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後始末

 

「くっっ」

 報告を受け、舌打ちと共に三枝木宏臣は携帯の通話ボタンを切ると、手にしていた携帯を投げつけようとして、思い止まる。

 彼が待っていたのは自身が推進してきた”ディーヴァ”計画の最終実験の結果だった。

 彼が期待していた報告はディーヴァシステムによる多数の一般人の潜在的な洗脳実験の成功の一報であった。

 その成功の為に、大金を積んでまでWD内で実績のあるエージェントであると評判だった、あの神経質な藤沢慎二を雇い入れたのだ。

 あの男はこう言ったはずだ。

 ──私に任せて頂ければ万事問題なしです。

 あの男はそれまでに様々な任務を成功させており、”栄光ウェイオブグローリー”等と大層なコードネームまで持っていたのだ。

 にも関わらず。

 結果は最悪といっていい。

 実験は未然に防がれ、神宮寺巫女は奪われた。

 あの役立たずの藤沢慎二はというと交戦の末に敗北、生死不明。

(最悪だ、これで私の立場が悪くなる)

 この失敗で間違いなく三枝木への”支援者”からの心象は悪くなるだろう。あちらがわざわざ大金を注ぎ込み、資材や設備に研究者まで手配した上に、そして実験体となった連中の後始末まで受け持ったのは一重にこの計画の成功の為だ。

 支援者が何者かを調べようと思った事もあった。

 何故なら、WDという組織擬きの集団に”信頼関係”等は皆無なのだから。

 だが、調査の為に雇った男はそれ以来姿を消した。

 代わりに三枝木の元には包みが届く。

 生物注意、という注意書きが貼られたその包みを開くと、そこに入っていたのは……保冷剤にくるまれた人の指。そして警告のメッセージの書かれたメモが入っていた。


 それ以来、三枝木は調査を断念した。

 支援者はそれをよしとしたのか、以来、より多くの支援をしてくれたし、その結果としてディーヴァシステムが完成したのだ。

 後はその実験データを集積し、解析するだけだった。たったそれだけだったのに。この実験を皮切りに多くの一般大衆を徐々に洗脳、扇動し、ゆくゆくはより大きな野望、例えば国の中枢にも入ろうと思っていたが、今やその全てが崩れた。

 三枝木は苦虫を潰した様な表情を浮かべながら、唇を噛む。

 唯一の救いは、肝心要の”ディーヴァ”そのものは全く無事である事だろう。

(あれさえ無事ならまだ何とでもやり直しは効く、支援者もあれの実績を見てみたいはずだ……)

 だからこそ、さっきから車は目的地を変更していた。

 目的地は三枝木がディーヴァシステムの研究及びにプロジェクト初期の頃に人体を使っての調整実験を行ったとあるマンション跡地、正確にはそこの地下研究所。

 そこは数年前に住民が立ち退きを終え、所有する企業が新たに商業施設を建てようとしたが資金難と、経営悪化に伴い、頓挫した土地。何故そこに目を付けたかというと、そのマンション跡地が広大である事。ドーム球場が三〇は入るらしいその土地が塩漬け状態で放逐されているのだ。さらに、ここは前世紀に作られた団地という事もあり、山の上にあったのだ。

 道も今では随分と寂れており、近くの町へも車で三〇分はかかる。だから近付く者も滅多にいない上、仮に誰かが来たとしてもその場で口を塞げばどうとでもなる。つまり隔絶された立地といざという際に情報を隠蔽しやすい点を三枝木は気に入ったのだ。

「ち、雨か。鬱陶しい」

 どうやらこちらの天気は街中とは違い、崩れ模様らしい。

 車の窓に僅かな雨粒がぶつかっている。

 その雨足は山を登る度に益々強くなり、やがて土砂降りになった。所謂局地的な大雨、ゲリラ豪雨という現象だ。

 三枝木は雨が嫌いだった。折角整えた髪型も、スタイリストに選ばせたブランド物の装いも、ピカピカに磨かれた高級靴も、雨にかかればあっという間にびしょ濡れで形無しだからだ。

 折角の好立地でもこう天気が崩れやすいのだけはどうにも我慢がいかなかった。

 ピピピ、携帯が着信した。

(一体誰だ?)

 非通知設定のその相手が誰かは分からないが、支援者かも知れない。とりあえず出てみる事にする。

「もしもし、どちら様でしょうか?」

 ――とても楽しい一日でした。……貴方は如何でしたか?

 その声を耳にした三枝木の表情が一変する。

「く、九条羽鳥……」

 ――ええ、貴方とはそこまで親しくした覚えはありませんが、九条羽鳥です。

 その電話から聞こえる声には何の感情のブレもない。

 ただ淡々と、冷徹で、まるで鋭利な刃の様だった。

「お、怒っているだろうが、あの実験はWDの、他の……」

 ――ええ、貴方が嘘偽りを言っていない事は理解しています。既に確認済ですので。

 その言葉からも感情のブレは全く感じさせない。

 三枝木は九条羽鳥という人物に、心底から恐怖を覚えた。

 この才女は自分が数年もの歳月をかけて構築したWDの”上層部”に僅かな数時間で接触、裏を取ったのだ。

 縦の意識に繋がりがWGと比して希薄と言わざるを得ないWDという個人商店の集合組織に於いてここまで素早い情報集積が可能である事は彼女もまた”上部階層オーバークラス”の一人であるという噂が事実であるとこれ以上なく雄弁に語っていた。

 オーバークラスの持つ権限は強力で絶大だ。

 それこそ、各国の中枢にすらその影響力を行使出来得るとさえ言われる。それだけの権限を持つ人物を自分がどう歯向かっても無理だと理解出来た。

「わ、分かってくれ。私も命令されたに過ぎない、分かるだろ? WDという組織擬きに於いてオーバークラスの命令は絶対と言ってもいいんだ」

 ――ええ、理解しています。貴方が【神託オラクル】に踊らされているに過ぎない事は。

 その名前を聞き、三枝木の心臓の鼓動が激しくなった。

 彼は自分の上にいる支援者が誰かを知らない。

 だが、この電話の相手はそれすらも既に把握しているのだ。

「な、なら……」

 ──流石にかの人物と相対する訳にはまいりません。ですから……貴方の命を頂戴します。

 それは”死の宣告”だった。平和の使者を自称する才女からの。

「ば、そんな事をすれば……」

 ──問題はありません。貴方はかの人物にとって単なる兵士ポーンに過ぎないでしょうから。

 驚く程に冷徹な言葉の刃を前に、三枝木の鼓動がより一層激しくなる。今にも心臓が身体から飛び出してしまいそうな錯覚を覚え、思わず胸に左手を当てて確認する。

「た、頼む。何でも言う通りにする。だから……」

 ──いいでしょう、では……。

 そこまでで通話が途切れた。

 どうやら圏外になったらしい。

(もう一刻の猶予もない)

 三枝木は脂汗を滲ませながら深呼吸をした。



 ピッピーーー。

 それは三枝木が乗る車から発せられたクラクションだった。

 獣でもいるのか? そう思ったがどうやら違う。

 車のライトに浮かぶシルエットからそれは人だと分かる。

(頭でもおかしいのか?)

 だが、ここは人気の無い山頂への一本道だ。

 こんな場所に人がいるはずがない。

「社長……」

 運転手が不安そうな声をあげる。だがこの男とて裏社会に関わっている。

「構わん、轢き殺せ」

 その言葉を聞くと運転手は迷う事なく、アクセルを踏む。

 グングンと加速していくその鉄の塊がまさに凶器となって襲いかかっていく。

 もしも三枝木が冷静であったなら、この選択をしただろうか?

 だが彼は選択した。目の前の人影を轢き殺すという選択を。

 人影は不意にその場でしゃがみ込む。

 もしかしたら怪我でもしているのかも知れない。

(だが今は運が悪かったな……お前に恨みは無いが、死ね)

 車は更に加速して、獲物へと襲いかかった。


 ガアアアン。


 激しい音が響く。何かが砕けた様な、崩れた様な……いや抉れた様な激しい音がした。車が激しく揺れ、思わず目を閉じた。

 妙な感覚を覚える。

 何故か肌に水を感じる。車の中だというのに。

(まるで雨を身に受けている様だ)

 目を開くと、彼は思わず目の前の光景を疑った。

 車の屋根が無かった。

 雨粒が容赦なく三枝木の身体を打ち付ける。

 運転手がいない。正確には運転席が目の前には存在していない。

 フロントガラスもどうやったのかまでは分からないが丸ごと無くなっていた。

(ば、バカな)

 そう思った瞬間だった。彼の全身が軽くなった。

 そして、宙を舞うような違和感を覚えた。

 ふと気付く。自分の手足が胴体から離れている事に。

 痛みもない、血の一滴も出ない。

 三枝木宏臣が最期に見たのは、目の前で突然姿を表す青年の姿。

 その目に浮かぶのはまるで自分の事をゴミとでも思っているかのようにすら感じる。

「あ……し、にた……」

 最後まで言い終わる前に、三枝木宏臣はこの世から跡形もなく姿を消したのだった。


「ピースメーカー。処理は完了です。はい、ディーヴァは既に【奪われて】いました。はい……処理を終え次第撤収します」

 青年こと、シャドウが散らばった標的の破片を眺めながらそう言葉を紡いだ。

 こうして三枝木宏臣という名の人物は、この世界から永遠に消えて無くなった。



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