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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
303/613

黒い何者か

 

「コイツぁ、まるで戦場だな」


 街のあちこちから煙がもうもうと上がっている。

 そして耳を澄ませば断続的に銃声や爆発と思しき音も鳴り響く。

 そんな剣呑そのものの雰囲気とは対照的に天気は九頭龍では珍しい雲一つない晴天。


「ったく、普段なら曇り空の方が多いってのに、よりによって今日がこうもいい天気だってのは皮肉そのものだよな」


 秀じいとの約束を違えて零二は動き出す。

 まず目指すのは新藤のバーである。あの強面の禿頭の大男ならきっと最寄りのシェルターとかへ避難などせずに、店にいるはずだ。それから妹分は神宮寺巫女の事を考える。


(マスターの店はそれこそ、そこいらのシェルターよりも頑丈だし、あのオッサンなら何かしらの情報だって持ってるハズ。で、巫女のヤツは武藤の家だったハズ、あそこなら大抵の事なら自力で何とかする)


 頭の中で知り合いの状況を予測していく。

 元来″藤原一族″の分家筋でありその武を以て藤原を守る役目を担う武藤の家は実際の所、お世辞抜きにかなりの戦力を保持している。

 あそこの戦力なら、それこそなまじっかな戦力ではまずその守りを抜くのは無理だろう。

 そうして思考を巡らせ、考える。

 大規模な通信妨害で電話が使えない今、頼れるものはそう多くない。


(で、問題は相棒だな)


 数時間前、深夜に突然電話をしてきた桜音次歌音。

 ぼちぼち九頭龍へ戻ろうとは思っていた零二に、京都からの帰還を決意させた彼女の情報だけが現時点で全く足りない。何せ零二は彼女の素性は愚か、そのセーブハウスすら知らされてはいないのだから。それは桜音次歌音、という少女の本来の役目が相棒ではなく、武藤零二という危険物を監視、場合によっては排除を担う″首輪″の存在であるから。


(あの電話は妙だった。やっぱこの異常事態に関わっちまったってトコだろうか)


 顔すら知らない相棒の少女。いつも声だけで意志疎通していた彼女の、昨夜の声は不安そうで、震えていた。

 いつもなら辛辣で口の減らない少女の、初めて聞く弱音。

 何かざわつくモノを感じたからこそ、こうして零二は戻ってきたのだ。




「ン、」


 足羽山を降りて、そして街中へと向かわんとした時だ。

 足羽山の麓へと続く愛宕坂の石階段を前に気配を感じ、その足を止める。


「ち、何だってンだお前? いいぜ、やるってンならかかってきなよ」


 視線を巡らすと、そこには奇妙極まる格好をした何者かがいた。

 優に二メートルはある巨体に、真っ黒な黒のコート。そしてベルトのような拘束具でその手足を縛った姿をしており、あれではまともに動けるとは思えない。

 ただこちらへと放つ気配は酷く異様なもの。ミイラみたいにぐるぐる巻きの顔から覗くその目に宿る光からは、生きているのにまるで死んでいるような、生気らしきものが決定的に欠けている。そういう印象を零二は受け取る。


「ムト、ウレイジ」

「ああ、そうだぜ。どうやら最低限の知能はあるみてェだな」


 そうは言ってみたものの、相手の声はお世辞にも理性的とは思えない。変声機でも使っているのか明らかにその声の調子はおかしかった。

 もっとも、

「つっしゃああああ」

 やる気漫々の零二にそんな冷静さを求めるのは酷なのかも知れないのだが。



 ◆◆◆



「うーん、こちらでも確認したよぉ。例の【実験体モルモット】と武藤零二が接触に成功。戦闘がおっ始まった模様だよぉ」


 WD九頭龍支部の一室でドローン越しにその光景を観ているのはリチャード。彼が話している相手は、″コントローラー″つまりは道園獲耐の助手である。


 ──ハイハイ。こちらも観察してます。それでそれでこれは何の必要があるのですか?

「そうだなぁ、あえて言うならぼくぁ観てみたいのかな。クリムゾンゼロの性能ってヤツをさ。君たちの″玩具″の実戦テストを取るんだと思えばいいじゃないかなぁ。ぼくらもそっちのお求めの″品物″は届けたんだからいいじゃないか、持ちつ持たれつってことで」

 ──なるなるほどほど。そういう事ならばドクターのお小言も受けずに済みそうですね。独断専行の咎めは受けずに済みそうです。

「それでさぁ、これが大事な事なんだけど、あの玩具は強いのかなぁ?」

 ──うんうんそれは何ともですです。あれは初期段階のものなのでそれ程際立った性能を保持してはいないのです。

 ですですのでので、せいぜい時間稼ぎが関の山ですねぇ。

「ふうん、それはどの位なのかによるけれども──」


 リチャードはドローンからの中継へと視線を移す。

 そして思わぬ光景を目にしたのであった。



 ◆◆◆



「なンだコイツ!!」


 零二は苛立ちながら、顔を反らす。直後にそこをブウン、と通り抜けていくモノがある。


「うっしゃっっ」


 結論から言えば零二は思いの外苦戦を強いられていた。

 理由は簡単で、黒い謎の敵は異様なまでの耐久力を持っていたから。



 強さ自体はさほどでもない。

 確かに巨体から繰り出す攻撃はそれなりのモノらしく、拳や足が踏み降ろされるその都度石段は砕け、家屋の壁はブチ抜かれる。

 拘束具だが、その如何にも不自由そうな見た目とは異なり、伸縮性に優れているのか動きに不自由はなさそうだった。


(ま、そりゃそうだよな。動けないンじゃ本末転倒ってヤツだ)


 とは言っても、零二には特段脅威ではない。

 もう既に動きに間合いは見切っていたし、戦いを長引かせるつもりは毛頭ない。


「ムトウレイジッッッ」


 唸り声をあげつつ上の段にいた一人が零二を踏み潰さんと、大振りに足を踏み締める。

「うおっ、と」

 零二は横へ一歩飛び、それを避ける。巨大なブーツが石段、今や希少な笏谷石で出来たそれを粉砕する。

「う、らっ」

 零二は即座に間合いを詰める。さっきからの攻防で胴体への攻撃はあまり意味がないと理解し、狙いは相手の顔面への左膝蹴り。幸い、相手は上から踏み下ろした影響で姿勢も低く狙い目。

 ゴキャ、という音は明らかに何らかの骨が折れた音。

 だらりと首が垂れ下がる。


「オイ、マジかよ」


 思わず驚きの声をあげる。

 恐らくはマイノリティである以上、死ぬとは思っていない。

 だからリカバーなどで回復すると思っていた相手は何事もなかったかのように首をだらしなく垂らしたまま足を引き抜くとそのまま不意打ちの裏拳を放つ。

「う、おぐ」

 零二はそれを両腕を構えて受け止めるが、勢い余って家屋へと突っ込む。


「くぅ、やっぱ力はスゲェな」


 自分から後ろへ飛び退いて威力を軽減した為、即座に起き上がり態勢を整えるが既に目の前には相手が迫っている。

 黒い何かはそのまま零二めがけ、サッカボールキックを叩き込む。

「う、おっ」

 今度はまともに壁に衝突、突き破っていく。

「ムトウレ、イジィィ」

 だらしなく垂らした首から不気味なまでにくぐもった声を発し、怪物は両手でさらに相手を掴むとそのまま床へ馬乗りになる。

 そしてそのままの態勢から続々と拳を降らしていく。

「く、この……」

 零二は雨のように繰り出される拳を全て受け切りつつも、想像していた以上の敵の強さに驚く。そして徐々に相手からの重い打撃により、腕に痛みが走り出す。このままだと間違いなく腕の骨が砕けてしまう事だろう。

「ちょうしにのンなよっっっ」

 襲い来る拳を上半身を動かしながら顔面すれすれで躱す。それと同時に左手で相手のコートを掴むとぐい、と引き寄せる。

「らあっ」

 そして自身の右拳を引き寄せた相手の顔面へと叩き込む。

「ムト、う」

 次いで零二はそのままほぼ零距離からの肘を幾度となく顔面、鼻柱へと叩き付ける。

 そうして何度かの攻撃が功を奏したのか、それまで殆ど攻撃が効かなかった相手がぐらつく。その隙を見逃さずに零二は一気に駄目押しに拳に焔を纏わせ叩き付けた。

「グ、ギャアアアアアア」

 ここで悲鳴があがる。

 なまじ包帯で覆われた分、相手の顔面は一瞬で焔に包まれていく。

 そうして初めて見せる相手の動揺らしきものを零二は見逃しはしない。

 混乱からか隙だらけの相手の腹部を蹴り上げる。瞬間的に焔を噴き出し加速させた蹴りは軽々と数倍はあろう巨体を吹き飛ばす。

「ウグギャアアアアア」

 だが相手はあくまでダメージを受けた、というよりは焔に包まれた、という事態に混乱しているらしい。


「ったく、随分とめンどいヤツだぜ」


 起き上がった零二だが、この機に乗じる様子はない。服についた埃や砂をパンパンと叩いてから悠々とその場から立ち去ろうとする。

 もしも相手にその気があったのならば、隙だらけの背中を襲えただろう。

 だが、零二は全く焦る様子もない。


「う、ム、──トウレイジ」


 黒い何者かは、ヨロヨロとした足取りで追いかけようと試みて────一瞬でその身体中を焔に包み込まれた。


「へっ、力を使わせやがって」


 そう、既に零二は敵を仕留めていた。

 それはさっき、拳に焔を纏わせた際。零二はただ相手の顔面を燃やしたのではない。実際には自身の焔を相手へ流し込んだのだ。


「【火葬クリメイション第三撃サード】。燃え尽きな」


 時間差で爆発的に発生した焔は瞬時に相手の内部をも焼き尽くし、そして炭になった。




「おいおい、今の何だよぉ。まるで時限爆弾みたいじゃないかぁ」

 ドローンからの映像を見てリチャードは驚きの声をあげる。

 だが彼が依頼した件は、時間稼ぎは成功した。

「まぁこれで絶対防御は例の子供を確保するだろうさぁ」

 そうして満足そうな笑みを浮かべる。



「オヤオヤ思ったよりも面白かったけどけど、やっぱりそんなに時間稼ぎ出来なかなかったね」

 コントローラーは淡々とした感想を漏らす。

 だが、零二の戦闘力の解析が進んだのは僥倖だと言える。実験体を燃やされはしたがお釣りが出る程の価値は得た。

「ドクターにもいい報告ができできる」



「さて行くか──」


 今ので遅れた分からか、さっきよりも早く零二は走り出す。

 様々な思惑が交差し、自身を絡め取ろうとしているのをまだ彼は知る由もない。



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