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一陣の風

 

 その時、微かに風を感じた。肌がひりつく様な熱風ではない、吹き抜けるような風を感じた。


 気が付くと目の前には、美影とは別の第三者が立っている。

 気の強そうな目をした挑戦的な雰囲気を纏った女性だった。肌を露出したその服装は、まるで男性を誘っているのかとも思える。そのままの格好で繁華街で歩いていれば、まず十中八九男達に声をかけられる事だろう。

 だが、そういう連中も肩や彼女のヘソ出し丈のブラウスの下からから覗く蛇のタトゥーを目にすればその気も削がれる事だろう。下手に近付けばその牙で噛み殺す、と言わんばかりに強烈な印象を蛇は撒き散らしている。

 そんな印象の女が、尻餅をついた零二を見下ろす様に立っていた。

「誰だアンタは?」

 突然の乱入者を目にし、零二からは怒気が溢れ出す。

 激昂していたのは乱入された、という事よりも自分の”制限時間”がこうしている内にも経過している為だ。

「何だって、決まってるじゃないか──邪魔者だよ」

 当たり前の事を聞くな、と言わんばかりに縁起祀は不敵に笑う。


「…………」

 美影は新たな相手を、静かに値踏みするように注視。

(さっきは何をされたの?)

 微笑を浮かべたまま、脳内で何が起きていたのかを考え出す。

(さてと……こっからだね)

 縁起祀は、自分を挟む様に立つ二人のマイノリティを交互に見返しつつ舌を出した。表には出さないが、彼女もまた薄氷の上に立っている気分だった。



 ◆◆◆



 今から数分前。

 零二と美影衝突している倉庫街から距離にしておよそ一キロ。

 閉店して静まり返ったショッピングモールの屋上にて。

 意気揚々とワゴン車やジープ等の車に乗り込んでいた彼らはハッキリと目にした。今から向かおうとする場所で爆発が起きたのをその目で。

 ドオオオオン、という音が聞こえる。


「祀さん、ほんとに行くんですか?」

「何が?」

 そう言葉を返した縁起祀は、思わず溜め息をつく。

 威勢よくここまで付いてきた仲間達は、どうやらここに来て怖じ気付いたに違いない。

(って、……当然かあれを見ちまったら、ね)

 そう思いながらも、横目に映る光景を見れば彼らがそう思うのも無理はない。ついさっきまでは暗闇の中、ボンヤリと見えていたその場所は今や火の海と化していたのだ。自分はともかくも、彼らは一般人だ。そもそも依頼を受けたのは縁起祀個人であって、リングアウトというドロップアウトのチームにではない。彼らは一般人なのだ、自分とは違って。

(にしても……)

 あれだけ派手な松明を街中であげてでもいたら一体、どれだけ無関係の住人に被害が出ていただろうか。考えたくもない。

 縁起祀、という女性は自分の事を善人だとは思ってはいない。

 もしも彼女が良心に満ち溢れた心根の優しい人物だったのなら、そもそも彼女は決して落伍者ドロップアウトになったりはしないだろうし、その上自分自身のチームを設立したりもしなかったろう。それに、下腹部にも、両肩にもタトゥーを入れたりもしないだろう。彼女はそっ、と自分自身に刻まれたタトゥーをなぞる。

 蛇の絵がそこには描かれている。

 これは彼女がドロップアウトになってしばらくした時、何の気なしに裏通りをぶらついていた時に、ふと目にしたうらぶれた店で彫った物だ。外観も中もボロボロの店だった。

 そこにいた彼女は自分よりも二つ三つ年長に見えた。

 とにかく印象的だった。彼女は全身に様々なタトゥーを入れており、逆に何も無い場所の方が少ないんだ、と笑いながら話していた。

 ──いいよお代は。どうせここも黙ってやってたから、ボチボチ別の場所に移るつもりだったし。だから一瞬、ヤバイ奴に見つかったかと構えちゃったよ。

 彼女はそう言うと大笑いした。


 タトゥーをなぞるのはそれ以来、身に付いた縁起祀の癖だ。

 心の中にある不安を乗り越える際に出る、彼女なりの一種の儀式だ。無意識下で自分が下腹部に手を添えているのを目にすると、自分が如何に強がっているのかが身に染みる。

 だが、

「アンタらは待ってな。あっちには一人で行くからさ」

 自分を慕う連中の前で弱音を吐く訳にはいかない。

 彼女は一人、炎上しつつある倉庫街へと駆けていく。


 縁起祀はドロップアウトのチームリーダーとしての顔の他にもう一つの顔がある。

 それは自身の持ったイレギュラーを活用した”便利屋”だ。

 リングアウトの仲間達とはこうした仕事を何度かこなしている。

 基本的に彼らを巻き込むつもりはない。

 そもそも自分が異常な能力を持っている事を言うつもりもなかった。自分が他人と距離を置くキッカケになったこんな能力、誰が理解してくれるというのか、そう思っていたから。

 だが、ふとしたキッカケで縁起祀がマイノリティである事が身内にバレた。

(これで終わりかな)

 そう思った。

 それなりに楽しかった毎日もこれで終わりだと思った。

 だが、

 結局の所、誰一人として去る者はいなかった。

 ──リーダーがちょっと違うからって何なんスか。

 ──関係ないですよ。アンタが俺らのリーダーなんだ。

 ──寧ろ、カッコいいじゃないですか祀さん。

 彼らの口から出たのは否定ではなく、肯定する言葉だった。

 何の事はない、自分だけが怯えていただけ。仲間達は化け物かも知れない自分をも受け入れてくれた。

 だからこそ誓った。

 どんな事をしてでも仲間達は守る、と。

 コイツらを守る為ならば、自分は悪党にでもなって見せる、と。



 ◆◆◆



 そして彼女は戦場と化したその場所に辿り着く。

 空気が違う、とすぐに理解出来た。

 これは”フィールド”だろう。敷地のまだ入口で張られた人払いの結界。どちらがこれを展開したのかは分からないが、とりあえず少なくとも一人はまともな奴がいる、そういう事だろう。

 もっとも、……だからこそあの二人は気兼ねなく、あれだけ激しくぶつかり合っているとも言えるのかも知れないが。


 戦闘が起きているのは、丁度中央付近だ。

 ここからおよそ二百メートル程だろうか。

 その証拠にその辺りは視界が極めて悪かった。

 火災や爆発に伴い、煙が立ち上ぼり、充満しているのがよく分かる。

 縁起祀は一つ息を吐き出す。ゆっくりと、静かに、深く。

 息を吐き終えたら間を置いて今度は息を吸う。吐き出すのよりもゆっくりと、酸素で肺を膨らませ、かつ血中に隈無く巡らせるように静かに、深く。

 そして意識を集中させる。

 一歩をゆっくりと踏み出し、前へと。

 続けて一歩、また一歩と左右の手と足を動かし──徐々にその速度をあげていく。

 それは、縁起祀本人とすればあくまでも小走り程度の感覚だ。

 だが、その”速度”は傍目から見ればまさしく高速。

 動体視力の優れた者であっても、その姿を正確に視認出来る者は果たしてどの位いるのだろうか。

 少なくとも今ぶつかり合い、互いに対して白く輝く拳と炎の槍を放とうとしている二人にはそれは出来なかった事だろう。


 縁起祀にはハッキリと見える。

 好戦的な笑みを浮かべた少年。彼が白く輝く拳を突き出そうとしているのを。

 微笑を浮かべた黒髪の少女。彼女が右手から炎で出来た槍を投げ放つべく腰を降ろしていた。

 彼女にはそれらの動きがコマ送りの様に見える。

 彼女の持つイレギュラーは一言で言い表すならば、”超高速移動”だ。自分の移動速度を極限にまで高める。

 イレギュラーを発動している時、縁起祀にとって世界はあまりにも遅い。

 そうして激突しつつあった零二と美影をほぼ同時、一瞬で突き飛ばしたのだ。


「さてと、そっちのお嬢さん。アンタが手に入れた品物を大人しく渡して貰えないかな? ……今ならこれ以上何もしないって約束するよ」

 縁起祀は美影に言葉をかけた。彼女なりに務めて優しい声色で。


「そうね、無駄な衝突はこちらも避けたいわね」

「そうでしょう? じゃあ……」

「おいおいおいッッッ」

 そこへ、オレを忘れンな、と言わんばかりに零二が飛び込んで来た。彼は判断した。二人共にブッ飛ばす、と。

 普段であれば女性に手を挙げるのは最低の行為だ、そう零二は教え込まれた。

(でもよ、相手が同じ化け物なら話は別だろぉ)

 だから零二は動いた。

「うおらあッッッ」

 相手の戦力は不明だが、そんな事はどうだっていい。

 何故なら、深紅の零たる彼に出来るのはこんな事位なのだから。



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