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二日目part2

 

 無数の、鳥の鳴き声が鬱蒼とした森で響き渡る。

 比叡山近辺は周囲とは違ってどんよりとした空模様とは無縁である。



 見浦堅との手合わせはおよそ三〇分程で終わった。

 互いにイレギュラーを使わない対決は、結果的には大体五分五分といった所であった。

 三カ月程の間にリーゼントの空手少年はその腕を格段に上げており、素の能力は今や零二と遜色なかった。

 我流、または無手勝流な零二は攻撃は得意だが、防御は幾分か劣る。対して空手一筋の見浦は防御もこなせる。そうした互いの差異が結果的に互角という結果となったのだ。


「へ、っ。なかなかやるじゃねェかよ。はは」

 息を切らしながら零二は笑う。膝が笑っているのかガクガク、と震えている。

「そ、そっちこそあんな無茶苦茶でよくもまぁ戦えるもんだぜ……」

 見浦は地面に大の字に倒れている。

 最後には互いの拳が交差して顔面を捉えてのダブルノックアウト、それがつい数十秒前の事。

 互いに肩で息をしつつ、笑っている。


「そういや歩さんがお前を探したぜ」

 話を切り出したのは見浦堅であった。

 彼は予め、スポーツタオルを冷えた水を張ったたらいに浸しており、それで汚れた身体を拭いている。

 まだシャワーに行くのが何となく怖かった零二にとってもその用意は有り難かった。そして彼もまた見浦堅同様にタオルで顔を拭っている。

「で、歩さンって誰だ?」

 キョトンとした顔で零二が尋ねる。

 思わぬ返答にリーゼントの空手少年は、「え? マジかよ」とこちらもまたキョトンとした表情となる。



「はぁ、ったく。あの人もしょうがねえな。何だかんだでいい加減だものなぁ。

 いや、まぁ。俺の師匠みたいな人だ。

 昨日俺と一緒にここに来たんだけど、お前の顔を見たいからってすぐに行っちまったんだけどなぁ」

 やれやれ、と言いつつ肩を竦める空手少年を横目に零二の脳裏に浮かぶのは昨日、あの森の中で出会った軽そうな男の姿。

「なぁ、ソイツってさ……」

「ーー歩さんな」

「ああその歩って人だけどよ。……ぶっちゃけどンなヤツなンだよ?」

「どんな人って、まぁあの人はマジで強いぜ」

「いや、そうじゃなくてよ。そのどういった格好してるンだよ?」

「んあ、ああ昨日なら赤いライダースジャケットを着ていたな」

 はあ、と言いつつ零二は思わずかぶりを振った。

 間違い無くそれは昨日、自分を完膚無きまでに翻弄したあの優男だったから。


「アイツが師匠か、…………大変だなお前も」

「何言ってんだ、あの人は凄いんだぞ。俺は今まで散々戦ったけど未だに一回だって勝った事がないんだ」

 見浦堅が真顔でそう言う様を見ると、どうやら本当に尊敬しているらしい。

 零二は正直言って嘘だろ、と思いはしたものの、相性とか好みは人それぞれだろうし、なと思う事にするのであった。


 その後、零二と見浦堅の二人が少し遅めの朝食を取ったのは午前九時だった。

 毎日六食から八食。それが普段の零二の食生活であった。

 零二は熱操作による身体能力の飛躍的な向上の結果、平常時ですら常人と比べて基礎代謝はおよそ八倍という異常な値となっている。

 その為に彼の摂取カロリーもまた膨大なモノになる。戦闘をした後であればその上限もまた拡大。

 なので食事は零二にとっては文字通りの意味で死活問題であったのだが、

 昨日もそうであったのだが、この比叡山に来てから、というもの零二は食事回数はかれこれ四回。平常時の半分である。

 だと言うのに、不思議と空腹感やエネルギーが枯渇する感じは一向にない。

 今、食べているのは味噌汁に山菜のおひたし、こんにゃくと揚げの入った炊き込みご飯。

 通常時に比べればきわめて質素な食事内容であったのだが、全く不満を抱かなかった。


「あー、食った食った」

 そう言いながらずず、と縁側で煎茶をすする姿は高校生とは思えない。いや、仮にも不良を自称する少年には似つかわしくない姿なのだが……。

「ぐこー、こーー」

 彼の横には、豪快にいびきをかく一〇代のうら若き乙女の寝姿。

 さらには、

「ふんふんふーん」

 と鼻歌混じりに食器洗いに勤しむ空手少年。ちなみにこの朝食は彼が下ごしらえをしていたと、零二はついぞさっき知った。

 おっさんみたいな少女、若干おかんじみた空手少年、二人が見ていたら何だかどっと疲れた不良少年。

「あー、お茶が美味いねェ」

 完全におじいちゃんモードである。



「何と言えばいいんかよう分かりませんが、あんさんらはそれでいいんどすかねぇ」


 いつの間にかそこで食事を終えていた妙の呆れた表情と声音で、零二が我に返るのには今しばらくの時間が必要であった。



 ◆◆◆



「さて、そろそろ本格的にあんさんには気張ってもらわんとあきまへん」

 妙がそう話を切り出す。

 零二は一度だけ頷く。

「なンだってやるさ。……あのバケモノを倒さなきゃ夢心地が悪くなりそうだしな」

「なら、早速春日はんの所へ行ってもらえますかえ。場所は昨日と同じ場所、そう言ってはりましたえ」

「オッケー、なら行くわ」

 零二はすっくと立ち上がると、そのまま縁側から外へ出て行く。

「あ、僕も行くよ」

 目を覚ましたばかりの士華がついていこうとする。

 だが、「あんさんは行ったらあきまへん」と妙が少女の肩に手を置いて引き止める。

「ええ~、何でさ」

 士華は露骨に不機嫌な表情を浮かべる。

 彼女としては、ここでの生活はどうにも肌に合わなかった。

 ここは確かに自然に満ちた場所ではあったが、あちこちに結界がある為なのか彼女の生まれ育った故郷の野山のように駆け巡ったりする事が出来ない。

(それにここ何か嫌な場所が何か所かあるみたい)

 それは彼女特有の動物的な勘であったが、昨日暇を見つけて山中を散策した結果である。

 この山全体が強力な結界に覆われている、とは妙から聞いていた。

 だが、それにしてもここに張られているソレは歪であった。

 ここが京都を守る為の一種の要である事は理解したつもりだった。

 確かに様々な種類の結界がここには展開されているらしかった。

 確かに強固な守りが敷かれており、一種の要塞と化しているここにいれば敵も容易には入れないだろう。

 だが同時に奇妙な点も見受けられた。単に外からの侵入に対する備えとしては必要のない幾つもの結界。


(ここって多分異界なんだ。限りなく境目に近い、……あそこと同じで)

 それが彼女が考えた上での結論。

 ここは確かに要なのであろう。京都への災いに対しての要塞。同時に危険な場所。場所自体が異界と限りなく近しい境界線。


 そんな場所で武藤零二にだけ何か用事がある、と妙は言う。

 どんな理由があるのかは彼女には到底思い浮かばない。だが、気に入らない。この期に及び、まだ何か隠し事がある事を妙齢の女性は隠す努力すらしないのだから。

「嫌だって言ったらどうするのさ?」

 その声音からは士華は彼女としては珍しく、露骨に出しているのがよく分かる。

 それに対して妙は、静かにピンク色の髪をした少女へ近寄ると、「どうもこうもありまへん、あんさん達には【お客はん】の相手をしてもらわなぁ」と耳元で囁く。

「お客さん?」

 訝しむ士華の声に防人の元締めは静かに頷くと、「それでどないしはりますかえ?」と尋ねるのであった。



 ズ、シン。

 それは地響きのような震動。だが、傍目には何の異常も見受けられない。それは彼が結界を力づくで突破した為に起こった音。

 目には見えない異界と現界との境目を司るその壁を破壊した所で普通の人には何も分からない事だろう。


「ふん、大した事のない穴だらけの結界だな」


 そう言いながら山へと足を踏み込む男が一人。

 禿頭にサングラス、そして筋骨隆々の体躯にダークスーツ姿、という出で立ちはどうひいき目に見たのだとしても彼が参拝者でも、観光客でもない事をこれ以上なく物語っている。

 藤原新敷、零二にとっては因縁深き相手。

 ふと、視線を上へ向ける。すると無数の僧侶が石段を降りて来るのが見て取れた。恐らくはこの地の守護者であろう。


「まぁいい。邪魔者は全て始末するだけだ」


 その言葉と共に男は動き出した。

 かくしてその男は比叡山へ姿を表す。

 零二はその事を知る由もない。



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