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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
312/613

駆け引きその1

 


 椚剛の敗北からおよそ二十分後。

 WD九頭龍支部のある民間警部会社の入った超高層ビルにて。

 まるで天をも掴まんとでも言わんばかりにそびえ立つビルを見上げる人影が二つある。


「うわ、マジでバカみたいに高いなこのビル。全くWDってのはパブリックエネミーじゃなかったかしらねー」


 軽口を叩きつつ、春日歩は入口のすぐ前にいた。


 ──冗談はその位でいいかしら。さっさと突入して。


 通信機越しに辛辣な言葉を投げかけるのは家門恵美。

 彼女は歩から少し離れたビルの屋上に控えている。

 今から二人はこのビルへと突入するつもりだった。


「りょーかい。にしてもよく手を貸してくれるつもりになったもんだね?」


 そう、家門恵美は本来ならば今すぐにでもWGでの混乱の収拾に当たるべきだった。前の支部長である小宮和生とそのシンパによる一種のクーデターにより、井藤は捕まった。そして家門もまた一度は捕らわれ、一種の洗脳を受けた上で放免された。


『僕たちの邪魔になる可能性を持った相手を全て排除して欲しい』


 そう、彼女の意識を誘導した相手はこの九頭龍に於ける数少なくなった防人の中でも中心的な立場にあった西島迅。


 そうして意識を誘導された彼女は幾人かのWDエージェントを排除した所で歩と遭遇。戦いに突入する寸前で事前に逃げおおせた親友の林田由衣により、意識誘導を解除。結果、歩との共闘戦線を取る形でこうして動いていた。


 ──私はこの混乱を終わらせる。その為にはまずWDを片付けるのが先決。そう判断しただけだから。


 その言葉を聞いて歩は思わず苦笑する。


「ああ、そうだろうさ。でも感謝しとく、じゃ行くわ」


 そう言うと歩は一旦その場を背にして去っていく。

 だがそれから十数秒後。

 爆音を吹き鳴らしながら一台のハーレーがビルへと突っ込んでいく。そのハンドルを握るのは無論──。



「うわっ、マジか」


 その招かれざる客の姿を見てリチャードは露骨に歪ませる。

 リチャードにとってハーレーを駆り、突っ込んで来た相手は云わば天敵ともいえる人物。


「【ウォーカー】か。面倒な奴が来やがったなぁ」


 心底からうんざりした口振りでそうぼやく。

 リチャードにとって春日歩、という存在はトラブルメーカーとしか言えない。

 直接的に相対した事は一度もない。

 基本的に裏方として様々な任務をこなすリチャードにとって春日歩はこれまで幾度となく任務の達成を妨害された最悪の相手。


「あいつはどんなにこっちが策を巡らせてもそれを突破して来るから本当に嫌いだよぉ」


 苦々しい過去の出来事が浮かび上がって嘆息する。

 あまりにも邪魔だったので幾度か刺客を送り、殺害も試みたがいずれも返り討ちに会って失敗。しかも最悪な事に自分の存在を知られる始末である。刺客に直接接触こそしていないから顔がバレた訳ではないが、何にせよ不快な相手である。


「まぁいいさ。ここで得るべきモノはもうコピー出来た。ぼかぁ早く退散させてもらうさ」


 まともに戦っても勝ち目はないと判断した金髪のイギリス人は手榴弾のピンを引き抜くと無造作に部屋に放り投げる。

 そして何事もなかったかの様に部屋を後にする。

 バアン、という爆発音と振動、それでもサーバー室のドアは対爆性能が高められているからだろう、吹き飛ぶような事はない。


「今ので気付かれただろうけど、問題ないね」


 リチャードは迫ってくるであろう、″歩み寄るモノ″から逃れる為の算段の実行の為に最上階、ヘリポートへと向かう。


 ズシンとした振動はビル全体を揺るがし、当然の事ながら歩にも伝わる。


「ち、逃げられたか」

 舌打ちを入れるが歩のその表情に焦りの色はない。

 ここに誰がいるのかは薄々分かっていた。だから想定内である。

「やっぱりお前さんかなリチャード・銛童すきわら

 するとその名前に家門恵美が反応する。

 ──それは誰なの?

「うん、顔とかは分からないんだけどもね。WD所属の傭兵集団の一員だよ。コードネームは″偽者フェイカー″喰えない奴だよ」

 ──何故相手がそうだと思うの?

「何ていえばいいかな。まぁ勘だよ。何となくいるな、ってね。

 とにかく用心深い奴でね。俺も何回か任務で奴を捜した事があるんだけどいずれも痕跡一つ残さず逃げられちゃってさ。はは、困った困った」

 ──脳天気ね。だから私に外にいろ、って言ったのね。

「はて何のコトかな~。でも脱出するのは下じゃなく上からのはず。だからたまたま別のビルの屋上にいる誰かには見えるかも知れないなぁ」

 ──いいわ。そいつがいたなら姿を確認しとく。始末しとこうか?

「いや、姿さえ分かればいいさ。アイツは色んな事件に関わっててね。泳がせれば色々と情報が得られる可能性があるし」

 ──了解。


 そこで通信を切ると歩は、ハーレーから降りると素早く物陰に隠れる。様子を窺うとエレベーターの前に警備に当たっているらしき戦闘服姿の男達がいた。


「まぁ、アイツらはフェイカーには繋がらないだろうな。でもま、お仕事はしとかなきゃ」


 やれやれと肩をすくめると、一気に敵へと姿をさらし出す。


「な、なんだ」


 意表を突かれた敵へと歩は突っ込んでいく。その手首から流れ出でる血で形作った赤いナイフを片手に。

 そうしてその場には悲鳴と血が巻き散るのであった。



「さて、ウォーカーへの足止めを頼むよ」


 屋上に辿り着いたリチャードはヘリポートの影に潜んでいた男に話しかける。

「…………」

 男は無言で頷くと、リュックサックから一機のヘリ状のドローンを取り出す。そしてそれに両手で触れる。するとドローンのプロペラがヒュンヒュンと高速で回転を始め、その場から急上昇。

 ちなみにこのドローンを動かしているのは、男のイレギュラーによってである。男のイレギュラーは意識して自分の両手で触れた無機物を自在に操る、という能力。もっともその代償として、自分自身の肉体は無防備になってしまうのだが。


 ドローンは動き出す。素早く旋回し、そうしてヘリポートから下へと降下。

 目指すは標的がいるはずの三階下。




「おいおいどうしたよ、これで足止めしてるつもりなのか?

 だったら拍子抜けだぜ、──っとやべっ」


 挑発的な歩の言葉に対して敵部隊は銃撃を浴びせかける。

 その銃撃は歩の隠れた壁を少しずつ抉り、徐々に相手へと迫らんとする。

「よし、このまま敵を釘付けにしろ。その隙に俺がくそ野郎の背後からトドメを刺す」

 敵部隊の一員がアサルトライフルを投げ捨て、そして文字通り腕に収納させたコンバットナイフを勢いよく飛び出させると当然のように掴む。そうして姿勢を低くし、足音を立てずに動き出す。

 ガガガガ、銃撃はさっきよりも激しく、苛烈なモノになっている。

 理由は隊員の一人がアサルトライフルではなく、重機関銃ヘビーマシンガンで攻撃しているから。しかもその弾丸は一向に減らない。このヘビーマシンガンがその隊員のイレギュラーだからである。

「いいぞ、そのままだ」

 歩の背後を取った男が腰を落とした態勢のままナイフを構え、そろりそろりと足音を殺しながら物陰から微動だにしない相手へと迫る。

「死ねっ」

 立ち上がりながら、下から上へと斬りつけるようにナイフを振るう。狙うは喉──頸動脈。一気に掻き切らんとするのだが。

 タン、という音がした。

「あれ、?」

 隊員のナイフは届かない。身体が動かない。まるで上から何か押さえつけられたかのよう────に。

 彼は気付けなかった。自身が下からナイフを斬りつけようとした矢先に相手、歩から上から下へと血のナイフを眉間に突き立てられたのを。ナイフの男は何があったか知覚する間もなく絶命した。


「ふぃ、やれやれまず一人」


 倒した敵を転がし、歩は一息つく。

 敵はあと残すところ四人。

(アサルトライフルでの銃撃は援護、メインディッシュはヘビーマシンガン。あんなの喰らったらグッチャグチャのミンチ確実だな)

 グロい映像が浮かんでしまい、思わず苦笑する。


「何にせよ、立ち止まってる訳にゃ行かねぇわな」


 口元を引き締めると、歩はあろうことか物陰から姿を晒す。

 そうして、そのままダッシュ。敵へと一直線に向かっていく。


「バカめ、撃ち殺せっっっ」


 当然ながら敵からの猛烈な銃撃を受ける。

 だが歩はその襲い来る銃弾を躱す素振りすら見せずにただ真っ直ぐ最短距離でナイフを構え向かっていく。

 傍目からは無謀な特攻、やけっぱちとしか見えない行動ではあったが、歩には目算があった。

「く、あっっっ」

 だが無数の銃弾を受けて歩は血を吹き出しつつ、後ろへと倒れ込む。


「よし、仕留めたか」

 アサルトライフルを構えた隊員達がゆっくりと様子を窺いながら獲物へと近寄る。銃口は相手へ向けられており、指は引き金に軽くかけている。更に三点バーストからフルオートに切り替えも完了しており、相手が死んだふりからもしも起き上がろうものなら即座に銃弾を叩き込める。

 ひくひく、と動く相手の身体。

 隊員は「おい」と仲間に声をかけると即座に仲間はアサルトライフルから銃弾を三点バーストで浴びせかける。

 ビクビク、と着弾の衝撃で歩の身体が脈動。だが起き上がる事はない。向こうからはナイフを片手にした仲間が戻ってくるのが見える。

「……死んだか」

 そう言いながら隊員が安堵の吐息を吐いた瞬間であった。

 パシャ。

「あれゃ──?」

 何かが天井から滴り落ちてきたか思った途端に、突如隊員の視界が真っ赤になる。

 仲間が妙な顔をしてる事に気付くが何故そんな顔をしているのか皆目見当もつかない。


 ゴキン。


 何かが折れたような音がして、何故か視界が斜めになる。そこにいたのはナイフを持った仲間。だが何かおかしい、そう思う。

 そしてそのまま力なく膝から崩れ落ちて二度と起き上がる事はない。彼は自分に何が起きたのか知る事もなくそうして絶命した。


「ば、なんだ?」

 もう一人の隊員は驚愕した。歩だと思っていたその相手は今こちらへ向かっているはずのナイフを持っていた仲間であったのだから。まるで手品でも用いたかのように顔形に、服装までもが変化。そして、それを為していたのは多量の血。

「くそっ」

 三点バーストからフルオートに切り替えて銃撃をかけようとする。

 だがもう遅い。彼は引き金を引く事は叶わない。何故なら、

「う、ぐぎゃあああああ」

 彼の全身が瞬時に断ち切られていた。さっきまで歩へと偽装していたあの血液が瞬時に飛び出し、無数の刃と化していた。


「くっそ化け物め」

 ヘビーマシンガンの隊員が銃撃を再開する。

 もはや仲間は誰もおらず、遠慮する必要もない。

 嵐のような勢いで弾丸をバラまき、もう命尽きた仲間を文字通りの意味で挽き肉にしつつ、獲物へと迫らんとする。


「悪いな、アンタもう終わってるぜ」


 しかし歩は迫る弾丸を前にして、微動だにせず佇む。

 そう、ウォーカー。歩む者という異名を持つ青年は既に目の前の相手に攻撃を終わらせていた。


「なにをい──て、ぐぎゅっっっ」


 突如として身体の自由が利かなくなる。引き金にかけられていた指が脱力し、そして腕。イレギュラーにより存在していたヘビーマシンガンは消え去って、その場に残るは自身のみ。


「な、終わってるだろ?」


 と言いつつ歩は上を指差す。

 今や五体の自由を奪われつつある隊員はその指し示す場所へ視線を向ける。天井がある。天井からポチャリ、ポチャリと何かの雫らしきものが滴っている。それは赤い色をした──血液。


「とまぁ、ありゃ見ての通りの俺の血だ。で、それを天井づたいにアンタの耳から一滴、二滴と体内に入り込ませたって訳。お分かり?」


 ヘビーマシンガンの隊員はゾゾ、とした怖気を感じた。

 目の前にいる一見すると軽薄そうな雰囲気を漂わせる青年から漂う異様までに濃厚な匂い。それはこれまで幾度も嗅いだ事のある″死の匂い″。それは目の前にいる相手が自分などよりずっと多くの命を奪ってきた、という事実を容赦なく突き付けて来る。


「さって、もう理解したとは思うけども。体内に俺の血が入った以上、俺がその気ならアンタは即座に死ぬ」


 歩の言葉にヘビーマシンガンの男は勢い良く幾度もかぶりを振る。感覚として分かる。体内を何か蠢くモノがある、と。


「だからだ、今から訊ねる事を正直に────」


 そこで歩は気付く。

 鏡越しに映る浮遊物に。それは大きさは一メートル程のヘリコプター。高級な玩具にも見える代物だが、今、一種の戒厳令下にあるこの街でこんな代物が飛んでいるはずもない。その左右に備え付けられた銃身が回転を始めるのが分かる。

「くっそっっ」

 だから彼は咄嗟に横へと飛び退く。廊下から窓をぶち破って隣の部屋へと突っ込む。

 ヘリからの銃撃で今まで歩がいた場所が抉り出され、ヘビーマシンガンの男は血煙を上げながら吹き飛ぶ。


「おいおい。厄介だな」


 歩は舌打ちしたい気分を抑えつつ状況を考える。

 今のは間違いなくイレギュラーだろう。

「もっとも全部創造なのかは分からないな」

 創造はかなり個人差の大きな系統の能力だ。

 他のイレギュラーと同様、元来持ち合わせた精神的な素養が重要ではあるのだが、それ以上に個人の″想像力″が大きくモノを言う。


 そしてその作り方によって消耗度合いもかなり違う。方法は大きく分けて二つ。


 一つはゼロから作り出す。これは個人の精神的消耗が大きい。何せ何もない状態から存在するモノを作り出すから。


 もう一つが元々存在するモノに加える、という方法。増強、増築等々色々な言い方があるが要は存在している何かを強化させるモノ。この場合精神的消耗はある程度抑えられる。


 そしてそれぞれにメリットとデメリットがある。


 ゼロから作り出す。これは消耗度合いこそ大きいものの、武器道具類の持ち運びが無用だという事である。


(だからあの家門さんがどういった人生を送ってきたかはまぁ、明白だな)


 それは彼女が武器、それも拳銃という携帯しやすい武器を得手としている事から分かる。間違いなく彼女は″裏社会″に関係していた事があるのだろう。それも暗殺者として。


 そして加える、という方法は何といってもその消耗度合いの少なさが最大のメリットである。もっとも既存のモノを変化させるのにはそれなりの精密性が必要ではあるが。


 ヘリの音が近付く。割れた窓から入ってきたらしい。

 ガガガガガ、という銃撃は小型の玩具のようなヘリからのそれとは思えない程に苛烈。壁はあっさりと砕け、歩が逃げ込んだ室内はあっという間にボロボロとなる。


(やれやれ。こりゃなかなか厄介だな)


 姿勢を低く保ち、ヘリの銃撃を受けないようにしながら這うように部屋を移動する。

 銃撃は持続してはいるが、手当たり次第のバラまきであり、注意さえ怠らなければ問題はない。

 さっき確認したところ、ヘリにはこの暗い室内で視界を確保する手段暗視装置の類は搭載されてはいないらしい。


(さってどう対処したもんかな)


 歩の血は振動し、物体を破壊出来る。だがあのヘリの場合プロペラが起こす風圧が邪魔で血の雫は吹き飛ばされる。

 同様に霧状にした血も通じない。


(かと言って、壁から血を突き出しても銃撃を受ければそこでアウトだな)


 つまりはあの小さなヘリは歩にとっては一種の天敵だった。そしてそんなモノがここで待ち受けていた、というのは間違いなく偶然ではない。


(ち、やっぱり待ち構えていやがったかフェイカーめ)


 歩は思わず苦笑する。まさしく自分がした通りであったからだ。




「さぁて、ウォーカー。手の内をもっと見せろよ。ぼかぁソイツを見たくてわざわざこんなくだらない仕事を引き受けたんだぜ」


 リチャードは屋上からヘリに仕掛けたカメラからその全てを眺めながら愉悦の笑みを浮かべる。

 そこにいたのはさっきまでの飄々とした男ではなく、罠を仕掛け獲物を追い詰める狩猟者ハンターだった。



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