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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
325/613

実験──痛み

 

(数分前)



「──ったくくっだらねェ手間を取らせやがるぜ」


 舌打ちしながら零二は通路を走っている。

 結果として黒い何かは零二を大して足止め出来なかった。

 黒い何か達は零二に対して有効打を打つ事もなく、何一つ言葉も吐かず、そして全くその感情を表す事すらなく燃え尽き、或いは爆ぜた。


(クッソ、嫌な気分だぜ)


 ズキンと何かが痛む。軋みをあげているのが分かる。この感覚には覚えがある。二年前の、”白い箱庭”を壊滅させた後に感じた事がある。

 自分ではとっくに捨てたはずのモノ。それがまだ残っている事に驚く。


「これだけ汚れちまったってのに、……まだ痛むってのかよ」


 思い浮かぶのはこの二年。

 自身に宿った焔、忌み火を恐れ、二度と使わないと心に決めた零二は九条羽鳥によってその身を拾われ、武藤の家で世の中の事を知った。

 焔を封じた零二ではあったが、自分が望む望まないに関わりなく、命を狙われる立場は変わらない。

 だからこそ身に付けた。焔に代わる戦う為の力を。


(正直何回も思ったさ。オレは生きてていいのかな、って)


 そうして彼は知る。自分が如何に無知だったかを。そう、自分はあまりにも何も知らなかったのだと知った。

 ただ云われるがままに多くの仲間を手にかけ、その屍の上で平然としていた自分にゾッとする。


「…………」


 零二は無言で自身の手を見つめる。


「二年前、いやもっと前からこの手は汚れてたンだよな」


 分かってはいた、分かっていたはずだし、飲み込んだはずの事実。それを何故今思い出すのか?

 零二は若干の困惑を抱きつつ、歩を進める。

 そして困惑、といえば。


 ──さぁさぁ、クリムゾンゼロ。こちらです。


 零二の道案内をしているのがコントローラーである、という事。

 ついぞさっきまで黒い何かを差し向けた張本人が今は水先案内人を務めている。


「なぁ、」

 ──はいはい。いかがなさいました?

「おかしいだろこの状況」

 ──何処が何処がでしょうか?

「お前は敵だろ。なのに何故道案内みてェなマネするンだよ?」

 ──これはこれは心外ですクリムゾンゼロ。私めは申し上げたはず。先程のは暇つぶしの前菜だと。

「あくまで目的は時間潰しだけだってのか?」

 ──はいはい左様です。

「じゃあ昨日のアレは何だ?」

 ──はいはいあれはデータ収集、それ以外の目的などありません。


 コントローラーの声からはやはり一切の感情らしきモノが伝わらない。口調こそくだけているがあくまでも声音は事務的、いや無機質に思える。

 零二からすれば昨日だけで軽く百人は相手にした。大多数の相手には手加減はしたつもりだがそれでも中には運悪く死んだモノだっているかも知れない。

 零二は別にその事自体を後悔はしていない。何故なら相手は金目当てでこちらを殺すつもりだったのだ。殺そうと思っているならば返り討ちにあっても文句はないはず。文句を言うのであればそもそも殺そうとか考えなければいいのだ。


(ああ、分かってるさ。連中は自業自得ってヤツだってな)


 そう、そんなのはもう分かりきっているはずなのに。何故こんなに嫌な気分になるのだろうか?

 相手は悪党だったのに。普段ならこんなに痛みはしないのに。


 ズキンズキン、としたその痛みが一体何処から来るのかが零二には分からない。


 ──おやおや随分と脈拍に呼吸が乱れてますます。何か心に重荷でもおありのようだ。

「るせェ黙れ」

 ──まぁまぁいいでしょう。もうここまで来れば道に迷う事もないでしょう。では、幸運を。

「…………」


 薄暗い通路に一人残された格好になった零二は、すぐさま異常を察知する。

 ぶるっと身震いしたのだ。


「寒い、だと?」


 その感覚に違和感・・・を覚える。

 熱操作、或いは炎熱能力を担うマイノリティにとって一般的な暑さや寒さ、というのは日常ではまず無縁のモノだ。零二の場合は特に常人の数倍もの基礎代謝も手伝ってその体温は平均して五十度。極寒のシベリアにでも行けば違うのかも知れないが氷点下でも特に支障なく生活出来る。


「どういうコトだ?」


 この通路はもう一本道らしく、奥からは光が洩れている。どうやらあそこがコントローラーが案内した道らしい。ここまで来たからにはもう前へ進むだけだ。そう判断した零二はかぶりを振って気持ちを切り替えようとする。

 だが、

 違和感は弱まるどころか強くなっていく一方である。

 寒い、だけど何かが妙だと感じ始める。


「……なンだよこの感じは?」


 一歩また一歩と足を進める度にドクン、ドクンとした鼓動が強くなるのを感じる。

 それは磁石のS極とN極のようにまるで何かに引き付けられているような感覚だろうか。


 どのみち向かうべき場所はもう定まっているのに、何故かそこへ向かうべきなのかを躊躇する。

 足が重い。一歩を踏み出すのが重い。


「くっだらねェ。何だってンだ……?」


 音が聞こえる。ピシピシ、とした音。

 それはまるで何かが急速に凍っていくような音。


 ”ホントウニイイノカ?”

 ”オマエハナニガアッテモコウカイシナイノカ?”


 ナニカがそう訴えかけてくる。行ってはいけない、と。出来るのなら今すぐにこの場から逃げ出せ、と。本能が囁いてくる。


「ざけンな。オレは前に進む!」


 誰に言うでもなくそう語気を強め、零二は前へ歩を進める。


 ズキンズキンとした痛みが強くなっていく中で零二は目にする。



 そこにあったのは白い世界。


 広い、体育館程はあるだろう空間のほぼ中央にそれはあった。


 まるでそれは彫像。ただしその顔に零二は既視感を覚える。

 それも当然だ。何故なら相手は椚剛。昨日戦った相手だったのだから。


「…………」


 そして何よりもその場にいたもう一人。

 素足に前後ろに簡素な布で覆っただけの病院着、というのもおこがましい装いの少女。

 腰まで届こうかという黒くしなやかな髪をした少女こそ探していた相手なのは間違いないのだが、ゾクリと背筋が寒くなる。何というか知っている相手なのに初めて見たように思えてしまった。まるで別人のような雰囲気を感じ、零二は訊ねてしまう。


「…………ドラミか?」


 その言葉を受けて黒髪の少女はゆっくりと零二へ振り向く。


「クリムゾンゼロ」


 一瞬焔を揺らめかしたツンツン頭の不良少年に対し、美影からの言葉と表情からは明確な敵意が溢れ出す。






「くわばははは、素晴らしい。いよいよ本番だねぇ」


 そして両者の対面をモニター越しにて、道園獲耐は表情を大きく歪ませるのであった。


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