めて周囲を見回す。嫌な予感がしたのだ。さっきから自分が同じ場所をグルグルと歩き回っているのではないのか、と。


「じゃあ、これでどうだ?」


 零二は拳を僅かに輝かせ、その上で一番近くの樹木の幹に添えてみる。一秒足らずの接触の後、気を取り直して歩き出すのだが──。


「やっぱりそうかよ」


 零二は嘆息する。やはり同じ場所をグルグルと歩き回っている、或いはそもそも歩いているつもりでその場に立ち尽くしているのかも知れない。

 証拠は熱探知眼サーモアイで周囲を見回せば一目瞭然。すぐ傍にある一本の樹木の幹にクッキリとさっき付けたはずの拳の跡が残されていたから。


「はぁ、……つまりはオレはこの場所から動けないってオチか?

 ってコトは秀じいの話にあったような場所っつうコトなンだな」


 事態はかなり厄介だと認識せざるを得なかった。

 何せ時刻は間もなく十時半。既に一時間半もの時間をここでロスしている計算。

 このままでは刻限までに到着など考えられない。


「何でもいいから何かしらの返事とかはしろよな。じゃねェと、この森を燃やすぜ」


 そう言いながら脅しじゃない事を示す為に、零二は意識を集中。一瞬ではあったがその全身に焔を揺らめかせる。

 それは脅し半分、ではあったのだが。


「オイオイあくまでも無視を決め込もうってのか────」


 じゃあいいぜ。と言うと零二は右拳に熱を集約。白く光り輝くシャインナックルとする。狙うのはさっき熱を残した樹木。


「ワルいけど、少しばかり手荒にいくぜ────」


 左足を踏み込ませる一瞬、そこに熱を集約。震脚の如く踏み鳴らすつもりだったのだが。


「う、わっ、と……」


 不意に全てが暗転。そして次の瞬間には一面深緑の光に包まれる。


「──どうやらご挨拶してくれたみたいだな」


 ようやくの反応に零二はその表情を緩める。

 一面全てが緑色に覆われた世界、いや空間。上下左右平衡感覚すら狂ったのか身体はまるで風船にでもなったかのようにふわふわと浮いているような感覚。

 特段何かしらの反応があるのでもなく、ただそこにあるがままの空間を漂うような感覚。


(へっ、何も知らねェままだったらきっとおかしくなっちまうンだろうなコレ)


 全てが深緑の世界の中、自分が自分じゃないかのような錯覚さえ覚える。

 この世界、空間の中で自己のみがどうしようもなく異物・・なのだと自覚させられ、揺るがされる。

 そこは正しく”異界”。異なる理にて規定されし世界。普通であれば己の存在をすら見失い、そして世界に存在を呑まれ消えてしまう所なのだが、零二はそこでなお自我(・・)を保つ。


「言っとくケド──ご生憎だがよオレはこの程度じゃ自分を見失ったりはしねェぜ」


 零二はこうした感覚には”覚え”がある。


 藤原曹元という奇妙な長老の住まう世界。

 比叡山、そして正確には異界とは異なるのだが自己の精神の中での出来事。


(ああ、そうか。そういう意味じゃ昨日のも──)


 あの奇妙な感覚、は昨日足羽山の採石場の奥でも感じた。思えばあれもまた何らかの異界だったのかも知れない。

 幾度かのこうした出来事から零二は理解した。


「オレはアンタら、って言えばいいのか。とにかくこの山に何かやろうって思ってるワケじゃねェ。だから通してくれないか?」


 異界とは一種の”結界フィールド”なのだと。


 力ずくで押し通る、というのも選択肢なのかも知れない。または何かしらの符丁・・の類があればいいのかも知れない。


「ここじゃオレの考えなンて丸わかりだろうケドさ。オレはこの先に行かせて欲しいだけだ。

 決してアンタらのいる場所を壊したりはしねェ。だから────」


 零二は話し合いを選ぶ。

 彼には分かったのだ。九条羽鳥はこの異界の事を知っていて敢えて黙っていたのだ、と。

 そしてその目的は恐らくは零二に異界、という存在、空間、理を知れ、という事なのだと。



「言いたいコトがあるってンなら今ここで聞かせてくれ。オレは逃げやしねェからさ」


 零二は目を見開き、そして語りかける。

 自分、という存在などここでは相手の思惑でどうにでもなる。隠し事など無駄なのだから。


 そして、


『忌み火を孕みしモノよ────』


 その声は零二へと届けられた。




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