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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
307/613

小さな足掻き

 

「くけっ、見つけたぜガキ────」


 椚剛が獲物を見つけたのは追跡を始めてから数分後の事だった。

 それは間違いなくさっき自分を騙した小生意気そうな少年、つまりは田島である。


「くけけ、おっと待て。あれもまたさっきみたく騙しかも知れないな」


 飛び出しかけた所で、さっきまんまと逃げられた事を思い出す。

 下手に接近してそれがまた虚像であったら、それはまさしく屈辱でしかない。


「なら、試しにこれでどうだ?」


 そこでポケットをまさぐり、取り出したのはさっき撃ち込まれた弾丸。軽く目の前へ投げたそれを躊躇なく壁を使って一気に撃ち出す。

 カァン、という甲高い金属の音は歌音は当然の事、田島の耳にも届く。

「!!」

 弾丸は一気に加速。そのまま田島へと向かっていく。

「さ、どうする?」

 だが弾丸は狙いを果たす事は出来ない。相手へ襲いかかる前に突如、ガアンという轟音を立てて弾かれた。

「くけっ、そっちが出て来たか──どこだ?」

 目を凝らし、音を放った相手を探す。

 だがその姿は見えない。


「隠れてやがるか。ま、当然か」


 ならば、と椚剛はビルから飛び降りると、そのまま着地。壁を展開し地面すれすれで落下を止める。

「おおいクソガキ共、かくれんぼって訳だな、せいぜい楽しませろよなぁっっっっ」

 と声を張り上げた途端に、左足で地面を大きく踏みつけた。当然ながら不可視の壁でコーティングされているわけだが、その一歩によりピキ、と四方に一斉に亀裂が生じていく。

「さぁ、いぶり出してやっからよ」

 亀裂は大きくなり、地割れとなる。周囲のモノが沈み、傾き、折れていく。



「く、そう来たか──」


 田島の表情が曇る。出来うる限り相手に接近しようと試みていたのだが、それすら厳しくなった。

 さっきの虚像で注意を引ければ上出来だと思っていたが相手は思った以上に慎重だった。


「様子はどうだ?」


 独り言のようなボソリとした声。普通であれば誰にも聞こえないような小声だが、それで充分だった。


 ──半径三十メートルって所みたい。ただ本気でやったのかは分からないけど。


 歌音の聴覚はほぼ正確に状況を把握していた。

 椚剛が引き起こした今の地割れにより、どういった事態になったか彼女には手に取るように分かる。


「これを連発されたらヤバいな」


 うっかり足元が崩れ、この地割れにでも飲み込まれでもしたら、まずひとたまりもないだろう。


 ──かといって慌てて飛び出しでもしたら相手の思う壺。面倒くさい奴ね。でも心配はいらないと思う。

「何でだ?」

 ──今の攻撃、多分そんなに使えないと思うから。


 意表を突かれこそしたが、歌音は冷静だった。

 彼女の耳は椚剛の音の変化を聴き取っていた。

 あの地割れを生じさせた直後、相手の呼吸に脈拍が乱れたのを聴き逃がさなかったのだ。


 ──多分、かなり精密なイレギュラー操作が必要みたい。それに多分、今のは思い付きでやってみたんだと思う。

「……つまりは連発は難しいって事か?」

 ──確信はないけど。でも多分ね。アイツ自身が少しビックリしてたみたいだし。

「分かった。じゃあ少しばかり出だしは狂っちまったけど計画通り始めるぜ」

 ──ええ、あくまでもこっちから仕掛けるべき。相手のペースに合わせる必要なんてないし。


 そうして二人は動き出す。



「さて、……少しばかりやり過ぎちまったかもな」


 椚剛は周囲の有り様に自分で驚いていた。

 そしてここに至ってある結論に達していた。


「やっぱ五年前よりもつええな俺」


 イレギュラーが明らかに以前よりも強力になっていた。

 この五年の間、投薬などの処置により完全にイレギュラーを封じ込められていたのがまるで嘘のように思える。


(ま、イレギュラーってのは精神状態である程度威力とかも変わるんだっけか)


 それはリチャードから以前聞いた話だ。確かに以前にも感情が高ぶった結果、壁の硬度も変わった事もある。


「とは言え、これはちょいとばかり俺にも危険があるかもな」


 やった後で気付いたものの、下手を打てば自分が地割れに飲み込まれかねなかった。

「何度か練習すりゃ大丈夫だろうが──ん」

 視界に一瞬入った影を椚剛は見逃さない。

「しねっっ」

 身体を反転させ、相手へ向けて一気に加速。瞬時に間合いを潰す。

 そうして手を振り下ろす。

 メシャ、と地面に掌状の亀裂が生じる。だが相手は田島は無傷。当たったように見えたのだが攻撃がすり抜けた。

「虚像か、だがっっ」

 瞬時に背後に壁を展開。そこへ音の砲弾が直撃。空気を揺らす。

「くけっ、やっぱな」

 虚像で注意を引くのは予測していた事だ。無防備な背後を襲うのも当然予測済み。

「くけけっ」

 振り向きざまにポケットから複数の弾丸を投げ、それを弾き出す。

 本来以上の速度で加速したソレは建物の壁などまるで問題とせずに向かっていく。


 ガガガガガ。


 貫通した弾丸のいずれかは命中するはず。そしてそれに対するリアクションを取った所を今度は彼自身を加速させ一気に潰す。

「くけきゃっっ」

 壁をぶち抜き、相手がいるはずの場所へ突進。

「なに」

 だが、またしても手応えはない。

 少女の虚像をすり抜け、そのまま別の建物をぶち抜く。

 椚剛は「ち、」と舌打ちしつつ勢いを止めて減速を試みる。


 ガガガガガ。


「くけっ、」

 そこへ銃撃が浴びせかけられ、壁に弾かれた弾丸がパラパラ、と転がっていく。今度は間違いなく田島本人による攻撃である。

「ガキが。ふざけやがって」

 振り向きながら壁を手へと集約。壁毎砕いて牽制を試みる。崩れる建物に相手は為す術もなく飲み込まれるかと思えば、それをまた何処からか音と共に衝撃波が飛んできて瓦礫を吹き飛ばして獲物を取り逃がす。

「こ、のっっっ」

 即座に壁を周囲に張り巡らせ警戒するも、相手から更なる攻撃は来ない。

「あ、アイツらっっっっ」

 コケにされた、そう思った椚剛は完全に頭に血が昇っていた。

 だが同時に理解もする、相手が何をするつもりなのかを。

「時間稼ぎってことか。くけけ、上等だ。ならもう遠慮する必要もないよな。どうせこんだけ派手に色々とブッ壊してやりゃクリムゾンゼロとかいう獲物もこっちに気付くだろう。構うもんか、そうだ何で人質なんざ取らなきゃならねぇ。俺は最強なんだ」

 自己説得した絶対防御の異名を持つ男の目には殺意しか宿していなかった。

「全部ブッ壊れちまえ!!!」

 両手を大きく掲げ、地面へと叩きつけんと一気に振り下ろす。

 狙うのはさっき以上の周囲の破壊。


「ああああああ、」

 だがそうはさせじと田島が物陰から飛び出してくる。

 両脇に二丁のアサルトライフルを挟み込むように抱え、銃弾をバラまく。

「くけ、かかったな」

 だがそれこそが絶対防御の狙いであった。彼は獲物達が時間稼ぎを試みている、と理解。そしてその為に二人がつかず離れずの間合いで攻撃を仕掛けつつ、互いをカバーしている事を看破していた。

(まずは一匹に)

 両手での大仰な動作は隙を見せる為の引っかけ。最初から相手を誘き出す為の罠。

 左足で地面を蹴りつける。ががっ、一直線に亀裂と共に瓦礫を飛ばす。

(さぁ、守ってみせろ。そこを確実に仕留めてやるぜ)

 椚剛の狙いは歌音だった。虚像も厄介ではあったが、あれはあくまで目くらましでしかなく、直接的な攻撃力は皆無。それよりも音、という自分の壁と同様に″不可視″の攻撃手段を保持する歌音の方が厄介であった。


 だが、その狙いは達せなかった。

「くあっっっ」

 何故なら田島はそのまま瓦礫を受けて吹き飛んだから。


「なに、」

 援護がなかった事で一瞬迷いが生じる。

 そこへ、背後から何者かが迫る足音がした。

「ち──」

 思わず椚剛は驚く。背後から迫っていたのは今しがた吹き飛んだはずの田島であったのだから。

「くけっ、バカめ」

 どういったカラクリかはどうだっていい。それよりも相手が丸腰だった事で椚剛を見逃さない。

 さっきまでのようにアサルトライフルすらも相手は持っていない。

 それで何が出来るとでもいうのか。


 そしてそこで生じる油断こそが田島にとっての微かな勝機であった。これまで使っていた″不可視の実体──インビジブルサブスタンス″以外のもう一つの能力。それを使うべきは今しかない。


「【ホロウろなる抵抗リゼスト】」


 田島はそう叫んだ。


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