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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
291/613

怒り

 

「がぎゃっ」

 苦悶に満ちた表情で敵の一人が膝を屈する。

 その鳩尾には零二の右拳がめり込んでいた。

「もう一丁!」

 そこへ零二の肘が顔面を痛打。そのまま相手は泡を吹き出しながら、気絶する。


「よっとぉ」

 次いで零二は顔を横に動かす。

 すると今、その顔があった場所を矢が抜けていく。

 さっきから弓矢の射手がいて、事ある毎に矢を放ってくるのが原因である。

 同時に背後へ左の裏拳を放つ。

「ぎゃっっ」

 悲鳴があがる。

 左手で感じたガツン、とした感触は背後から襲いかからんとしていた誰かの……恐らくは鼻骨を砕いたものだろう。よろめきながら前のめりになった誰かへと、振り向き様の右膝を脇腹へと食い込ませる。

「うぎゅあっっ」

 ミシャ、メキャとした肋骨の砕けた感触。

 その痛みに一瞬相手は意識が飛びかけたに違いない。だが零二は止まらない。

 その上でダメ押しとして右掌底を無防備となった相手の顎先へと叩き込み──そのまま突き飛ばす。


 再度矢が飛んで来た。

 もう他に邪魔者はいない。今度は避ける事もせずにあっさりと素手で掴み取る。


「くそ、何なんだお前はっっっ?」


 射手は次の矢をつがえ、狙いを定めんとする。

 矢尻を弦に引っ掛け、引き絞ろうとして。

 零二はもう目前へと間合いを潰していた。


「わりぃな」

 零二はそう呟き、弓を掴むと一気にへし折る。


「くっそ、」

 射手の男は慌てて腰からナイフを取り出すと切りかかろうと試みる。だが間に合わない。

 零二の手は相手の手を叩き落とす。そして自身の肩を胸部へぶつけて態勢を崩す。後ろへ後ずさりさせられた射手の男の足を踏みつけて、動きを阻害。


「ぐぎゃっ、」

「っっせい」


 気合いに満ちた声と共に零二は襲撃者の背後に回り込むと両手で腰をロック。そのまま勢いよく持ち上げるとジャーマンスープレックス。一気にアスファルトへと叩き付ける。

「ぐ、う゛っ」

 空気の抜けるような呻きをあげながら襲撃者はそのままアスファルトへ突き刺さり、ヒクヒクと脈動する。


「ふう、片付いたかな」


 かくして零二以外は誰も立っていない道路上は完全に静まり返っていた。


「ったく、一体どうなっちまってンだよ?」


 ブツブツと文句を言いつつ、誰に言うでもなく零二は文句を言う。

 その足元には途中から数えるのも面倒になったマイノリティらしい襲撃者達が転がっている。

 何人かは完全に燃え尽きてしまったものの、大半の敵は重傷をこそ負ってはいるものの、命は取り留めている。


「ま、以前よりもイレギュラーの制御は上手くいってるってのが再確認出来ただけで充分な収穫ってトコかな。そろそろ秀じいのヤツも戻って来るはずだよな。なら、その前に……」


 手を伸ばし、すぐ近くで気絶している敵を引き上げる。零二より二回りは大きな相手であったが、片手で軽々と持ち上げ、そして残った右手でデコピンを喰らわす。

 バッチン、とした音はデコピンというには鈍く大袈裟で、それでいて過剰な威力。


「か、っあああ、いってえええ」

 その激痛を前に、気絶していた相手は目を覚ました。

「何しやがるテメ──うひっっ」

 怒りのままに言いかけて正気に戻る。

 そこにいたのは、


「よぉ、お目覚めかい?」


 般若のような表情を浮かべた少年だったのだから。


 そこから秀じいが襲撃者達がここまで来るのに用いたであろう車両から、一台を持ち出すまでおよそ五分。


 零二は丁寧に相手に問いかける事にした。


「で、お前等は誰の命令でオレらを襲いに来やがったンだよ?」


 尋問相手はシューゴ、と呼ばれているらしい。

 財布から抜き取った免許証から本名に生年月日、本籍地までは既に確認済み。


「い、いやそれは……」


 シューゴは明らかに脅えていた。

 自分よりも小さな年下の、せいぜい高校生位の少年を前にして人生最大の恐怖を感じつつある。


「今の内にゲロしちまえよ。そしたらケガしなくても済むンだぜ?」


 その脅し文句は何処か優しげですらあった。

 これまで様々な悪事を重ね、常に他者を見下してきたシューゴは知らなかった。自分が脅されるなんて状況を。

 自分が他者を見下す事はあっても、自分が他者に見下されるなんて事などあってはならない。

 その自尊心が湧き上がる。


「うっせえくそガキ、お前なんぞおれがその気にな──りゃあああああああああ」


 絶叫が轟く。

 ジタバタと地面を転がり、呻き苦しむ。

 腕を介して、まるで身体の内部を燃やされたような激痛を感じた。

 そして視界に入ったのは、腕にズブズブと入り込んだ零二の人差し指。


「うン、? 悪ぃな。よく聞こえなかったンだけどさ、アンタ今、オレの言葉を拒絶したかい?

 そっかぁ、なら仕方ねェよな。アンタが話したくなるまでお願いするとしよっかな♪」


 ニヤリと悪い笑みを浮かべた次の瞬間。

 人差し指を熱し、相手の腕を再度一瞬だけ灼く。

 シューゴは知るはずもない。目の前にいる少年はかつて様々な非人道的な実験の最中で、苦痛について学んでいた事を。並みの神経の持ち主であれば発狂死しかねない壮絶な拷問にも等しい痛みをその身にて教え込まれた事を。零二にとってシューゴとかいう存在は、単なる雑魚。痛みを知らない様な、アマチュアですらない。


「ああ痛いのは一瞬だからよぉ。それに死にゃあしないぜ。もっとも、死ぬほどキツいかもだけどな」

「う、ぐぎゃああああああ」


 シューゴは再度絶叫。あまりの苦痛に失禁し、そして完全に刃向かう気力を喪失するのだった。



 ◆



「ふむ、つまりはここにいる者達は全員がその【裏サイト】とやらで若や私に賞金をかけられたから襲いかかって来た、……そういう訳ですか?」


 秀じいは白い顎髭を擦りながら、零二からの話を反芻する。


「ああ、まぁそういうこった。で、その画面なンだけどよ……」


 零二はシューゴから奪ったスマホの画面をスクロールしていき、思わず表情を曇らせる。

 そこにあったのは、様々な地域での様々な犯罪計画の提示。

 例えば、K県Y市での計画。

 それはとある金融会社の金庫破り。

 それを実行するメンバーを募集している。

 募集内容は互いに顔を知らない事、それから、目撃者を全員躊躇いなく殺せる事等々。


 計画に際して、その金融会社の社員名簿に交友関係。それぞれの弱みまで事細かに載せられており、仮に計画に参加しなかったとしても、彼らの個人情報は完全に流出している状態。これでは二次的、三次的な犯罪の被害者になりかねない。


 流石に零二も、気分を害したらしく、

「ああ、正直言って胸クソ悪いぜ。この裏サイトを誰が運営してンのかは知らねェが、こンなのが出回るのは心底気分がワリーよ」

 と言うとクソ、と呟くと画面をスクロールしていく。

 そして″今日のボーナス″という項目に目を留めると、その項目を開く。


「若、どうなのですか?」

 秀じいには観えずとも分かる。

 視力はなくとも、肌で感じる。

 ましてや零二はこの二年の間、表裏関係なく見守ってきたのだ。

 だから分かる。少年の感情の移り変わりが。

 今、自身が仕えし若き主は怒りを覚えているのだと確信を持って。


「…………」

 その画面を見た零二は無言になる。

 怒りを感じたのは、そこに自分の顔写真と名前があったからではない。

 ″賞金首″にならもうずっとなっている。

 九頭龍にいた時も、九条羽鳥の保護下にあっても刺客は幾度も襲ってきたし、ついぞ先日京都での騒動でもそういう扱いを受けた。

 だから今更、こういうサイトに名前があるから、と言ってその程度で怒りなど感じない。


「……ざっけンなよ」

 零二が怒りを覚えたのは、これまでの″ボーナス″対象者。それはまるで遊び感覚、だった。

 数々の人が特に意味もなく殺されていた。

 しかもその死に様を写真に投稿するのが、ボーナス発生の条件らしいからか。無惨な屍が写真にはズラリ、と写っている。


「最低だなこのサイトは」


 吐き捨てるようにそう言いながら、画面を戻す。

 すると、そこにはさっきまではなかったはずのメッセージが書かれている。

 その内容は、


 ″楽しみにしてるよ、武藤零二君。せいぜい足掻くといいよ″


 というもの。それはサイト運営者を名乗る人物からの挑戦状であった。



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