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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
302/613

消耗品

 

 ″ザザザザッッッッ″


 無数の足音が聞こえた。そして同時に、


 ″ドッドッドッドックン″


 その鼓動が告げている。


「まずい────」


 聴こえた音で目を覚ました歌音は起き上がる。

 無数の足音と心臓の鼓動には覚えがある。間違いなく先だって、セーフハウスを襲撃してきた連中だろう。

 今の今まで気付けなかった、理由は明白。しばらくは安全だと、今の今まで気が緩んでいたからだ。そんな保証など何処にも、誰も持ってはしない、って言うのに。


(何てバカ。こんなミスするなんて────)


 舌打ちしたいのをこらえつつ、歌音は急いで部屋を出ようとするのだが、

「う、うう」

 それはとても重いドアだった。その手触りに音の響きからどうやら下手な装甲車よりも分厚そうに思える。

「う、あっっ」

 全体重をかけつつ気合いを込めて押し、やっとの事でドアを開く。

 するとバーカウンターに田島と進士の二人が座っていた。


「おい何だよ」

「急用でもあるのか?」


 田島と進士は突然、しかもあの重い鋼鉄製らしきドアを歌音が一人で開けた事に驚きつつも、だが流石に経験からであろうか、少女の表情から今から何かが起きるのだと察した。それもすぐに。




「「せーのっっ」」


 ガタンといくつかのテーブルを倒して簡易的なバリケードを作る。

 田島に進士が二人がかりでテーブルを倒す理由は簡単で、この店のテーブルの板の厚みが相当なのものだったから、である。


「っはぁ。ったく、……何でこうこの店は何から何までが一々こう重いんだよ」

「大方、ここの主人マスターの趣味趣向って所だろうな」

「そうだな、ってオイ何だよそれ?」


 進士が手にしていたのは突撃銃アサルトライフル、しかもこれまた当然のように軍仕様の特注品らしい。


「あのマスター、一体何者なんだよ?」

「さぁな、……だが絶対に堅気じゃないのだけは確実だな」


 そう言いながら進士がバーカウンターを何やら調べていく。

 するとカタン、と板が外れてそこにはボックスがある。それを開くとさも当たり前のようにその中には手榴弾や小型の自動拳銃が整然と収納されている。


「は、どんな店だここは? まぁ、折角だから使おうぜ。

 で、どうだお嬢ちゃん?」


 弾倉のチェックをし、拳銃のセーフティーを解除しながら、田島がさっきから目を閉じて意識を集中させている歌音へと声をかける。


「うっさい、返事するのも面倒くさいから黙ってな。数は二十人、こちらの大まかな場所は分かってるけど、正確な場所までは分かってないみたい、近くから一軒一軒しらみつぶしに探してる」


 歌音の耳は敵の動きを正確に把握している。

 彼女自身に田島に進士も知らなかったのだが、進藤が三人の為に用意してくれていたコーヒーには集中力を高める効能のハーブが入っており、それが本来ならば体調不良のはずの歌音の、能力の向上に役立っていた。


 数分後。


「さて、そろそろ準備は整ったな。じゃあ仕掛けるぞ」


 確認するように田島が二人へ声をかける。

 そばにいた進士は手を掲げ、歌音は″分かってるわよ″と音を飛ばして返答を返してくる。


「連中はここから北に五十メートルの店舗に押し入ってる」


 歌音はバーの屋上に上っており、そこから相手の出方を聴き取る。

 彼女の音により、敵には傍受出来ない通信を確保した田島と進士は、それぞれ作戦実行の為に動き出すのだった。


 ◆


 バン、という音を立てドアを蹴り飛ばすのは件の戦闘部隊。

 彼らが受けたのは″斥候″。つまりは偵察である。


「……クリア」


 部屋に突入した隊員からの声からはハッキリとした苛立ちが混じっている。

 油断なく銃口を構えつつ、建物へ突入、そこから探索しているのだが、一向に誰も見つからない。


「いつまでこんな下働きをすればいいんですか?」


 副隊長の表情もまた渋い。

 だがそれも当然だった。

 彼らは実行部隊であり、斥候などを受け持つ偵察部隊ではない。

 これが軍隊であれば別に文句も出なかっただろう。

 だが彼らは違う。

 ″暗躍者″ことシークレットパーソンはWDの中でもかなり特異な立場を持っている。それは彼が特定の地域に根ざす事なく全国を股にして活動する、という点である。


 基本的に″個々の自由″を看板にするWDであるが、それは企業でいうのなら個人商店でそれぞれ利益をあげろ、と同じ様な意味合いを持っている。


 個々人がそれぞれの目的、欲望を叶える為に跋扈跳梁する。

 だから同じWD関係者同士でも互いの利益が重複すれば簡単に殺し合いへと発展する。

 地方都市ほど、規模の小さな街ほどそうした傾向は強く、逆に大都市になるとそういった個人商店よりも数人から数十人単位の中小企業のような集まりが形成されていく。その方が結果的に互いの利益に繋がるからだ。


 だが個人商店であろうとも中小企業でも彼らには共通項がある。

 それは基本的に一カ所に定住する、という点。

 彼らはその活動規模の小ささ故に滅多な事では余所の地域へは手を出さない。

 例外的なのはWDの最高意志決定機関とされる″上部階層オーバークラス″の面々が指揮する集団。

 オーバークラスはその権限の大きさから活動規模も大きくなり、何かしらの計画遂行時には各地で行動を起こす事がある。

 自由を標榜するWDであるから、自分の縄張りを侵されれば反抗するのもまた自由ではあるのだが、オーバークラスの率いる集団、組織に刃向かうのは危険極まりない。だから多くの場合泣き寝入りするしかない訳なのだが、


 ──こちらアルファ1。ビル内を捜索終了。目標は確認出来ず。

 ──ブラボー3。捜索終了、建物内に潜んでいた犯罪者と思しき者が抵抗を見せた為に排除。目標はいない。



 そんな中、シークレットパーソン率いる傭兵集団は特別である。

 彼は全国各地から依頼を受けて活動する。

 その依頼内容も依頼主もバラバラ。時には身内内、つまりは傭兵集団内での暗殺依頼すら条件次第では引き受ける位である。


 彼らは確固たる基盤を持たず、黙々とただ依頼を達成する事でその異質な立ち位置を認められていたのだ。


(だが、今回はどうも妙だ)


 それが隊長、副隊長の共通する見解だった。


 確かに九条羽鳥、という巨大な存在がいなくなった今、権力中枢不在の九頭龍は彼らには絶好の稼ぎ場所ではある。

 実際いくつもの依頼を受けて、こうして手分けしている。

 ついぞさっきはとあるマンションにいると目されたマイノリティの確保の為に動いた。助っ人のお陰で犠牲は最小限で済み、これで終わりだと思えば今度は繁華街近辺の探索を命じられた。


 ″これじゃまるっきり消耗品扱いじゃないか?″


 こうした不満が沸き上がるのも致し方なかった。


 だが、それが上からの命令である以上、彼らも従うほかない。

 彼らはあくまでも傭兵。依頼者から頼まれて、金を貰ってしまったらその分の働きをせねば、今後の活動にも影響しかねないのだから。


 ──いたか?

 ──いや、いない。


 通信もまた嫌々そうで投げやりな感じである。

 明らかに彼らの士気は低かった。


 確かにこの近辺はどうにも周囲と比較してもお世辞にも治安が良さそうだとは言えない独特の雰囲気を醸している。

 彼ら同様に裏社会特有の臭いが立ち込めているし、いないはずの住人もこれまでに十数人は確認した。まず間違いなく犯罪者だろう。


 だが彼らの捜索対象はあくまでもマイノリティ。

 それ以外の存在などはどうだっていい。


「隊長、早く終わらせて足を伸ばしたいですね」

「そうだな」


 彼らは不幸だった。

 何故なら彼らがここで探してる対象の中には、歌音がいた事を知らなかった。

 他の相手ならば、本来ならもう少し有利に動けたが、聴覚に優れた歌音は彼らを素早く索敵、待ち受けていた。


「あああああッッッッッッッ」


 キィィィィィン、という聴覚を刺激する音が聞こえた時には既に手遅れ。

「な、なん──」「ぐぐぎ──あ」

 真っ先に狙われたのは部隊を指揮していた隊長と副隊長の乗ったバンだった。

 そこへめがけての歌音が発した音の砲弾は目標を一撃で葬り去る。

 グシャ、という不愉快な音と共にバンはひしゃげ、中にいた標的は一瞬で押し潰される。

 中にいた敵の人数は四人。その鼓動が完全に途絶えるのを歌音の聴覚は聴き取る。

「今よ、──仕掛けて」


「何だ、通信が……うわっっ」


 そして歌音からの索敵による把握された残りの隊員達は、通信の途絶により浮き足立った所を、待ちかまえていた田島と進士の銃撃を受けて、続々と壊滅していくのであった。



「おー、やってるやってる」


 そして、その光景を眺める影が一つ。


「くけっ、おいおいお前の言う通り上手い事獲物が見つかったな。

 それにお前の指摘通りに俺自身を壁で覆い尽くしておいたのも有効だな。例の音遣い、俺に全く気付かないぜ」

 ──ぼかぁ嘘は言わないってのがよーく分かったろう?

「ああ、お前は本当に頭いいなリチャード。アイツらも可哀想な連中だぜ、何せ【捨て駒】なんだものな」


 椚剛が口元を大きく歪めながら、眼下で起こる一方的な攻防を見つめている。


 ──まぁ、あの連中はそろそろお払い箱だったからねぇ。在庫一掃セールってヤツさぁ。

「くけっ、まぁ役には立ったわけだからいいんじゃねぇのか。

 で、本当にそのガキをエサにすりゃあ来るんだな、例のガキはよ?」

 ──ああ、そいつは保証するよぉ。クリムゾンゼロ、武藤零二って少年はかなりの甘ちゃんだそうだし。それにもう手は打ったから安心しなよぉ。


 椚剛はリチャードの言葉に満足した。

 彼は金髪のイギリス人のそういった手際の良さをよく評価している。だからそれ以上の追求はしない。


「いいぜいいぜ。メインディッシュの前の前菜ってヤツだ。じっくり味あわせてもらうか。くけけけけッッッ」


 不愉快極まる笑い声をあげて、絶対防御の異名を持つ狂犬は動き出す。そしてその事をまだ歌音や田島、進士は全く知らない。



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