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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
319/613

実験──開始

 


「…………さて、と。とりあえずこれでいいだろ」


 一人そう呟くと零二はスマホの電源を落とす。

 零二がトーチャーから聞き出したのは美影やエリザベスを誘拐する際に協力した業者ではなく、さらにその上の情報、つまりは監禁場所だった。

 そしてその場所を前にして田島にメールを送った、というのが今し方ツンツン頭の不良少年が実行した行動であった。


「ま、これで一応の義理ってヤツは果たしたワケだし。さっさと行くか」


 目の前へ視線を向ける。

 そこは一見すれば何の変哲もない山、というかついぞ先日零二がいた足羽山の麓。


(ったくまさか昨日の段階で目的地がほんの目と鼻の先にあったってのか、皮肉ってヤツだよな)


 苦笑しながら零二が向かうのは今はもう誰もいない採石場。

 立ち入り禁止とばかりに張り巡らされたフェンスを軽々と飛び越え、採石場の中へ足を踏み入れる。


(空気がヒンヤリしてやがるな。ま、ここは洞窟みたいなもんだからか)


 しばらく歩くと採掘現場に辿り着く。だが零二が目指すのはここからさらに


「ヤロウの言う通りなら、ここいらに……ン?」


 壁に手を置いてその何かを探す。

 そしてしばらくして。

「コレだな」

 零二は壁に偽装されたカバーを見つけるとそれをスライドさせる。そしてそこに露出したのは一つのスイッチ。躊躇することなくそれを押すと、ガチャンという鍵が外れたような音が聞こえ、それから零二の背後の壁がずれてそこには格子付きの入り口が姿を見せた。

「ヘッ、……まるでゲームのダンジョンみたいだなこりゃ」

 目的地への入り口を見つけ、不敵に笑いながら歩を進める。


 そこは九頭龍がまだ経済特区になった頃に発見された場所。



(一時間前)



「──聞いた事はあるだろ。もうずっと前の戦争の末期、本土決戦を覚悟したお偉いさん方は日本中色んな場所で塹壕だとか、そういった類の場所を構築したってのはさ。

 九頭龍、いいや当時の福井県にも色んな軍事工場だとか何だとか色々と作られていたってのは知ってるかい? 中には風船爆弾っていうのを作ってた場所だってあったそうだ。風船爆弾を空からアメリカへ向けて飛ばして落とすつもりだったらしい。気流だとかの流れを度外視しちゃってるよ。ったく、馬鹿げた話だとは思わないか?」


 拷問趣向者は心底愉しそうに笑う。その顔には僅かだが火傷の跡があり、それは零二が拳を突きつけた際にかすめた事で生じたものだ。


「……いいから要点を言え。オレはくっだらねェ話に付き合うつもりなンざサラサラねェ」


 零二は苛立ちを隠すつもりなどなく、ググ、と拳を再度握り締める。実際、次は脅しで済ませるつもりはない。

 その空気を読み取ったらしく拷問趣向者は話を続ける。


「オッケーオッケー言うから。拳を降ろしてくれよ。まぁ、とにかくだ。福井県でも軍事関係の様々な設備やら施設やらが作られたって事なんだけど、実は民間人には極秘裏に進めていた計画があったそうなんだよ。まぁそれについては分からないんだけども」

「…………続けろ」

「ともかくだ。軍は戦争の状況が長期化するに及び、敗戦の可能性が飛躍的に高まる事を理解していたみたいでね。だからもしもの際に備えて準備していたのさ。これを見て」


 トーチャーはそう言うとバサリと一枚の紙を広げてみせる。


「いいかい。ここだ」

「足羽山じゃねェか」

「そうさ。ここの採掘現場に密かに軍部が秘密の基地を作ってたのさ。地元民なら誰もが知ってる山の中にね。誰もまさかこんな場所にそんなものがあるだなんて思いもしない。まさしく盲点だった、って事だよ」

「ここにドラミはいるってコトだな?」

「ああ、たぶん。少なくともそれを知ってるであろう関係者はいるはずだ。これ以上は知らない。本当だよ」


 零二はそれ以上の追求はせず、顔面へ拳を叩き込んで部屋をあとにした。



(現在)



 その天井からはポタポタ、と水滴が落ちる。

 足元はぬかるんでいて滑りやすい。気を弛めればいつ転倒してもおかしくはない。

 ばちゃ、という音は水溜まりの水がはねた音だろうか。


「うっわ、きったね。あーあこのランシュー結構お気に入りだったのになぁ」


 薄暗い、というレベルではない暗闇の中。熱探知眼サーモアイで大まかな空間把握は出来ており、歩くのに支障はない。

 歩けども歩けども人の気配は未だなく、罠の可能性が脳裏をかすめる。


(いンや。ワナだとしたら寧ろ好都合だ。相手が何かしらリアクションを見せてくれりゃあ、よ)


 上等だぜ、と笑うと零二は暗闇の中を歩き続けるのだった。




 ◆◆◆




 ──さぁ楽しい楽しい実験の開始だよぉ。


 道園獲耐の哄笑にまみれた声を聞いた美影は露骨に不快な表情をうかべる。


(本当に腹が立つジジイだ)


 心からそう思う。相手が何処にいるのかさえ分かれば即座にここから脱し、相手を燃やし尽くしてやりたい、と。


「でも今は目の前の相手に集中しなきゃ」


 呼吸を整えて、眼前に立つ敵を見据える。

 相手の男は美影同様に前と後ろを布で覆っただけの装いらしい。

「……………………」

「何か言いなさいよ」

 そう言いつつも美影は相手から返答が来るとは思っていない。

 何故なら相手から発せられる気配・・が物語っている。もう正気ではないのだと。

 ハァ、ハァとした息遣いは荒々しく、まるで獣のよう。

 そして決定的だったのは、不意に顔をあげて見せたその目。

 そこに浮かぶのはただただ殺意・・のみ。


「う、あ、ああああああああ」


 突如その男が頭を抱え幾度となくかぶりを激しく振る。その様子はこれまで幾度も見た事がある。実験でも、エージェントとしての相手と対峙する時にも、

「そうか、……アンタ今さっきフリークになったんだね」

 それはマイノリティが理性を失う時の行動そのもの。それまで抑えつけてきた、或いは自分自身無自覚であった本能・・が溢れ出し、混乱を来す瞬間。


「悪いわね、同情するけど遠慮はしないわ」


 その有り様を冷めた目で一瞥すると美影はす、と右手を相手へと向ける。そうして即座にソフトボールサイズの火球を作り出すと相手へと放つ。

 目前の無防備そのものの相手であれば充分なはず威力を秘めたの火の塊は真っ直ぐに相手へと向かい着弾しようとするのだが。


 ──それで足りるかねぇ。


 美影の耳朶じたへと投げかけられる老化学者の粘つくようなその言葉。


 そして、美影は目にした。

 火球は届かない。だが外れた訳ではない。狙いは間違いなかった。ただ、相手へ到達・・していないのだ。

「──何なのアレ?」

 美影は思わず息を飲む。それはまるで相手の目の前には何か障害物、例えるならば盾か何かが存在するかのよう。


 ──くわばはははは、無駄だよ無駄無駄。そこの彼にそんな攻撃は通じないよ。


 道園獲耐の嘲笑う声がこの室内に反響する。

 一々その一言一言が美影の神経に障る。


 ──さてまずは紹介しようかねぇ。彼の名前は椚剛。そのコードネームである【絶対防御】は一時期WG全体でも鳴り響いた程の強力なマイノリティだよ。

 ちなみに彼には既に【ペルソナ】による処置・・を施しているからね。私の研究テーマはフリークを如何に効率的にコントロール出来るかというモノなのは知っているだろう? これもまたその一環だよ。


「……ふん、」


 ──君だってその為の戦闘実験に協力してくれたんだ。勿論分かっているよねぇ。君のお陰でペルソナの研究開発は随分と進んだのだ。そして光栄に思っていい。これがその成果を確認する最後の実験だ。


「五月蝿いわ。くそったれジジイ」


 ──くわばはははは、まぁ。お喋りはもうこの位でよかろう。

 さ、絶対防御の異名が伊達ではないという事を目の前の少女相手に証明したまえよ椚剛君。


 ブツン、というマイクのスイッチを切る音がして、同時に一気に室内全体に灯りが灯る。


 ついぞ今まで明確ではなかった相手の姿がハッキリと見える。


「あ、ああああアアアアアアアアアアアア」


 部屋中が明るくなり、その光が刺激を与えたのか顔を背け、苦しげな絶叫をあげるのは紛れもなく椚剛である。もっとも相手に面識を持たない美影からすれば相手がどんな姿形をしていようとも関係ないのではあったのだが。


「ち、完全にいっちゃってるわね」


 目の前にいる相手から感じる獰猛さには理性など皆無。

 その口から垂れているのはは涎だろうか。人としての尊厳も失っているらしい。


「ウ、グギャアアアアアアア」


 仕掛けたのは椚剛から。獣のような雄叫びをあげながら突進をかける。


(何よこの程度なの?)


 美影からすればその突進はあまりにも遅い。これまで数え切れない数の戦闘を積んだ彼女から見て、その突進はあまりにも稚拙で何の捻りも感じない。ただの体当たり、無計画にして無鉄砲な攻撃、だと思えた。

 美影はギリギリで躱して反撃に転じようと目算を立て、身構える。

 そうして相手が間合いを詰めていくのを冷静に確認する。


(相手がどういったイレギュラーなのかはハッキリ分からない、)


 さっき放った火球を遮った何か、がどういったモノかがまだ美影には判然としない以上、まずはここで様子見をするのは彼女の立場からすれば至極当然だとも言えた。

 だがここで、

 ゾクリ、とした悪寒が美影の背筋に走る。

 あと一歩ないし二歩で間合いは詰まる。だが、それでいいのか、という予感が脳裏を走る。

 だからこそ、紙一重で躱すつもりだった美影は後ろへと下がる。


 そしてそれは正解だった。


 ド、スンとした鈍い衝撃。例えるならば車にぶつかったような感覚。


「く、ぐっっっ」


 後ろへ飛ばされつつも、炎を吹き上げて体勢を整えた美影は、さっきの自分の悪寒が正しかった事を実感する。


「コイツ──」


 美影は右手を振るい、即座に無数の火球を発生させる。そうして椚剛へと放つ。


(届かないのは分かってる。でもまずはイレギュラーを確認する)


 無数の火球が一斉に相手へと襲いかかり着弾。激しく炎を吹き上げる。

「確かにね」

 美影はそれをハッキリと目視した。無数の火球が着弾と同時に炎を吹き上げて広がった事により相手の全身を覆うように巡らされたその壁を。


「く、あ。がああああああああ」


「見えない壁、ってコトか。結構面倒ね」


 美影は焦る様子もなく今度は左右から火球を発生。またも絶対の壁に守られた怪物へ向けて放つのであった。



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