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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
301/613

合流、男が守りたいもの

 

「う、く────」


 目を覚ました歌音が真っ先に感じたのは頭部の鈍痛。

 ズキンズキン、としたその痛みは紛れもなくそこを何かで強かに殴打されたからであろう。


「な、にが……」


 起きたのかを思い出すべく、朦朧とした意識を覚醒させる為に、幾度もかぶりを振り、こめかみを手で押さえる。

 そして次第に何が起きたのかを思い出す。


(そうだ、わたしは…………)


 誰かに攻撃され、気絶したのだ。

 もっとも誰にやられたのかは曖昧だった。

 殆ど反応する間もなく、一撃で無力化された。


 歌音の耳が、こちらへ向かって来る無数の足音を拾う。

 その一定の歩幅や速度から推し量れるのは、恐らくは敵の部隊である事は明白。


「く、うっっっ」


 歯を食い縛りながら、ようやくの事で立ち上がる。

 敵らしき集団はどんどん自分に近付く。

 もうほんの数メートルといった所まで、隣室にまで入っている。

 このセーフハウスは正面に入り口は存在せず、隣室からのみ入れるようになっている。


(くそ、面倒くさい)


 歌音の意識は未だに薄ぼけており、これではマトモに戦うのは不可能であろう。


(だってのに、何で足掻こうって思うかな?)


 足元すら覚束ない状態で敵の集団と戦う、そんな普段からの自分には似つかわしくない行動に思わず苦笑する。

 勝ち目はない、少なくとも今の状態ではどの位抵抗出来るのか、全く想像も出来ない。


(でもまぁ、ただでやられるつもりなんかないし、面倒だけどやれるだけはやらなきゃね)


 そう意を決した瞬間だった、カラカラン、とした甲高い乾いた音。

 転がるその何かが、歌音のスリッパに当たって止まる。

 金属製のその物体は確か──。

閃光手榴弾スタングレネード──!!」

 その瞬間、目の前で激しい光と共に轟音が鳴り響いた。


「あ、ぐ、あぁぁっっっ」


 歌音は呻き、よろめく。完全に不意打ちのその攻撃を無防備な状態でまともに受けてしまった。

 普段ならば何の問題もなく躱すなり、或いは音でそれを弾いたりしたであろう。

 目の前がよく見えなくて、平衡感覚が狂っていた。

 それに何よりも問題なのは、聴覚が全く働かない、という事だった。


 音を聴き取り、敵の動きを誰よりも早く認識し、距離を詰められる前に敵を殲滅する。それが″サイレントかなウィスパーき″こと桜音次歌音の戦闘に於ける基本的なスタイルである。

 仮に相手に迫られても、彼女の″音″は誰にも見えない不可視の攻撃であり、同時に盾にも成り得る。結果として、先手後手を自在に選べる権利を持ち、攻防共に相手よりも優位に立てる彼女は強い。


「くあっ」


 だがその前提条件は彼女が音を聴ける事。

 突然の轟音により、その要たる聴力を喪失した今、彼女はもうただの年相応の少女と大差ない存在である。

 なまじ常人よりも遥かに優れた聴覚が非殺傷兵器の放つ轟音の効果を数十倍、或いはそれ以上に増幅させ、完全に仇となっていた。

 せめて意識が朦朧とさえしていなければ何とでも対応出来ただろうが、それも後の祭り。


(ちくしょう、くそ。面倒くさい、本当に)


 誰かが部屋のドアを蹴破ったらしい。だが、よく見えない。聴こえない。かろうじてかすれる目に何かが迫るのがうっすらと見える。

 だが今の歌音に何が出来るというのか?


(くそ、何も出来ないなんて……)


 また何かが光った。

 それはだめ押しの閃光手榴弾。

 歌音はもう、何も分からなくなった。


 誰かがいるのだけは分かる。だけどそれだけ。

 腕にチクリ、とした痛みを感じ、更に急速に意識が薄れていく事から麻酔か何かの薬を打たれたらしい。


(が、らにもなく足掻こ……うと思ったけどむ、り)


 足元から崩れ落ち、倒れ込む寸前。誰かの手が伸びてきて…………そこで意識は断ち切れた。





「う、」

 何かの揺れを感じ、歌音が意識を取り戻す。

 目を開こうと試みるが、閃光手榴弾や薬の影響からなのか、まだ視界はぼやけてる。


「おい目を覚ましたぞ進士」


 聞き覚えのある、誰かの声が聞こえる。どうやら聴覚はかなり回復してきたらしい。


「分かってる一。○○さん、彼女が意識を取り戻したみたいです」


 この声にも聞き覚えはある。だけど誰だっただろうか。記憶はあやふやだった。

 と、身体がまた揺れる感覚。そしてバタンとしたドアが閉まる音から、自分が車に乗せられている事が分かった。


 バタン、すぐ近くのドアが開かれたらしい。

「よし、お嬢さん」

 誰か、聞いた覚えのある声が聞こえ、そして手に何かカップらしきものを握らされる。そこへコポコポ、と何かを注がれる音がしてカップが重くなる。

「お世辞にも美味いものじゃないが、これで少しは気分も良くなるだろう」

 誰か、さっきまでの二人よりもずっと年上らしき人物の声からは、歌音を心底心配している事が理解出来る。

 一口、その何かを口にする。これもまた薬だろうか、独特の味わいに表情が曇る。

「だけどまずは少しでいいから眠るといい。今は安全なんだから大丈夫だよ」

 その声を聴くと不思議と穏やかな気分になるように思える。


(そうだ、この声が誰か思い出した)


 そう、この声は相棒である零二に近い存在のはず。

 面識はない。だけどその声は何度となく聞いた事がある。


「ありがと、う」


 精一杯の感謝の言葉を言うと、歌音は再度眠りにつく。

 だがその眠りは攻撃されたさっきとは違って、穏やかなモノだった。




「よっぽど疲れてたみたいだな。可哀想になぁ」


 再度運転席に戻った男、つまりはバーのマスターである進藤は、後部座席の歌音の様子にかぶりを振る。何故彼が歌音を乗せて車を走らせているのか?

 理由は彼の元に数時間前に駆け込んで来た二人の少年、つまりは今、車に同乗してる田島と進士の二人である。


 進藤もまた田島同様に、昨日命を落としたギルドの顔役であったシュナイダーと顔見知りであった。

 そしてシュナイダーからの遺言により、訪問者が早晩来るだろうからソイツを助けて欲しい、と依頼を受けていたのだ。


 だからこそ彼は待っていた。


「しかし、正直驚いたな。あの赤毛の坊主がWGの、それもガキンチョ二人を寄越すだなんてな」


 ハンドルを回して角を曲がる。

 進藤は先程から堂々と街の大通りを車で走っている。

 一種の戒厳令下とでもいえる街の中を、無人の野を行くが如しに進んでいる。


「進藤さん、だったよな。驚いたのはこっちも一緒だよ。何せ……」


 田島がシュナイダーからの伝言に従って協力者と接触した訳だが、指定されたバーに入るや否や、いきなり銃口を突きつけられた。ショットガン、それも明らかに軍仕様のそれを構えていたのは、どう見ても絶対に堅気には見えない無数の切り傷に銃創らしき傷が顔に刻まれた禿頭の大男だったのだ。警戒するな、というのが無理な話だった。


「はっは、あれは悪かった悪かった。こっちとしてもご近所さんが銃撃戦とか何やらに巻き込まれてたもんでな。もしかしたら誰か、さっき蹴散らした連中の仲間か何かでもがお礼参りにでも来たのかってな」


 やはり堅気じゃないな、このオッサン。と二人は思った。

 だが、不思議な事にその話しぶりは、見た目の凶悪さからは考えられない程に穏やかなもの。

 そう、結局田島や進士が彼を信用したのは、相手のこの話しぶりからだったのだろう。だからこそ、美影、正確には一緒にいたエリザベスから救援の連絡が入った時、その手伝いをも頼めたのだ。


「だが残念だったな。お前さんらの仲間がいなくて。もう少し早く動いていれば或いは間に合ったのかも知れんが……」


 本当に申し訳なさそうに声を落とす。

 進藤は美影には面識はない。だが、彼にとって子供という存在はすべからく守るべき者。傭兵として世界中を巡り、正義も悪もない世界に身を置いた彼が己を保てたのも、戦地に暮らしていた子供達の姿に″希望″を見出したからに他ならない。


「だけど一人は守れた。それに進藤さん」

「マスターだ。堅っ苦しいのは性に合わんからそう言えばいい」

「マスター、ドラミの奴はしぶといんです。だからあいつならきっと大丈夫ですよ」


 田島の言葉から確信めいたものを感じ取り、進藤はかぶりを一度だけ振ると、車を走らせるのであった。


 こうして、歌音は救助された。

 そして、彼女が意識を取り戻した時には進藤は知り合いに会うとの理由からバーにはおらず、田島と進士と再度顔を合わせるのであった。




 時間は現在へと戻る。

 まだ歌音は知らない。


「くけけ、ぶっ殺す」


 悪意を抱いた男が迫りつつある事を。



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