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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
294/613

 

(現在)


「くわばばばばば、どうしたね? 早くそれを着けてみたまえよ」


 道園獲耐のしわがれた不快な声だけが静まり返ったその場所に轟く。

 その、とある薄暗いホールのような場所にて。

 怒羅美影は仮面と対面している。


「あ、…………」


 それ以上は、言葉が出ない。

 ハッキリと確信出来る。ひび割れたソレは間違いなく、かつての自身が装着していたモノだと。

 そう、自分を守って壊れたあの心優しき戦闘補助プログラムの残滓であると。


「さぁ、折角の対面なのだよ、どうしたねぇぇ?」


 美影には老化学者の言葉などどうだっていい、耳にも入らない。

 だってそこにいあるその仮面は、彼女にとって紛れもなく友人であり、そして恩人であるのだから。


「あ、…………」


 足が動かない。

 すぐそこにあるその仮面、かつての自分の事が思い浮かんでいく。



 ◆◆◆



 結局、No.13はペルソナからの言葉に耳を貸さなかった。決してその言葉が届かなかった訳ではない。むしろ心を揺るがされ、何年か振りに涙すら浮かんだ程である。

 だが、それでも彼女は動かなかった。


 ″アタシは大丈夫だ″


 それはいつの頃からか彼女の中に生じた思念。

 過酷な日々を生き抜く内に、幾度も挫けそうになる心を支えようと芽生えた云わば″軸″のようなモノである。


 だがその思いには何の根拠もない。

 漠然とした曖昧模糊な自信。


 実際、それまではそれでも通用したのだが…………。



 実験は続いた。

 その内容は徐々にだが、より苛烈なものに変わっていく。戦闘を行う際には様々な条件が付けられ、尚且つ相手の強さは日々より大きくなる。


「くわばばばばばば、素晴らしい本っ当に君は素晴らしい研究素材だねぇぇ、No.13」


 実験で生還するその都度に、あの枯れ木のような老化学者の哄笑が響き渡る。

 そしてその都度に、


(アンタの為になんか絶対に死んでやるものか。アタシは何が何でも絶対に生き延びてやるんだ)


 相手がいるであろうマジックミラーの向こうを見据えつつ、No.13はそう強く決意を固める。


『ミカゲ、お願いです。アナタ自身で戦えるようにならなくては』


 ペルソナの言葉からは、懇願するような響きすら聞き取れる。


 だが、No.13はその頼みを無視し続けた。


 実験という名目で繰り返される戦闘実験の日々。


 苛烈さを強める実験を前にして、No.13は戦闘補助プログラムに全てを委ね続ける。

 意識が遠退き、そして眠りに付くような感覚。

 それは例えるならば、部屋の明かりを消したり付けたり、といった感覚がもっとも近い感覚であろうか。


 目を覚ませば実験は既に終了している。


「う、っ」


 目を覚ますと真っ先に吐き気を感じる。

 意識が戻る際はいつもこうだ。

 ペルソナにその事を聞いてみる。


『それはワタシという異物がミカゲの中から出る際に生じる負荷であると考察します』


 意識が戻り、気分の悪さが収まると感じるのは、何かが燃えて、焦げ付くような独特の臭い。


「う、」


 再度気分が悪くなりかけるものの、それもまた一瞬の事。No.13にとってそこで何が起きたのは明白であったが、それも関係ない事だ。


(そうよ、誰がいたのかなんて知らない、…………それにお互い様でしょ。死んだらそれで終わりで、今日はそっちが終わっただけのコト)


 仮面を外して、実験室を後にする。

 倦怠感を感じる。これは実験の終了と同時に注入される″能力減退剤″の効能。あの道園獲耐の開発した薬品の一つであり、イレギュラーの使用が出来なくなる代物である。

 これがあるからこそ、道園獲耐は様々な非人道的な実験を子供相手とは言えマイノリティに対して平然と行えたし、彼が様々な研究施設や支援者を得る事が可能だったのだ。


「くわばばばばばば、今日も実に素晴らしい実験だったよ。明日はこれまでの実験とはひと味違うモノを用意するから楽しみにしておいてくれたまえよねぇぇ」


 道園獲耐は、いつもの如く哄笑する、

 だがNo.13には関係のない事だ。

 彼女にとってあの老化学者などどうだっていい。


(また明日、何が何でも絶対生き延びてやる)


 彼女にとって大事なのは、今日を生き抜く事。そして明日も同様に生き延びる事だけなのだから。





「う、つぅ」


 痛みで顔が歪む。

 手足には実験、という名目の殺し合いにて負ったであろう無数の傷が刻まれている。

 負傷の度合いはその都度毎にかなり違う。

 殆ど無傷の事もあれば、骨が折れる事もある。

 酷い時には実験終了後、およそ半日意識が戻らなかった事もあったらしい。

 リカバーさえ発動すればあっという間に塞がるはずの傷も今の状態ではただ痛みを我慢するしかない。


 これもあの枯れ木のような道園獲耐が実験体を管理する手法なのだろう。


 リカバーが発動し、傷が塞がるのは実験直前。


 実験以外の時にはイレギュラーを使用出来ない状態にして反抗するのを事前に防止、大なり小なり傷を負ったNo.13を含めた被験者は個室で管理する事で互いの意志疎通をすら防止。

 そして何より子供達が恐れたのは、反抗したらどうなるのか分からない事だ。


 これまで反抗した者はいた。


 だが、イレギュラーを封じられたマイノリティは単なる人間とそう大差はない。あっさりと研究所の関係者に拘束され、そしていなくなる。


 何があったのか、どうなったのか何も分からない。


 ただ道園獲耐がそうした出来事を被験者達に告げるだけ。


 ″いいかねぇぇ、愚かな考えは持たない事だ。君達は優秀な存在だ。だからその可能性を閉ざすような行為は極力避けたい。だがね、規律を守れない者はここには必要ないのだからねぇぇ″


 あの声を聞かされるだけで、全身に震えが来る。

 それは相手が怖いからではなく、怒りに起因する震え。あの声を聞くその都度に、誰かが不幸になっていく、そう思うと怒りが込み上げる。

 不意に傷を手で触れてみる。


「…………いたい」


 だが、彼女に何が出来ようか。

 何も分からない。ここが何処なのか、イレギュラーも使えないのだから。まだNo.13はあまりにも子供であったのだから。



 ◆◆◆



(現在)


「どうしたねどうしたねぇぇ。心配せずとも問題は全くない。今、その仮面には何の効力もないのだからねぇぇ。その事は他の誰でもない、君自身が一番知っているはずだよねぇぇ」


 道園獲耐の声だけが不快に響く。

 そう、分かっている。

 目の前に置かれた仮面に、もうペルソナはいないと。


「…………」


 美影は無言でひび割れた仮面を手にする。

 ボロボロになったその仮面は手に少しでも力を加えたらそのまま砕けそうに見える。


 その背姿を眺めながら、老化学者は不意にその口角を大きく吊り上げ歪ませる。


「だがねぇぇ…………」


 そして白衣の胸ポケットから小さなカプセル状の何かを取り出すや否や、それを床に落とす。


 瞬時にブワッとした煙が吹き出す。


「な、──」


 美影もその煙に気付き、とっさに飛び退くが、そこにパスパス、という空気が抜けるような音が耳に入る。


「しまっっ──」


 それが消音装置サプレッサーのモノだと理解したその直後、美影の手足、そして背中に無数の小さな針状のモノが突き立っていた。

 意識が朦朧とし、その身体はその場に崩れる。


(麻酔……し、まった。つまり今までアタシは──)


 麻酔を今更ながらに使う、つまりは美影は今までイレギュラーを封じられてはいなかったのだ。


「くわばばばばばば、いやぁ上手くいったねぇぇ。

 正直言って君が気付いてしまうのではないか、と肝を冷やしていたのだよねぇぇ」


 顔を上げると、車椅子から平然とした様子で立ち上がる老化学者の姿が見える。


「やっぱり、ね歩けなくなった……ワケじゃ……」


 そこまで言うと美影の顔がガクリと落ちる。


「ああ、そうだそうだ。君には素晴らしい実験をやってもらうよ。目を覚ましたら早速開始するからねぇぇ」


 くわばばばばばば、という不快極める笑い声が轟く中で、美影の意識は完全に落ちるのだった。


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