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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
299/613

強襲

 

(あー、もううるさいうるさい)


 歌音は目の前で続く田島と進士の言葉の応酬に辟易していた。苛立ちを抑え切れない。何もかもが崩れていく。


(考えると疲れる、──もう少し休まなきゃ)


 そう思いつつ、ソファーに身体を沈め、目を閉じるとあっという間に意識が遠退く。

 自分でも思ってた以上に疲れが溜まっている事を自覚しながら、歌音は眠りにつくのだった。



 ◆◆◆



 養父母である星城夫妻を始めとした近隣住民達をWDの関係者から守った後、歌音はWGの人員がここに来る事を知り、万が一の拘束の可能性を鑑みて、その場から離れる事にした。


 そのまま各所で警報やら、火の手やらが上がり騒然としていくのをセーフハウスであるマンションの一室から遠巻きに眺めていた彼女に迅から連絡が入った。


「迅さん、これは一体──?」


 歌音には分かっていた。この状況に西島迅が何らかの関わりを持っているであろう事を。

 だからこそ、先刻自分がその渦中に巻き込まれないように配慮してくれたのだと。だが甘かった。


 ──歌音ちゃん、何故逃げなかった?


 歌音は、その凍り付くような声音を迅が発した事に激しく動揺した。


「なぜって、だって、その……」


 ──僕は賢い君ならば、正確に状況把握に努めてくれると思ったんだ。そして、悟るだろうと期待していたんだ。

 もう、自分に出来る事など皆無なのだとね。君はもう必要のない存在。WDにとってもWGにとってもね。

 折角、君の存在をこれまで守ってきたというのに、その利点を活かし切れず、挙げ句には正体を晒してしまうだなんて。僕は本当に失望してしまったよ。


「え、その……」


 言葉が出ない。これまで幼い頃に一族から放逐された自分を実の妹のように陰ながら見守ってくれた恩人からの一連の言葉はどんな攻撃よりも遥かに深い傷を刻みつけていく。


 ──僕は君を気に入っていたんだよ。君の事を本当の妹みたいに思った事だってあった。

 でももうそれも終わりだね。本当に、本当に残念だよ歌音ちゃん。せめてもう、これ以上こちらに来ない事を祈るよ。


「待って迅さん、私は────」


 そこで通話は途切れた。

 以降、迅の携帯には一切繋がらない。

 決定的だ、と思えた。

 少女には、その会話は決別だとしか思えなかった。


「待って、待ってよ…………じんさん」


 歌音は一人膝を落とし、暗い室内ですすり泣く。

 見捨てられた、失望された、と感じたから。

 そこにいたのは、まだ十三歳のか弱い少女そのものであった。



 数時間後。


「────、」


 九頭龍に朝日がチラつき始める。

 だが新しい朝は未だ混乱の渦中にあった。

 騒ぎの中で、段階的に近隣住人へ避難勧告が為され、人々がそれぞれ最寄りの避難所へと移動していくのが見える。


(どうでもいいよ、もう)


 歌音には今や何もかもがどうでもよい事に思えた。

 自分にはもう何もないのだと思い、外で何が起きようとも別にどうでもいいとさえ思ってしまった。



 そこに姿を見せたのは、

 ガッシャアアアン、という凄まじいまでの音を鳴らし、


「あ、お邪魔します。ちょっと休憩させろ」


 いきなり窓をぶち破って来た怒羅美影であった。


「へ?」


 マンションの最上階であるここは高さ百メートルはあったはず。それを外から入ったのだ。流石に歌音は驚愕を隠せず、しばしあ然とするのだが、数秒後、そのあまりにワイルドな登場に、


「ど、どっから入った。ふ、ふざけるなっっ」


 歌音は思わず怒鳴る。


「ふざけてはいない。今、ちょっとばかりピンチでさ。少しでいいから休憩させて」

「何言ってるんだお前、人の部屋に突っ込んで窓を粉砕しておいてよくもまぁ──ふざけるな」

「いいからいいから、どうせここはWDからあてがわれたセーフハウスでしょ? この数時間アタシ達を追い回してる連中もWDみたいだし文句言うならソイツらに言って」


 美影は歌音の言葉などお構いなし、とでも言わんばかりにツカツカと部屋を歩くと、つい今し方まで歌音が座っていたソファーに飛び込む。そしてあっという間に寝息を立て始める。

 その傍若無人な振る舞いを前にして、歌音は珍しく全身をワナワナと振るわせながら、


「おい話を聞け、ってか土足で部屋を歩くんじゃない、このプッツン女!!!!」


 と怒鳴り散らす。

 キィィン、とした歌音の怒声が周囲に轟き、その音から発生した衝撃波が、周辺の部屋の窓ガラスを瞬時に粉砕。


「何か理由があるっつうんならキッチリ説明しろ」


 と、言いながら詰め寄るのであった。



(数分後)



「……つまりWDの連中があんたとそこにいるベルウェザー、いやエリザベスを狙ってるって事なのか?」

「そうそう、歌音ちゃん。さっすが頭の回転良いわねぇ」

「るっさい、この疫病神。そもそもどうしてここを見つけ出したんだ?」

「ここに来た事自体は全くの偶然。アタシだったらここら辺にセーフハウスを置くかなぁってトコに来たんだけど、そしたら最上階に誰かいるって気付いた。で、敵かもって思ったから──」

「……もういい」


 思わず頭を抱えたくなる。

 歌音は美影の話を聞いてしまった事を深く後悔した。

 面倒事を引き受けるのを何よりも厭う彼女にとって、今、美影と金髪のハーフの少女の置かれた状況こそまさに面倒事そのものであった。


 エリザベス、つまりはあのベルウェザーの本体であった少女はいつの間にかそこにいた。


 昨日の一件で、彼女が血液操作ブラッドコントロール、それも異常なレベルでの精密操作に特化している事は理解した。何せ自分自身と寸分違わぬ血人形を作り上げるのみならず、その人形自体に″自我″を持たせ、自分にとって嫌な記憶を押し付けて、完全に独立させていたのだ。

 そして一番歌音が驚愕したのは、その独立させた人形を数年分の経験を含めて全て受け入れた末、反動で彼女が暴走しなかった事実であろう。


「とにかく、ちょっとの時間あんた達二人を匿う、それだけよ。なるべく早く出て行ってよね。こっちは面倒くさいのは嫌だから」


 背を向け、そう言いつつも、歌音の細心の注意をこの来訪者へ向ける。

 その言葉、呼吸、心音に至るまで聴き取れるモノ全てを聴き取る。


(相手ともしも戦うのだとしても、ここなら私が圧倒的に有利だ)


 歌音が二人を部屋に入れた理由はここが彼女にとっての要塞だったからに他ならない。


 このマンションは施工段階で防音対策が施されている。部屋の音がよそに漏れないように、である。

 だが、同時に歌音の部屋及びに同じフロアに関しては事情は別。このフロアは表向きは満室なのだが、実は住人は歌音のみ。後はWDの関係者が住人の振りをしているのだが、このフロアに関しては防音ではなく、音が反響するようになっている。

 ここは身を守る為のセーフハウスであり、同時に敵を確実に仕留める為のキルゾーンでもあるのだ。


(怒羅美影、通称ファニーフェイス。イレギュラーは炎熱操作、零二みたく身体能力に全振りじゃなくて、中距離ミドルレンジでの炎の射出が得意)


 それが歌音が知る限りでの美影のイレギュラー。

 零二とは真逆の戦闘スタイル。


(なのに何よこいつ。自己チュー極まりない、まるであのアホみたいじゃない!!)


 京都にいるはずの零二の姿と美影が重なって、どうにもやりにくさを感じる。

 気分を落ち着かせ、美影から目を逸らす。


(問題はベルウェザー、ね)


 そして意識を金髪の少女へと向ける。

 あれだけ巨大なイレギュラーを扱える相手。

 ″アサーミア″と呼ばれた痛みを感じない殺し屋や多くの信奉者達の血液をも操って、である。


(戦いになるのなら、あちらが陣地を構築してからじゃ手遅れ、だから)


 もしも戦うならば、真っ先に狙わねばばらない。

 陣地を作り上げられたら勝ち目は低い。


「あ、あの……」


 そんな事を考えていたら、いつの間にかこちらへ来ていたエリザベスがおずおずとした口調で歌音へ声をかける。


「……何?」


 不意を突かれた、と思ったからか思わずキツイ言い方になってしまう。


「ホントウにごめんなさい。ミカゲはホントウにいい子だから怒らないでね。ホントウは病院で入院していなきゃいけないのに昨日からずっとムリしてるから」

「…………」


 視線を美影へ向ける。

 するとそこにはいつも付けてる眼鏡を外した少女が静かな寝息を立てている。


「──あー、もう」


 あまりにも無防備なその有り様に、歌音は完全に毒気を抜かれた。


「ゆっくりしていけば。それに下手に起こすと暴れそうだものあの自己チュー女」


 歌音は顔を背け、台所へ向かう。


「アリガトウ、星城さん」

「歌音、……歌音って名前だから私」

「アリガトウ、カノン」


 エリザベスもまた台所へ。

 美影が眠る中で、二人は紅茶を飲む。


 ささやかな、でもそれは混乱の渦中にあって、歌音にとっても、美影やエリザベスにとっても信じられない程に穏やかな時間だった。


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