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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
313/613

駆け引きその2

 


 ヘリ型のドローンからの銃撃がまた轟く。これが普段であれば様々な音に相殺され、ここまで響く事はなかったであろう。普段であればこの超高層ビル群の建ち並ぶ区域には少なくとも数十万人もの人がいるのだから。

 だが今ここはほぼ無人。余計な音は一切入らない。だから余計にその轟音は耳に届く。


「…………」


 家門恵美は黙して状況の把握に務める。

 本来であればあのヘリを狙撃している場面。だが彼女は何もしない。何故ならそれが春日歩からの要請だったから。


 ──恐らく俺は何らかの罠にかかる。


 歩は確信めいた表情でそう言っていた。

 だから訊ねた。なぜそれでも行くのか、と。


 ──そりゃ簡単だよ。フェイカーってのを倒す為の下準備だからさ。なぁに、こう見えて俺はかなりしぶとくてね。死神からも嫌われちまってるから大丈夫さ。だからこそ頼むよ。あんたは状況の把握に徹してくれ。もしも俺が死んじまったら、そんときゃ敵討ちしてくれ。


 あっけらかんとした顔でそんな事まで頼んできた。


「本当に図々しい奴。ああいう輩は殺しても死なないわ」


 家門恵美は苦笑しながら、請け負った通りにただ状況把握に務める。無情だと言われればその通り。だが家門恵美は歩の言動を見定めた上でその話を受けたのだ。だからこそ今、彼女が見るべきは苦戦中の歩ではなく屋上にいるであろうフェイカーなる人物。


「あいつはわざわざ囮になった。姿を見せろ」


 家門恵美は殺気などの気配を殺しつつ目を凝らし、その相手が姿を見せるのを待つのであった。



 暗い室内には埃と煙がもうもうと上がっていた。

 歩はすっかり汚れてしまったジャケットを渋い表情で見る。

 今すぐにでも埃を払いたい所を我慢して慎重に様子を窺う。


(ふう、やだやだお気に入りのレザージャケットなんだがなぁ。

 こりゃまたクリーニングかな)


 ヘリからの銃撃は一向に止む気配はなく、その点からもあのヘリはイレギュラーによる影響下にあり、少なくても尽きる事のない弾丸は実弾ではないのだと理解した。


(にしても妙だな)


 そして疑念を抱く。

 あのヘリは何故こうも非効率的な銃撃を繰り返すのだろうか、と。

 あのヘリは暗所での戦闘には向いていないのは明白。であるならば、優先すべきは自分を適度にここに釘付けにした上でカーテンに覆われた窓を破砕すればいいだけ。何故それを実行しようとしないのか、と。


 その答えは直後に判明する。


 突如として、ヘリの銃撃が収まり、同時にその銃身が見る間に変形していく。それは左右に二つずつ備え付けられた円筒形の物体、つまりはミサイル。小型とは言えどあのミサイルは紛れもなくイレギュラーの産物。その威力は洒落にならないはず。


「ち、そう来たか」


 くそっ、と言いつつ歩は隠れるのを止めて部屋から出るべく走り出す。だが歩が部屋を出るよりも早くヘリが回り込む。そして、左右から小型の破壊兵器は発せられる。

「う、おっっっっ──!」

 瞬時に室内は炎に包まれ、そうして直後に爆発。

 ドオオン、という爆音を出しながら砕け散った窓から炎が吹き出し、そして様々な物が吹き飛んでいく。


 様々なモノが散乱した室内をヘリは旋回する。

 標的が無事なのか、それとも──の可能性を探るべく。


「おいおい、もしかして死んだか死んだのか?」


 その惨状をカメラ越しに確認しながらリチャードはふふ、と含み笑いを漏らす。


「足止め、もしくは手の内を探るのが主目的だったけどこれはもしかして素晴らしい結果を出したかなぁ」


 カメラに映るのは千切れ飛んだ手首。そしてもう原型すら留めない黒ずんだナニカ。

 試しにヘリが銃撃を喰らわせるも、ピクリともせず完全に死んでいる。


「念の為にもっと接近してくれないか?」


 通信機越しにヘリへ、より厳密にはヘリへ意識を飛ばしている男に指示を出す。

 間違いなくそこには黒ずんだ死体があるが、万が一それが別人ではないのか、という疑念をリチャードは捨てきれない。


 ゆっくりと警戒するようにヘリは相手の燃え尽きた遺体へと接近する。そうして念押しの銃撃をさらに遺体へ浴びせかけ動かないのを確認。


「さぁ、顔を見せろよ。死んだんだろぉ」


 リチャードはその黒ずんだ死体の顔を改めてカメラ越しに注視。意識を傾ける。拍子抜けしつつも、天敵が死ぬのであればこれ程に嬉しい事はない。そう思うとつい笑みが浮かぶ。

 その時であった。


「悪いな。生憎俺なら生きてるぜ」

「──な、に」


 リチャードは声がすぐそこから聞こえた事に動揺しつつも咄嗟に後ろへ飛び退く。

「バカな」

 そして声の主の姿を認め愕然とする。何故なら目の前にいたのは春日歩であったのだから。

「何故生きている? では下にいるのは一体──」

「ああ、それなら簡単だ」

 歩は指をパチンと鳴らす。それに呼応するかのようにカメラ越しに映る黒ずんだ何者かの遺体が見る見る内にグズグズとその姿がまるで嘘のように消えていく。


「これは、」

「ああそこにいるのは確かにだ。もっとも俺の血で象られただけどな」


 歩はニコリと何処か凄惨さを感じさせる笑みを浮かべつつリチャードへ迫らんとする。

 その手には血で象られた深紅のナイフが握られていて、逆手に掴んでいる事から刺突目的であるのは明白。

 それを隠しもしない様子からリチャードは歩が自分が仕損じる可能性など全く思いもしていないのだと理解。ここは死地なのだと今更ながら理解する他ない。


「く、はっはバカめ。だから何だと言うんだ?」


 しかし金髪のイギリス人はなおも余裕の笑みを浮かべる。

 追い詰められ、自身へ危機が迫っているにもかかわらず。その理由は簡単で、既に歩の背後へとヘリが迫っていたからである。

 実のところこのヘリは静音性能に特化したモデル。それをここまで担い手の男が隠していたのだ。


「本当に油断ならないよ君は。まさか血で人形まで作れるとはね。

 血液操作能力ブラッドコントロールと系統付けされるイレギュラーの担い手ならかなり知ってはいるけど君みたいに様々な用い方を出来る者は数少ない」

「そりゃどーも。お褒めいただき感謝感激だよ。だがお喋りは充分だろ?」

「それもそうだ。ぼかぁ君に勝てるとは思えないし」


 音を立てずに距離を詰めるヘリ。その機銃さえ火を噴けば歩は背中から一瞬で挽き肉になる。そう思えばこそ幾らでも笑うし、笑われても構わない。


「あ、そういやさっきはどうもな」


 不意の言葉にリチャードはそれが何を示しているのか一瞬、考える。そして即座に何を指しているか思い至る。

 つまりは歩は背後に迫る音のない。殺気など持たない無機物の塊に気付いているのだと。


 パアァァン。


 その乾いた音はリチャードには聞き覚えのあるモノ。

 それはスナイパーライフルによる数百メートル先からの狙撃。


「な、」


 その狙撃はリチャードではなく、歩の背後に迫っていたヘリを直撃。一撃で機体から火の手が上がる。



 ◆



 家門恵美の目はハッキリと敵の姿を捉えていた。


 小型のヘリ。玩具のような代物だが、搭載されている武器の威力はあのビルの破壊された状態を見れば相当に危険なのは明白。

 それが屋上のヘリポートにいる春日歩の背後へと向かっていく。


(あの男、春日歩は相当の手練れ。それが敵の接近に気付けない)


 冷静に状況を分析し、家門は結論を導き出す。

 あのヘリは恐らく殆ど音を発しないのだろう、と。だから歩は自身へと迫る危機をまだ認識していないのだと。


(いえ、違うわね)


 だがその考えを家門は即座に撤回。まだ知り合ってそれ程の時間もないが、それでも分かる。

 春日歩、通称″ウォーカー″。

 詳しい経歴は機密扱いになっており、アクセスには最低でも支部長クラスでなければ不可。支部長クラスの権限があったとしても分かるのは彼がに参加しているという最低限の情報のみであり、彼がどういった所属なのかすら不明。

 正直下手な敵よりも厄介な相手、そう家門は認識した。

 ここまでの徹底された情報の秘匿が何を意味するのかは明白。

 つまりは春日歩、なる人物は″ダーティ仕事ワーク″を専門としているエージェント。それも日本支部公認の。


(まぁいいわ。どういうつもりかは知らないけれど)


 依頼内容はあくまでも屋上にいるはずのリチャードというエージェントだったが、家門はスナイパーライフルを発現。瞬時に狙いを定めると即座に引き金を引く。構えたライフルが乾いた音を立て、カランと薬莢が地面へと落ちた。




 ◆



「よっ、と」

 そして歩は振り向き様に逆手に持っていたナイフを構え直すと踏み込んで横へ一閃。それは寸分も違わずにヘリを両断。完全に破壊する。


「く、そっ」

 リチャードは背後を突こうと試みるが、そこへ牽制するように弾丸が足元を掠める。


「悪いね~」

 歩は悪戯っぽく笑うと、何を思ったか何もないはずのフェンスへと向けて赤いナイフを投げつける。当然ながらナイフはフェンスをすり抜けて落ちるはずなのだが、

「ぐがあっっっ」

 声があがり何もないはずのフェンスからは呻き声。ペリペリと薄紙でも剥がすかのように何かが外れると、そこにはヘリを手繰っていた男の胸を貫かれた姿があった。

 歩はヘリを破壊した瞬間に、さっきまで存在しなかったはずの気配を認識。そこへナイフを投擲してみせたのだ。

「ひ、ぐうううう」

 そしてナイフがあっという間に崩れていき、血へと返る。

 その血は傷口から相手の体内へと入り込むと振動。

「あ、ぎゃぎゃあくううう」

 男は全身から鮮血を噴き出すとそのまま絶命。倒れ込む。


「さて、と。これで一対一かなフェイカー?」

「く、流石はウォーカー。本当に油断ならないよ」


 実際には家門からの狙撃を抜かした上で一対一、と強弁する歩に対して、リチャードはと言えば不自然な程の余裕ぶった笑みを浮かべている。まるでまだ何か逆転の一手があるかの如くに。


「随分と余裕綽々じゃないか。まだ何かあるのかな?」

 と探りを入れる歩に対して、金髪のイギリス人の返答は、

「いやぁ、もう参ったよ。ぼかぁお手上げさ」

 と口でこそ降参だとか言いながら、その目に表情からは何かある事を示唆している。


「ふん、そうかよ」


 そして歩は決断。不意に一歩前に踏み出し、そのまま握手でもするかの様な自然な所作にて相手の心臓へいつの間にか発現させた血のナイフを突き立てる。


「──!」


 リチャードは一言も発する事もなくその場に膝を屈する。

 それはさっきのヘリを手繰っていた男の例を鑑みれば間違いなく致命的な事態であったのだが。

「ち、やっぱりか」

 歩は表情を険しくする。そう、仕留めたにしては手応えが妙だったのは偶然ではなかった。


 ──なに、倒したんじゃないの?


 そこへ事態を確認した家門から通信が入る。

 確かに彼女から見れば歩がナイフで相手を刺殺したようにしか見えない事だろう。

 歩ははぁ、と嘆息しつつ「いんや。逃げられたよ。」と答える。

 その視線の先にはグズグズに崩れ落ちた土塊つちくれだけが残されており暫く沈黙。そして「いいや、そもそもここには最初からいなかったが正解だろうさ」と言うとその場を立ち去る。


 ──今度は私の方を手伝ってもらうわ。

「ああ、そうだったなぁ。分かったよ約束だもんな」


 考えに没頭する間もなく、家門恵美から即座に現実に引き戻らされ、春日歩はやれやれとばかりに大袈裟に肩を竦める。今度は未だクーデターにより占領されたままのWG九頭龍支部へ家門恵美と共に向かう事となる。


 そしてWDとWGの二大組織の混乱は数時間後、具体的にはこの日の内に終結。

 これより半日後、九頭龍の戒厳令は終わりを迎えるのである。



 ◆◆◆



「戒厳令により一般人の避難が速やかに実行された結果、被害は公表された限り五十人。予測された被害に比べれば微々たる損害だと思われます」


 暗室の中で男は訥々と現状報告をする。

 そのダークスーツはこの暗室に一体化しているかのような錯覚をすら覚えさせる。


「分かりました。ですがシャドウ」


 声だけで鋭敏さを漂わせるその女性は立ち上がると不意にカーテンを開け放つ。

 当然ながら光が部屋へと入り込み、満たしていく。

 シルエットだけしか分からなかった女性の姿が浮かび上がる。


「わざわざ暗室にする必要はありません」

「ですが、先日のような事態がもしもまた起きれば──」


 反論しようとするシャドウを手で制し、淑女は微笑を浮かべる。


「その心配は無用です」


 そこにいるのはシャドウにとって敬愛どころか崇拝の対象とも云える人物、九条羽鳥。昨晩突如として拘束を解かれた椚剛の手によって死んだはずのWD九頭龍支部のトップにしてWDという組織の支配者の一人と目される女性である。


「ですが昨晩の一件。間違いなく他の【上部階層オーバークラス】の介入による物。ここで引き下がっては……」

 シャドウはギリ、と唇を血が滲む程に噛み締める。

 絶対防御の異名を持つ椚剛を五年前打破した際、九条羽鳥は速やかにその始末を付けるつもりであった。だが、それを差し止めたのは他のオーバークラス。具体的には″賢者ワイズマン″と呼ばれる人物である。


(五年前に奴を無理やりにでも始末さえしておけば)


 そう思えば慚愧の念にシャドウは駆られる。

 自身の主として認める唯一の存在がこうして地に墜ちる事も無かったに違いない、と。



「私がここで表に出ても出なくとも既にこの惨状ではもはや手遅れでしょう。のいずれかがこの事態に関わったかは些事でしか有りません。この件は私、九条羽鳥の手落ち。そういう結論を今頃は導き出している事でしょう」


 九条羽鳥はあくまでも淡々とした口調でたしなめるように語る。

 そう、彼女には最早WD九頭龍支部の支部長という立場はどうでもいい話だった。最低限の目的は果たされたのだから。


「大事な事はクリムゾンゼロの成長。今回の一件で彼が結果としてより強くなれるのであれば私はこのままでも構わないと思っています」

「…………」


 そこまで言われてしまえばシャドウも最早諦める他ない。目の前にいる淑女は冷静沈着にしてあらゆる事態に際しても心を乱しはしない。それでいて一度決めた事は撤回しないという頑固さをも備え持つ。口で説得など出来うるはずもない。


「シャドウ。久しぶりに貴方の淹れる紅茶が飲みたいです。用意を頼みます」

「は、直ちに」


 九条羽鳥は生きていた。

 だがそれを知る者、或いは推測出来た人物は現段階ではほんの僅かな者だけであった。



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