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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
309/613

窮地に叫ぶ

 


「コレはコレは素晴らしいですです」


 モニターから状況を伺っていたコントローラーはその有り様に満足だった。

「ドクター、ドクター道園」

 そして別室にてそろそろ届くはずの荷物を今か今か、と楽しみに待ちうけているであろう老研究者に声をかける。


 ──くわははばばば。何かがあったのかね?


 するとその直後、道園獲耐はニコニコと微笑みながらコントローラーのそばにまで来る。


「一体どうしたのかねぇぇ。滅多な事以外で私を呼ばないはずだよ?」

 顔こそ笑ってはいたが枯れ木のようなこの老化学者は少しばかり苛立ってた。

「もうすぐ例の【被験者モルモット】がここに来るのだからその準備があったんだよぉ」

 彼にとっては今最大の関心事は今まさにこちらへと運ばれているはずの少女であり、それ以外の事はどうだっていい些事でしかない。だが、それを知らないはずのない助手がわざわざ自分を呼ぶ、という行動に好奇心をくすぐられ、退屈しのぎとして隣室に足を運んだのだ。


「でもでもドクター堂園。この画面を見て見てください」

「うむむ、一体何だという…………うむむ!!」


 道園獲耐の目がその光景に目を見開く。


「くわばはははは。これは素晴らしいじゃないかねぇ。勿論データは──」

「はいはいドクター、きっとそういうと思いまして記録、同時に解析もしていますですです」

「うむむ、素晴らしい。じ・つ・に素っっ晴らしいじゃないかねぇ。見たまえこれこそが科学だよコントローラー!!」

「はいですです。まさしくですドクターの【作品】は最高なのです」

「くわばはは、そうだろうとも【エリクサー】の効能は絶大なのだよ」


 道園獲耐は心底から満足気に皺だらけの顔をクシャクシャに歪ませて笑い、助手たるモノもまた、その主の様子に満足するのであった。



 ◆◆◆



「くそ、ったれ」


 壁にめり込み、力なく言葉を発しながら、田島は崩れ落ちていく。

 もはや余力など残っちゃいない。

 それ程に復活した相手はあまりにも圧倒的だった。


「くけけ、まだだよ」


 だが椚は相手が倒れるのを許しはしない。

 崩れ落ちる相手の顎先を自身の足の甲で蹴り上げる。それは壁ではなく正真正銘自身の足だけでの蹴り上げ。身体能力がそこまで高い訳ではない椚剛ではあったが、もはや半死半生の田島にはそれすらも強烈な攻撃。

「く、はっっっ」

 呻きながら今度は後ろへと身体を傾かせる。


「くけきゃっ、おらおらっっ」


 そこへ椚剛は更なる追い打ちをかけんと襲いかかる。

 相手の胸元を両手で掴み、引き寄せながら頭突き勿論頭部は壁で保護した状態である。鼻骨がピシリ、と砕けた感覚で生じた痛覚で「うぎゃっ」と声が出て途絶えかけていた田島の意識は強制的に回復させられる。

「くけけけけっっっっ」

 椚剛は本当に楽しそうな笑みを浮かべながら相手の顔面へ拳を叩き込む。幾度も幾度も、執拗なまでに拳を叩き込んでいく。

「く、かはっっ」

 その攻撃の都度に田島は呻き苦しみ、歪んでいく。

 そうした様を眺めつつ、椚剛は充足感を覚えていく。


「や、めろ──」


 その一方的過ぎる暴行を前にして、歌音は声をかけるが無駄である。止めようにも彼女もまたもう限界であり、それに全身の打撲などのダメージは深刻だった。


「くけけ、もっとだもっと苦しめ」


 椚剛はそのたまらない優越感に身を震わせる。

 一方的な暴虐が楽しかった。

 何故かは分からないが、このガキ共に彼は激しい怒りを感じていた。

 そう、彼は知らないのだ。ついぞ数分前の事を。自分の壁が破られ、致命となるはずの一撃をその身に受けた事を。

 ただ漠然とした怒りだけが巻き上がり、それの解消の為に今、こうして相手への暴虐行為へと至ってる。

「くけけけけ」

 嬉々とした笑い声に口元を大きく歪ませ、今や壁も使わないただの拳を叩き付ける。拳は返り血のみならず、自身の拳からも血が滲む。明らかに拳を痛めたのだが椚剛はその攻撃をやめるつもりは毛頭なく、笑いながら相手へ叩き付ける。

 その有り様はまさしく異様で異常。


「あ、か、ぐ………」

 田島の意識はもう既に飛んでいて、もうまともに呻きもしない。ただ為されるがままに殴られ、血を飛び散らせてビク、ビクと身体を震わせるのみ。


「くけけ、もういいや。つまんねぇわお前」


 田島を投げ捨てると椚剛は血塗れの自身の拳をペロリと舐める。

 田島の顔は血でもうよく分からず酷い有り様だった。


「さってと、お嬢さん。俺と遊ぼうぜ~」


 くけけ、と笑いながら椚剛は歌音へと向き直る。

 すると途端だった。

「ああ唖唖亞亞アアAAaa────」

 隙だらけの相手へ歌音は音の砲弾を放つ。ほんの二メートルもないほぼ至近距離不可視の攻撃。


 バアン、という音は直撃の証左。


「ざまあ、くっっ」


 だがそれも無意味であった。相手の手がぬっと伸びてきて歌音を掴み上げる。そうしてドン、という何かに激突したような感覚と共に歌音の小柄な身体は宙を舞う、いや何かに弾き飛ばされた。


「く、あっっ、ああ」


 地面を擦り、そうして何処かの店の看板にぶつかる。

 いつもなら着地や衝突する前に音を発して衝撃を弱めるのだが、歌音にもまたそんな余力は残ってなどいない。さっきの壁を砕くのに全神経を研ぎ澄ませ、消耗しきっていたのだから。


「くけけけっっっっっ。ああ、いいぜいいぜ。そういうの嫌いじゃないぜ。くけっ」


 椚剛は無傷だった。彼は壁を上半身、より具体的には胸部から頭部へ展開していたのだ。これもまた不可視故の強みである。


「まぁ狙いは悪くなかったとは思うぜ。もしも俺が油断しまっくってたら今ので首がもげちまってたかも知れねえ訳だしなぁ。

 だけどな、生憎だったな俺はお前らなんかよりゃあずっと強いんだよなぁっっっっっっ」


 不快極まる下卑た声音で口から泡を飛ばしつつ、絶対防御の男は少女の身体をサッカーボールでも扱うかのように蹴り飛ばす。


「かっ──はっ」


 蹴り飛ばした瞬間に壁を展開し、勢いを倍増させる。歌音の華奢な身体が一気に数十メートルは飛ばされ、そのままコンクリートの壁を軽々と粉砕する。


「あ、ぐ……く」


 かろうじて息を吐く。そして思う。

 今ので死んでいてもおかしくなかった。何とか生きていられたのは何故か、と。


「くけけ、よしよし生きてたな」


 椚剛は心底から楽しそうに少女へ声をかける。


「上手く手加減出来たみてぇで嬉しいぜ」


 その言葉で歌音の疑問は解消された。相手は自分をじっくりといたぶる腹積もりなのがこれで明確になった。


「まぁ、もう人質とかそんなのはどうだっていい。

 でもよ、どうせブッ殺しちまうんならよぉ──クリムゾンゼロっつうガキの目の前でグシャグシャにしてやった方が愉快だろうよぉ」


 それはまさに第三者から見れば最低の愉悦だった。

 だが、椚剛にとってこれ程に優越感に浸れる時は他にない。

 常人を凌駕する異能を持ったある種の超人であるマイノリティをさらに地にひれ伏せさせ、恥辱を味あわせるのが快感だった。

 なまじ自分に自信を持っている相手程、そうした恥辱の時に見せる絶望に満ちた顔は素晴らしいと思えた。


「くけっ、でもよう。今はまだ殺しゃしねぇが、手足の一、二本位はもぎ取っても大丈夫だよなぁぁぁ」


 最高に下卑た歪み切った表情を浮かべながら、男が迫るのが分かる。


(動けない)


 悔しかった、心から悔しかった。


(なんでこんなにも弱いんだろ?)


 自分の無力さが今になって心底悔しい。

 そして自分が目の前で死んだら、そう思うと──。

 思い浮かぶのは相棒兼監視対象であった年上の少年の姿。


(なんでよ、なんで今あいつの事なんか考えるんだよ)


 この一年間、思えば振り回されっ放しだった。

 相手も自分の役目を監視役とは分かっていたが、だがそんなの一切お構い無しだった。


(いつもいつも自分勝手で、性格悪くて)


 目の前の任務よりも二時間後のスーパーでのお惣菜の値引きを気にするような不真面目な態度に加えて、上司である九条羽鳥の命令すら時に無視してしまう。


(そのくせたまに、柄にもなく変に気を使ってさ──)


 相手は何度も任務後にフルーツとか、ケーキを差し入れだと言って送って来たりした。ああ見えて暇な時間にスイーツ巡りをしていたりするのかと思ったら何だが笑えてしまう。


(ほんとバカ。何でさ、こんな時に)


 今にも死ぬかも知れない、そんな時に何で思い出すのがあの最低な相棒なのだろうか。

 足音が迫る。もう敵は本当にすぐそこにいる。


「くけけ、さぁて、どっからもぎ取ってやろうか──」

「──けてよ」

「あん? 何か言ったか?」

「──助けてよ零二ッッッッッッ」


 我知らず叫ぶ。歌音は相手の名前を初めて叫んでいた。



「────へっ、りょーかい」



 瞬間的、熱風が吹き抜けた、そんな感覚を覚える。

 何かが目の前に来て敵との間を遮る。


「あ、」


 歌音は顔をあげる。信じられない。でも間違いない、音が聴こえる。馴染みのあるよく知った鼓動、呼吸、そしてその声をよもや聴き間違えるはずがない。


「よ、初めまして、だな相棒」

「武藤、零二…………なんでわたしを……」

「へっ、何でじゃねェよ。そンなの分かるに決まってンだろが。

 顔なンか知らなくたってお前のその声を間違えたりはしねェさ。こう見えても相棒なンだぜ。オレはさ」


 そこにいたのは不敵極まる笑みを浮かべる不良少年。武藤零二であった。


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