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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
329/613

ささやかな休息

 

 うう、頭が痛い。ズキズキとした鈍痛だ。

 まぶたが妙に重い。まるで糸で直に縫い付けられたみたいだ。


 ──た、……て。な、にを──。


 声が聞こえる。ああ、気分が悪いぜ。


「──立てNo.02。その程度で終われるとは思うな」


 意識が段々とハッキリしていく。

 嫌な声が聞こえる。オレが心底キライなヤロウの声。


「──貴様如きに割いてやる時間はない。早く立て小僧」

「う、ぐっ」


 クソったれ野郎がオレの腹を蹴り上げる。

 一瞬、内臓が押し潰され、胃液が逆流しそうになる。

 マジで気分が悪い。


「…………クソヤロウ」


 ゆっくりと起き上がるとオレは目の前にいるソイツを睨み付ける。


「ふん、相変わらず威勢だけだな貴様は」

「るせェ、ここからだ。アンタをブッ飛ばしてやるぜ」

「やれるものならやってみるといい」


 そうしてオレはクソヤロウこと藤原新敷にぶつかっていき、返り討ちに遭う。

 一体いつからだろうか?

 オレはこのクソハゲヤロウに毎日ボコボコにされている。

 訓練とか言われてギリギリまで戦わされ、死ぬ寸前位までのケガを負わされる。

 で、ろくすっぽマトモに動きもしないボロボロの身体のままで実験という名目の殺し合いをさせられる。そんな毎日の繰り返しだ。


「小僧、やはり所詮はガキだな」


 クソヤロウがオレを見下ろしながらほざく。

 見てろ、今は勝てなくても必ずオレはテメェをブッ飛ばしてやる。

 必ず追い付いて、いや、追い越してやる。




 ◆◆◆



「う、…………」


 零二が目を覚ますとまず飛び込むのは眩い光。思わず目をつむりながらこの状況を考える。ついさっきまでの地下に灯っていた照明とは違う自然光。それに微かに背中と臀部を通して振動を感じる事から、何かしらの乗り物に乗っているのだと理解する。


「う、……電車?」


 瞼を開き、慎重に様子を伺うと電車の個室らしい。

 そして窓から見える外の景色は見覚えのないものであり、どうやらここは街の外らしい。

 外を眺めていると目に飛び込むのは海。空の色とはまた違うその色合いは本当に鮮やかで何よりも気持ちが落ち着くように思えた。


「目を覚ましましたね」

「ン、──」


 シャ、と個室のドアが開かれ姿を見せたのは先日死んだとされる九条羽鳥その人。

 いつものようなキャリアウーマン然としたスーツ姿ではなく、ゆったりとした装いはまるで品のいい何処かの夫人のよう。


「あ、姐御。なンで──」

「まずは落ち着きなさい。あなたは相当の重傷を負っているのです。状況の説明はこれからゆっくりさせてもらいますので今は無理はしない事です。

 最初に呼吸を整えなさい。それだけであなたの自然治癒力は高まるはず」


 九条羽鳥の言葉は零二にとってはある意味で絶対。彼女の言う通りに動けばまず間違いない事は流石の零二でさえも理解している。言われた通りに呼吸を整える事に注視、リカバーを使わずとも、焔による自己回復も行なう事もなくともそもそも零二の自然治癒力はマイノリティの中でもかなり高水準。体調さえ整えばただ眠って休んでいるだけで半日もあれば骨折位なら完治出来る。


「さぁ、まずはお茶でも飲みなさい」


 差し出される緑茶を素直に啜る。

 口にいれ、ゴクリと飲み込む。そうして喉を通っていく事でようやく自分が渇いていた事を実感する。気絶していた時間及びに今の自然治癒力の発揮で体内の水分が減っていたらしい。


「なぁ、姐御。オレはどの位寝てたンだ?」


 まず零二が訊ねたのは意識を失ってからの時間経過。

 そう、朦朧とした意識の中であの禿頭の大男はこう言ったのだ。

 ”一日だけ待ってやる”

 腹立たしい事に零二はあの藤原新敷、という大男の性格を知っている。暴力にまみれた最低最悪の男で絶対に分かり合える事はない相手。

 そして口にした事は絶対に実行する事を。


「そうですね、あなたを回収してからおよそ四時間が経過した所です」

「四時間──そう言えばオレはどうやってここまで……?」

「ええ。それでしたら、シャドウにあなたを回収してもらいました」

「あの根暗メガネ? 生きてるンですかアイツも?」

「悪かったな生きていて」

「うほぅっ」


 不意に壁から抜け出ようにダークスーツをまとう男が姿を見せる。

 零二を一瞥するとそのまま九条羽鳥の前に膝を降り、「ピースメーカー、周囲に敵は確認出来ませんでした」と恭しく報告する。

 その様を冷ややかに見る零二は、「姐御は世界の王侯貴族じゃねェ。ったく時代錯誤だっつーの」と辛辣な言葉をかけながらズズ、と緑茶を飲み干す。

 一方のシャドウの方もまた零二の言葉に、「何?」と言うと立ち上がって詰め寄る。


「もう一度言ってみろ、次元の狭間へ置き去りにしてやる」

「へっ、ジョートーだぜ。やってみろよ根暗メガネ」


 互いに顔をこすりつけるようにして睨み合う。両者は最初からこうだった。

 零二はシャドウの一挙手一投足が気に食わず、シャドウは零二の尊敬する九条羽鳥への態度が気に食わない。顔を合わせるその都度に互いを敵視し、罵倒。

「二人ともそこまで」

 こうして両者を咎める九条羽鳥がこの場にいなければ間違いなく殴り合いでは済まない事態になっていた事だろう。


「まずはクリムゾンゼロ。あなたはシャドウに借りが出来ました。もう少し謝意を抱くべきです」

 その言葉に零二はう、と苦虫を潰したような表情を浮かべる。

 その一方で、「シャドウ。あなたも年長者なのです、もう少し寛容さを覚えなさい」と釘を刺す。


 そうして両者共に九条へ申し訳なさげな視線を向けるのだが、互いの視線が交わると即座にプイ、と目を逸らす。


「さて、シャドウのイレギュラーは【空間遮断】。その事は知っていますね?」

「あ、ああ、知ってるよ」

「今回はそれを移動に用いたのです」

「瞬間移動、ってヤツかい?」

「大きな意味ではそうです。シャドウが感知出来るように私が一方の入り口に立ち、クリムゾンゼロあなたのいる場所をもう一方の入り口として繋げる。そうやって数十キロの距離を短縮したのです」

「チート以外の何物でもねェなソレ」

「無論、制限はあります。消耗が激しいので一日に数回しか使えないのと、自分以外の物体の移動には最新の注意が必要なのです。ましてやそれが長距離であればどれだけの危険性があると思いますか?」

「え、さぁ……移動失敗かな?」

「空間内にその物体は置き去り。その場合運が良くて身体の一部は出られる、といった所でしょうか」

「ゲッ」

「ふん、お前は悪運だけは強いようだな。実に残念だ、──空間内で死ななくてな」


 さらっと死の瀬戸際にいた事を言われ零二の顔色は青ざめる。そしてその表情に満足したのかシャドウはほくそ笑む。


「とにかくもあなたはこうしてここにいる。それが事実なのです」

「はぁ、さいですか」


 何とも名状し難い気分になりながら頬を掻く。

 シャドウは相変わらずほくそ笑んだまま。恐らくは今回の事で”貸し”でも作ったつもりなのだろう。実際救われた立場の零二としてはシャドウに対していつものように強気で反発しにくいのもまた事実。

 その表情が語っている。


 ”ふん、せいぜいこの事を覚えておくのだな。いつかこの貸しを数倍以上にして返してもらうその時までな”


 くっそ、と愚痴をこぼす零二を見ながら九条はくすり、と微笑む。

 それは普段無表情無感情、と目される淑女にとってはいつ以来の笑みだろうか。

 もっとも、他の二人は互いを睨み付けるのに夢中でそうした変化には全く気付かないのだが。


(たまにはこういう時間もいいでしょう。もっともすぐにでも次の戦いは待ち受けているのですが)


 静かに緑茶を口にする。

 WD、ワールドディストラクション。世界の破壊者と呼称されるテロ犯罪組織に所属する社会の敵の一員にとってそれは珍しく穏やかな時間だった。




「さて、クリムゾンゼロ。あなたにはこれから任務を命じます。

 これは私がWD──ひいては【上部階層オーバークラス】としての命令であり、拒絶する権限は一エージェントのあなたには存在しません」

「へっ、WDってのは自由を標榜するロクデナシの吹き溜まりだって思ってたけどねェ」

「武藤零二──刃向かうつもりか?」

「いンや。姐御にはデッカい借りがある。断れねェ位にデッカい借りがな。だからアンタからの命令・・だけは請け負うぜ。

 言ってくれ。何でも絶対に成し遂げてみせるからさ」

「いいでしょう。クリムゾンゼロ、あなたには藤原新敷の排除を命じます。幸い場所は判明しています。あなたにとって因縁浅からぬ白い箱庭へ赴き必ずや遂行するのです」

「──リョーカイだぜ姐御」


 電車が長い間トンネルへ入る。

 窓から見えるのはただの壁だけ。それをじっと眺めながらツンツン頭の不良少年は思う。


(ドラミにあのクソハゲヤロウが相手とはな。全く最高だ。

 オレなりに考えなきゃいけねェな色々とさ)


 思い浮かぶのは美影との対決。一方的に反撃すら出来なかった不甲斐ない自身の姿。

 それはいつかは起こったであろう過去との対峙。そしてその事に対する自分なりの精算、ケジメを付ける事。


(ああ、オレは死なねェ。それに約束したからな連れ戻してやるってよ。依頼者が誰だろうとも請け負った仕事はキッチリ片付けなきゃだよな。だけど今は少しでも──)


 傷を癒やす為に休息する必要がある。

 零二はまぶたを閉じ、眠りに付く。


 かくて零二は因縁の場所へと向かう。

 二年振りにあの場所、自身が育った悪魔の研究施設である白い箱庭へ戻るのだった。


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