実験──妨害
「ち、またかよ」
零二は舌打ちする他なかった。
しかし無理もない。これで何度目だろう。
採掘場からこの通路に入ったのは良かったが、零二は完全に迷子に陥っていたのだから。
熱探知眼で一応の道は観えるものの、この通路はまさしく迷路のように入り組んでおり、グルグルと同じ場所へ戻される。
パッと見ではあるが人工物らしきものなど皆無であり、取り立てて目印になるようなモノもないのがこの状況に拍車をかける。
(あー、完全に迷子ってヤツか、……ったくどうするよ?)
苛立ちを覚え、岩肌剥き出しの壁を拳で殴る。
「ン?」
そこで零二はおかしな事に気付く。拳が壁をすり抜けたのだ。
試しに両手を動かして壁の感触を確認する。やはりそこに壁はない。見えないが空洞がある。
「そういうコトかよ、ったく」
壁の向こう側へ足を運ぶと、そこはさっきまでいたはずの採掘場のすぐ傍。
つまりはいつからかは分からないが、零二は幻覚にかけられ同じ場所を行き来、或いはそのつもりで立ち往生していたらしい。
「やっぱ幻覚かよ。……でも今まで何故気付けなかったンだ?」
零二は精神に干渉する能力への耐性がかなり高い。なまじっかな精神干渉ははねつける。これが幻覚だとしても何故今まで気付けなかったのかが不明だった為に首をかしげる。
──それはそれはここの仕掛けは悪意からではなく、単に侵入を遮る目的だからだと思われますます。
そうした零二の疑問に何者かの声が応じる。
「で、アンタは誰だ?」
──はいはい私めはコントローラー、と申します。先日からの幾度ものゲームは如何でしたかクリムゾンゼロ?
「へェ、」
ピクリとこめかみがひくつく。
今のでこの相手が昨日一日での襲撃事件に関わっている、のだと理解出来たからである。
「──つまりはアンタが例の雑魚連中をオレにぶつけた闇サイトの管理者って認識でいいのか?」
──ええええ、そうですそうです。
京都からの帰り道で散々襲撃を受けたのはとある犯罪系闇サイトの掲示板による告知が理由だと零二は既に知っていた。そこで共々襲撃を受けた秀じいに調査を依頼してはいたが、まさかその管理者がこんな形で簡単に分かるとは思いもよらなかった。
「なーる。ソイツはキッチリお礼をしなきゃならねェなぁ」
零二の雰囲気が一変する。
──あれあれ、随分と殺気立っておりますね。一応訊ねても宜しいでしょうか?
「……何だよ」
──ここにここに来られた理由は一体何でございましょうか?
「ああ、ココでドラミのヤツを預かってるンだろ。で、返してもらいに来た」
──それはそれは奇妙な話ですね。
「あ、?」
──だってだってそうですよ。クリムゾンゼロ、あなたはWDの一員。翻ってファニーフェイスはWGの一員。であれば、二人の関係とは敵対関係ではないのでしょうか?
「で、ソレがどした?」
──ではでは問い直しましょう。ファニーフェイスを最終的にどうしたいのでしょうか?
「答え如何では返してくれるってのか?」
──それはそれは何とも即座に回答できません。
「……そっか。まぁどうもしねェさ。少なくとも今日明日にはな。いずれはケリを付けておきたい相手だけど、今はその時じゃねェ」
──相手の状態を鑑みるのですか?
「ああ、そうだな。だってコレは任務じゃねェ。何せオレの気紛れってヤツだからな。
もしも仮に姐御にでも今すぐにドラミを殺せって言われちまったらそうすっかも知れねェが、生憎だけど姐御はいねェ。それから姐御以外のヤツのいうコトなら聞くつもりもねェし」
──つまりつまり?
「テメェらが何を企もうがオレの知ったこっちゃねェってコトだ。
アンタじゃ埒がいかねェな。他に誰か上司か誰か上司がいるってのはもう分かったからさ。早くソイツを出しな」
──何故何故そう思うのです?
「だってそうじゃねェか。さっきのオレの言葉もアンタが権限を持ってるボスだってなら即答したり、もっとうまいコトはぐらかしたりも出来ただろ?
で、対するアンタの言葉はこうだ。即座には回答出来ません。何故なら上司に伺いを立てなきゃダメだから、だってのがバレバレだぜ」
──これはこれは驚きです。学業の成績がいいとは知っていましたが、地頭もなかなかにいいみたいですです。
「コッチは何だかバカにされたって気分だけどな。
とにかく、だ。コッチは用向きを伝えた。今度はそっちが誠意ある対応ってのを見せる番なンじゃねェのかい?」
そう言いつつ零二は既に臨戦態勢を取っている。
気付いていたのだ。周囲に気配があるのを。それも一つや二つではない、無数の気配を、何よりも相手の発するその熱を肌で感じていたから。
「ンまぁ、悪党としちゃこういう対応になるわな」
不敵に笑う零二だが、次の瞬間表情は一変する。
何故なら、
ザシャ。ズズ、。
幾つもの足音と共に姿を見せたのは黒いナニカ。
その全身を覆うような黒いコートに手足をベルトのような拘束具。異様な出で立ちはまさしく死神を連想させる一団。
「そ、か。成る程な。オレに対する昨日の一件、の悉くがお前らの仕業だってコトがよぉく分かったよ」
ギリ、とその歯を噛み締め、一団を睨む。
そう、目の前にいる一団は昨日零二が思いもよらず手こずったあの黒い何者かと同じ格好をしていた。
──さてさてクリムゾンゼロ。あなたは本日の主賓ではありますが、歓迎までにはまだ少しばかり時間がかかるのです。ですのでこれはその時間を有意義に使ってもらうべく用意した前菜ですです。
小馬鹿にするかのようなコントローラーの無機質な声はいちいち零二の癪に障る。
「そうかよ。あくまでも足止めするンだな」
──ええええ、私はそう申し付けられてはおりますので。では皆さん、彼があなた方へのご褒美です。存分に楽しんでくださいませませ。
プツンという音と共に黒い一団が動き出す。
いずれからも何の感情らしきものは感じられず、まるで人形のような無機質な印象を零二は感じる。
「ハァ、しゃあねェか。折角のパーティーでわりぃけど、あンましアンタらに構ってられねェンだよな。だから──さっさと片付けさせてもらうぜ」
全身から焔を一瞬吹き上げ、全身を一気に活性化させると「っしゃああああああ」という雄叫びをあげながら一団へと突進していくのであった。




