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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
304/613

絶対防御

 

「くそ、何だこいつら!」


 銃弾飛び交う繁華街の一角。そこは裏の裏通りとでも言うべき、普段でもけっして治安がいいとはお世辞にも言えないある種のスラム。そのスラムに住まう住人はいずれも表ではまともに生きられないすねに傷を持つ者達の集まる場所。

 ここでは言い争いからの発砲事件はよくある事で、その銃声を聞いても付近の住人はいつもの事だと気にも止めない。


「撤退の指示を──ぐがっっ」


 声は左右からの殴打で途切れた。

 当初は彼らはその場にて隠れていた。

 理由は相手が重武装した戦闘集団であった事と、それから自分達よりも強い、より正確には自信に満ち溢れていたから。

 裏社会に関わったのも大半はそうしなければ生きていけなかったから。それ以外に生きる術を持たなかったから。


「なんだこいつ……うわあああああ」


 悲鳴をあげて階段から転げ落ちていく。


 彼らは自分達を弱者だと認識不足している。

 だからこそ、自信に満ち溢れた者には刃向かわず、隠れ潜みやり過ごす。それが一番安全で危険性も少ないからだし、そうしろとこの一角の云わばリーダーである男に日頃から言い含められていた。


「うわっ、よせっっ」


 背後からナイフで刺され、さらに前方からも複数人が同様に襲いかかる。

 だが、弱者である彼ら住人は弱者故に相手が強者か弱者かを見抜く目に鋭い。そして相手が自分達同様の存在である、と認識した瞬間。彼らは自己防衛の為に相手へと襲いかかる。それはまるで獣のように獰猛に。


「くそ、逃げろっっ」


 銃口を向けながら撤退を試みる隊員だったが、この状況で冷静さを失った為、隙だらけの背中を銃撃されて倒れる。


「おいおい、何だろなこの状況は?」


 銃撃した田島もまたどういった状況なのか判然とせず、困惑している。さっきから周囲の状況が一変している。

 襲撃をかけようとしていた戦闘部隊に奇襲をかけ、まずは司令塔を歌音が潰した。

 それに呼応して田島に進士の二人が敵を襲撃。連携が取れなくなり、混乱を来した相手を各個撃破する予定だったのだが。


「どうやらここらの住人達が自主的に敵を排除してくれてるみたいだな」


 進士も困惑しているのだがそれを表に出す事はなく、淡々とした口調で状況を見守る。


「しかしここらの住人、よくもまぁ仮にもマイノリティ相手に襲いかかろうとするよな」

「そうだな、いやそれは多分」

 ──ばっかじゃないの、そんなのその連中だって同類だからこそでしょうが。


 歌音からの辛辣な言葉を受け、だよな、と頷き田島は笑う。


「ま、そういうこったな。冷静に考えりゃあさ」

「それが妥当な判断だな。彼らもマイノリティであればちょっとやそっとの怪我を恐れはしないだろうしな」

「何にせよ、こっちの負担が減ったのは事実だし、結果オーライってとこかな」


 さっきまでの緊張感が緩みかけたその時だった。


「え?」


 ビュオン。


 何か大きなモノが飛んで来た。

 それは物凄い風圧を田島や進士に与え、横切っていく。


 ドガアン、という炸裂音はそれがマンションを直撃した音。

 そしてガシャアン、とした音と共に田島と進士が振り返る。

 そこにあったのは無残なまでにグシャグシャになったトラックの残骸であった。


「今のは、何だ?」

「見ての通りだろうさ、誰かがイレギュラーでトラックをこちらへ投げつけた、のさ」


 二人は一気に肝が冷えるのを実感してした。

 今のが直撃したら、下手をすれば一撃で死んでいた可能性すらあった。


 だが、二人が思ったのは自分達が危機一髪だった事ではない。


 ″何故今のを彼女が見逃した?″


 この一点のみである。

 そして二人は走り出す。

 理由は一つしか浮かばない。

 それは敵は既に彼女の近くにいる、もしくは戦いが始まったからに他ならないからだと。



 ◆



「くけけっ、よぉお嬢さん。俺と少し遊んでくれないかい?」


 下卑た言葉を吐き出したのは椚剛だった。

 そう、彼は田島達の読み通りに歌音の目の前にいた。


 リチャードの連絡を受け、最上の獲物である武藤零二を殺す為、いや正確には武藤零二という玩具と楽しい時間を過ごす為に、この男はこうして少女の眼前に立つ。


「誰、あんた?」


 歌音の受けた衝撃は生半可なモノではない。

 何故ならここまで接近されたにも関わらず、相手の″音″を全く聴き取れなかったからだ。

 彼女の戦いに於けるアドバンテージとは、敵に察知されずに不可視の攻撃で葬る事ではない。

 敵をいち早く″察知する″事で先手を打てる事である。


 どんな相手でも、動けば音を立てる。

 それは気配を消しても同様だし、足音を消しても同様。

 何故なら、本人はそう出来ても周囲のモノは相手の存在を教えてくれるから。

 走れば身体は風を切るし、森林を歩けば小枝を踏み折る事も、近くの小動物は危険から逃げる。

 だから歌音はそう簡単には負ける事などないはずだった。


「くけけ、何だよなんだ。ビビっちまって何も出来ないって面だな。でもま、それも仕方がないよなぁ。俺はお前よりもずうーーっと強いのだからな」


 不快感しか与えない笑い声には明らかな嘲笑が入り混じる。


(何で、今はこんなにも音が聴こえるってのに)


 相手から聞こえる心音から分かるのは相手が全くの平常心である事。それから呼吸からは相手がこちらを完全に下に見ている事が分かる。


(だけど何なのこいつ? こんなにも隙だらけで無防備で)


 歌音がその気なら、一瞬で吹き飛ばせるはずだった。

 だけど彼女は仕掛けない。

 何かがある、それが分からなければ戦っても勝ち目はない、と歌音は理解していた。

 するとそうした少女の内心をも椚剛はあざ笑ってみせる。


「どうしたどうした? 黙ったままかよ。まぁいいけどよ。

 俺としちゃ弱そうな、その上賢しいガキ相手するよりも、この後でぶっ殺せるクリムゾンゼロがいつここに来るかに興味津々なんでな」

「え、?」


 歌音はその言葉に激しく動揺する。

 今、目の前の敵は何を言ったろうか?


「な、にを言ってる……」

「くけっ、そうかそうか。お前は知らない訳だ。クリムゾンゼロ、えーっと確か──そうそう武藤零二っていうガキだけどな、ほんの一時間前にこっちに入ったそうだぜ。確かお前はそのガキの相棒だそうじゃないか。だからよぉソイツをおびき寄せる為のエサになって欲しいのさ」


 下卑た声で椚剛は歌音をなじる。

 彼は理解していた。相手の少女が馬鹿ではないと。

 普通の相手ならばこうやって隙だらけの様を見せれば大抵の相手は油断したと思い込み、仕掛けてくる。

 そして悟るのだ、互いの力量の隔たりを知らされ、絶望する。

 その表情がたまらない。怯え、嘆く姿を見下ろしながら殺すのが椚剛にとって最高の快楽だった。


「かわいそうになぁ、相棒から連絡一つないなんてな。

 あー、そういや九頭龍は通信妨害に遭ってたんだっけか。そりゃ仕方ないよなぁ」

「…………」


 椚剛は明らかに楽しんでいた。

 相手の少女を無力化するのはそう難しくはない。

 だけどそれよりもその気丈そうな表情を崩してみたい。

 それがこの後で来るらしいメインディッシュの前のささやかな前菜代わりだと考えていた。


「さぁ、いいぜ。そのままビビって逃げても。もっとも、俺から逃げるのは難しいけどよぉ、くけ」

「ざけ……るな」

「くけけ、何だって?」

「ふ、ざけるなっっっっっっ」


 歌音は激昂し、その口から音の砲弾を放つ。

 それはほんの三歩先から少女を見下す相手を吹き飛ばすはずであった。

 だが、


「くけけ、どうしたどうしたもう終わりかよぉ、ああん?」


 その攻撃はこれもまた不可視の″壁″を前に通じない。


「う、そ」


 そしてその身体は不可視の壁の直撃と共に向かいのビルの壁へと叩き付けられる。

 そうしてまるでが磔のような姿となった歌音へ男は、

「俺の名前は椚剛。せいぜい苦しませてやるぜ、くけけけ」

 下卑た笑い声の中で少女は意識を失う。


「うん、何だガキがまた来たのか? まぁいい。せいぜい楽しませろよッッ」


 絶対防御の異名を持つ男は田島と進士の姿を認めると、屋上から飛び降りて、襲いかかるのであった。


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