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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
315/613

翌日──依頼

 


「う、ぐう」


 零二が目を覚ますとかすかにではあるが頭痛がした。

 昨日は何だかんだでかなりの回数の戦闘をこなした。一戦一戦は然程でもない物が大多数ではあったが、それでもイレギュラーを用いれば精神的に疲弊はする。それに最後の二戦、得体の知れない黒いナニカと絶対防御こと椚剛との対決はかなりの消耗を零二に強いた。


「あ、やっと起きた」

「ン?」


 ふと何か重みを感じる、そうちょっとした肉の重みのよーな……。

 でも何だかやわらかい感触もあって────。


「ブヒャッッッ、おま、おまえっっっ」


 零二は思わずベッドから飛び出て、そのまま部屋の壁へと後ろ向きのままに後ずさる。まるで黒い害虫のような動きを目の当たりにして、


「あっははは。なにそれレイジ、ゴキ○リみたいじゃん」


 神宮寺巫女は大笑いする。トレードマークだったパーカーこそもう着てはいないものの、着ているシャツはいわゆるショッキングピンク。かなり派手目の色合い。それから下は短パン。確か彼女が通っている中学校の体操着だったはず。

 零二が飛び出た理由は単純明快。目を覚ましたら薄い夏布団越しとは言え、少女の肢体が真上にあったからに他ならない。


「お前なぁ、マジで止めろって」


 ようやく冷静さを取り戻した零二はハァ、と思いっきり溜め息を付くとゆっくり起き上がる。


「やっぱしビックリした?」

「ンなの当たり前だろが、ったく大方皐月のヤツの入れ知恵だな」


 頭を掻きつつ、ベッドに座る妹分の少女に余計な知識(?)を教え込んだに違いない武藤家の家人に後で文句を言ってやる、と決意を固めるとペタペタとした足取りで自室を出る。

「あ、待てよおれも行くよ~」

 巫女もまた零二について部屋を後にする。


「で巫女、少しはココにも慣れたか?」

「ん、そうだな。結構いいとこだね」

「そっか、」

「レイジは何でここに住んでいない訳?」

「気になるか?」

「答えにくいならいいけど」

「いや、別にいいよ。まぁ、なンつうかここは快適過ぎるンだよな。どうにもよ」


 零二は苦笑しながら視線を外へ向ける。


 武藤の家はかなりの豪邸である。

 その母屋の面積はちょっとした学舎程もあり、部屋の数も数十。家人達の住居も敷地内にいくつか別館として用意されており、暮らしている人数はおよそ二百人。ちょっとした集落のような物だろうか。


「快適じゃ駄目なのか?」

「うーン。たまにならいいと思うンだぜ。でもずっとココにいるのは違うンだなぁ」


 巫女の疑念は至極当然のモノだろうとは零二も理解はしている。

 巫女は今でこそ何だかんだでこうして近くにいるが、元々は色んな家庭へ里親に出され続けた、という経緯がある。

 自分がマイノリティだという事を知らず、イレギュラーという能力を恐れ、恐れられ……たらい回しにされた。


 そうした経緯があるから彼女には安定した環境が大事だと零二も分かっていた。だからこうして居着いてしまった以上、出来うる限りでより良い住環境を用意していたつもりだったが、そもそも巫女から見れば零二がここに住まない理由が良く分からない。普段零二と巫女がいるマンションよりも、武藤の家はずっといい環境に見えたからだ。


「まぁ、何でもいいじゃねェか。あーあ腹減ったなぁ~」


 零二は答えず、ただ先へ進む。その背中からは何故か深い寂しさが感じられた。



「え、おい何だよコレは……?」


 部屋に着いた零二はそれ以上言葉も出ないのか、口をアングリと開く。

 一度に百人は入れる食堂には家人以外の見かけない人物がいる。


「なによ、じろりと見て」

 一人は桜音次歌音。零二の首輪兼相棒だった少女。彼女がここにいるのはまだ理解出来る。


「よ、ここ飯美味いなあ羨ましいぜ」

 次の一人は田島一。WG九頭龍支部所属のエージェントであり、WD所属の零二の敵であるにも関わらず平然とした顔で食事をしている。


「ようやく起きたか重役出勤だな」

 三人目は進士将。田島と同じくWGのエージェント。涼しい顔をして食後のコーヒーを嗜んでいる。


「な、な、何でお前らココでメシ食ってンのさ!!」


 全く事態が呑み込めない零二は大声で怒鳴ってみせるのが精一杯。

 そしてそれが零二にとって致命的な失態。


「若、いつも申し上げていると思うのですが──」


 気配もなく背後に立つ人物の声に零二は本能的にビクリ、と背筋が伸びる。その表情は自分がミスを犯した事を実感し、後悔からか大きく歪む。

 その顔を見た歌音に田島と進士は揃ってこう評した。

「「「実に味のある顔だった」」」


 ワナワナ、と背後の気配に恐れおののくツンツン頭の少年は恐る恐る訊ねる。

「あの、その、悪かったよ。だからさぁ、」

 そう言いながら振り返る。するとその目に映ったのは。

「若、武藤の主たる者。容易く動揺するのは如何なものでしょうかな」

 呆れ顔を浮かべる執事兼お目付役たる加藤秀二の声とは真逆の憤怒の表情。

「あ、あああっっっっっ」

 ぱっしいんと軽快な音を立てて手にした杖が額を直撃。

 零二はその場で悶絶。普通なら笑う場面だが、誰も笑わない、いや笑えない。阿修羅の如き形相をした秀じいが仁王立ちしていたから。

 ひとしきり身をよじって悶絶し終わると、零二は食事をしつつ、秀じいから今に至るまでの状況説明を受ける事になった。


「……九頭龍はとりあえず平穏を取り戻しつつあるってワケだな?」


 モキュモキュ、と頬を膨らませながら零二は秀じいに訊ねる。

 その様子はまるでリスか何かみたいに見えたらしく、歌音は含み笑いをし、巫女は「レイジばかみたい」と思いっきり声を上げて笑う。


「うっせ、──うぐっ」


 反論を試みた零二だったが、秀じいの視線がこう訴えかける。″食事中、それも食べながら喋るなど下品ですぞ″と。

 下手に刃向かえば折角の栄養が口から出て行く羽目になりそうだと理解した零二はとりあえずは口の中のモノを飲み込む事に専念する。


「支部長が不在となったWGはどうやら家門恵美殿が暫定的に支部長代理をしている模様です」

「……」


 零二は家門恵美とは面識がない。実際には彼が通う九頭龍学園で幾度もすれ違っているのだが、その都度家門が相手に気付かれないように気を配っていたからである。

 そんな零二が思考を巡らせる中で秀じいは咳払いを一つ入れ、零二の注意を向けさせると話を続ける。


「WDは九条羽鳥殿がいなくなってしまった今、混乱は避けられません」

「……姐御はマジで死ンじまったってのか?」

「────」


 その問いかけに応える者は誰もいない。

 というより、歌音にせよ、WGの田島や進士にせよまさかの事態だった。あの九条羽鳥がいなくなった。それはこの街にこれまで存在していた仮初めの休戦がになる事を意味する。

 間違いなく九頭龍の状態は悪化する事を示していた。

 重苦しい沈黙に包まれる室内。その沈黙を破るのは零二の後見人たる加藤秀二。

「若、こうなっては致し方ありません決断を」

「決断、って一体何をだよ? う、」

 零二は思わず言葉を止めた。後見人の面持ちにはいつも以上の真剣さが称えられており、これが自分に重大な何かを求めているのだと理解させるには充分だった。


「秀じい、きちんと順序立てた上で話してくれ。それに僕以外に聞かれてもいい話なのかな?」

「レイジ?」「え、?」「なに?」「今のは?」


 巫女、歌音、田島、進士は困惑した。

 これまでとは明らかに零二の口調が違ったのだ。特に″音″に関連したイレギュラーを持つ少女二人はまるで性格まで変わったかの様にすら聴こえたのだからその驚きは他の二人とは比べ物にならない。


「構いませぬとも。彼らは客人、敵ではないのです」


 秀じいの言葉もまた心なしか諭すような、慈愛すら感じる。


「若ご自身の【ファアンクス】を作らねばなりますまい」

「ファアンクス、か」


 その言葉はWDでは、九頭龍以外の地域では極々当然に使われる。密集、集団を意味する言葉であり、WDに所属する者が作る大小様々な規模の組織の名称。


「少し考えていいか?」

「は。若の思うようになされませ」


 零二には即答は出来なかった。彼にとってWDとは九条羽鳥のいる場所であったから。そして加藤秀二はそれを誰よりも理解している。

「まだ時間はあります。じっくり考えて下さいませ」

 穏やかに微笑み、その場を立ち去った。





「なぁ、武藤零二」

「ン、何だよ……今忙しい」


 しばらく後、話を切り出したのは田島だった。

 零二はと言えばこのしばらく京都にいた為に遅れていた授業のチェックをしているらしい。一見するとどう見てもツンツン頭の喧嘩上等を地で行く不良少年ではあったが、そんな彼が学園の教師から一目置かれるのはどんなに品性校正とは言えなくとも学業を疎かにはしなかったからである。


「レイジまた勉強かよ。おれと遊ぼうぜ」


 巫女が自分にかまえよ、とばかりにくっつこう試みるが零二は一向に勉強を止める気配はない。


「似合わない事してるわ、──ってなにこれ。大学入試レベルの問題集じゃないの、バカじゃないのこんなのやって」


 そういう歌音も九条からカリキュラムを組まれていたので、中学生なのに高校レベルの学力を有しているのだが、流石に呆れる。


「いいだろ別に。ちょっと先のトコやったってよ」

「ちょっとじゃない、二年先はちょっとじゃない──」

「レイジ、今度はおれにも勉強教えてよ~」

「おい、お前らこっちの話を聞け…………」


 田島は目の前で繰り広げられる中学生女子二人と高校生男子一人のコントみたいなやり取りを前にしばらく凍り付いた。


 数分後。



「悪かったよ。ンで何かオレに用事か?」


 零二は参考書を置くと田島と向き合うように座る。

 巫女と歌音は、皐月が気を利かせたのかケーキを持ってきたので今はそっちに興味を惹かれている。楽しそうな声から察するにどうやら人気店のケーキらしい。


「心配ンな、皐月は気が利くからケーキならオレらの分も用意してくれてるから」

「ばか、違うわ。そうじゃない」

「一、キチンと話せ」

「わかってるさ。武藤零二、お前に頼みたい事がある」


 零二を見据える田島の目は真剣そのものだった。


「言ってみなよ。聞くだけは聞くぜ」

「恥を忍んで頼む。美影の奴を探してくれ」

「…………どういうこった?」


 そして零二は怒羅美影が昨日の混乱の中で誘拐された事を知る。

 歌音からも、同じく借りを返してないから探せ、と言われ、巫女からも「ミカゲって互角に戦えるから燃える相手だって言ってたじゃん。だったら何を迷うのさ、とっとと探せばいいじゃない」と言われ、いつの間にか腹は決まっていた。

 ツンツン頭の不良少年はいつも通りの不敵な笑みを浮かべて応える。


「ったく世話のかかる女だな。…………いいぜ、オレが見つけてやる」


 そうして零二はその話を受ける事にするのであった。


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