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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
316/613

翌日──発覚

 

 零二が自分のツテなどを活用して美影の誘拐に関する情報収集をしていた頃、田島に進士も同様に自分達なりに情報収集に務める為にまずは連絡を取っていた。


 ──つまりは【ファニーフェイス】の捜索の為に必要だと判断したからこそ【クリムゾンゼロ】に協力要請をしたのね?

「はい。今の九頭龍支部の状況ではファニーフェイスの捜索に向けるだけの余力がないのだと判断しましたので──」


 田島が話している相手は現在WG九頭龍支部の支部長代理を務めている家門恵美。

 田島が昨日からの一件でWD、WG双方の九頭龍支部の状態を鑑みて独断で美影捜索及びに救出行動を取る事を訥々と説明するその間、進士はパソコンを用いて情報収集にいそしむ。

 林田由衣には及ばないまでも進士も情報収集及びに暗号解析は得手としている。


「もう少し、──そうだ」


 キーを打ちながら彼は街中の監視カメラ映像、その中で美影がさらわれる前後の映像を重点的にチェック。探すのは車が何処から来て何処へ向かったのか、である。


「ナンバープレートはやっぱり偽造か、なら、連中の顔は……」


 顔認識ソフトを用いようと試みるも、結果は空振り。

 何人か顔が判明した人物もいたのだが、そのいずれもがに死んだと書類にある者のみ。


「くそ、どういう事だ?」


 確かに裏社会、例えば一部の国家の特殊部隊中には所属するに当たって自身の過去の経歴をする場合があるのは知っている。云わば社会的に自分を殺す事で任務に際しての不安要素を減らす行為である。


「だが、この連中は違う。間違いなく死んでいる」


 そこには様々な理由により死んだ男達の経歴がズラリと並んでいる。

 ある男は元海外の特殊部隊出身、任務中に被弾し死亡。

 ある男はとあるギャングに所属する用心棒だったらしい、自分のボスを守って殺し屋が放った銃弾により死亡。

 またある男は警察組織の特殊部隊であるSAT出身、非番のある日に交通事故に遭い死亡。

 その他、刺殺、爆死、病者、溺死…………etc.


 そこに並ぶのはまさに多種多様の死因を各種取り揃えた見本市のような情報の羅列。


 それも偽造などではなく、間違いなく公的に死んだ人間だった。


「確かにマイノリティが目覚める理由の中で自身の生存危機というモノは最も多い要因だが…………」


 進士はゾクリとした悪寒を覚える他なかった。

 これは偶然ではない。何者かが明確な意思を持ってこの連中を集めたのだ。そして何故こんな連中を集めた部隊を作るのかを考える。


「────こんなの表沙汰には出来ないって事か」


 それが結論だった。既に死んだ者を再度殺す事は不可能だ。ましてやそれが各国の政府機関などがそう認定した者を生きていましたなどとは間違っても公表する事など不可能であろう。


「どうも、コイツらには相当な裏がありそうだな……だが、」


 深い闇を感じたが、今優先すべきは美影の行方である。

 進士は頬をパシンと叩き、首を横に幾度も振って気分を変えると、再度カメラ映像に注視していくのであった。



 ◆◆◆



 一方で零二は、と言えば手詰まりだった。

 人身売買に関わる連中を幾人も締め上げたものの、結局誰も美影を誘拐する件には関わっていなかった。

 時間だけが虚しく経過していき、そうして辿り着いたのが今ツンツン頭の不良少年がいる場所。

 一見すると単なるマンスリーマンション、ただそのすぐ裏にはセメント工場があってそれが何とも不気味な雰囲気を放っている。



「さってと、で、どうなんだ? ソイツは当てになンのかよ?」

 ──知らないわ。ただソイツは色々となだけ。もしかしたら、位よ。

「ふうン、まぁいいや。じゃとりあえず行ってみるわ」

 ──ちょっと待ちなさいよ。その、私は行かなくてもいいわけ?

「ああ、いらね」

 ──私に気を使ってるなら……。

「いいや、お前の保護者みたいなヤツのコトなンざ知らねェよ。

 そもそも面識もねェワケだしさ。単にお前に巫女のヤツの相手をしてもらいたかった。そンだけだよ。もう姐御もいないワケだし、お前はWDからクビになったンだろ? ンじゃあもう自由だぜ。わざわざ汚い世界に関わる必要なンざねェよ、じゃな」


 それだけ言うと零二は通話を切った。

 そしてすぐさまに頭をワシャワシャと触る。自分でも余計なコトを言ったという自覚がある。

 桜音次歌音にとって昨日の混乱の首謀者の一人であった西島迅という人物は恩人だった。それまで家族の中ですら怪物扱いされた歌音を救い出し、過程はどうあれ一般社会へ連れ出してくれた人物だった。

 その事を零二が知ったのは今朝、秀じいから。

 歌音が彼にどういった感情を抱いていたのか、零二に語りこそしなかったがその胸中は複雑だろう。実際、零二もまた九条羽鳥という恩人を失い、違和感を感じているのだから。


(まぁ、何を言おうともオレは当事者じゃねェからな)


 正直、歌音はこのまま裏社会とは縁を切るべきだろうと思っている。顔を合わせてまだ一日。だけども充分だった。


(アイツは優しい。色々ガタが来る前に足を洗った方がいい)


 だからこれはその為のキッカケ、第一歩。


(まぁ、これでもダメならイヤだけど武藤の家を頼るさ)


 そう思い、零二はマンションの一室のインターホンを押した。


 ピンポーン、というありきたりなチャイム音。


「どうぞ鍵はかかってないから。ここは【僕の部屋だから問題ないよ】」


 そう声が聞こえ、零二はドアを開く。


「よぉ、トーチャー」

「やぁクリムゾンゼロ。君が直に来るなんて思いもしなかったよ」

「出来ればそのツラを見たくもなかったけどな」

「だろうね~」


 そうして出迎えた相手の髪の色は緑色で耳には無数のピアスが付いている。ヒョロリとした少年で、中性的な顔立ちであり、傍目からは女の子に見えなくもない。

 だがこの一見弱々しい見た目に騙されると、手酷い目に遭う。

 何故ならトーチャー、とは″拷問″を指す単語なのだから。

 そんな物騒な異名そのままにこの少年は他者を虐げ、それを悦楽としている。間違いなく人格破綻者であり、零二がもっとも嫌う類の相手である。


「それで嫌っている僕の元にまでわざわざ足を運んだのはどうしてだい?」


 ヒョコヒョコとしたワザとらしいその歩みに零二はカッとしそうになるのを堪え、問いかける。

「昨日、お前は何をしていやがったンだ?」

 零二は秀じいから昨日、九頭龍各所で起きた様々な事件についての資料を朝食の際に密かに武藤の家で貰い、目を通した。

 一体どのような手段を用いたのかは分からないが、その資料から武藤の家は九頭龍に於ける大多数のマイノリティの状況を把握している事を今日初めて知り、自分の家の仕業ながら寒気が走った。


「言い訳する必要はねェから答えろ、怒羅美影を誰が誘拐したのかを教えろ」

「は、何を言ってるのかなぁクリムゾンゼロ?」


 そして細部まで見ていて気付いた。

 目の前にいる拷問嗜好者が様々な人物と情報交換をしている事を。

 それこそ街の不良から指名手配犯、WGにもWDにも顧客が存在し、その中にあった名前の一つに零二には絶対に見逃せないモノがあった。


「藤原新敷、あのクソ野郎とも繋がってやがるとはな」

「ああ、確かに藤原新敷氏とは面識はあるかな。だって彼はなんだ。この街じゃWDよりもずっと格上の立場にある存在に連なる人間だ。知り合って損はないと思ってもおかしくはないと思うよ」


 トーチャーはアッサリと自身が多重スパイである事を認める。

 バレたから何だ、とでも言わんばかりに平然とした面持ちで零二を値踏みするように眺める。


「教えろ、ファニーフェイスの件でお前が知ってるコトをな」


 零二はトーチャーを凝視する。いや、それは凝視などという表現ではない。明確なを込めた視線である。


「なぁ、僕がそれを教える事で一体どういったメリットがあるのかな? そもそもファニーフェイスはWGのエージェント。それも九頭龍に於けるエース格のね。消えてくれるのならそれが一番じゃないのかな?」


 だが拷問嗜好者たる少年はそれがどうした、とでも言わんばかりにあくまでも打算的な言葉を返す。


「ああ認めるさ、僕は色んな連中と繋がりがある。

 その中には九条羽鳥を始末した連中だっているし、ファニーフェイスこと怒羅美影の件に関わる奴の情報だってあるさ。

 だけどね、この世は【ギブアンドテイク】なんだ。僕が君に何かしらの情報を提供するのであれば、君もまた僕に何かをくれなきゃダメだと思うんだけどもね」

「テメェ…………」


 零二はハッキリと理解した。

 目の前にいる相手はずっと前からだったのだと。

 もっともWDが自由・・を標榜する組織である以上、自分達を裏切る自由も存在するのではあったが。


「…………」

「何もくれないのならここから去るんだね」


 沈黙する零二を一瞥しつつトーチャーは冷たく言い放ち、背を向けようとした時だった。

「な、んだ?」

 不意に視界がボヤける。

 足元すら曖昧に見える。


「オイ、」

「──!」


 そのドスの利いた声に思わず振り向く。

 すると零二の全身からは焔が揺らめいていた。


「な、焔だと?」

「ああ、知らねェのもムリはねェかもな。何せコイツを使えるようになったのはホンのつい最近だからな」


 零二の言葉一つ一つに焔がゆらゆらとその色合いを変えていく。橙色から黄色、そして黄緑へと。

 不安定さを感じさせるその変化はまるで、いやまさしく零二の精神状態そのものだとトーチャーには思えた。


「なぁ、お前には質問があるンだけどよ。答えてくれるか?」

「は、ははは」


 トーチャーは本能的に足が後ろへ下がるのを理解した。

 理性ではここで下がってはいけないと分かっている。彼は自分が強者ではない事を良く理解している。

 だからこそ″駆け引き″を重視している。どんな強者であっても生きている以上は何かしらの傷を持っている。それを理解しさえすれば何かの際、例えば戦闘時に於いても付け入る隙がある事にもなる。

 自分が強くないのを分かっているからこそ、他者の強さを知り、その逆鱗が何かを知る事に注力。そうする事でギリギリの所まで踏み込める。これまではずっとそうだったし、これからもそうだ。


(そのはずなのに、何でこうなってる?)


 そもそも駆け引きなら自分の方がずっと上のはず。

 何故なら、零二をこの部屋へ招いた時から既に仕込みは終わっていたのだ。

 トーチャーのイレギュラーの特徴は二つ。

 言葉によって精神的苦痛を与える事とそれから傷を癒やす事。

 傷を癒やす、というと勘違いされがちだが、厳密には言葉によって自己治癒を一時的に増進させる、というのが正しい。

 ″偽薬プラシーボ″効果と言えば適当だろうか。


 荒事には向かない能力だが、仕込みさえ間違えなければ大概の相手には有効である。例えば、ここが自分の縄張りだという言葉を狭い室内、それも反響しやすい壁で増幅させ、ドアに仕掛けた小型のマイクによって相手の耳から脳内へと届ける。


 ″ここは僕の部屋だから何も問題ないよ″


 たったこれだけの何の変哲もない言葉、これが今回の仕込みとなる言葉だが、この言葉に込めた言葉は、


 ″ここは僕の縄張りだから君には何も出来ないよ″


 というモノ。


 具体的な苦痛こそ感じない程度の精神干渉だが、それだけの事でこの室内に於いて相手はもう自分には刃向かえない──はずなのに。


 彼は知らない。そもそも零二は先日まで自身の精神へと潜伏していた存在からずっと干渉を受けていたのを。数年がかりで常時精神攻撃を受けていた為になまじっかの精神干渉能力は通じない、とは知る由もない。何せ誰もその事を知らなかったのだから。


「一つだけ答えろ」

「な、なんだ九条羽鳥の事なら……」

「いンや、姐御のコトはいい。怒羅美影について知ってるコトを説明しな」


 零二はあくまでも美影の確保を優先する。

 九条羽鳥の件も気になるのは事実だったが、死んだ人間よりも今は生きているかも知れない人間が優先だった。


「──どうなンだ?」

「ひ、ひいっ」


 零二の目にはハッキリこう訴えかけている。

 ″言いたくなきゃそれで構わないぜ。吐かせてやるからよ″

 あの焔が脳裏をよぎった。あんな焔を纏った拳で殴打されたら一体どうなるか?


「わ、分かった言うよ。知ってる事を話す」


 これからもトーチャーを楽しむ為には命がなくてはならない。

 何事も命あっての物種、それがこの少年の座右の銘。

 もとより職業的倫理観など持ち合わせてなどいない拷問嗜好者は口を割るのであった。


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