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我楽多

 

 グキャン、メキメキ。


 痛烈でいて致命的に思える音。

 飛び上がりながらの右の拳槌はまさに痛打。

 頭上から相手めがけて放った、全体重を乗せたそれは紛れもなく強烈な一撃だろう。


「く、ぐぐ」

 ビシビシ、としたナニカが軋む音に感覚。


 この一撃は通常からてのそれとは明らかに威力が違う。


 見浦堅のイレギュラー、″インパクトブロー″。

 その能力は自分の手足の先端部分に限定された重力操作に伴う重量変換。


「う、ぬううう」


 歯を食いしばりながら禿頭の大男が両腕でそれを受け止める。

 不安定な状態、しかも相手の攻撃は見た目よりもずっと重い。

(だがな、一度目にした手品だ。何とでも対処する)

 禿頭の大男は瞬時に腕の骨密度を操作。

 その打撃を真正面から受け止める。

 鋼鉄をも凌ぐ硬度。これを真正面から打ち砕けるモノか。


「ぐっ」


 ズシン、と地面に足がめり込む。

 更に、ピキピシとした軋みが稲妻のように刹那的に腕全体へと走る。


「──な、にぃ!」

 それは骨に亀裂が走った音。鋼鉄に比する骨をも砕く一撃。

 空手少年の一撃は彼の想像を遥かに上回っていた。

 藤原新敷? は相手のイレギュラーの本質を見誤っていた。

 いや、彼のイレギュラーの本質を即座に見抜ける者など世界中を見回した所でそうそうはいない。


 インパクトブローの最も恐るべき点は、その衝撃の最大値を与える瞬間を担い手がある程度ずらせるという点と、そこまでに至る″到達速度″をも重量変換により瞬間的に増減出来る点という二段構えである事。

 とは言えど、所詮は瞬間。せいぜいコンマ数秒ではある。だがそれで充分。

 相手の脳は直撃を受けた瞬間、そこに対応する。

 その原理をほんの僅かとは言え操作出来るという事は、相手の反応をズラす事。つまり盲点を突く事が出来るのだ。

 彼は見誤った。その攻撃到達速度が想像よりも、ほんのコンマ数秒早かった事で、骨による防御が完全でなかったのだ。


「ブッ潰れろッッ」


 全重量を拳槌──そこに更に一〇倍の重量をかける。一〇倍、これが現在の見浦堅の操作限界。


 その瞬間的な衝撃力は優に数トン、或いは数十トンを突破したかも知れない。

 それが相手の知覚の外から襲いかかる。


「ぐ、があああああああ」


 藤原新敷? の想定よりも更に早い段階での最大の衝撃は瞬時に骨を粉砕、その守りを突破した。


 後はがら空きになった頭部なり、もしくは鎖骨辺りに一撃をこのまま叩き込む。無論、その瞬間にインパクトブローを用いる。

 それで、勝てる。

 そう思った次の瞬間、


 ド、ドス。


 鈍い音と共に何かが身体に走った。


「く、かっ」

 見浦堅は小さく呻きながら吐血する。


「なめるなが、きぃ」


 藤原新敷? は苦痛に表情を歪ませながら、笑う。


 その光景を、何が起きたのかを把握出来たのは、士華ないし妙である。


 それは、敵の腕から飛び出していた。

 皮膚を、突き破り、突き刺さっている。

 それは藤原新敷? が最初から仕掛ける予定だった攻撃。相手の攻撃を受けた瞬間。自身の両の腕から無数の骨を槍衾のように差し向けて貫く。彼のここまでの行動は、最初から防御の為の行動ではなかったのだ。


「ぐうっっ」

 ゾブゾブ、と骨が、身体へと入り込んでいく。

「し、ね」

 予想外であったのは見浦堅の攻撃到達速度が予想外に早く、タイミングを外した事で、腕の骨が砕けた事。結果として、槍衾状に展開した骨が相手の心臓や肺ではなく腹部を貫いた点である。

 だが、問題はない。

 後は、彼の″魔術″で相手の身体──骨を内部から操作するだけ。

 それで相手は外からではなく、内側から吹き飛ぶ。

 自分の骨があらぬ方向へと伸び狂い、肉を裂き、潰す。臓腑は悉く破壊され、そのまま骨は全身から外へと飛び出す。そうしてありとあらゆる場所から全ての体液やら何やらをまき散らして、醜く死するのだ。

 その様はまるで──爆薬か何やらで爆ぜたように見えるであろう。


 いずれにせよ、これで一人目。


「あんさん、忘れたらあきまへん。今、相手は一人でっか?」


 その声が聞こえ、藤原新敷? は何かを察知する。


 疾風のような速度で何かが向かって来る。

 その小さな肢体を────全身を低く沈み込ませながら突貫してくる。


「うおああああっっっ」


 その目を紅に染めた士華は一心にその刃を振るうべく肉迫する。

 無防備になった相手の間合いを侵し、自分の間合いに到達。

 狙いは相手の、心臓。

 そこへの刺突。

 下から上へ、最低限の動作での最速の一突き。

 それは彼女、いや″虎徹″の過去の担い手の一人。暗殺を得手としたとある剣客がもっとも得意とした攻撃である。


 ◆


 その剣客は、彼女は、自分が女性である事から他者よりも秀でた剣腕を周囲に認めてもらえなかった。


 今でこそ、男女平等とか言われ、それなりに対等になった部分は確かにある。

 だが彼女がいたにはは絶対的な男尊女卑の時代。

 如何に武芸に、剣に優れようとも女性である彼女は決して表に出でる事を認められなかった。


 だが彼女の父親は、彼女の剣自体は認めざるを得なかった。

 だが自身の流派を継がす者が女ではまずい。

 しかし、その腕を活かせないモノか。

 そこで、考えた。

 表で使えないなら、裏技で用いればよいではないか、と。

 つまり敵対する他の流派の者達を排除する為に用いればいいではないか、と。


 彼女は父親の懇願により、裏で、日の当たらない場所でその剣を振るった。

 虎徹を得た後も、最期は父親にたばかられ、その命果てるまで彼女はその手を汚し続けた。


 ◆


 トン、まるで手応えは感じない。


(こんなモノか)


 それが彼女がまず思った感想。

 士華自身が一番拍子抜けした。

 彼女の″経験″を追体験した事から、その感覚が意外に軽いモノだろう、とは理解していたつもりであった。

 だが実の所、その技自体は実に簡単。

 要は″彼女″個人の体捌き等が極めて秀でていた事が主要因だった。

 まるで空っぽの発泡スチロールに串でも刺したかの様な軽い手応えなのも、彼女の技量によるもの。

 正確に骨と骨の隙間を通り、最短距離での刺突である。


「く、かが、かッッッ」


 士華は虎徹をすっ、と引き抜き後ろへと飛び退く。


 藤原新敷? の全身から力が急速に抜けていく。

 それも当然だろう。心臓を貫かれ、致命傷を負ったのだから。

 そのまま膝を屈して、その場に崩れる。


「いつつ、あああっつう」

 見浦堅が地面へと落ちた。

 いきなりの事で受け身も取れなかったのか、頭を抱えて悶絶してはいるが、不幸中の幸いか、深手ではなかったらしい。

 一方で彼の腹部を貫いていた骨の槍はと言えば、手繰り手の戦闘不能に伴い、ボロボロと崩れている。


 いつの間にか地面の揺れは止まっており、

 木々に囲まれた森は静けさを取り戻している。


「士華はんありがとう。助かったわぁ」

 防人の元締めは朗らかな声音で少女を労う。

「見浦くんもおおきに。おかげで勝てました」

 頭と腹部を抑えて悶絶する空手少年にも同様に声をかける。

 しかし、妙の目的は二人を労う事ではない。

 ザ、ザザ、とした足音を立てながら彼女は藤原新敷? らしき相手を見下ろす。


「おやまぁ、無様ですなぁ」

「くそ、貴様は何をし……た?」

「ウチの力は本当に些細なモノどす。ただ【周り】に話しかけるだけしか出来まへん」

「く、かっっっ、そういうことか。さっきの揺れは」

「はいな、このお山に【話しかけた】だけどす」

「ばかを言え。干渉系の魔術、それも霊山にまで影響を及ぼせるのが些細なも、のかよ」

「そんなものどすかねぇ。それよりもいい加減正体を見せておくんなまし」

「…………」

 大男は答えない、だが、その目からは諦めとかそういう類の光は窺えない。あるとすれば一種の妄執。

「でしょうなぁ、仮にも魔術師なら自分の氏素性を明かしたりしまへん」

 大袈裟にかぶりを振るう防人の元締めたる淑女。

 そう、わかっていた。こうなるのは。だから用意したのだ。

 妙が目を閉じ、それらに「やりなはれ」と呟く。

 直後である。


 グルルルル、獰猛な唸り声と共に姿を見せたのは群れ。狼、にも見える。野犬、にも見えるがその動きには無駄が無さ過ぎる。明らかに人の手で何らかの訓練を受けている様だった。

 藤原新敷? の周囲をその群れが取り囲む。

 その牙からは唾液が滴り、グルグルと獲物を観察するように動く。

 そうして何周か周囲を回った時である。


 ガアウッッッ。


 群れは一気呵成に倒れた獲物へと飛びかかった。


 あっという間の出来事。

 藤原新敷? はただ為すがままに蹂躙を受ける。

 牙を持つ犬の群れはその凶暴性を如何なく発揮。

 牙で、或いは爪で獲物の肉を引き裂き、抉り、喰らう。


「う、えっ」

 その惨状を前に見浦堅は何かがこみ上げたらしく、口元を抑える。どうやら腹部の傷自体は塞がったらしい。

 それは士華とて同様。

 自分で抉り取った脇腹の傷はほぼ塞がっている。

 リカバーは問題なく発動しており、内傷はともかく外傷はもう分からない。


 グチャ、ムシャ、バリ。


 何とも嫌悪感を抱かずにはいられない音はなおも続く。

 藤原新敷? と名乗る男の肉体は無残に喰い千切られ、そして────


「え?」「何あれ?」


 見浦堅と士華はほぼ同時に表情を曇らせる。


 と、犬の群れは一斉に獲物から離れる。

 当然、そこにあるのは酸鼻極まる惨殺死体であるはずなのだが─────そこにあったのは、奇妙なモノであった。

 露出していたのは白い、骨。

 肉の下に骨があるのは当然の事だ、何の不思議もそこにはない。

 だが、それは、奇妙極まるモノであった。


 骨が大きく伸びていた。

 その骨の間には数十センチ程の空洞があり、そして。

 そこには全く五体満足の別の肉体があった。

 それはまるきし骨組みである。骨組みを着込んでいたとしか思えない格好である。


「く、ぬう」


 忌々しげな声音が漏れる。

 それはさっきまでの禿頭の大男とはまるで似つかわしくない、真っ赤な、血の色を想起させる赤一色の外套を纏った男である。


「さ、これでようやく本性が出ましたなぁ」


 その男を見下ろしながら妙は淡々と、冷徹に言葉を紡ぐ。

 さっきの犬の群れは、と言えばその淑女の周囲にて伏せている。

 間違いなく、この群れは彼女個人のモノなのだと、誰もが理解した。


「ナル程な、その畜生共は護衛だと云うわけだ」


 赤一色の男の声はさっきまでとはまるで別人。

 奇妙な発音から察するに日本人ではないのかも知れない。

 苦悶に表情を曇らせこそすれど、危機感を覚えてはいないらしい。


「ええ、そうどす。ウチには戦う力はありゃしまへん。けど、代わりにこの子達がいる。ウチの能力まじゅつは大層なモノじゃない。単に【周り】と話すだけ。言いましたやろ、魔術師みたいなモノですうて」

「タシかにな。それしかないらしい、君には」

「ええ、あんさんみたいに骨を自在に手繰って他者の身体を破裂させたり、骨で剣や盾も作れまへんし、ましてや自分の骨そのものを延長させて、そうして作った別人の骨組みにかき集めた肉を被せて成りすますなんて外法はウチには到底無理ですなぁ【我楽多がらた】はん」


「ホウ、知っていたか」


 その呼称に相手の表情が変わる。

 それは、これ以上なく忌々しげに妙を見上げるその赤一色の魔術師の真名しんめいであった。



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