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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
293/613

No.13から怒羅美影へ

 

「な、にを言ってんの?」


 No.13の口をついたのはそんな悪態であった。

 今や彼女にとってペルソナはもう切っても切り離せない存在であった。


『セントウカイシ。ヒョウテキノハイジョカイシ』


 最初こそただの自分の意に沿わない戦闘をさせる為だけの代理でしかなかった。

 その口調も極めて機械的、無機質なものであった。


 それが、


『No.13、オハヨーゴザイマス』


 思えばそのプログラムは最初から変なヤツだった。

 No.13が美影、という名前を教えたのもそうだ。


『No.13。アナタノコユウメイショウハコレデタダシイノデスカ?』


 そのキッカケを作ったのは向こうからであった。

 最初は答えるつもりは毛頭なかった。

 何せ、相手はプログラム。しかもあの道園獲耐の用意したモノなのだから。


(これも何かの実験、そうよアタシは実験動物。

 あの妙ちくりんなプログラムだって、アタシを利用する為のモノなんだ)


 そう思い、幾度も名前を訊ねてくる戦闘補助プログラムの言葉に一切の返事はしなかった。


 だけども、


『ワタシハアナタノチカラニナリタイノデス』


『アナタヲマモルノガワタシノ【ソンザイイギ】デス』


『アナタヲモットシリタイノデス』


 ペルソナはいつもNo.13に話しかけ続けた。

 無視されても全く懲りる事もなく仮面は話しかけてくる。それは相手が人間ではなくプログラムという存在なのだから、と言ってしまえばそれだけの事ではあったのだが、それでも相手からの話しかけに対して無視を続ける内、いつしかNo.13の心には少しずつ、何かしこりの様なモノが蓄積されていくのを自覚していた。


 そして、ある日。

「一体何のつもりなのアンタは?」


 No.13は遂にペルソナにそう問い質した。


「来る日も来る日もアタシに何で話しかけるワケ?

 それは戦闘補助に必要なコトなの? ……アタシには全くそうは思えないんだけどもね!」


 辛辣な口調でそう言葉をぶつける。


 するとペルソナは、『セントウニハマッタクヒツヨウナイコトデス』と返事を返した。


「ほらそうでしょ、じゃあ何で聞くのよ!」

 思わず感情的に怒鳴った。


『ワタシハ、アナタヲマモリタイノデス』

「アタシを守るって? 何から? どうやって?」


 その言葉からは怒りが溢れ出ていく。これまで抑えつけていたモノが口からとめどなく溢れて止まらない。


『アナタノココロヲデス』

「何言ってんの? アタシの心だって? 何でそんなモノをアンタが気にすんのさ?」

『ワタシハアナタヲマモルタメノモノダカラデス』

「なに言ってんのよアンタは。バッカじゃないの?

 アンタなんか…………っ────」


 そこまでだった。

 もう言葉が出ない。


 自分が騙されて誘拐の憂き目を見てからもう何年経つだろうか?

 ずっと人間扱い等されては来なかった。

 誰もが自分や他の子供達の事を替えの利く消耗品だとしか見ていない事に子供ながら気付いたのはいつだったか?


(死ぬのはイヤ。だから絶対に死んでたまるものか)


 そう思い、ただガムシャラに生き延びる事にだけ集中した。

 そうして気が付けば……いつしかこんな場所にいた。


 ここもまた最悪だった。

 彼女にとってはあの″白い箱庭″よりも遥かに酷い。

 あの狂った研究所でさえ、実験と称した殺し合いはせいぜい一週間に一回だった。

 だが、ここじゃ毎日だ。


 それはあの白亜の研究所の規模はここの比ではない程に巨大で、実験対象も優に数百を越えていた。その上、日々新しい誰かが連れて来られもしたので、単に彼女に回ってくるまで一定の周期があっただけ、なのかも知れない。


(死んでたまるか、絶対に死んでやるものか)


 最初こそそう思ってた。

 誰よりも自分を大事にする、それは当然の権利だと思うから。


 だが日々、誰かの命を奪い続ける事にいつしかNo.13は心が擦り切れていった。

 毎日相手を燃やした。燃やし続けた。

 躊躇いなく、徹底的に、容赦なく。


 でもある夜、不意に思ってしまったのだ。


 ″でも誰も死にたくなんかないんじゃないの?

 だって、みんな好き好んでこんな殺し合いなんてするワケないじゃない″


 そう思った瞬間だった。


「う、──ゲッッッッ、はあっっハアッッハアア」


 気付くと胃の中のモノをぶちまけていた。

 これまで思いもしなかった事に、怖くて思うのを止めていた事が脳裏を駆け巡ったのだ。


「ハァ、ハァ、は、う───────ウウウウ」


 これまで自分がどう生き延びたのかを思い返し、たまらなく不快な気分に陥っていた。

 これまで彼女はただ生存本能だけに意識を向け、様々な感情を押し殺していた。

 そうする事で抑えつけていた。考えないようにしていた。

 子供だった頃からずっとこう生きてきた彼女が本能的にしていた事の、その裏、すぐそこにあった事に彼女は気付いてしまった。


「ハァ、ハァ、はああああ──ッッッッ」


 何度も何度も、胃の中が空っぽになっても吐き気は収まらなかった。それどころか不快感は一向に収まらない。むしろ酷くなっていく一方である。


 気付くと胃の中のモノをぶちまけていた。

 これまで思いもしなかった事に、怖くて思うのを止めていた事が脳裏を駆け巡ったのだ。


「ハァ、ハァ、はああああ───────ッッッッ」


 もう我慢出来なかった。完全に限界を越えてしまった事を彼女は自覚した。


(最悪だ、アタシは最低だ)


 口を押さえ、力なくカビ臭い壁に寄りかかる彼女は暗い室内の、天井へ視線を向けていた。

 イレギュラーを使い、照らし出す事だって出来る。たまにそうしていた。

 だけども、今はイレギュラーを、炎を使いたくなかった。暗く何も見えない真っ暗闇の中、形容し難い違和感が全身を震わせる、怖くて怖くて仕方がない。だがそれでも炎は使いたくない。


(だって、みんなを燃やしたんだ。この炎でみんな)


 そう思ってしまうから。


 それは初めて彼女が、ハッキリと″罪悪感″を自覚した時。

 彼女がもう嫌になり、自暴自棄になりつつあった頃の事。


 そんな彼女にとって、その罪悪感を感じないで済むペルソナの存在はとてつもなく大きなモノになっていた。で、気が付けばそのNo.13は仮面の戦闘補助プログラムを深く信用するに至り、そして名前を教えていたのである。




「イヤよ。アタシは絶対にイヤ」


 No.13は拒絶の言葉を口にする。


「だって上手くいってるじゃない。アンタはアタシを使って戦闘補助プログラム、っていうのを更新してる、んでしょ。アタシはアンタのお陰で…………」


 そこまで言いかけて、口をつぐむ。


『ミカゲもう気付きましたね。アナタはワタシに依存しているのです。子供が親に依存するように。

 確かにそれは一時期は正しい選択です』

「…………」

『あの時。アナタは酷く憔悴していました。

 間違いなくきっかけはそれなのです』

「…………何のコト?」


 No.13の声に力はない。その響きはとても弱々しく、今にも手折れてしまいそうな花を想起させる。


『ワタシは他の被験者にも適用されています。

 つまりアナタ以外の人にもです』

「だから何なの?」

『アナタの能力が完成しつつある今、ドクター道園は実験を最終段階へ移行するはず』

「それが……何なのよ」

『ミカゲ、このままではアナタは死んでしまう。

 他のワタシが被験者にどう接しているか不明。

 だからアナタは、ワタシに頼り切りになるのを止めなければいけない。最悪の場合を想定して』

「何よソレ、そんなの知らない。知りたくない」


 No.13は幾度となくかぶりを振り、耳を塞ぐ。

 そんな事をしようとも、意識で同調している以上無意味なのは分かっている。だがそれでもそうするしかない。大事なのは意思表示なのだから。


『ミカゲ、アナタは本当に優しい人です。でなければワタシもこんなにも人の心の機敏が分かる事など出来なかったでしょう』

「なによ……それ」


 思わず身体が震えた。カタカタ、と小刻みに震えた。

 優しい人、なんて言われた事など記憶にある中では一度もなかった。


『ですがその優しさが今は仇になりかねません。

 ミカゲ、アナタは生きなければならない。だから戦うのです。他の誰でもない、アナタ自身の為に。

 実験対象であるNo.13ではなく、ミカゲという個人として生き延びるのです』


 少女はこの数年来で初めて涙を浮かべた。

 ずっと見せまいと子供ながらに思い、ずっとこらえてきた何かが決壊した。

 この日、少女はNo.13から怒羅美影に戻った。



 ◆



 そこにあったのはNo.13の戦闘時に於ける実戦データである。

 そこには戦闘補助プログラム、ペルソナを装着した被験者の戦闘時のあらゆる項目がデータ化されている。


 瞬発性、持続性、攻撃性、諸々の項目をその老人は満足そうに眺めている。


「くわばばばばば、うむうむぅ。これはなかなかにいいデータだねぇぇ」


 だがそれも当然だと言える。

 何故なら、それは枯れ木のような老化学者、堂園獲耐が想定していたものよりもずっと上の結果を出していたのだから。


「うんうん、これならば……最終段階に至れるねぇぇ」


 歯を剥き出しにして老化学者は哄笑する。

 その笑みからは拭いようもない悪意が滲み出ていた。



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