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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
287/613

監視者

 

 ブラインドを下ろし、暗く閉め切った室内にて。

 無数のモニターには予め配置しておいた″手駒″が標的が通る可能性のあるあらゆる場所を余すことなく写し出している。


「あれあれぇ、これはこれはオドロイタ」


 モニター越しにその光景を観察していた男は思わず感嘆の声をあげる。


「これはこれは何とも素晴らしいスバラシイ」


 男は鼻息も荒くモニターを凝視。今しがた発生したその戦いのデータを再確認。

 さらに興奮した様子で幾度も幾度もその映像を満足そうに眺めている。


「ふうむふうむ、確かに素晴らしい【性能】だねぇ」


 と、そこに声がかけられる。

 男が振り返るとそこにいたのは枯れ木のような老人、つまりは道園獲耐。


「これはこれはドクター、このような場所に来られずとも。それに間もなく【暗躍者】が例の【実験体】を確保してくるはずです。ドクターの事ですので準備は万全だとは思いますが」

「くあばばばばば。いいかねぇ、彼は受けた依頼は完遂するから心配いらないよ。それよりもこちらはこちらで実に興味深いからねぇ」


 道園獲耐もまたモニターに映し出される光景を喜色満面といった面持ちで眺めている。


 そこに映されるのは──、



 ◆



「ったくさ、どンだけ敵が出て来やがるンだよ」


 零二はやれやれと言わんばかりに大袈裟に肩を竦めてみせる。

 あのサービスエリアでの襲撃から数える事、かれこれこれで何度目だろう。


 零二の目の前には敵の一団が待ち受けている。

 その数はおよそ五十人はいるだろうか。これまでで最大の頭数である。

 時刻はあれから一時間といった所、間もなく六時になろうかといった頃合いだろう。


 ひっきりなしに襲撃が続き、滋賀県から福井県への境目に至ろうという所。視線の先に見えるトンネルの途中で県境を越えるのだが。


「にしたって車がないのは困ったもンだよな」


 チラリと後ろを振り返る。

 ついさっきまで乗っていた車は炎上している。


 ガアン。


 轟音が聞こえる。


「う、おっとぉ」

 零二がその場を飛び退くと、そこに拳大の穴が空く。

 そう、この銃撃で車が炎上したのだ。


「ご丁寧に狙撃手まで潜ンでやがるぜ。何なンだコイツらはさ?」

「若、かような疑問は後で宜しいかと。今はこの妨害を突破するのが先決。──若」


 そこへ前方から無数の銃弾が浴びせられる。

「わーってンよっっっ」

 零二は右拳を白く輝かせ、飛んでくる銃弾へ向けて拳を振るう。無論、零二の拳の間合いが伸びる訳ではない。その距離は全然届かないが、それで充分。拳から伸びだした焔は瞬時に銃弾を覆い、一斉に燃え、溶けていく。


「お見事」

「へっ、当然さ。しっかしコイツらさっきまでの雑魚よりも随分と──」

 言いながら襲撃者の攻撃に合わせて拳を叩き込む。

 だが襲撃者は肉体操作能力者だったらしく、零二のカウンター気味の右にも耐えてみせる。それどころか零二を胸元を掴み上げるとそのまま一気に投げ飛ばしてみせる。

「うおっ、と」

 もっとも零二もまた空中でアッサリと立て直す。難なく着地してみせるのではあるのだが。

「──差があるンじゃないかコレ?」


 問われた格好の老執事もまた既に襲撃者達に取り囲まれつつある。


(さてさて、如何なものでしょうか?)


 そう思いながら手にした杖を自在に振るい、敵を叩き伏せていく。顔面を叩き、鳩尾へめり込ませ、手足を砕く。その様は、まるで殺陣でも見せているかの如く整然と無駄なく、確実に取り囲む敵の力を削いでいく。


「む、」


 顔を横に反らす。直後、すぐ横にいた襲撃者の頭部が吹き飛ぶ。


(ほぼ無音の狙撃、これはなかなかに厄介な。この襲撃を仕組むのが何者なのかは分かりませぬが、確実に攻撃の質を上げて来ていますな)


 ガアン。


 今度はハッキリと音が聞こえる。

 横へと一歩踏み込みながら杖で敵を突き、首を掴むと横へ流す。

「ふう゛ぉ」

 敵の胸部に大穴が穿かれる。


 そして零二と秀じいは背中合わせの格好となる。


「光に寄らず音を肌で聴く私に対して、無音と轟音の狙撃……なかなかに考えられた攻撃でありますな」

「オイオイ敵を褒めンなっての、しっかしめンどい連中だなぁ」

「恐らく、目下この場にて向かって来る者共は先程までと同様」

「だな、動きが雑だし、コイツらは問題ねェ。厄介なのは、」

「狙撃者ですな。扱う銃器は対戦車ライフル、消音を施しているものとそうでないものの二名が潜んでいるようです」


 会話をしながらも零二は拳を、秀じいは杖で迫る敵を叩き伏せる。そして敵を突き飛ばし、包囲を崩す。


「ああそうだな。とにかく狙撃を何とかしなきゃ前に向かえない。秀じい……任せていいか?」

 零二は後見人の顔すら見ずに平然と言う。

 後見人はと言えば、「お任せあれ」とこちらも主たる零二に背を向けたまま返答の一言を即座に返すや否や───すう、と姿を消した。


「へっ、さーてと。うン」


 そう言いながら零二はゆっくりと周囲を見回す。そして自分が完全に取り囲まれた事を理解する。

(直接的に包囲してくる連中は何も問題じゃねェ。まぁ最低限の警戒は必要だけどな)

 さっきの相手を横目で確認する。

(手応えからすると特段身体が頑丈って感じじゃない。どっちかと言えば──)

 背後に近付く気配を察して「ふっ」と意識を集中させる。襲撃者の一人が振り下ろした斧の刃が後頭部を直撃せんとしたその寸前で焔に包まれ溶ける。


「バカな俺の戦斧が──」

「う──シャアアアッッッ」


 雄叫びにも似た声をあげつつ驚愕する斧の担い手へ身体を捻って、肘を斧を握る手へと叩き込む。

 メキメキ、とした感触は指の骨を砕いたモノ。斧の担い手は「ぎゃっっ」と悲鳴をあげながら得物を手放す。

 零二はその身をクルリと回転させると相手の背後に回り込む。同時にその膝裏を踏んでバランスを崩す。そうして態勢を崩した相手の後頭部を左手で掴むと、全体重を相手へとかけそのまま地面へと一気に叩き付ける。

「──燃えな」

 そうしてトドメとばかりに左手を一瞬輝かせ、一気に相手の身体を焔にて覆い尽くす。


「う、ぎゃあああああああああ」


 斧の担い手は絶叫と共に一気に燃え上がっていく。


「心配すンな。オレもエネルギーのムダ使いは避けてェからよ。とりあえずは消し炭とかにゃしないぜ」


 不敵に笑いながらも零二はトントン、とその場でステップを刻みつつ呼吸を整えながら、手を前に差し出すとクイ、と手招きの仕草を取ってみせる。


「さ、誰からでもいいぜ。只今節約期間中だからよ、運が良けりゃただの第三種の火傷ですむかもよ」


 獰猛に歯を剥き笑う少年を前に、襲撃者達の気勢は大きく削がれたのか、動揺するのが目に見える。そして零二はそうした間隙を見逃しはしない。


「シャアアアッッッ」


 声をあげ、背後の敵へ左の飛び膝を見舞う。次いで右のミドルを別の敵の胸部に喰らわせる。いずれも仕掛けるほんの一瞬だけ熱操作で身体能力を急上昇、敵の一団からはまさしく目にも止まらぬ攻撃に見えるだろう。

 そうして五十人はいようかという敵の一団と零二は激突を始める。



「む、──」

 その様を少し離れた山中から秀じいこと加藤秀二は″感じ″ていた。

(思っていた以上の能力の向上ですな)

 実際、このおよそ二年間の訓練は武藤零二という少年が本来持っているはずのスペックを引き出す為の期間だと割り切っていた。

 二年間、本来の″焔″を使わせず封印。

 代わりに熱操作、というもっとも基本的でかつ消耗度合いの大きいイレギュラーのみを強いた。

 スポーツで言うならこの二年間はひたすらに持久力を養う為の準備期間とも言える。


 あの桁違いの焔を制御するには肉体、精神双方が盤石でなくてはならない。


「む、──来ましたか」


 足音などしなくとも充分である。

 その目に光をなくした老人は聴力のみに寄らず、その″全身″にて他者を″認識″する。


 如何に訓練を積み上げ、足音を立てずとも。

 如何にその気配を絶つ訓練を積み上げようとも。


 ″生きている″という事実はその場に於ける自身という″存在を場に生じさせる″。


 生じる、とはとどのつまりそこにいる事であり、それを偽る事は生き物である以上秘匿する事は不可能。


 加藤秀二、はそういったモノの存在自体を肌で感じ取る。


 その探知範囲はおよそ五百メートル。

 範囲を狭めれば狭める程に探知の精度はより正確に、精密になっていく。


(む、分かる範囲内で人数は五人。こちらを、……いや狙いはあくまでも若、という事ですか。であれば──)


 すう、と一つ呼吸を入れる。


 そしてサングラス越しの、光を宿さぬ目を五人の山中に潜みし敵へと向ける。


「では露払いといきましょうか」


 その手にせし杖を軽く一振り、飛び散った土が地面に落ちる時には盲目の老執事は忽然と姿を消していた。


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