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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
296/613

検証

 

「ふむふむ、これはこれはオモシロいデス」


 ″コントローラー″は満足そうな声をあげながら、画面上に映る対象者の観察を継続していた。


 薄暗い室内に無数に、いや無秩序に設置されたモニターにはこの数時間の映像及びに、古くは二年間程前の映像までが流されている。


 細かな状況こそ差異があるものの、それらには一つだけ共通する点がある。

 それはその無数のモニターに映る人物。


 圧倒的な戦闘力にて任務を達成し、自身への刺客を返り討ちとする少年の姿。


 その全身を揺らめく蒸気に包み込み、迫る敵を白く輝く拳で打ち倒す武藤零二の姿があった。


「武藤零二、通称″深紅の零″こと【クリムゾンゼロ】。

 そのそのイレギュラーは炎熱操作。ただし実際に炎を担う事は殆どない──」


 無数の戦闘データをコントローラーは同時に把握していく。


「──そのその戦闘スタイルは全身の熱操作による爆発的に増大させた身体能力を駆使しての強襲戦闘、そして熱を集約させた右拳による一撃必殺──」


 いくつもの戦闘で零二が光り輝く右拳、″シャインナックル″である時は敵の身体を貫き通し、またある時は相手の武器を、イレギュラーを弾き返しながら急所を痛打する。


「──それはそれは本人曰わく″激情の初撃″【インテンスファースト】と命名した右拳での一撃──」


 シャインナックルをマトモに受けた相手の肉体は直後に、あっという間に消えていく。それはまるで水が沸騰して蒸発するかの如く。


「──おそらくおそらく右拳を通して対象の″熱″を操作。瞬時に沸騰させる事による一種の【水蒸気爆発】のような現象を引き起こしている物と思われる──」


 そして画面は一転。零二へと敵が放つ攻撃へと切り替わる。大勢の敵戦闘員に取り囲まれ、銃撃される零二。また別の画面ではイレギュラーによって創造された剣が別の敵への対応で隙だらけの零二の肩口めがけて振り下ろされる様が映っている。


 だがその攻撃が零二へ届く事はなかった。

 その身体に触れるか否か、というその時。銃弾は突如溶けていく。肩口めがけて放たれた剣はグニャリ、と曲がり、そこへ零二が振り向き様に左裏拳を剣へ叩き込みへし折る。そして返す刀、で白く輝く右拳を敵へと叩き込み一撃で倒す。


「──そのその防御力は一定の水準に達しており、生半可な攻撃は防がれる。現象から鑑みるに全身を覆う蒸気が危機を察して自動的に防御をしているものと思われる。これも本人曰わく″熱の壁″という現象である──」


 次に画面は、零二が相手の攻撃を直撃する様子を映し出す。その手を文字通り鉞のように変化させた武侠の攻撃が映し出され、黒く染まり硬質化した藤原慎二の攻撃、そして全身から血を噴き出す様が映し出される。


「──だがだが一定水準を越えた攻撃に対しては無意味でありその為かそうした攻撃に対しては大ダメージを受ける模様──」


 さらに別の画面ではサングラスに禿頭の大男、藤原新敷が圧倒する様子が映っている。零二の攻撃を真っ正面から受け止め、難なく反撃に転じる。ズタボロにされながらもなおも零二は反撃に転じようと試みるが、だがその狙いは実らない。藤原新敷は零二のあらゆる攻撃を全て見切り、痛烈極まる反撃を返し、遂に零二はその場に倒れた。


「──いまいま現在の所、武藤零二と正面切っての戦闘にて勝利せしめしは”藤原新敷”ただ一人のみ。

 ただしただし、この戦闘時に於いての武藤零二の状態は良好とは言い難く、特にメンタル面での不調は相当なレベルに達していたものと察せられ、それがイレギュラーの精度及びに威力にまで影響を及ぼし、フィジカル面での不調をすら招いたと思われ──」


 コントローラーは淡々とした口調で、考察を続けていく。そして画面は今朝方。ついぞ数時間前の零二の姿を映し出した。


「──しかししかしながら武藤零二の現状であるが、明確な差異がある。それは発する熱量が以前よりも向上している点及びに、もっとも明確なのは──」


 零二は全身から蒸気ではなく″焔″を揺らめかせた。それはごくごく短時間、まばたきする間の時間であったが、確かに全身から焔を発していた。


「そのその全身から【炎】を発した点である。

 まらこの事に関連してなのか、本日の四回のデータ収集の為の戦闘に於ける被験者武藤零二の戦闘能力だが、以前より向上が認められる。一説では昨日までいた京都にて強大な何かを打破した、という情報があるがそれを裏付けるサンプルデータは存在せず──」


 そこで画面は一斉に落ちて、コントローラーは思考を始める。

 彼が道園獲耐から任されたのは零二のデータ収集及びに分析である。


「──だがだがこのままでは分析結果に支障が出る出る。では……どうすべきか」


 ブツブツと呟きながら思考を巡らせる。

 そして真っ暗な空間で考え、結論を出す。


「──ここでここで新たな実戦データ収集の必要あり。それを実行するに最適な該当者は──」


 消えていた画面が一斉に誰かを映し出す。

 そこにいたのは、素肌にボタンを付けずにアロハシャツを着た男の姿。どちらかと言えば細身だが鍛えられた身体をしていて、下はカーキ色のズボンを履いて、足元は如何にも安そうな便所スリッパ。赤い髪を無造作に流すその男の目には隠し切れない獰猛な怒りがぎらつく。


「──はいはい椚剛。この男こそが武藤零二の性能データ収集に最適だと結論付けます」


 結論を出したコントローラーは即座に連絡を入れる。その相手は彼の上司である道園獲耐。


 ──くわばばばば。どうしたねぇぇコントローラー君?

「はいはいドクター。武藤零二の、クリムゾンゼロのデータ収集及びに分析ですが、実験を行いたいのデス」

 ──おおお、それは実にいい。有意義だ。で、誰をぶつけるのかねぇぇ。


 そして何も知らない零二は、ぶつかる事となる。

 ″絶対防御アブソリュートプロテクション″という異名を持つ凶悪なWDエージェントと。


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