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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
間奏──インタールード
279/613

暗転

今回から入る話は、「変わった世界」の第4話から第5話にかけての裏側で起きていた話です。


予めご理解をお願いします。


 


 異変は起きた。

 それもこのわずか二日間で、全世界でだ。


 ただし、一つ一つの日時はバラバラであり、単なる異常気象や最悪なテロ事件扱いであろう。そこに関連性など見受ける者はいない。少なくとも表側の住人には。


 だが裏側に住まう者、その中でも深奥に潜みし者にとっては違う。彼らにとってコレは一種の″セレモニー″である。


 つまりそれらの事件や事故は、京都にて零二が″神殺し″が為されたのに対する彼らなりの反応であった。


 南米ではある麻薬カルテルが突如して崩壊した。

 国家すら超える、そう言われ恐れられた組織は一夜にして崩れ去った。


 欧州では、ある遺物が突然の地震により破壊された。

 それはかつて悪魔を封じたという逸話を持ちし遺物。


 中東でも古代のある偉大なる王に関連する、とされた遺跡が忽然と消え去った。


 アフリカでは、原因不明の感染症により多くの野生動物が死しているそうだ。



「…………」


 そしてそれらの情報は、春日歩の耳にも入っていた。

 今、彼がいるのはWG岐阜支部。

 二週間前からここが彼のいる場所であった。


「コーヒーでも飲むといい」


 苦虫を潰したような表情の歩を気遣ってか、支部長である藤田田熊は気さくに話しかける。通称″灰色熊グリズリーベア″とも呼ばれる縦横両方に大きな、まさしく巨漢。

 その大きな手でマグカップを差し出すのだが、そのカップに描かれてるのがテディベアなのはこの支部長の個人的な趣味である、というのは支部内では公然の秘密である。


「ああ、どもです」

「それで一体どうしたんだ? いつもの君とは随分と様子が違うみたいだ」


 歩と藤田の付き合いはおよそ一年。

 とある任務で歩が岐阜支部の協力を得る為に顔を合わせたのがキッカケである。

 以来、定期的に歩は岐阜支部に足を運ぶようになり、縁が出来た。


 支部内の他の面々は歩の事を知らない。

 せいぜいが日本支部からの連絡要員位の認識である。

 だが藤田は違う。

 彼は歩が、日本支部のエージェントではなく、その上部、つまりはWGを統括する″議員″直属の特務エージェントである事を知っている。

 そして彼が何故、頻繁に岐阜支部に来るのかも。


「例の彼とはどうだったんだ?」

「いや、嫌われたんじゃないでしょうかねぇ。家の事を放り出して気ままに生きている風来坊、そんな印象でしょうから」

「ま、実際その通りな生き方だものな。いいんじゃないのか。まずは会う事から始めれば、な」


 藤田は笑いながら肩を叩くのだが、如何せん体重一三〇キロ超えの巨体からのそれは、鈍器でど突かれるのと同じだ。


「いたた、ちょ、よしてくださいよ藤田支部長」


 ズキズキ、と痛む肩を抑えつつ思わず苦言を呈する。


「おおすまんすまん。それで、だ……頼まれていた件だが。これを見てくれ」


 そう言いながら藤田はそばに置いてあったノートパソコンの画面を開く。


「…………」


 歩の表情が険しくなっていく。

 それはこのわずか数時間前の映像。


 そこに映るのは一面赤色に染まった校舎。

 金髪の少女が全身から血を噴き出しながら、それを手繰る様子に、腰まで届く黒髪の少女が炎を操りながら何者かと戦う様子が映っている。


「九頭龍支部は大混乱状態だ。攻撃してきたのは【NWEニューワールドエネミー】の幹部で通称【先導者ベルウェザー】。君も名前は知っているだろう?」

「ええ、かなりのマイノリティだと聞いていましたが、どうやら話以上の実力ですね」

「ああ、少なくともこの校舎には一〇〇〇人近い生徒や教職員がいたらしい。それらの人々をベルウェザー、は余す事なく自身の一部として活用したようだ。

 まったく桁違いの怪物だよ」


 藤田の言葉に歩はただ頷く。

 ″血液操作能力ブラッドコントロール″に類するイレギュラーを使うマイノリティは大きく二種類のタイプに分類出来る。

 彼らにとってのリソースとは文字通りに″血液″であり、それをどう使うのか? 或いはどれだけ扱えるのかが能力の規模に大きく比例する。


 二つのタイプとは、まず自身の血液しか手繰れない者。歩はまさしくそのタイプ。自分自身の血をリソースとする為に精密な操作は出来るのだが、その分イレギュラーの威力や規模には劣る。


 もう一つのタイプとは他者の血液をもリソースとする者。即ちベルウェザー、がまさしくそのタイプである。

 このタイプの特徴は他者の血液を使う、という外部のモノを扱えるからこその大規模なイレギュラーの発動である。

 かつてある国を守った英雄がいた。

 彼は僅かな味方を鼓舞して敵の大軍と激突。

 壮絶な戦いの末に、自分以外の誰一人その場に生きている者はいなくなった、という戦いがあったのだが、それは英雄が味方を手にかけ、その血をリソースにして大規模なイレギュラーを使ったのが勝因であったらしい。


「しかしこれは──」


 歩は息を飲む。

 一見ベルウェザーもまた、後者のタイプに思えた。

 校舎全体、一〇〇〇人近い人々をリソースにして一種の結界を構築。まさに難攻不落の要塞にすら見える。

 だがその考えは、屋上にて繰り広げられた彼女の本体らしき金髪の少女の戦いを見ている限り、その血液操作能力は極めて精密に見える。


「どうだ? ……同じ系統のイレギュラーを扱う身としては」

「正直とんでもない相手ですよ、この少女は。……例えるならば【血の申し子】とでも言えばいいのでしょうか。単に一〇〇〇人もの命を資源にして消費するのではなく、自分の一部として自在に操るなんて芸当は世界中探しても何人もいるかどうか、でしょう」

「ああ、何とか勝利して九頭龍支部が確保したらしいが、よくもまぁ何とか出来たモノだ」

「それでこの一件、犠牲者は?」

「ああ、そうだな。最終的には死者数は……」


 と、歩はパソコンにあったその名前に目を留めた。

 その名前は″シュナイダー″。国際犯罪シンジケートにして一種の結社である″ギルド″の一員にして九頭龍に於ける歩の情報提供者。赤毛の少年の名前がそこにあった。


「あいつ……、そうか死んだのか」



 脳裏には彼とのある会話が思い出される。

 それは二週間程前のある日。

 歩が岐阜と九頭龍の境目に出張った際の話だった。


 ──歩さん、少し話でもしませんか?


 それだけ電話で伝えると、赤毛の少年は歩の元へやって来た。


「はぁ、ここは関係者以外立ち入り禁止区域なんだぜ」


 歩は呆れた表情を隠すことなく来訪者を迎える。

 シュナイダーは監視を嫌う。それは犯罪シンジケートの幹部という自身の身の安全を考えるならば当然の配慮である。一応、九頭龍に於いて彼の立場は″中立″であり、WG、WD双方に様々な情報を提供する事で表立って対立するような状況にはないが、それでも昔ながらの習性、というのはそうそう抜けるモノではないらしい。




 ──もしもおれが死ぬような事態になったら、九頭龍の事を頼めますか?

「お前が死ぬかよ。ラノベとかにでも出そうなチートな能力を持ってるくせにな」

 ──そりゃおれだって死にたくはないですよ。

 でも、人生ってのは何があるのか分からないじゃないですか。もしかしたら明日にでも急に、そうだな心臓発作とかで死ぬかも知れないし。

「まぁ、そりゃそうだ。で、お前がそういう事を言うって事はもしもそういう事態になったら、何かマズい動きでもギルドで起こるのか?」

 ──今の段階じゃハッキリした事は断言出来ないですね。ただ最近どうにも九頭龍の内外で色んな連中が蠢動してるのが気になるんですよね。歩さんだって、それが引っかかるからこそ岐阜支部にいるんだし、今日はわざわざここに来たのでしょう?


 赤毛のドイツ人は試すような視線を向けてくる。

 この場所がどういう場所であるのかを知っている辺りは流石ギルドの幹部、というべきだろうか。


「ったく、たまにお前が年下とは思えなくなるぜ。

 まぁいいや。そんな事にはならないだろうが、約束するよ。もしもお前が死んだりしたら、俺が九頭龍の事を何とかしてやるよ。まぁ有り得ないけどな」


 その言葉は歩の本心からのもの。

 年下ながらシュナイダー、という男は数々の修羅場を潜っている。そして何よりも彼は自分の限界を、引き際を心得ている。

 そんな男がそうそう易々と死ぬような羽目にはならない。


 ──良かった。正直言って断られたらどーしようかとおれ、思いましたよ。でもこれで安心だ。

「ったく、そういうのを真顔で言うな。まぁいいや。とにかく打ち合わせしとくか、そのもしもって事態に備えて、な」

 ──じゃ、もしもそうなったらなんですけど……。



 ガタン。

 思わず席を立つ歩の表情は青ざめている。

「…………ったくあのバカ。本当にすんなよ」

 頭をグシャグシャと掻く。

 それは彼の偽らざる本音から発した言葉だった。


 普段の歩を知っている藤田は、相手のその急変に怪訝な表情を浮かべて問う。

「一体どうしたんだ?」

「藤田支部長、俺行きます」

「何処へ行くつもりだ? 九頭龍に行くのならもう少し様子を窺ってからでもいいんじゃないのか?」

「約束したんです、友達と。だから、行きます」


 歩のその目、表情からは一切の迷いは窺えない。

 そして彼は言葉通りにすぐさま動いた。






 バルルルル、というバイクの排気音だけが夜中の県境に轟く。


「……………………」


 かくて彼は故郷に舞い戻る事になる。

 まだ彼は知らない。ベルウェザーの一件は九頭龍で起きる事件の前触れであったのだと。

 今、こうしてバイクを走らせるその時、九頭龍では大事件が発生しつつあった。


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