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襲来

 

 普段なら深夜の倉庫街は、静寂に満たされた場所だ。

 現在もその経済規模が急上昇、日々膨張を続ける九頭龍にはその都度様々な用途で、色々な場所が続々と作られていく。

 本来であれば、こうした都市計画は計画的に、着実に実行されていく性質の物だろう。

 だがいつの頃からか、この経済特区はそうした計画を無視する様になった。

 今やこの九頭龍という場所は、一部の人の計画でどうこう出来る場所ではない。多くの、数多くの人々と国と民族と宗教が複雑に入り交じったこの街は、その冠した九頭龍という名の暴れ川の如く、莫大な経済のうねりという大雨の度に氾濫し、人々に恐怖と同時に恩恵を与えているのだ。

 誰かが言った。

 それはさながら、この街自体が一種の生き物の様に成長しているのだ、と。自然を決して人の手で自由に出来ないのと同じく。

 そしてあまりにも無秩序に作られていく様々な場所。

 ここもそうした場所の一つだ。

 元々は住宅地だった場所に工場が作られ、更にそこから今の姿へとなったように。中心部から外へ弾かれ、また外から中心部へ、そうした変遷を幾度も幾度も繰り返す。


 この倉庫街は、本来ほぼ無人であり、静かな場所だ。

 だが今は違う。

 暗闇に包まれているはずのその場所はまるで昼間かの如くに明るい光……いや、炎に照らされている。

 無数の火柱が立ち上ぼり、ガラガラ、と建物が崩れていく。

 そこでは、まさしく戦場さながらの光景が繰り広げられていた。


 バアアン。

 どうやらその倉庫には何らかの可燃性物質でもあったのだろうか? オレンジ色の炎をあげ、激しい爆発が巻き起こる。

 今やこの倉庫の周辺は、完全に火の海状態になっている。

 鉄やトタン、木造と様々な材質で作られた壁は炎上。熱で窓ガラスが砕け散り、続々と倒壊していく。

 その視界はもうもうと立ち上る白煙の為に、ほんの一メートル先もよく見えず極めて悪い。

 普通の人間であれば充満した一酸化炭素中毒で命を失いかねない程に酸素が足りなくなっている事だろう。そもそも普通の人間はこんな環境で戦ったりはしないだろうが。

 マイノリティであっても基本は人間だ。生きている以上、呼吸が必要だ。その意味でも今、この場の環境は劣悪極まりないと言えた。


 そんな状況下で蠢く影が二つ。

 零二と美影が激しくぶつかり合っていた。

 この二人には、こんな劣悪な環境ですら意に返す必要はない。

 彼らにとっては火は身近な友人であり、自分の一部。

 常人では耐えられない事必定の、この呼吸困難な空間に於いても共にその呼吸は一切乱れない。

 空気中に微かに漂う酸素を吸い込み、それを血中に巡らせる。

 彼らのイレギュラーは炎熱操作。それ故に身体の機能も自分自身のイレギュラーに適応、強化されているのだ。

 煙で視界不良でも関係は無い。互いの姿なら認識している。

 互いの放つ熱源は暗闇であろうが、煙が充満しようがハッキリと認識出来ている。他者であれば劣悪なこの環境も、この二人には何の支障もない。


「だりゃあああっっっ」

 零二が左右の拳を繰り出す。その標的は美影が放った無数の火球ファイアーボール。一個一個は精々がソフトボール程ではあったが、その火力は周囲の倉庫を火の海に変えた事で明らかだった。

 零二はヒュウ、口笛を鳴らしてみせては見たものの、内心では相手の炎の強力さに舌を巻いていた。とはいえ、

(こりゃ、気ぃ付けねェとやべェかもなぁ)

 相手に対してワクワクしている訳だが。


 その一方で、

(ちょ、何なのよコイツ? 鬱陶しいわね)

 対する美影は逆に少し苛立っていた。

 炎熱系のイレギュラーを持つマイノリティとはこれ迄も幾度となく戦ってきた。同系統の能力との戦いはいつもとは勝手が違うので、あまり好きではない。

 見たところ相手、つまり零二は近接戦闘に特化している様に思える。その証左として、彼は戦いが始まって数分経過するも、未だにその攻撃は単純な徒手空拳しか見せていない。

(勿論、ここまで手の内を隠しているかもだけど)

 WGでの訓練を積んでいるので、美影も多少の近接戦闘は可能だ。

 そんじょそこいらの有象無象であれば別にイレギュラーを用いずとも制圧出来る自信もある。

 だがそれは、所詮付け焼き刃に過ぎない。

 一手や二手は何とか対応出来るとは思えるが、その後はジリ賃だろう。相手の方が近接戦闘能力で勝るのだから。

「う、ちっ」

 そうこうしている内に、零二の右拳が髪を掠める。

 チリッ、とした音を立て、髪が焦げ付くのが分かった。

 さっきからこの繰り返しだ。

 距離を取った美影が火球を放ち、零二がそれを弾き飛ばしながら詰め寄る。そうして肉迫した一瞬で拳を振るうのをギリギリで躱す。この繰り返しだった。

 無論、零二とて無傷ではない。火球の全てを迎撃出来てはおらず、何発かは彼の身を包んでいた。

 だが、彼は一切動揺しない。動きを止める事もなく、そのまま前進。相対する標的へと襲いかかる。


(さってとぉ、……どうすっかな)

(このまま続けても単なる消耗戦ね)

 二人は互いに事態の打破を考え始めていた。


 美影が自分が押されている、とそう思っていた様に、零二もまた同様に感じていた。

 さっきから全身がかなり熱い。その理由は単純だ。美影の放つ火球で自分の体内温度が上昇しているのだ。

 炎自体のダメージは然程もなかったが、その熱によって彼の熱操作に狂いが生じ始めていたのだ。

 零二はまだ全力で戦闘をしてはいない。まだ本気とは程遠い状態であり、余力ならある。

 だが、彼の熱操作による全力での戦闘はそもそも三分程が限度。それ以上は、彼自身の肉体的負担が増大するばかりだ。


 しかし、これには前提条件がある。

 熱操作とは、要は自分自身を燃料と化して、身体能力を飛躍的に増大させる事だ。この燃料というのは自分自身の体液。つまりは血液や髄液、胆汁等々の体内を循環するあらゆる水分だ。

 例えるならば、”蒸気機関”の様な物だ。

 これらの体液を加熱することで蒸気を発し、熱量を全身へと巡らせる。だそれにも限界はあり、一定以上の温度上昇は零二自身の肉体を破壊する事にも繋がり、微妙な線引きが存在している。

 三分というのは、それが彼が自分自分を燃料にして熱操作出来る限界時間。

 だが、ここにこそ一つの落とし穴が待っていた。

 零二はまだ熱を解放してはいない。本来であれば、猶予時間は三分丸々残っているはずだ。

 しかし今の零二の体温は普段よりもかなり高まっていた。

 その理由は美影の火球による体温の急上昇。

 炎によるダメージは殆ど無いものの、その発する熱まで無効化は出来てはいない。その余熱が零二の体温そのものを普段よりも高めていた。その結果、零二は知らず知らずの内に熱操作を発動していたのだ。本人の預かり知らぬ所で、身体が身体能力を上げろ、と誤作動を起こしていた。

(チッ、どうやら【燃料漏れ】してたって訳だな、くそッ)

 零二がその事を自覚したのは、ほんのついさっき。

 それは本気とは程遠い微量な身体能力の増大ではあったが、それでも結果として彼の残り時間はかなり目減りした事だろう。

 美影はこの事に気付いてはいない。

 もしも彼女が相手の状態を正確に把握していれば、この対決での彼女の勝利は揺るがなかった事だろう。

(こンな事なら……もうちょい真面目に鍛えときゃ良かったな)

 彼の指導役にして、後見人でもある加藤秀二が言うには、訓練次第で限界時間を引き延ばす事は可能らしいが、それにはまだまだ訓練が必要であり、今この場でどうこう出来る話ではない。

 だからこそ…………。

 この場で二人の炎熱系のマイノリティは決断した。

 零二は呼吸を整え、自分の熱を解放する。

 そこで巻き上がる蒸気が、熱せられた周囲の空気が、彼が本気で戦うという事を相対する美影に認識させる。

 同時に美影も動きを止めていた。

 彼女は相も変わらずに、微かな微笑を浮かべている。

 この対決が始まってからこの黒髪の少女は表情そのものを変えていない。

 彼女……怒羅美影という少女のWGエージェントとしての通称コードネームは”ファニーフェイス”。

 どんな状況下に於いてもそのファニーな顔を崩さず、本心を包み隠す様な微笑を浮かべ、内面を悟らせない為に。

 今でこそWGに於いて、最強クラスの炎熱系のマイノリティだと認識されている彼女だが、彼女自身は自分が強いと思った事は一度だって無い。

 彼女は知っている。

 自分よりも強い者が世の中にはまだまだ多い、という事を。

 だから、彼女は油断しない。

 相手の出方を慎重に見極め、勝ち目が無いのなら逃げる。

 大事な事は”生き延びる”事。

 どんなに強くても死ねば意味はない。逆にどんなに弱くとも生き延びれば勝てる可能性はある。

 翻って目の前にいる相手、零二は強い。

 マトモに戦えば、殺される可能性は高い。

 しかし、この数分程の見極めで、ある程度は理解した。


 この武藤零二は炎熱系のマイノリティだと資料で目にしたが、実際には彼は炎のイレギュラーを使えない。

 理由は分からない。だから代わりに熱操作を用いている。

 熱操作は強力だ。自分自身を強化出来る上、純粋な戦闘能力を高める事も出来るから。

 だが、その反動は大きい。だからこそ多用は出来ない。

 彼女が火球を無数に放ったのは、途中からは意図的だった。

 熱操作の制御は難しい。一歩間違えば即座にオーバーヒートや暴走しかねない、爆薬の様なイレギュラーだ。

 零二を確実に仕留めるには、相手の残量を減らすに限る。

 同系統のイレギュラーを扱えるからこそ、そして常に相手を出し抜く事を考えているからこその作戦だ。


「言っとくわ。今度は本気でいく。さっきよりももっとね」

 美影は宣告する。

 右手を相手に向ける。

 空気中の可燃物質を集約。一瞬で火の塊を作り出す。

「へっ、そうかよ。ンじゃオレも応えようじゃねェの」

 零二もまた応じる。

 相手が何かを目論んでいる事は分かっている。

 だがそんな事は関係ない。

 彼に出来るのはこの右拳に全てを込めて――叩き込む事のみ。


「行くぜ」「行くわよ」

 美影が炎を手で触れながら槍状へと変化させる。

 零二の全身から蒸気があがり、そこから右拳に意識を集中させる。白く輝くその必殺の拳を引き絞る。

「「あああああ」」

 二人は同時に動こうと叫び声をあげる。


 その瞬間だった。


 フワリ、と二人の間を風が通り抜けた。


 その風が通り抜けたと同時に、美影は後ろに倒れていく。

(え、何っ?)

 美影は自分が殺られる、と思った。

 だが、

 彼女の視線の先には同様に倒れる相手の姿。

(どういう事よ?)

 ドシャッッ。

 二人はそのまま後ろに倒されたのだった。


「あ、悪いね。二人仲良くヨロシクやってるトコを邪魔してさ」

 声がかけられる。

 こんな火に包まれた場所にもう一人誰かがいる。

 素早く起き上がった美影が声の主へと視線を向ける。

「誰よアンタ?」

 そこにいたのは、胸元が大きく開いたボーダー柄のノースリーブブラウスにダメージジーンズ姿の、リングアウトのリーダーである縁起祀だった。


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