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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
326/613

実験──仇

 

 瞬間、目の前が真っ白になった。


 ついで何かが囁く。


 ”アイツだ。アイツがワルイんだ”


 やめて。


 ”アイツさえイナケレバ──”


 やめてよ。


 ”ソウダアイツサエイナケレバゼンブ────”


 聞きたくない。


 ”ムトウレイジヲコロセ”


 そうだ。アイツがワルイんだ。



 何かがおかしくなった。

 ついさっき、ほんの今の今までアタシは冷静そのものだったのに。

 一瞬で何もかもがねじ曲がった。


 そこにいたのは武藤零二。


 アタシの恩人、名前も知らないあの人を殺した男。


 ゾワゾワ、としたモノが身体中を蠢く。真っ黒なモノで染まっていく。


 湧き上がったのは”殺意”。憎い、憎い、絶対に許せない許さない。


 ああ、そうだ。なら殺せばいいんだ。


 アイツは仇だ。だから殺そう。アタシの手で仇を取るんだ。

 だって言うじゃない因果応報って。アイツは報いを受けるべきなんだ。



 ◆◆◆



「……ドラミ?」


 零二は美影の様子がおかしい事を即座に見抜いた。

 確かにどういう訳かいつも不機嫌そうな表情をしていたが、今目の前にいる彼女は何かが違う。

 感じるのはドス黒いモノ。情念、とでもいうべきか。


(それに殺意をコッチに向けてやがるのか?)


 かたやWD、そして向こうはWG。元々敵対関係にある組織に所属するエージェント同士。実際殺し合いとまでいかずとも戦った事だってある間柄だ。敵意を向けられてもおかしくはない。だが、何かが違うように思える。

 そうして零二が前へ一歩進み出た瞬間だった。

「う、おっ」

 思わず一歩下がる。飛んで来たのは一本の氷柱つらら。まるで槍のように鋭利に尖ったモノが零二の足元へ突き立つ。しかも信じられない事にコンクリートの地面にそれは突き刺さっている。


「あっぶねェな。何しやがるンだよお前!」

「………」


 だが当の美影からの返答はなく、ただその両手を真っ直ぐに相手へと向けるのみ。


「やっば──」


 無数の氷柱が出現し一斉に襲いかかる。まるでナイフの雨のような攻撃を零二は咄嗟に全身から焔を噴出して迎撃。そのことごとくを溶かして無効化する。


「クッソ、何だってンだよお前!」

「……」


 だが零二の言葉に美影はただ無数の氷柱の発現で応える。

 指先を相手へとゆっくりとした仕草で指し示すと一気に降り注いでいく。


「クソ、問答無用かよ」


 零二はさっき同様に焔で迎撃するのを諦めて前へと前進を始める。

 向かってくる氷柱をなるべく避け、回避が困難であれば白く輝かせた両の手、シャインダブルで砕きながら少しずつ進んでいく。


「う、お?」


 無数の氷柱を躱していると不意に美影の姿がなくなっている。

 そして次の瞬間であった。

 背後に気配を感じた零二はとっさに頭を下げて前に飛び込むように回避する。するとその頭のあった場所を氷の槍が突き出されていく。

「…………」

 ゴロゴロと転がりながらも態勢を整える零二へと美影は手にした槍で突き刺そうと再度繰り出す。

 顔をそらし、槍を外しながら零二は素早く足を払う。美影は前へとつんのめると倒れるかと思いきや手を地面に添えて転倒を防ぐ。

「な、ぐっお」

 ならば、と追い打ちをかけようと試みた零二であったが、その喉元へめがけて地面から氷の槍が飛び出してくる。焔を吹き上げて身体を後ろへ傾けながらシャインダブルで溶かして砕く。だが、なおも槍は続々と飛び出して息つく暇を与えない。

 そうして何度目かの槍をバク転しながら躱した所を美影が肩を突き出して体当たりを合わせる。

「う、あっ」

 本来なら耐えられるはずの攻撃だが不安定な態勢では耐えるのは不可能。零二の身体は勢い余りはしたものの自ら転がって勢いを削ぐ。


「クソ、やりにくいぜ」


 零二は美影の攻撃を前に完全に困惑していた。だがそれも当然だとも言える。

 零二は美影と一度戦った事がある。互いに探り合いながらで、決着こそ着かなかったがそれである程度の実力は図れたはずだった。

 零二にとってファニーフェイスこと怒羅美影は強力な炎使い、だった。

 近接戦闘を得意とする自分とは違い、中長距離から炎による攻撃をしかける。しかも驚くべきはその容量・・であり、熱操作から焔を担えるようになった今の自分と比較しても軽く数倍以上の戦闘持続能力を持っている。戦うのであれば絶対に短期決戦。間違っても持久戦だけは挑んではいけない相手、そういった認識だった。


(それが氷だと? 一体どうなってやがるンだよ──)


 困惑を深める零二に美影はただ殺意のみを向ける。

 またもや美影から間合いを詰めてくる。そう、零二が何よりも困惑する理由はまさしくこれ。中長距離からの射撃戦が持ち味のはずの相手が何故自ら自分よりも不得手なはずの近接戦闘を挑むのか?

 確かに不意こそ突かれたものの、美影の動き自体は零二にとっては既に見切っている。

 だから問題なく対応出来るはずであった。

 ピキピキ。

「な、に──」

 零二は足元に違和感を覚え、確認する。するとそこにあるのは凍結した地面とそこに釘付け状態の足。そうしてそこへ美影が肉迫。左手を掲げそれを差し向けようとしている。


(──あの手に触れられたらマズい)


 困惑しながらも零二は努めて冷静に状況を分析する。

 凍った半径はおよそ十メートル程、恐らくはそれが美影あいてが周囲を凍結させる間合いなのだろう。

 凍り付けられた足元の温度を急上昇させて解凍する。これで自由に動けるようにはなったものの、後手に回ったのは事実。もう美影との距離はほんの数十センチ。左手の狙いは顔らしく真っ直ぐ伸びてくる。

 とは言え相手の狙いが分かれば対応は出来る。顔を後ろへ背けて躱そうと試みるがその動きは阻害される。

「く、あっ」

 美影の左手から発せられた冷気によって零二の動作、背筋が凍り付き始めていた。ほんの僅か、気付いた零二が熱操作で凍結するのを防ぐも確実に反応は遅れ────その手は零二へ届いた。


「くう、おっっっ」


 零二は凍結しなかった。向かってきた左手に対して自身の右手を繰り出してすんでの所で止めていたからである。


「───ッッッ」


 右手に熱を集約し、焔を灯す。今度は美影の左手が燃える危険に苛まれるのだが────。

 だがその場から離れたのは零二の方だった。何故なら美影の右手にあったのは炎。左右それぞれが氷と炎を手繰っていたのだ。


「ヘッ、随分とキヨーなマネをするじゃンかドラミちゃンよ」


 茶化すような声をかけてはみたが言葉とは裏腹に零二の表情は強張っている。

 零二には分かったのだ。美影のアレは見かけ倒しではないのだと。


「お前ソレをどうやって実現したンだ?」


 零二もまた理屈は氷炎遣いの存在は知っている。

 だがそれがまず有り得ない存在である事も。

 零二もまたあの白い箱庭で散々っぱら目にしたし、自分も試させられた。

 炎と氷の両立。

 相反する現象の同時操作。

 ゲームとかアニメ、コミックではよく見かける能力だがそれを実行出来る者などいない。

 何故なら相反する現象という事は肉体にかかる負担もまた尋常ではない。

 零二の場合は試した際に危うくイレギュラーが暴発しそうになったのだ。


 ただ実現そのものは可能ではある。

 方法は簡単で極限まで双方の能力を制限すればいいだけ。

 相反する現象でも発現する規模を小さくすればそれだけ負担は小さくなる。単純な理屈だ。


「有り得ないだろ、ンなのは」


 だが零二の眼前で起きている事象はそういったこけおどしのパフォーマンスではない。

 断言する事は出来ないものの、それぞれが百%近くに見える。


 百%とはつまる所マイノリティの持っている潜在的な限界、容量・・の限界を指す。

 もしも氷と炎を一度に担うのであれば本来ならばそれぞれ五十%、つまりは半分こが限界のはず。


 しかし目の前にあるのは明らかにそんなレベルの現象ではない。

 左右それぞれが強い殺傷性を維持しているのは明白。迂闊に接近すれば大怪我どころでは済まないに違いない。


 ──くわばはははっ。どうしたねクリムゾンゼロ? 戦わないのかね?


 声が聞こえる。道園獲耐のしわがれた声である。


「誰だアンタは。コントローラーってヤツのボスか?

 ワルいけどさ今は取り込み中だから黙っててくれねェかな」


 ──それなら心配無用だ。No.13、動くな。


 すると美影から発せられていた殺気が薄れていく。まるで、そうリモコンでテレビの電源をオンオフするかのように綺麗さっぱりと消えてその場に立ち尽くす。


「テメェ、何をしやがった」


 ──まぁまぁ少しばかり大人しくなってもらっただけだよ。万が一に備えての軽い予防処置だよ。


「人形ってワケか。ドラミは」


 ──少しばかり違うね。【仮面】を着けただけかな。


「そうかよ。大体分かったぜ」


 ──うん? 何がだね。


「テメェが最低最悪なクソッタレの類だってのがよ。ま、そりゃそうだよな。実験動物の前に姿を見せる度胸があるワケないわな。顔を見せるのが怖いンだろ、万が一の時があったらさぁ」


 ──ああ、そうかね。もっともだ。


 零二は心底怒りを感じていた。声だけとは言え充分だった。あの白い箱庭、で散々目にした研究者連中と同じ、或いはもっと質の悪い何かを感じるには。


 その時だった。


「お待たせしたねぇ」

「なに?」


 零二は思わず意表を突かれた。

 壁の一部が開き、そこから車椅子に乗った枯れ木のような老人、つまりは道園獲耐が姿を見せた。


「ヘェ、……どうやら腰抜けじゃねェらしいな」

「初めまして、道園獲耐だ。もっとも実際には初対面でもないよ。少なくとも私個人は、ね」

「ン?」

「君は知る由もなかろうさ。私は一時的にだが君のいた【白い箱庭】にもいたのだ」

「…………そうかよ」

「とは言えほんの僅かな期間だったのだよ。だから私は君の携わった諸々の実験計画の事は何も知らない」

「で、今日のお招きはどういった趣向なのかそろそろ教えてくれねェかな。オレに用事があるってなら……」

「──くわばはははっ。残念ながら君に特段興味はないね。私が興味を持つのは自分・・実験対象モルモットだけだ。例えば、君に昨日倒され、今し方死んだそこの椚剛君。

 彼は十年来の実験対象だったよ。まぁ、出来損ないなりに貢献(・・)はしてくれたよ」

「……ヘェ。何をいじくったンだよ」

「大した事はしてないさ。少しばかり薬とかを用いて攻撃性を高め、自己意識を過剰にしてみただけだよ」


 道園獲耐は嬉々として語る。

 枯れ木のような外見からは考えられない程に活き活きとした仕草に声。とても老人とは思えない異様な雰囲気を放っている。

 だが零二は見た。

 椚剛へと向けたその視線を。

 まるでゴミでも見たかのような侮蔑を込めた目を。それはおよそ相手を人として見ていない目。

 まさしくかつての”02”と呼ばれた頃の自分に向けられた目。


「もういいや充分だ」

「何がだね?」

「テメェがオレの嫌いな類の野郎だってよっく分かったよ」


 拳を握り締め、唇を噛み締める。

 そうして枯れ木のような老科学者を睨み付ける。


「言っとくけどドラミは返してもらうぜ」

「一応聞くが何故こだわる? 友人でもなければ想い人でもなかろうに」

「頼まれたンでな。こう見えても受けた仕事はやり遂げる主義なのさ」

「プロ意識かね。くわばははは、面白いな君は。だがね、肝心な事を失念してはいないかねぇ?」


 道園獲耐はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて問う。まるで小さな子供に言い聞かせるかのようにゆっくりとした口調で。


「当の本人である彼女がどう思っているかこそが重要ではないのかねぇ~?」

「テメェ、人形扱いしておいてぬけぬけと──」

「ああ、そうだ。私も肝心な事を伝えていなかった。そこのNo.13こと怒羅美影だがねぇ。彼女もまた君と一緒だったのだ」

「──?」

「分からないかねぇ。私が自分の研究を放り出す訳がない、という事だよ。つまりはそういう事だ」


 ハッとした零二は美影へ視線を向ける。


「さぁ、No.13。君の声を、本心を聞かせてやるといい」


 その声に反応したのか、立ち尽くしていた美影は顔を上げる。

 目から生気は抜け、人形のような何の感情も浮かばない面持ちのまま口を開く。


「クリムゾンゼロ…………」

「ドラミ、お前大丈夫なのか?」

「まえ、は…………」


 ボソボソ、とした言葉は不明瞭で良く聞き取れない。


「どうやらハッキリ言ってあげなければ伝わらないようだよNo.13!!」

「──クリムゾンゼロ──お前は、」

「───」

「お前はアタシの大事な人を殺した仇だ────」


 その言葉は零二の何かを揺さぶった。

 ここまで感じていたモノ、来てはいけないという本能の声が何を指していたのかを即座に理解する。

「な、」

 上手く言葉が出ない。

「…………イミ分かンねェ」

「くわばはははっ。意味が分からない訳がないだろう? 何せ君はあの研究施設を壊滅・・させた張本人なのだ。君以外の生存者は未だに未確認。理由は簡単で君が全てを灼き尽くしたんだからね。

 彼女の命の恩人を手にかけた以上、君を憎む理由がある、それだけの事だ」

「──あ、」


 ズキン、とした痛みが走る。

 それは二年前以来零二の中でくすぶり続けたモノ。

 目の前が暗くなるような気がした。


 美影はなおも言う。


「お前が殺したんだあの人を。絶対に、──絶対にお前を許さない。殺してやる」


 憎悪に満ちた声を出し、左右から氷炎を放つのであった。


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