翌日?──回想
『君はもっと強くなれるよ』
声がした。
それが誰の声なのかアタシはよく知っている。
たった一度だけ、それも殺し合った相手のモノだ。
どんな顔をしていたのかはもう思い出せない。
でもとても穏やかそうな、優しそうな声だったと思う。
アタシは忘れない。あの蒼い炎を。
あのまるで何もかもを全て包み込んで、喰らい尽くすようなモノを絶対に忘れるものか。
あれからもう何年経ったコトだろうか?
アタシは幾度も死にかけた。他の同年代のマイノリティと比較しても多分相当の死線ってのを、修羅場を潜り抜けてきた、って自負も持ってる。
そもそもアタシは自分が強いだなんて思ったコトなんて一度もない。アタシは何度も何度も負けてきた。
戦っては負け、でも死ぬコトなく生き延びてきた。
幸運、或いは悪運が強いのかも、とは思った。
アタシに勝った相手の多くはもう、この世にはいない。
アタシよりもずっと強かったはずの相手があっさりといなくなる。
変な感じだと思えた。強いのに先に死んでしまう。
ともかくもアタシは生き延びた。
どうしても脳裏からあの時の言葉が離れなかった。
何度考えても、あの時アタシは死ぬはずだったと思う。
蒼い炎を持った少年、あの子は然程に圧倒的だった。
何もかもを消し去る炎。
あんなに強いのに、何故か悲しそうな目をしていた少年。
″いつか絶対また会える″
アタシは何故かそう思った。
それはあの″白い箱庭″とかいう悪魔の研究施設が数年後に壊滅、そこにいたものは悉くが全滅した、と耳にしてもだ。
″いつか絶対また会える″
どうしてだかそう確信していた。
あんなにも強い力を持ってるんだ。それよりも強い相手なんているものか。そんな漠然とした考えがアタシの中にあった。
あの施設を壊滅させたのは、深紅の零、クリムゾンゼロと呼ばれる存在だと知ったのはいつだっただろうか。
何処かの支部で支部長のみが閲覧可能な資料の中にあったのをアタシが持ち出して目にした。
勿論違反行為だっていうのは分かってた。
″いつか絶対また会える″
アタシは思った。
そうだ、きっとあの少年こそがこのクリムゾンゼロなのだ、と。
だってあれだけ強い力を持った少年なんだから。
何かの実験の結果なのか、或いは自分の意思でやったのか、ともかくもあの少年があの研究施設を壊滅させ、世の中に出たんだと思った。資料によればそのクリムゾンゼロはWDに所属する事になったそう。WGに身を置くアタシとは敵対する立場だけど、心は舞い上がっていた。
″これで彼に会える可能性が出て来た″
アタシは彼に会いたかった。
これが恋なんだとは思わない。でも会いたかった。彼のおかげでアタシはここまで生きてきた。
あの時、あの言葉を胸に刻み込んで生き延びた。
何が何でも生き延びてやる。
そしていつかあの時のお礼を言うんだ。
だからこそアタシは九頭龍に来るのが決まった時、本心では喜んでいた。敵味方という形はどうあれ、あの少年にまた会えるんだから。
何でも九頭龍では十数年もの間WGとWDは表立っての対立をしない一種の″休戦状態″なのだ。無理に戦わずに済むのなら、それならばアタシが彼に会っても戦わなくてもいいのだから。
でもアタシが目にしたその相手は違う誰か、だった。
武藤零二、というソイツはあの少年とは全くの別人。
彼とはまるで違い野蛮で、下品、何よりも気に食わないのはその炎だ。その色は酷く歪で汚れた色だった。
あの蒼い色は美しかった。当時が荒みきっていたアタシの心を打つ程に綺麗だった。
それは思うに炎、というよりはまるで水。
焼き尽くすというよりは包み込むような何処か懐の大きさを感じさせるモノだったように思う。
だから内心、アタシは武藤零二を許せなかった。
何でアイツが生きてるんだ。あの蒼い炎を担った少年じゃなくて何であんなヤツが生き延びたんだって。
分かってる、これは単なるアタシの個人的な、そう八つ当たりだ。
武藤零二だってあの白い箱庭っていう最悪な場所にいた以上、短期間しかいなかったアタシよりもずっと酷い目にあったに違いない。何度も何度も命の危険にだって遭遇したんだろう。だからアイツをアタシが責める権利なんか全くないんだって分かってる。
でもそれでも許せなかったんだ。
アイツが生き延びた結果、あの少年はいなくなった。
それがどんなに不条理で一方的な逆恨みだって理解してても、──それだけはどうしても消せなかった。
例えるならソレは膿のようなモノなのだと思う。
いつかアタシはアイツと殺し合うだろう。
WGとWDという垣根なんかに関わらず、に。
そうしないとアタシはもう前に進めない。
アタシが怒羅美影、として生きていくには武藤零二、お前を斃すかアタシがお前に斃されるか。それ以外の決着なんか有り得ない。存在なんかしないんだ。
◆
ゴポ、ゴポ、と気泡が水の中にこぼれていく。
その水の中には一人の少女、美影が浸されている。
それは例えるなら巨大なビーカーのような容器だろうか。
薄紫色の液体に酸素マスクを着けられた少女が浸されて、露出した格好の背中には無数の管が取り付けられており、それは室内に置かれた計器へ繋がれている。この機材は道園獲耐のお手製でマイノリティの傷の回復を促進させる溶液を管理する為の物。
「くわばはは、うむむ──」
これは本来ならば治療用の設備であるのだが、老研究者にとっては別の用途もある。そのまるで枯れ木のような老人は少女の脳波、そして液体を通してその内面を窺っているのだ。
「くわばははは、これはこれは思った以上に面白い結果だねぇ。コントローラー」
「そうそうですねドクター。これはドクターが考えていた計画は思いの外簡単に実現しそうですです」
道園獲耐は不気味極まる笑みを浮かべつつ、美影とはまた別の容器に浸されたモノを確認。
「そうだねぇ、だがね、その前に一つ実験といこうじゃないかコントトーラーッッッッ」
ゴポ、治療中の美影には知りようもない。
自分を探して零二が動いているとは。
そして自分の内面が嫌悪していた相手に筒抜けになっているとは、思いもしなかった。




