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途絶える栄光

 

「うあああああああ」

 雄叫びの様な声を張り上げながら藤原慎二が襲いかかっていく。

 ディーヴァは行動不能、切り札であった”ブーストぜる血液ブラッド”も使った以上、もう何の手だても残されて等いない。あるのは自分の手、足、この身一つだけ。

(だが、それでも私の優位は揺らがん!!)

 そう、客観的に見れば十人中十人がそう思う事だろう。

 あの生意気な武藤零二は全身から夥しい出血。常人であれば失血死しても不思議ではない有り様。

 今は忌々しい”熱”を纏い、右拳は白く輝かせているが、あれとてもう短時間しか使えないだろう。

(そうだ、これは私の勝ちが見えたゲームだ。……奴には報いを与えねばならない。この私の――【栄光ウェイオブグローリー】の輝かしい道を邪魔した報いをな)

 藤原慎二は、如何に熱操作で身体能力を飛躍的に向上させようが、零二はそもそも失血死寸前の死に損ない。速くてもたかが知れている。そう判断したのだ。

 それは追い詰められた状況に於いて、実に合理的な状況判断だった。確かに、零二の状況は彼の考えた通り。熱操作とは彼自身の細胞を始め、ありとあらゆる物を沸騰させる事でもある。

 その体内を巡る血液もそこには含まれており、熱操作の最中、循環速度もまた飛躍的に向上しているのだ。

 つまり、今の彼はイレギュラーを用いれば用いる程に血を失い、自分の身体を追い詰めているのだ。

(時間稼ぎをしていても勝てるだろうさ、だがそれではこの私のプライドが許さん!!)

 彼がもしも、我を捨て、勝利に徹しようと思っていたのならこの勝負はこの時点で彼に軍配が上がったのかも知れない。

 だが、彼はその可能性を捨てた。不名誉な勝利を選べなかったのは、彼の名家の出身故の誇りだろうか。

 だが。

 その結果として、戦闘は終結するのだ。


(へっ、ボチボチ片付けなきゃな)

 零二は目の前へと肉迫せんとする相手に笑みを浮かべる。

 どのみち、長引かせるつもりは毛頭無い。

 敵の貫手が迫る。狙いは零二の腹部。

 熱の壁は最早さしたる意味を持たない。だからこそ意識してその防御を解く。今の零二の身体は完全なる無防備。

 少しでもエネルギーの無駄遣いを避ける。防御に回す分もその手足に纏わせ、反撃のみに備える。

「シャアアアアアッッッ」

 零二の身体が動いた。

 迫り来る貫手を左手で弾く。そして右手を――白く淡く輝くその拳を相手の腹部に叩き込んだ。

「ぐわらっっっっ」

 ドオン、というハンマーで思い切り殴打された様な衝撃が駆け抜ける。そして、全身が燃える。

「ぐががががっっっっっ」

 その痛みは初めて味わう物だった。体内が瞬時に沸騰するのが分かる。全身の血が、汗が、涙が、髄液があらゆる水分が気化しようとしているのが感覚で分かる。このままでは……死ぬ。

「へっ、タフだなオッサン」

「な、舐めるな小僧がああああっっっ」

 藤原慎二の左手刀が襲いかかった。唐竹割りの様に放たれた一撃を零二は後ろに飛び退いて直撃は避ける。

 ビシリッ、地面に切れ目が刻まれ、その切れ味が伝わる。

 零二の左肩が裂ける。完全には躱しきれなかったらしい。

「くはははっッッッッ」

 白スーツの男が哄笑する。燃え尽きんとしていた肉体が新たな血液を取り込んだ事で活性化。零二の拳の放った熱に耐えてみせた。

 それを目にした零二が、チッと舌打ちする。

 藤原慎二は自分の勝機を悟り、一気呵成に仕掛けていく。

 次々とその黒い両の手を繰り出していく。零二はそれを身体を捻り、手で弾き捌いてみせる。だがその動きは明らかに重い。

 そうして一体何手目だろうか。

 ズブリ。

 感じるのは生々しい肉を貫く感触。同時に身体を巡る命の源たる血液の温かみ。藤原慎二にとっては愉悦に満ちた瞬間。

「く、ぐっっ」

 零二が呻きながら、後ろへと飛び退く。

 何とも言えない痛みが走る。だが、それも当然だろう。自分の腹を貫かれたのだから。

「くははは、またお前の血液を頂いた。……お陰で私の傷も大分癒えたよ。実にいい、極上だよ……くははははは」

 藤原慎二は完全に自信を取り戻したらしく、その表情には余裕の色さえ浮かんでいる。零二の腹部を刺し貫いた左手は鮮血で赤く染まっている。

「へっ、だから何だよ?」

「……何? 気のせいか?」

「腹に穴を開けた位で勝ち誇るなオッサン」

 零二は口から血を吐き出す。

 腹部が赤く染まっていく。間違いなく死に瀕している事は明らかだろう。なのに。

 だというのに、少年はその不敵な表情を崩さない。

 藤原慎二がギリリ、と歯軋りした。

 追い詰められているのはあちらだと言うのに。何故ああも不敵な笑みを浮かべる事が出来るというのか?

 何故、勝利に限りなく近いはずの自分が気圧されているのだろうか?

「へっ、オレを殺したいンだろ? だったらココを狙ってみな」

 零二はそう言うと指で心臓を指し示す。あまりにも大胆不敵な行為だった。藤原慎二は、今にも倒れそうなその身体に、状態に気付いていないのかとも思えた。だが、同時にその行為を挑発と受け取った。その瞬間に彼の眉間に深い皺が浮かぶ。ヒクヒク、とこめかみがびくつく。

「舐めるな小僧…………分家の塵屑無勢が私を侮るなッッッッ」

 彼は怒気を露にし、トドメを刺さんと踏み込む。

(へっ、単純なオッサンだよ、ったくよぉ)

 零二は笑う。

 頭がクラリとふらつく。

 正直言ってあまり余裕はない。とにかく血が流れ過ぎたらしい。

 傷はリカバー等で癒せるが、流れてしまった、足りない血までは元には戻らない。

 正直言うと、もう一歩も歩きたいとは思わない。

 だからああやってわざわざ、相手から接近してくれるのは寧ろ歓迎すべき事だった。

「死ねぇェェッッッッ」

 藤原慎二の意地をかけた一撃が放たれる。

 それは単純な攻撃ではあった。

 単に左足を踏み込んでからの右ストレート。

 だが、彼は理解してはいなかった。


 ボオウッッッ。

 それは身体が燃える感覚だった。

 藤原慎二の身体に突如、炎が纏わりつく様な熱気が走る。

「が、がががっっっっ」

 何が起きたのか分からない。自分は零二に触れられていない。

 あの白く輝く右拳には十二分に警戒していはずなのに。

(私は奴に触れてはいない……そもそもさっきから私が奴に一方的に攻撃しているのだぞ! 奴の血を奪い、体力とて万全の――)

 そこまで考え、思い至る。

 そう、藤原慎二は相手の血を奪う。相手の血液を奪い、取り込む事で体力を回復させる事が出来る。

(まさか―――――!)

 苦悶の表情を浮かべながら相手の顔を見る。

 ニヤリとした零二の笑みが見えた。

 それは藤原慎二が思い至った事が事実である事を示していた。

「き、貴様あああああ」

「へっ、バァーカ」

 そう、零二のイレギュラーは”熱操作能力ヒートコントロール”彼の場合は自身の新陳代謝を異常に促進させる事で、驚異的な身体能力を発揮させる事が出来る。

 その際、彼の体温は数百度にも達する。彼の全身が一つの高熱源体となる。それはつまり彼の体内のあらゆる物も同様……例えば、彼の身体を循環するその血液も同様だ。

 それはほんの数秒間の事だったが、白スーツの男の体力を奪い去るには充分過ぎる時間だった。

「あ、がああああ」

 呻きながら膝を付く藤原慎二を見下ろす零二の目に宿るのは、侮蔑を込めた光。

「わ、わたしを……見下すな小僧ッッッ」

 その瞬間に顔面を膝が直撃する。

 バリバリ、と鈍い音を立てながらサングラスが砕け、破片が飛び散る。

「ンなもン大して効いちゃいねェだろ? 立ちなよ」

「こ、小僧……舐めやがって」

 ゆっくりと立ち上がる藤原慎二。その顔に浮かぶのは自身の不利を悟った焦燥感と、自分の半分にも満たない子供に侮蔑されたという恥辱に伴う怒り。


「さーて……終わりにすっかぁ」

 零二はゴキゴキ、と首を鳴らしながら右拳を握り締める。

「来なよ、オッサン。本家だか分家だか知らねェがよぉ……アンタの全部を――」

「うおおああああああああ」

「――オレは全部ブッ飛ばす」

 藤原慎二は左足を踏み込み、その勢いで黒き右手を振りかざそうと試みる。鉈の様に相手の肩口から相手の身体を切り裂くべく。

 だが、

 ズシン──!

 その時、一瞬だが世界が揺れた。

 地面が、大気が、藤原慎二を取り巻く世界が揺れた。

(あ―――ッッッッ)

 その地震の震源は目の前の少年。

 それは零二が左足を踏み込んだ事による事象だった。その左足もまたうっすらと白く輝いている。

 中国武術の震脚の如き踏み込みは、アッサリと地面のコンクリートを踏み割り――そこから産み出された爆発的なエネルギーは彼の右拳へと伝わっていく。

(ば、バカなッッッッ)

 自分と同じ動作。そう互いに左足を相手へと踏み込んだ。それだけの事だというのに。

(何故、なぜこうも違うッッッッ)

 鉈の様に振るわれた右手刀が相手の鎖骨へと肉迫。断ち切らんとするよりも早く────白く輝く右拳は相手の顔面へと叩き付けられた。

 グシャアアアアアアッッッッッ。

 その拳が相手の顔面を打ち抜き、骨やら肉やらをアッサリと粉砕する。

 ブッ飛べ、そう小さく零二は呟きながら拳を振り抜く。

 凄まじい迄の威力を秘めた拳の衝撃は藤原慎二の身体をいとも簡単に吹き飛ばす。

「ぐがぎゃあああああ……ッッッッッッ」

 叫びながらその白スーツの男は屋上から飛び出し、宙を舞う。

「……激情インテンス初撃ファースト

 その言葉に呼応するかの如く宙を飛ぶ藤原慎二の全身が炎に包まれた。どうやら、零二の身体に宿り、燻っている”残り火”が相手へと拳から伝わったらしい。まるで一本の松明の様にうっすらと暗い夜空を照らしたかと思いきやその身体は河川敷を越え、足羽川へと飛び込んだ。

 ズシャアアアン、と派手な音と水飛沫が上がるのが零二にも見えた。残り火は水に入った位では消えはしない。相手を焼き尽くすまで決して消えたりはしない。

「オッサン、なかなか面白かったぜ」

 零二はそう言うと満足した様な笑みを浮かべ、気を失っている神宮寺巫女へと近付いた。

「さってと、帰るかな……腹減ったしな」

 

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