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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
300/613

最点火

 


 空模様は晴天から曇天へ。

 黒みがかった雲が一面の青空を覆い始める。

 そしてそれが合図であったかの如く、僅かばかりの穏やかな時間は崩れ去る。


 ザザザザザ。

 無数の″足音″を歌音が聴いた。

 今、九頭龍内は一種の戒厳令状態。

 既に一般人は最寄りの避難所に移動している。

 街を歩けるのは、警察関係者に、自衛隊などの治安対策部隊と、彼らを恐れる必要のない者達、つまりはマイノリティ。


 WGは混乱の収束の為に、暴走するWD関係者の排除や確保に多数のエージェントを派遣しているはず。


(WG? いえ、そうとは思えない。でもじゃあ一体誰が──)


 不安が募り、歌音は表情を険しくする。

 ここは″極秘″のはずだった。九条羽鳥が管理しており、支部内のサーバー位にしかそのデータはないはず……。

 そこまで思考した所で我に返り声をあげる。


「WD、九頭龍支部ウチ以外の──!」


 歌音のいる高層マンションへと、敵は近付きつつあった。


「カノンどうなのですか?」


 エリザベスは不安そうな面持ちを隠す事なく歌音に訊ね、来訪者達の出す音を聴き、様子を探る歌音の表情は曇っている。


「ここから逃げなきゃ駄目だ」


 それが歌音の結論だった。

 向かって来る相手の人数はおよそ二十人。

 足並みが揃っている点から察するに、訓練を受けた戦闘集団。

 負けるとも思えないが、だからといって無傷で済むかも不明。


「私が仕掛けるから、その間にそこのバカ眼鏡女を連れて少しでも離れて──」

「──誰がバカ眼鏡だよこのお子ちゃま」

「な、」


 歌音は思わず驚く。

 ついぞ今し方まで深く寝入ってたはずの美影が目を覚ましていたのだから。


「何をそんなに驚くのさ? ──訓練さえ積めばこんなのカンタンよ」


 美影は当然だと言わんばかりに胸を張るが、歌音にはにわかに心じ難かった。確かに訓練を積んだ兵士は物音やら虫の知らせとかで敵の接近に素早く反応出来るのだとは聞いている。


 だが今の場合、敵集団との距離は、直線で四百、下から上にならさらに百数十メートル。

 自分みたいに音を聴くならまだしも、そんな手段を持たない美影に察知するのはいくら何でも無茶に思える。


「ま、逃げるのにはアタシも賛成だよ。場所がバレた以上、長居するのは後手に回るだけだし。ただ、その前に」


 美影の目に剣呑な光が宿る。

 歌音は即座に身構える。


「……戦う、って訳?」

「ええ、勿論ね」


 互いに視線を巡らせ、美影は息を吐き、歌音もまた表情を引き締め、そして次の瞬間──


 まるで冗談みたいに、呆気なく三人のいた部屋は爆発した。



 ──こちらブラボー1。何故ミサイルを撃った?

「こちらチャーリー9。何を言っている。こちらじゃない」

 ──だがターゲットのいると思しき部屋がたった今爆発した。それは一体どういう事だ?

「バカな、そっちこそバズーカなりグレネードランチャーなりで攻撃したんじゃないのか?」


 その会話は三人のいたビルからおよそ二百メートル上空にいたヘリの操縦士と今ビルへ接近しつつあった部隊の隊長とのもの。


 彼らはいずれも″暗躍者シークレットパーソン″こと笠場庵の率いる戦闘部隊の一員。


 昨夜、九頭龍支部で起きた椚剛の事件にも関与し、混乱状態に陥った九頭龍へ難なく侵入。今、ここで受けた″依頼″を果たす為にこうして動いていた。


 リーダーである笠場庵自身は未だに九頭龍の外にいるが、既に部隊の半数はこうして作戦行動中。

 いくつかの依頼の中に、美影とエリザベスの捕獲、というものがあったのだが、確保を前にしてのまさかの事態の発生。

「シークレットパーソンはこの失態を許しはしないぞ」

 ──バカを抜かせ。お前こそ無事で済むと思うな。

 という感じで互いに互いを弾劾しあっている。


 だが両者の見立ては間違っていた。

 何故なら、

「ともかくシークレットパーソンに連絡せねば──」

 ──当然だ。こんな失態、黙っていられるものか。

 彼らは美影と歌音を見くびっていた。


 まず一つは標的となる二人について。そのイレギュラーのデータこそあったが、美影が先日までの戦闘により重傷である事で、油断していた事。


 バン、という何かが機体にぶつかる音、そして振動。

「、なんだっっっ」

 操縦士は理解していなかった。美影が零二の戦闘を、自分の熱を蒸気のように噴射して加速する様を目の当たりにしていた事を。


 もう一つ、サーバーから入手したセーフハウスの情報を基に襲撃をかける際、そこにいるであろう桜音次歌音、というエージェントのデータが決定的に不足していたにも関わらず、こうして強行しようと決めた事。


 キィィィィィン、という耳鳴りのような音。


「ん、何だこの……音は──? ぎゃう゛あああああああ」


 その瞬間には決着が付いていた。

 隊長を始めとした戦闘部隊の半数が一瞬でその場で吹き飛ぶ。



「ば、誰だっっ」


 操縦士は愕然とする。あっという間に機体が溶かされ、そこに一人の少女が入り込む。


「あら、タクシーかと思ってたけど違うみたいね」


 黒髪に眼鏡をした美影はニコリと笑いながら、炎を繰り出す。


「ヘリが、燃える────ぎゃああああああ」


 美影の手から火球が放たれ、機内を赤く染め上げる。


「じゃね、頑張ってね」


 激しく燃え盛る炎を気にもせず美影はヘリから飛び降りる。

 そしてその直後だった。

 上空でバアアン、という轟音を立てながらヘリは吹き飛ぶ。


「さってと、向こうはどうなってるかな?」


 降下しながら、下を眺める。

 熱探知眼サーマルアイで見る限り、アスファルトが不自然に砕けた場所を確認。敵集団の半数がその場で死んだらしい。


「バカね、敵を知らないで迂闊に攻めてくるから──くっ」


 意識を集中させ、炎を手から逆噴射。地面すれすれで落下の勢いを削いで着地した。

 その時であった。

 美影にはゴオッ、というまるでそれは何か大きなモノが風を切ったかのような音がしたように思った。


「ぐ、ああっっっっ」


 何が起きたのか美影には分からなかった。

 ドン、というその感触はまるで車に轢かれたようだった。

(え、な、に?)

 そんな事を思った瞬間には、自分の身体は宙に投げ出されている事に気付いた。

「あ、ぐぅ」

 メキメキ、という軋みが全身を駆け巡り、ガードレールに背中を強かに打ち付けるとそのまま力なく地面へ落ちる。


「え、何?」


 そしてその異常事態はすぐに歌音の耳に入った。

 それはにわかには信じ難い事であった。少なくとも歌音の知る限りで美影は間違いなく最強クラスのマイノリティだった。

 その彼女が一瞬で無力化された。


(何が起きたの?)


 だが、考えを巡らせる間を襲撃者達は与えたりはしない。

 パアン、という音と共にスナイパーライフルから発した銃弾が歌音を狙い迫る。


「──あアアアアア!!」


 それを音の衝撃で弾き飛ばす。



 だがそれが致命的なミスであった。


「標的を発見した──」


 もっとも敵の狙いが標的の正確な位置である事にこの状況下で歌音に求めるのは流石に酷であろう。


「──これより無力化する。余計な銃撃はやめてもらおう」


 それだけ告げると″彼女″は身を屈め、溜めを作る。

 それはまるで弓の弦を引き絞るかのようにも見える。


「う、あっっ」

 美影は自分が一瞬意識を刈り取られた事に気付く。身体が動かない。というよりは力が入らない。

「…………く」

 辛うじて動くのは顔と視線、だから背中を向ける相手の後ろ姿を見た。

 少し痛んだ感じの赤い髪をした女だった。ボーダー柄のブラウスは肩を露出し、へそ辺りまでの長さ。あとは太もも辺りで加工されたと思しきダメージジーンズ。

(あ、れ?)

 それは見覚えのある誰か、だった。

 だが意識がハッキリしない美影に、それが誰なのか思い付く程の時間は残されてはいなかった。


 そして彼女は一気に飛び上がった。

 文字通りの意味で跳躍、そのままマンションの壁を一気に上っていく。


「え、う、」


 歌音にはうそ、という呟きすら言う暇もなかった。

 気付けば目の前に誰かがいた。

 ガツンとした鈍い音。

 何かで後頭部を強かに打たれ、そのまま崩れていく。

(誰よ、こいつ?)

「大人しく寝てなさい」

 意識が刈り取られる寸前に、少女の脳裏に刻まれたのは、蛇のタトゥー。牙を剥いた凶暴な蛇の。


「排除完了、これから標的Bの確保に向かう。標的Aはそっちでやってくれ」

「──あなたは、誰です力?」


 残されたエリザベスは目の前の相手に訊ねる。

 そして、


「ワタシかい? 単なるそこいらに転がってるただの【落伍者ドロップアウト】さ。金髪の姫さん、大人しくしてくれれば誰も死なない。だから分かるよね?」


 ″ロケットスターター″こと縁起えんぎまつりは好戦的な笑みを浮かべるのであった。


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