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士華part1

 


 それは数日前、零二が士華と共に異界の怪物を狩った後の事。

 仕事は滞りなく終わり、神社の鳥居の前、石階段に腰掛けて神社の関係者からの差し入れであるおにぎりを腹ペコ少年はほふほふ、と頬張っている。

 おにぎりの具材は昆布で、程よい塩味。

「うン、おにぎりってやっぱ外で食うと美味いよな」

 むぐもぐ、としながら思わず笑みが洩れる。

「いやあ、一仕事した後は本当美味しいよねぇ♪」

 士華もまた、零二に負けず劣らずの食欲で用意されたおにぎりを口へと運んでいく。


「ってかさ、武藤零二食べ過ぎじゃないの? 太るぞ君」

「いンだよオレは、育ちざかりなンだからさ。それよりもシカこそ太るぞ、腹回りとかがよ」

「いいのいいの、僕は少しくらい太った方がいいらしいし。あ、もーらい」

「あ、そのおかか楽しみだったってのに!」

「へっへー、油断大敵さ」


 そんな感じで子供のケンカをしながら二人は拳一つくらいのサイズの特大おにぎりをぺろり、と食べていく。

 二人が平らげたおにぎりはかれこれこれで一〇個。

 しかもそのペースが全く衰える様子が窺えない事に差し入れを運んできた神社の神主が慌てて追加を用意しようと走っていく。

 時刻は深夜二時半。

 ろくな明かりも灯っていない境内は人を寄せ付けない雰囲気を醸している。

 もっともここにいる二人がそんな事を気にするはずもないのだが。

 緊張感の欠片もない会話を続け、食べているのだから。

 そんな中で、話を切り出したのは零二からであった。


「なぁシカ。聞きたいコトがあるンだけどよ」

「何だい武藤零二?」

「アンタが強いってのは分かった、でもよ何か変な感じがするンだ。何ていや言えばいいのか……」

「何か隠してる感じがするとか?」

「そうだ、それ。うン、何ていうか隠してるってのとは違うかな。どっちかっつうと、出さない様にしてるってのが正しいってのか」


 その言葉は普段、誰にでも歯に衣着せぬ物言いをしている零二にしては歯切れの悪い言葉だった。

 理由は何となくではあったが、それを問い質す資格が自分にあるのか、という思いからである。

 かくいう零二自身が炎熱系の炎使いという触れ込みで周囲を騙し、実際には熱操作による接近戦で敵と戦っているのだから。

 それは九条羽鳥に秀じいが決めた事。

 もしも”深紅(クリムゾン)(ゼロ)”と呼ばれるそのエージェントが本来のイレギュラーである焔を手繰れないと知られでもしたら、まず間違いなく彼を仕留めようとする者が蠢動するに違いない、そういう判断により決まった事だ。

 零二自身も理解はしてはいる、確かにネタのバレたイレギュラーは対応されやすいモノだし、別段卑怯だとも思わない。

 確かに戦いでは、まず第一に自分が生き残る事を優先すべきなのだから。

 如何に零二が正面切っての真っ向勝負を好むとしても、自分の手の内全てを明かすつもりなど無いのだから。

 だから士華についても当然何かしらの秘密の一つや二つ位はあって当然だとも言えるし、その事で彼女にとやかく言える立場でもない。

 ただ、出来れば信頼に値する相手にはそんな秘密を持ちたくはない、そんな甘い考えからの問いかけである。


「いいよ。君になら教えるさ」


 だから、士華からのその言葉に対して彼は、一瞬何を言っているのかが分からなかった。

 あまりにも簡単にそう返事を返したピンク色の髪をした少女に対して驚く他ない。


「シカ、待ってくれよ」

 思わず零二が動揺してその声がうわずった。

「何がだい? 僕は君を信用してる。君も僕の事を信用してるんでしょ?」

「あ、ああ」

「なら問題ないよ。それに僕も誰かに話しておきたいんだよね」

 士華はそう言って無邪気なまでの笑顔を見せた。

 そして、彼女は自身の事について話し始めた。

 それは彼女の笑顔とは裏腹の出来事をも含めた様々な悲喜こもごも。

「…………」

 零二はただ黙してその話に耳を傾ける。

「 僕の住んでいた村はさ、京都とかとは全然違ってさ本当に田舎だった、いや山の中にあってさ」

 士華の声は本当に楽しそうだった。

 実際、彼女の話からは風光明媚なその場所が思い浮かぶ様であった。

「皆、とってもいい人ばかりで、平和な毎日だったんだよ」

 そこは辺境、或いは秘境、とでも云えばいい場所らしく小さな村にわずかばかりの住人が過ごしていたらしい。

 それは実に楽しげであり、また懐かしげな話であり、零二は何度となく笑ったものであった。


 そしてそこから、話は少しずつ、虎徹との邂逅へ向かい始める。

 そしてその出会いに際して、彼女の襲う悲劇へ。

 それはこれまでの楽しかった話から一転し、血にまみれた惨劇。

 彼女がこれまでの全てを喪失し、故郷を離れるキッカケとなった一日の話。

「………………」

 零二はその話を受け、自分があの″白い箱庭″を壊滅させたあの日の事を思い返した。

 そう、それはまさに″始まりの日″であった。


「だから僕にとってはこの虎徹はさ、形見だし、何て言えばいいのかな……最後に残った絆みたいなモノなんだよね」


 そう話した彼女の表情は先程とは違って、何処か遠い所を見ている様に思えた。


「あ、何だか湿っぽくなっちゃったね。

 武藤零二が気にする話じゃないんだからそんなに黙らないでよね」

「あのさシカ」

「ん、何だい武藤零二? 改まってさ」

「オレの話も聞いてくれないか」


 零二は、士華に対して今度は自分自身の生い立ちを話す。

 その話を士華もまたさっきの零二同様に、ただ黙して聞くのであった。

 それは零二と士華にとって互いに対しての強い信頼関係を再構築した夜。

 二人は互いに、夜が明けるまで色々な事をただ語り合うのであった。



 ◆◆◆



 ドク、ドクドクドクドドド、クン。


 鼓動が早まっていく。

 それは心臓の音にも思える。

 実際、そうなのかも知れない。

 何故ならこの刀、虎徹は生きているのだから。

 この一体どれ程の歳月を生きてきたのか全く見当すらつかない妖刀は、普段基本的には″寝ている″。

 正確には休眠状態と言うのが正しい表現であろうか、とかくその力を発揮する事はない。


 その状態であっても刀としての切れ味は優れており、充分な殺傷力を持っているので、士華も普段は休眠させたままで虎徹を手繰る。

 それにそもそも異能、異形を喰らうその刃は異能者マイノリティにとってもフリークとっても脅威である。


 この刀がその真価を発揮するのは、自身の担い手の血肉を捧げた時である。

 あくまでも担い手、その当人のみがこの刀を休眠状態から覚醒状態に出来得る資格を持つ。

 そう、誰でも扱う事は能わない。

 そして、担い手を選ぶのはこの妖刀自身である。



「いくよ」


 士華の様子は更に変貌。

 その瞳ならず、目全体がまるで血の様な深紅に染まる。

 ピキピキ、とその顔や腕、足に至るまで無数の大小無数の血管が浮き出す。

 しゅうううう、というその呼気。

 そして何よりも彼女のその小さな体躯から発せられるその圧倒的な殺気に、零二と士華を取り囲みし、敵の群れの動きが止まる。

 オオグチが如何に異界の存在であったのだとしても、彼、或いは彼らもまた間違いなく生き物である。

 その存在が単一にして群体であろうとも、目前にいる”圧倒的な死”を前にすればその動きも本能的に強張り、動けなくなる。



 そして、


「士華さん、本気を出すのですね」

 山頂からその様子を伺っていた真名は淡々とそう言い、

「な、何だよこれ、は?」

 負傷した真名の手当てをしていた粕貝少年はその殺気に全身が総毛立つ。

 彼も分かっている、自分がいるここはあの戦闘とは直接的には関わりはないとは。

 三条左京が死した後、周囲にいたオオグチ達は一斉にこの場から離れ、下へと向かっていた。

 それは本来の彼ら、彼からすれば取り得ない行動であろう。

 何故なら、彼らにとって最優先な事は自身、という存在の保全、それから増殖なのだから。

 むざむざ戦闘中の場所に全ての群れが戻ってたった二人の敵に対峙するというその行動は、今のオオグチが一人の人間にその中枢を預けているが故であろう。


「何にせよ、今から下に降りるのは危険ですね」


 そう、彼は知っている。

 士華がその手にしている刀の力を解放する事が如何に危険なのかを。

 援護のつもりでうかつにその場へと足を踏み込めば自分の身が危険である事を。

(確かに今の状況を打破するには彼女と、その刀の力が有効でしょうね。ですが…………)

 彼の懸念は士華と共に、その背後と前後を駆ける零二の身の安全。

 あの場にいる事が如何に危険であるかを、果たして零二は理解しているのか。

(いや、事ここに至ってははもう私がどうこう出来る話ではないです。後はあの二人に任せましょう)

 そう納得した真名はだらり、と肩の力を抜いて大きく息を吐き出すと、

「後は任せましたよ、零二君、士華さん」

そう呟くのだった。

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