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強奪

 

 九頭龍は眠らない。まるで不夜城の如くに。

 誰かがそう言うようになって、どの位の歳月が経過しただろうか?

 勿論、街の大半は夜の帳が下りた事で静寂に満ちた時間を過ごしている。

 だがその一方で、誰もが寝入った時間にこそ蠢く者達もまた確かに存在している。深い闇は裏の世界の住人達にとっては一般人達の日中に当たる時なのだから。


「ゴーゴーゴー」

 闇夜の中で蠢く無数の人影。まるで一陣の風の如く素早い動き。いずれも手にはアサルトライフルを構え、灰色の戦闘服を着込み、顔を隠す為だろうか、バラクラバを被り、暗視装置ナイトビジョンを装着している。

 その動きには無駄が無く、足音も殆ど立てない様子を目にすれば、素人目にもその一団が軍事訓練を受けているのでは、と容易に想起できるだろう。

 彼らが向かう先には、とある製薬会社の所有する倉庫がある。

 その製薬会社こと”EP製薬”は、以前から黒い噂の絶えない会社で、新薬の開発の為に躊躇する事なく人体実験を行っているという情報が常日頃からまことしやかに囁かれていた。それでもこれ迄警察機関から一切捜査の手が伸びなかったのは、この製薬会社の顧問の一人が元警察関係者の大物であり、彼が裏で手を回していたのが一番の要因らしい。要するに警察とグルなのだそう。


 では、今この倉庫へと展開しつつある部隊は一体何者だというのか?

 パスッ、パススッ。

「いあっっ」「ふえ?」

 空気が抜ける様な音が闇夜に響き、二人の警備員がその場に倒れ伏す。いずれも一発で心臓を撃ち抜かれ、ほぼ即死。

 灰色の戦闘部隊の装備するアサルトライフルには消音装置サプレッサーが取り付けられており、その内二人の銃口から微かに煙が上がっている。

 外の脅威を排除した彼らは倉庫へと更に接近。

 偵察がてら先発していた二人の隊員は、既に倉庫へ侵入していた。


「あ……ぐぎ」

 呻き声を手で塞がれたのは、たまたま残業で残っていた研究者の一人。その腎臓にはナイフが柄まで突き立てられており、真っ白な白衣がみるみる血で染め上げられていく。

 更にもう一人の隊員も同様に背後から哀れな獲物へと手にしたナイフの刃を幾度となく素早く突き刺し、排除した。

 二人は亡骸をその場に打ち捨てる様に放り出すと、倉庫の入口に設置されていたから電子ロックに小さなブロックサイズの粘土細工を取り付け、電極の様なコードを接続。それはC4──プラスチック爆弾。

 バン、という音は爆弾が起爆した証左。

 電子ロックはあっさりと破壊され、入口は開かれる。


「ゴー」

 隊長らしき男がそう命じ、その指示に従い、隊員達は続々と倉庫へと突入していく。

 倉庫内は、オンボロな外見からは想像も付かない程に様々な機器が並んでいる。そして、それらは一様に稼働しており、ここが単なる倉庫等ではなく、何らかの研究施設である事を明確にしていた。

 だが、彼らの探す物はこれらの機材等ではない。

 しばらく捜索が続き、数分後。

「ありました!」

 一人の隊員が目的の物を見つけた。

 それはこう記述されている。”新型インフルエンザワクチン”と。そう書かれたアンプル。

 情報通りであるなら、間違いなくこれが彼らが探していた物だろう。


 更に数分後。

 彼らは素早く倉庫から撤収すると、火を放つ。

 痕跡は出来うる限りで始末したが、これでほぼ完全に消え去った事だろう。


 彼らは迷わずに自分達が乗ってきたハンヴィーに向かう。

 それに乗り込み、支部に戻れば彼らの任務は完了だ。

(これでしばらくは休暇を貰えるな)

 そう思うと隊員達も報酬と休暇に思いを馳せていた。

 だが、残念な事に彼らの思い通りにはいかなかった。



 ◆◆◆



「なっ……」


 部隊をここまで運んできた二台のハンヴィーが炎に包まれていた。

 そこで待機していた隊員はとっさに運転席から飛び出したのか、車の傍に倒れている。その全身から漂う、仄かに焦げた臭いに他の隊員達の緊張感は、嫌が応にも高まる。

「ハイハイ、そこまでよ。クソッタレなWDの皆さん」

 声がかけられ、隊員の一人が声の方向へといきなり銃弾をばら撒く。

 バラララララッッッ。

 お構いなしにフルオートで放った影響からか、あっという間にサプレッサーは壊れ、銃声が闇夜の倉庫街に轟く。そして見る間に全弾を撃ち尽くしたアサルトライフルのマガジンを取り換えようと引き抜いた瞬間。

 パチン、という指を鳴らす音が鳴り響く。

「うがああっっっ、ひいい」

 隊員の手が突然火に包まれ、その場で転がり、悶絶する。


「あーあ、可哀想ね」

 まるで他人事の様な声をあげながら物影から姿を見せたのは、一人の黒髪の少女だった。

 見た所は高校生位。身長は一七〇位ですらりとした感じの外見。着ているのは白いパーカーに緑色のカーゴパンツ。飾り気の少ない装いは、動きやすさを重視しているのかも知れない。

 隊長はハンドサインをし、隊員達はそれに応じて少女を取り囲む。見事な動きの為なのか、黒髪の少女は微動だに出来ない。

 だがその目に緊張感らしき色は浮かんではいない。

「お前は誰だ? ……WGのエージェントか?」

 隊長が尋ねる。努めて冷静に。

 全隊員の銃口は彼女へと向けられており、少しでも歯向かう動きを見せれば、躊躇なく撃ち抜くつもりだった。

 少女はその問いかけに「そうよ」とあっさり認める。

「なら、容赦出来ん。悪いな」

 隊長がそう言うと振り上げた手を握り締めた。

「いえいえ~こちらこそ」

 パパパ……バババババ。

 銃声と共に銃弾が一斉に黒髪の少女へと放たれた。

 彼らの装備するアサルトライフルの銃弾は通常のそれとは仕様が違う。通常弾でもマイノリティの肉体にダメージを与える事は可能だ。だが、常軌を逸した耐久力や生命力、頑健な肉体等々、マイノリティは個々人でその肉体的な特性は様々。

 そこで真っ先に起きたのが、対抗手段という名目での軍事技術の発展。端的に言えば弾丸の貫通力を高める事や特殊な性質を付加する等の改造だ。

 今、彼らが放った銃弾もそうした特殊弾の一つで、その貫通力はPDWの物と同等以上とされる。

 一〇人の隊員が取り囲んだ状態で一斉斉射。

 殺せないにしても重傷は免れない、そう彼らは認識していた。


 だが、

 ブワッッッッ。

 巻き上がったのは炎。それも彼女を取り囲む様な巨大な火柱。

 そこに次々と銃弾は呑み込まれていく。

 一体何が起きているかが分からない。

「構うな。撃ち続けろ」

 隊長はそう指示し、片手でアサルトライフルを腰だめに構え、トリガーを引く。そうしておいて残った左手で腰のホルダーから手榴弾を取り出すと口でピンを引き抜き、投げつける。火柱へと。

 ドウッ、という轟音。

 爆発と煙が巻き上がり、視界を奪う。

「散開っっ」

 そう指示を出し、後退。そうしながら撃ち尽くしたマガジンを交換。他の隊員達も同様にマガジンを交換しているだろう。


 彼らはWD九頭龍支部に所属する戦闘部隊。

 彼らもマイノリティではあるが、その能力適性自体は低い。

 だからこそ彼らには、イレギュラー以外の手段、銃火器が必須となる。

 通常の兵士よりもリカバーがある為に生存能力が高いマイノリティ兵士を、各国も徐々に自前で抱えようとする動きも一部ではあるらしいが、WDやWGに比べればその規模はまだまだ小さい。

 彼らはマイノリティとしてはあまりに弱い。だからこそ生き残る為に連携を重視する。練度も高く、概して通常の軍隊よりも遥かに有能なのは、彼らの相手がマイノリティであるからだろう。

 自分達よりも遥かに優れた能力イレギュラーを備えた怪物染みた相手に対抗する為、彼らは文字通り血の滲む様な訓練を重ねてきたのだ。


 しかし、今、対峙している相手は桁が違った。

「ひゃあああ」「うわああああ」「来るなあああ……っ」

 爆煙で周囲の様子が判然としない中。聞こえて来るのは隊員達の、部下達の悲鳴、断末魔の叫び。

 その声が上がるその都度、一瞬オレンジ色の光が上がる。

 当初こそ聞こえていたアサルトライフルの銃撃も、もう聞こえて来ない。

「はあー、はあー、く」

 アンプルは彼が持っている。

 部下達の死を無駄にしない為に、この場から撤退すべく隊長はゆっくりと、……静かに後退する。

 不幸中の幸い、とでも言うべきか、周囲を覆った煙で相手も視界を確保出来なかったのか、追ってくる気配は感じない。

 念の為に少し離れた駐輪場にバイクを置いていた。そこまで行ければもう大丈夫だろう。そう算段を整え、走ろうとした時だ。

 ボウウッッッ。

 振り向いた先に火柱が上がる、まるで彼の逃走を認めない、という意思の表明の様に。

「何処行くワケ?」

 少女の声が聞こえた。

 その瞬間に振り返った隊長は振り返りアサルトライフルから銃弾をばら撒いた。

 だが、そこに誰もいない。

 そこにカン、カンカンという足音が耳に飛び込んで、彼も気付く。相手は倉庫の屋根づたいに追ってきたのだと。

「くそっ」

「遅いッッッ」

 だが少女の方が速かった。彼女は屋根から飛ぶとそのままの勢いで飛び蹴りを叩き込む。隊長はその強烈な一撃を受け、地面を転がる。辛うじて起き上がり、銃口を向けようとしたがその前に、パチン、という指を鳴らす音。見えたのは小さな火花。それがあっという間に目前に迫る。咄嗟にライフルから手を離すと直後に燃え上がった。すんでの所だった。

「へぇ、なかなかいい判断ね」

 黒髪の少女は、武器を捨てるという判断に感心したのか頷きながらそう言う。

「来るなっ、これをここで叩き割るぞ」

 隊長はそう叫ぶとアンプルを取り出す。

 脅しではなかった。もう勝機はない。彼女は自分達よりも圧倒的に強い。このまま無残に殺される位なら、このアンプルをこの場で割り、中身をぶちまけてもいい、そう本気で思っていた。

 アンプルの表記は新型インフルエンザワクチン、だが実情は違う。これはマイノリティに対して有効な生物兵器の試作品・・・なのだ。

 少女もそれを聞いているのだろう、微かにだが後ろに下がる。

「よし、それでいい……このまま退かせてもらうぞ」

 隊長は油断なく少女へ視線を配りながら、ジリジリと距離を取っていく。

 少女も生物兵器の散布は困るらしく、さっきまでの様な強気さは息を潜めている様に見えた。

 そうして用意していたバイクまで残り五メートル程にまで近付いた時だった。

 隊長はあとほんの少しで窮地を脱する事が出来る、そう思い、張っていた緊張の糸が緩んだ。それはほんの一秒程の事だった。

 つい、視線がバイクへと向いたまま相手から目を離してしまった。その僅かな時間、彼女にはそれで充分だった。

 パチン、それは指を鳴らした事によって生じた破裂音。

 隊長は即座に理解した。敵が攻撃してきたのだと。

 ヒップホルスターからサブアームとして用意していた自動拳銃を引き抜く。さっきの攻防で一つ理解した。指を鳴らした後には火花が向かってくると。だから横に飛び退いた。予想通りに火花はつい今まで彼がいた場所を通過。隊長は口で安全装置を外し、引き金を引き絞った。

 バアン。

 突如背後で爆発が起きた。

(一体何が?)

 そう思った隊長は気付いた。自分の背後に何があったのかを。

 そして彼女の狙いを知った。

 少女にとって最も厄介だったのはここから逃走される事だった。

 彼女がこの九頭龍に来たのはほんの三日前の事。

 その為に、まだ支部についてもよく把握していなかった。

 今日、この場にいたのも支部にWDの戦闘部隊に妙な動きがある、という情報が入り、その確認をする為だった。

 本来であれば今日の彼女は情報の裏を取っただけで仕事を終えていたはずであり、その為に今、近辺に後方支援の人員はいない。今、こうして起きている戦闘は彼女の独断だった。

(悪いけど、逃がさない)

 だから、狙ったのは逃走用のバイク。

 最初に足を奪う事で相手の出鼻を挫き、そこからの動きを制限させる。そして、大事なのはここだ。

 隊長は一瞬、爆発による衝撃で目眩を覚えた。

 決して物理的にダメージがあった訳ではない。だが精神的、心理的に受けた打撃は相当な物だった。

 だからほんの僅かな時間、彼は放心した。

 そしてその隙を、少女は見逃しはしない。

 彼女はその両の手の掌から炎を巻き上げた。まるでジェットエンジンの点火の様な急加速で──間合いを一気に制する。

 隊長が我に返った瞬間、黒髪の少女は既に目前に迫っていた。

 慌てて銃口を向け直し、引き金を引く。

 弾丸が吐き出される。もう狙いは何処でも良かった。とにかく相手に命中さえすればそれでいい。

 だが彼は失念していた。

 彼女のイレギュラーが何であったのかを。

 少女は飛び込みながら、右手をかざし火球を作り出す。

 その火球は向かってくる弾丸を飲み込む。

「く、そおおおっっっ」

 隊長が自動拳銃から弾丸をさらに吐き出そうとする。だがもう遅い。そこへ少女が交差した。通り過ぎる瞬間、火球は隊長の身体へと置いてきた。文字通りの置き土産として。

「あ、ぐがあああああ」

 隊長が絶叫した。

 バレーボール程の火球はあっという間に敵を包み込み、焼き始める。そして彼は自分の手にあったはずのアンプルが彼女に奪われた事に気付く。

(な、バ、バケモノめっっっっ)

 もう声すら出せない。身体中が燃え尽きていく。

 ゴオオオ、と勢いよく巻き上がった火柱に一人のマイノリティは呑み込まれて──やがて消えた。跡形もなく。



「ふーん、こんなのがね」

 少女が少しの間、アンプルをクルクルと指で回す。しばらくしてその場を立ち去ろうとした時だった。


「へっ、待ちなよ」

 そこに声が投げかけられ、少女は振り向く。

 立っていたのは少年。自分と同じ位の年頃だろうか。

 不敵な笑みを浮かべつつ、ゆっくりと歩み寄って来る。

「誰よアンタ?」

 警戒心を隠さずに少女が尋ねる。

「オレかい? 零二……武藤零二だ」

 零二はそう獰猛な声で名乗りをあげた。




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