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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 9
286/613

帰郷part2

 

 微かに焔を揺らめかせつつ、零二は周囲を見回している。

 既に″フィールド″は解除している。もしも一般人がいたら巻き添えを食ったかも知れず、その対処であったのだが、結果として一般人は近くにはいなかったらしい。

 改めて、目の前にいる彼らに向き直ると訊ねてみる。


「で、結局お前ら誰だよ?」

「若、かような事柄を聞くのは無体が過ぎますぞ。

 もうすでに彼らは……」


 淡々とした口調で後見人たる加藤秀二、秀じいは杖を一振りし、血を払う。

 何故ならば、二人の周囲には十数人ものマイノリティが倒れ伏していたのだから。


 もしも誰か第三者がこの場に居合わせたのならば、間違いなくこう断じたに違いない。それは正しく秒殺と言える光景であった、と。



 三分程前。



 迫り来る集団は、真っ直ぐに零二と秀じいを見据えていた。


 集団の一人が舌なめずりしながら、「おいおい俺たちってツイてるんじゃないのか?」とこれ見よがしに言う。

 次いで大柄の一人が「だな、車を使うだろうって予測されてはいたが、こうも当たるとはな」と返答する。

 それからは、

「でもよ、よくここだって分かったな」

「違うって、全部のサービスエリアなりパーキングエリアなりに俺らみたいなのがいるらしいぜ」

「なーんだ。まぁでもラッキーなのは間違いないよな」

 と、それぞれが隠すつもりもなく、声を大に、下卑た笑い声をあげつつ獲物へと向かっていく。


 彼らがここに待ち受けていたのには理由がある。


 彼らは近隣の市内に居住するマイノリティ。ただし、WGでもなければWDでもない。そういう組織に所属せずに己が欲望のままに犯罪を繰り返す者連中である。

 中にはヤクザの用心棒であったり、暴走集団の頭目である者もいるし、凶悪強盗団の一員もいる。後ろ暗い立場の彼らからすれば、普段こうしてまとまって行動する事はない。

 あくまでも普段、であればだが。

 日頃は、互いの縄張りを侵害しないように緩やかな同盟関係を結んでいるのだが、利害が一致した場合は集結して事に当たる場合もある。


 今回は、犯罪者向けの裏サイトにある投稿があったのがキッカケである。内容は、


 ″近々、京都から福井、九頭龍へと向かうであろうとあるマイノリティがいる。この武藤零二を殺した者には十億円を報酬として支払おう″


 というもので、零二の顔写真と共に掲載されていた。


 この裏サイトはいわゆる”闇サイト”の一種。


 設立者は不明なれど、これまでこのサイトに載せられた投稿の報酬は全て支払われているらしく、ここにいる彼らも幾度か実際に報酬を受け取った事もある。

 だから彼らにとって今、目の前にいるであろう、零二は十億の札束でしかなく、


(これで十億儲けたぜ。楽勝じゃないか)

(後はその金を何等分にしようか、どうせなら多く欲しいもんだぜ)

(いっそこの際だ、こいつらまとめて始末して、俺が市内のボスになるってのもありか)


 そういう腹積もりでその関心はこの後、どうしたものかという一点である。

 自分達が負けるはずがない。一人や二人くらいは或いは返り討ちの憂き目に合うかも知れないが、それはまず自分以外の誰かでしかない。



「おいおいこっちに気付いたみたいだぜ」

 暴走集団の頭目である男が零二が自分達へ歩き出す姿を認め、思わず笑う。


「なんだこのガキ、俺らを睨んでいやがるぜ」

 強盗団の一員が零二の視線に苛立ちを覚える。


「け、構わねー、ぶっ殺してやろうぜ」

 ヤクザの用心棒のこの中では一際小柄な男が、獰猛な笑みを浮かべる。


 誰かが、「よっしゃ、じゃああのガキをぶっ殺したヤツが取り分の半分ってのはどうだよ」と叫ぶ。


「よし乗った」「じゃあ早い者勝ちだな」「やる気でたぜぇ」


 一斉に、餓えた肉食獣が獲物へ襲いかかるような勢いで飛びかかっていく。



 その襲いかからんとする集団を見ながら零二は問う。

「なぁ秀じいよ?」

「何でしょうか、若?」

 後見人たる老執事は淡々とした口調で問い返す。


「死ねぇッッッ」

 一人目の相手は左手を変異。まるで鉈のような形状へ変化。上段から振り下ろし、切りかからんとする。

 だが、零二の面ばせに焦りの色は微塵もない。

「これってアレだよな。えー、と」

 そう呟きつつ、鉈の一撃を右の拳で横っ面から弾き返す。同時に残った左拳をがら空きの顎先へ叩き込む。

「あ、──そう正当防衛ってヤツだ」

 ガッツン、とした鈍い感触は「ぎゃぴ」という相手の呻きが示す通りに顎を砕いたものに違いない。

 さらに、男の顔が炎上。呻きながら地面を転げ回る。


「うらああっっっっ」

 二人目は暴走集団の頭目の男。ポケットに忍ばせた小さな鉄の棒を瞬時に変化。鉄パイプ状にしたそれで殴りかかる。

 零二はそれもまた首を反らして躱す。

「おっせ、なにソレ?」

 すれ違う相手を横目にしながら、小馬鹿にするような声音で呟く。

「て、っめええええ」

 激高した鉄パイプの男は振り向き様に両手で握り締めた得物をフルスイング。今度は相手の肋骨を砕かんとする。

(ぶっ殺す、絶対ぶっ殺す)

 鉄パイプの男は零二に対し激しく憤っていた。

 あの目、まるっきり自分の事を見下していた。

 あの声、完全に自分の事など眼中にない事を理解した。

 こんな屈辱は初めてだった。

 誰であろうとも自分を見下させてなるものか。

 ブオン、とした怒りに任せての攻撃。


 だが零二はそのフルスイングを。


 避ける事もせずにその身で受け止める。


「しね────うへ?」

 鉄パイプの男の顔が青ざめる。相手の肋骨を砕くはずの鉄パイプがドロリ、と飴細工のように曲がった。

 同時にブワ、と見えるのは獲物の周囲に揺らめく橙色の焔。

「やっぱな」

 零二はそれだけ言うと左手を伸ばし、相手の顔を掴む。

「アンタ弱ェな」

「ひぎゃあああああ」

 鉄パイプの男の顔が燃え上がる。あっという間に焔は男の全身へと広がり、焼き尽くす。

「ぎにゅああああああああああああああ」


 絶叫が轟き、

「て、てめえ。ざけんな」「なにしやがった?」

 その声を受け、男達の歩みが止まる。


「なにしやがった、? はぁ、見て分からねェのかよ? 正当防衛ってヤツだよ。見たまンまさ」

「く、このガ……ヒィッッ」


 強盗団の一員が思わずうわずった声を出した。

 零二の表情にあるモノが恐ろしくなったのだ。


「落ち着け、こっちは数で勝ってんだ。囲んで、一気に襲えばこっちの──」

「失礼、一気に、何でしょうかな?」

「うヒッッッ」


 ヤクザの用心棒が突如として背後から肩を掴まれる。

 いつの間にか秀じいが回り込んでいたのだ。


「数を頼みにするのは戦術としては正解でしょうな。

 ただしそれにも穴があるのを御存知でしょうかな?」


 それは穏やかな声であった。

 自分達のようなドスの利いた声でもなければ、殺意を孕んでもいない。如何にも暴力とは無縁の、人の好い老人の声である。


「は、は」


 なのに、用心棒の男の心臓は極度の緊張からであろうかその鼓動をどんどん早めていく。


「お答えいただけませぬか?」

「く、は、はあああ」


 鼓動が更に早まる。声を出そうにも息をするにも苦しくなっていく。


(な、なんだよこのジジィ。なんなんだよあのガキは)


 肩を掴んだまま老人はそれ以上何もして来る様子もない。ただ背後から声をかけているだけだと言うのに。


(な、にをビビッているってんだよおれは)


 気持ちを奮い立たせて、意識を集中させる。


「しねやクソジジイッッッ」


 振り向き様に口から緑色の液体を吐きかける。

 ジュッワワ。

 地面が瞬時に溶けていく。だが、相手の姿はない。


「不正解ですな」


 その声は背後から聞こえた。

 ドス、という音と衝撃。

 秀じいはいつの間にか杖を両手で持ち直している。

 用心棒の男は自分が何をされたのか全く察知する間もなく斃れていく。



「な、な、待ておい」「何だよコレ何だよ」「冗談じゃねえぞこんなの」


 残された男達は戦意を喪失していた。

 一人はその顔を完全に消し炭にされつつある。

 一人はもう原形を留めない程に炭化、灰にならんとしていた。

 一人は誰の目にも何をされたのか分からないままに、心臓付近を穿かれた。


「はい、先生。オレが答えてもいいかい?」


 零二がわざとらしい声と挙手をした。

 後見人たる老執事は頷く。


「いくら数を集めても、肝心要の自分達がザコじゃお話にならないってコトだと思います」

「ですな、まずは日頃からの修練、それを怠っているような輩では若は当然として、この老骨にも一矢報いるにも値しませぬよ」


 その言葉は二人を取り囲んでいた男達を戦意を完全に奪い去った。

 誰もが完全に敗北を悟り、膝を屈し、手を付く。


 だが、その時である。


 《何をしているんだ? 十億が目の前にいるんだ。それを掴まなきゃ嘘だろ》


 彼らの脳裏に誰かがそう語りかけてきた。


 本来であればそんな声がしようとも、今の惨状を見たら改めて目の前にいる零二へと襲いかかろうとは思わない。力の差は歴然であり、抗うのは無意味でしかない。


 だが、彼らの目には再度殺意が宿る。

 ゆらりと立ち上がると、「うがあああああ」まるで獣のような唸り声をあげて襲いかかる。


 だが、結果は何も変わらない。

 彼らはものの十数秒で零二と秀じいの前に敗れ去る。



「で、結局こいつら何をしたかったンだろな?」

「さて、誰も生きていないようですし分かりませんな」


 若干の困惑を覚えながら二人は言葉を交わす。

 だが、彼らはまだ知らない。何者かが、今の光景を観察していた事を。


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