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再会

 


 比叡山、ここは観光名所の一つとして常に大勢の観光客を迎え入れる場所。

 高野山と並び日本に於ける密教の聖地の一つであり、京都を守護する為の霊的な鬼門に置かれた守りの要とも云われる場所。



「たあああああ」「しゃああああっっっ」



 静かな境内に二つの叫びが交錯する。

 一つは甲高く、もう一つはやや低い声音。

 どちらも気合いの入った音である。


 既に幾度となくぶつかり合ったらしく、庭にはいくつもの破壊の跡が刻まれている。

 岩肌は抉れ、樹木には亀裂が入り、地面には無数の足跡らしきものがついている。


 両者が互いへ向かっていく。

 空中で拳を振るうのは零二であり、

 木刀を手に、それを迎え撃つのは士華である。

 零二の拳を士華は木刀で受け流す。そうしながら腰を捻り、くるりと零二の背後に回る。

 零二もまた相手の思惑は察している。

 着地と同時に腰を落とし、その場で水月蹴りを放つ。

 ピンク色の髪の少女はそれを素早く飛び上がり回避。木刀で肩口を狙う。鋭い一刀は相手を捉えたかに見えた。

 バシン、とした音は木刀を零二が左手刀で弾いた音。

「くっ」今回はさっきとは逆に士華の方が宙にいて、零二が迎え撃つ格好。

 だが優勢なのは零二であった。

 自身を狙って放たれた木刀の刃先は既に弾いており、彼女の身体はいわば無防備。

 なまじ木刀での一撃に意識を傾け過ぎたのが災いした形だ。一方の零二は右拳を残しており、その一撃を叩き込むだけである。

「もらったぜ!」

 狙い澄ました右のアッパー。狙いは顎先、これが決まれば勝負ありだろう。

「まだっ」

 だが、ここで士華は予想外の行動に出た。

 間に合わない、と判断した彼女はあっさりと木刀を捨て、自分から拳へ向けて思い切り顔面を叩き付けたのだ。

「おうっっ」

 その反撃に零二は完全に不意を突かれた格好である。

 互角、いや全体重がかかった士華の方が打ち勝つ。

 そのまま士華は零二に覆い被さる格好で着地。馬乗りの態勢を取る。

 この勝負自分の勝ちだと確信した士華は鼻先を指で弾く。


「ふふん、僕の勝ちだね武藤零二♪」

「へっ、ソイツはどうかな」


 だが零二は未だに不敵な表情を崩さない。

 その両手は攻撃に備えてか上がっている。


「じゃあ、覚悟しな」

 いくよ、と言って士華が拳を握って槌のように振り下ろさんとした時である。

 不意に士華の態勢が不安定になる。

 上半身が揺れ、身体が動く。

 それがきっかけであった。

 突如として零二の身体が動いた。

 士華の拳槌が向かってくるその瞬間に合わせて自分の頭へ向けるように腰を反らしたのだ。

「うあっ?」

 思わずバランスを崩した士華の身体も前に動く。

 その隙を突いて零二は左腕を伸ばし--士華の右腕を掴む。さらに左足も動かして彼女の右足をもロック。そうしながら捕まえた相手の身体をぐい、と引き寄せて密着させると再度腰を跳ね上げた。

「ちょっ、」

「うっしゃああ」

 そうしつつ、零二は腰を回転させていく。それに合わせて両足をも回して互いの身体の位置を入れ替えていく。それはまさにあっと言う間の出来事。

 気が付けば零二と士華は上下逆になっていた。


「へ、へっ。どうよビックリしたろ?」

「うん、いやぁ驚いたよ全くさ。

 それで、ちょっとは気が晴れたかい? 武藤零二」

「ああ、ちょっとだけどな。……サンキュな」


 ハハッ、と二人の笑い声が響いた。


「あ、あああ」


 とそこに。

 そんな二人の光景に衝撃を受けた人物が約一名。

 それはあまりにも衝撃的。


「お、お前らあああああ」


 突如として現れた何者かの気配に、

「ン、何だ?」

「誰かいるのかい?」

 零二も士華も気付く。


「ふっざけんなよ武藤零二、テメェ」


 乱入者は怒声を張り上げる。

 足を軽く上げて、一気に振り下ろす。

 それは特段、強く下ろしたようには見えなかった。

 軽く、ほんの軽く置いただけに思えた。

 ボゴン。

 だが、それは信じられない程に強く、強烈に地面へとめり込んだのだった。


「お前らなぁ、いつまでそうしてる?」


 ぶるぶる、と小刻みに身体を震わせる。


「何がだよ? 何か問題でもあるかよ。なぁ?」

「うーん、……別に。で誰なのさ、知り合いかい?」

「うンにゃ知らねェ、大体あンなメット被っちゃ誰かなンて分かるワケないし」


 二人は別に何も問題ない、そう思っていた。

 だが、

「乳繰りあってんじゃねぇつってんのよ」

 と叫びながら被っていたヘルメットを外す。

「あ……お前は」

 思わず呆けたような声を出す。

 零二はそれが知人だと気付いたからだ。

 フルフェイスのヘルメットを外すとそこにいたのは見浦堅だったのだから。

 一体どうやってあのヘルメットに収めていたのかはサッパリながら、相変わらず見事なリーゼントである。

 茶色のスポーツ用ジャージにスニーカーという極めてスポーティーな装いはまるで部活動をする学生のようにも思える。


「あー、そっかそっかぁ。分かったよ何が問題かさ」

 不意に士華が呟く。合点がいった、とでも言わぬばかりの澄まし顔に声音である。

「ン、何がだよ? ……サッパリ分かンねェぞ」

 零二には何がそんなに問題なのかが皆目見当も付かない。

「あのさぁ、僕たちさっきまで何してたっけ?」

 少女は問うた。

「何ってそりゃ手合わせだぜ」

 零二は淡々と言葉を返す。まだ何が問題なのか分からない。

「そだね。じゃあさ……僕たちって今どういう状態なんだね?」

 士華の問いかけからは何となくからかうような響きが聞きとれる?

「え、そりゃマウントから脱して、逆転してから」

「うん。だから今僕たちって傍目からどう見えるかなぁ?」

 何となく底意地の悪い声音に、零二はふと今の状況を端的に思い返す。

 そう、士華とマウントでの攻防をした。態勢をひっくり返す為に腕を絡め取り、足も同様に絡めた。その上で自分の方へ引き寄せて…………あれ、何か妙だ。

 気を取り直して、そう腰を回転させながら足も動かして上下逆になったのだ。そこから反撃に----!!

「あっっっっ」

 ようやく現実に返った。

 同時に柔らかい何かを腕に感じる。

 フニフニ、とした感触はそう、自分じゃない年上の少女のモノだ。

 そう、事情を知らずにいきなりこの場面を見たら皆様どう思うだろうか、自分ならどう思うか?

(リア充爆発しろ)

 って絶対思うに違いない。

 何せどう見ても男が女の子を押し倒して……そういったけしからん行為に及ぼうとしているとしか見えないし、思えない、まず自分ならそう思うに違いない、うん。


「あ、ああああばばばばば」


 そこで武藤零二の思考回路はショートした。


 実は純情な少年の様子を年上の少女は、と言えば。

「フフン、エッチぃ~~♪」

 と、ふうっと耳元で囁く。完全に弄んでいた。

「あ、きゃああああッッッッッ」

 吐息が耳を刺激し、零二はその顔を真っ赤に染め上げ、飛び上がる。

「いやあああああああ」

 そのまま凄まじい勢いで後ろ手で後退していく。

 完全にパニックに陥った不良品ポンコツ少年が冷静さを取り戻したのはそれからおよそ一〇分後であった。




「ったくよ、何やってんだよお前等は」

 士華から事情をひとしきり聞いた見浦堅はようやく、というか、とりあえず得心した。

 零二はと言えば、がたがたと震えるばかりでまるで要領を得ない。

 そんな様子を見てしまえば、先程の光景は間違ってもいかがわしい行為に及ぼうとしていたのではない事は嫌でも理解出来た。

「いやまぁ、僕ってさ夢中になると我を忘れちゃうんだよねぇ。でもまぁ、別に減るもんでもないし。ハハッ」

 士華は陽気に笑い飛ばす。

 彼女にとってはさっきの一見すると際どい状態も別に気にする程の事ではなかったらしい。


(まるっきり男女逆だなぁ)


 豪快に笑う少女に、危うく一戦越えそうだった自身に怯える少年の姿はまさに逆に思えて、何だか笑えた。


「あ、何笑ってるンだよお前!!」


 見浦の様子を目ざとく見つけた零二が怒鳴る。

 そうして、場に笑い声が響いた。



 しばらくして、零二と見浦堅は寺の中にいた。

 士華はと言えば身体を洗いにいった。

「いくら僕がナイスバディだからって覗いたらぶっころすぞ♪」

 そう朗らかな笑みと共に殺気を放ちながら、タオルと着替え一式を持ってとてとてと去っていった。


 そうしてこの場には二人の不良少年が残された。


「お、おほん。っで、何の用で来たンだよお前?

 用事もないならさっさと帰れよ、シッシッ」

「相変わらず無愛想だな、まいいけどよ。今日は俺は付き添いだ」

「付き添い? 誰のだよ?」


 零二は濡らしたタオルで顔や手についた泥を拭っている。シャワーか何かでも行きたかったが、もう士華に先を越された。

 それに、横にいる相手は一応は自分の知り合いだ。

 麦茶を飲みながら思い返す。



 それは春休みのある日だったか。

 その前日、零二は見浦堅というリーゼントの不良少年を返り討ちにした。

 相手はイレギュラーを使わない一般人、それが零二の見立てだったので素の身体能力でやっつけた。

 で、もう会わないだろうと思った訳だが、リーゼントの不良少年はどうやら零二を探していたらしい。

 そこを何者かに捕らわれ、そして何らかの″処置″を受けたらしい。

 WD九頭龍支部に程近い、なかば零二専用の決闘場である建築現場にて何者かが派遣した刺客、通称″まさかり″と戦闘中に彼は姿を見せた。

 結論から言えば見浦堅は同類マイノリティであった。そのイレギュラーは自身の″重さの操作″。一種の重力操作グラビティコントロールらしい。

 それをリーゼントの不良は自身の打撃に付加してきた。

 つまりは二回、攻撃してくるのだ。

 一度目は普通の打撃、その直後に自身の重さを喰らわせる、それも数倍どころか数十倍だろう。


 単なるよろけてぶつかっただけだとしても、それが普通の人間ならば余程体重差が無ければまぁ、せいぜいが後ろへよろける位の事だろう。

 だが、それが見た目六〇ちょいから七〇前の相手からおよそ数十トンの重量を喰らわされたらどうなるか?

 予想だにしなかった重さを前に肉体は為す術なく潰れてしまうに違いない。


 見浦堅のイレギュラーとはそういった盲点を突く能力なのだ。もしもあれからしっかりと鍛えて、使いこなしているのであれば、今や相当に手強い相手だろう。



 麦茶を飲み干すと、カップを置いて零二は改めて問いかける。

「ンで、結局は今日は単なる付き添いだけか?」

「んー、何も考えちゃいなかったな。でもよ、確かお前言ったよな。いつでもかかってこいってよ」


 リーゼント頭の少年はニヤリと笑う。

 そして立ち上がると、構えを取る。


「そっかそうだよな、そういやそうだった。

 いいぜ、やるってなら相手になってやるよ」


 零二もまた立ち上がると、誘いに応じる様に腰を低くする。


 かれこれ三ヶ月ちょい振りの再戦は始まった。


 特段、互いに申し合わせる事もなく、両者は互いの素で戦う。

 イレギュラー、という隠し玉は使わずに単に自分の手足だけで戦う。

 零二の右フックがリーゼント頭の少年の顔面を打つ。

「おいおいどうしたどうした? まさかこれでおねンねじゃあないよなぁ」

 零二は獰猛な笑みを浮かべる。

「まっさかっっ」

 逆に零二の顔面を見浦堅の正拳が直撃。

「こっからだよこっから」

 リーゼント頭の少年もまた零二同様に笑う。


「ちょっとぉ僕も混ぜろよなッッッッッ」


 そしてあっという間にシャワーを終えたのかその場に野生児よろしく、な少女も乱入。


「おわっ透けてる、透けてる」

「シカのエッチィィィィ」


 かくして三人による対決が勃発。

 結果は士華の一人勝ち。

 少女を直視出来なくて互いに殴り合う零二と見浦を散々に翻弄しての圧勝だった。


 何はともあれ、この時間は零二や士華にとって昨晩から引きずっていた嫌な気分を払拭するキッカケになったのだった。


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