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栄光の道――ウェイ・オブ・グローリー

 

 男の人生は産まれながらに、成功を約束された筈であった。

 そう、少なくともあの時まではそうだった。

 彼は、人間には二種類あると考え、そう教え込まれた。

 それは持った者と持たざる者、様々な事例がこの比較の正しい事を示している。


 例えば分かりやすい所だと、金を持っているか持っていないかとでは人生に於ける選択肢に大きな差が出る。

 身長の高さ、等もそういった事例の一つだろう。

 身長の高い者はそれだけで様々なスポーツで優位に成り得る。

 だが、そういった事は大した問題では無い。


 彼は知っている。

 イレギュラーを持っているか否か、これこそが最も重要な比較であるのだと。

 この異能を時に人は奇跡と呼んだ。時に悪鬼の業ともだ。

 いずれも場合も根本は同じだ。

 それは凡夫どもには決して理解の及ばない偉大な力である、という事だ。

 彼はある名家に生を受けた。

 彼は産まれながらにそうした異能イレギュラーに関わる人生を送ってきた。

 彼は産まれながらに、凡夫どもからかけ離れた道を進む事が定められていた。


 その名家には古くからある決まり事があった。

 それは礼儀作法に始まり、先人への感謝を忘れる事なかれ、等々無数に存在し、その事を正直言うと窮屈に感じなくもなかったが、彼はそれにも一切文句を言うことなく日々を過ごした。

 全ては彼が将来、この名家で権勢を持つ為に。

 彼にはその”資格”があったから。


 名家には、ある決まりがある。

 それは一族の長は必ず、選ばれた者である必要がある事だ。

 選ばれた者とはつまり、イレギュラーを持つ者に他ならない。

 一族は今に至るまでの千年もの間この国の表や裏にと蠢動してきた。そうした長い年月の中で彼らは様々な力を手にした。

 今や、九頭龍という経済特区の事実上の支配者であり、保有する資産はいくつもの国をも買い取れる程だ。


 一説では現在進行形で、この国を裏で操っているとさえ噂されるその名家こそ”藤原一族”だ。

 男、つまり藤原慎二はこの名門一族の”本家”の出だ。

 この歴史ある名門一族の中で本家の者は、云わば生まれながらに人生の勝ち組であると言える。

 何せ、生まれた瞬間から、当然の権利として莫大な資産が手に入るのだから。

 彼は周囲の期待を一身に受けながら生きてきた。

 そして彼は幼少時にマイノリティとなる事で、”資格”をも得た。一族の頂点に立てるという資格をだ。

 だが、それは彼にとってはある意味で不幸の始まりであったかも知れない。


 彼は順調に歩んでいった。

 何もかもが順調で、周囲からは常に羨望の視線を向けられる。

 そして、そうした視線を送る相手を彼は軽蔑した。

 彼らは所詮、持たざる者達なのだから。


 だが、ある日の事だった。

 彼の輝かしい日々は終わりを迎えた。

 原因は一人の男が藤原一族に参加した為。

 その男の名前は”藤原ふじわら新敷にしき” 。

 この男の噂は聞いた事がある。

 何でもこの禿頭の大男は、あろう事か分家の出でありながら、本家の意向に従わずに歯向かい、放逐されたと。

 放逐された事で、この大男の人生は終わりを迎える、そう多くの者は思った事だろう。

 だが、この男は戻ってきた。

 以前よりも強大にして凶悪な力を手に入れて、だ。


 本家の”長老”の前でその力を見せた際に、藤原慎二もそれを目にした。

 圧倒的であった。

 残されたのは無残な姿を晒す哀れな相手の亡骸のみ。

 彼は何かが壊れる音を聞いた。

 もしも、自分があの相手だったなら、と想像する。

 そして、同じ結末を迎えると容易に想像が付き、全身に震えが走った。

 その時から彼の輝かしい日々に軋みが走った。

 長老は反逆者を赦し、一族に迎え入れた。

 そして、一族の暗部に彼を入れたのだ。

 これはあの裏切り者が場合によっては、将来の一族の長老候補になった可能性を含んでいた。


 それは、藤原慎二の人生の歩みに呼応して、延々と前に延びていたレールに亀裂が入った瞬間だった。

 彼は気が付けば外に出ていた。

 あのまま本家にいては自分の立場が危うくなる、そう思った。

 あの藤原新敷に対抗するには、自分自身で何かしらの功績が必要だと理解したのだ。

 だからこその出奔だった。

 これまでの自分では決して叶わぬ相手を見たからこそ。

 そして見たからこそ、”外の世界”にこそ自身の活路があるのだと思っての行動だった。


 幸いな事に藤原慎二もまたマイノリティであった。

 だから裏社会で彼の持つ能力イレギュラーを活かせる場所は無数にあった。様々な組織や集団にその力を見せつけた。

 そうして半年程経って、彼はある組織にスカウトされた。それがWDだった。

 WDにエージェントとして迎えられた彼はこれまで以上に活躍してみせた。WDは形式上はWGに比類するとされる一大組織だが、その実情は個々人が数人程度の小さな集団を形成しているだけの小さな個人商店の集まりに過ぎない。

 その上、一つの都市にこうした集団がいくつも存在し、その中で互いの集団と小さな利益を求めて諍いを起こしている地域さえ存在しており、これでは組織として各地に浸透していくWGの前に押されるのは当然の事だと藤原慎二は思った。


 だが、彼にとってはこの状況は好都合でもあった。

 何故なら、そうした小集団にとっては彼の様な特定の集団に所属せずに仕事をこなすマイノリティの存在は有り難かったし、一方の白スーツの男にしても、結果的に自分の功績と、実力をアピールする絶好の機会だったから。

 その目論みは成功し、彼は主に関東地方を中心に有能なエージェントだと知られる様になった。


 だが、しかし。

 それでも足りなかった。

 あの時、彼が目にしたあの野卑な男が見せつけた圧倒的な破壊に比して彼のイレギュラーは霞んで見えてしまう。


 藤原慎二のイレギュラーは肉体操作能力ボディ血液操作能力ブラッドコントロールの併用による物だ。

 肉体操作による身体能力の向上及び、相手の血液を搾取しての回復能力がそのイレギュラーの正体。

 相手を攻撃すると同時にその血液を奪うというイレギュラーは確かに攻防一体に見える。

 だが、藤原慎二には不満があった。

 彼の身体能力は確かに常人を遥かに凌ぐ。だが、その能力の精度は純粋なボディのイレギュラーを用いるマイノリティに比較すると劣る。

 彼の血液操作能力は、あくまで他者の血液を奪う事が中心。

 切り札は持ってはいるものの、やはり純粋なブラッドコントロールを用いるマイノリティに比するとその応用範囲はかなり劣るのだ。

 あの藤原新敷という破壊の権化に比べれば、つまりは中途半端という一言に尽きるのだ。

 あの理不尽にして圧倒的な破壊力に比べ、バランスでは勝っているかも知れない。だが、いざ実戦となった際に決定的に決め手に欠けるのだ。

 あの直後、あの男はわざわざ自分が如何に優れているのかを見せつける為、その為だけに別の相手を指名した。

 その相手こそ藤原慎二。


 大男は傲然と言い放つ。

「余分な観客は必要じゃないでしょう?」

 その言葉に同意した長老を始めとした一族の上部は屋敷に集った一族の大半を下がらせた。

 その上で戦いは始まる。

 いや、そもそもあれは戦いと言える物だっただろうか?

 一方的な展開だった。

 それも、ただ藤原慎二が大男を殴り続けるだけの。

「はぁ、はぁ」

 一体どれだけの攻撃が相手の肉体へと繰り出された事だろう。

 藤原慎二の黒く変異した手は間違いなく相手の急所へと吸い込まれる様に一直線に襲いかかった、はずだった。

 だが、手応えはない。

 彼の変異はその両の手に限定されている。

 それまでも幾度となく試みたが、出来なかった。

 その事を父に尋ねた事がある。

 何故、この程度しか変異出来ないのか、と?


 ──それは、お前が高貴な家の者だからだ。

 と、そう彼の父は答えた。

 ──お前が産まれたのは、そこいらにいる凡百とは違うのだ。

 お前は名誉ある一族の一員なのだ。

 云わば産まれながらの支配者たる者が、まるで獣の様な姿になるはずがない。あの様な薄汚れたバケモノになどなろうはずがない。


 だが、そんな言葉は所詮はまやかしであった。

 現に彼の者は平然とした顔をしている。

 凡百であれば、今の一撃で腹をぶち抜かれ、臓腑を地面にぶちまけているはずだ。

 凡百であれば、その前の一撃で首は胴体から切り離され、今頃は何が起きたのか理解出来ない間抜け顔を晒すか、恐怖に慄く顔で死んでいた事であろう。

 いずれにせよ、今頃は地面には赤い色の池が生み出されているはずであった。

 だがしかし。


 目の前の大男には何もかもが通用していなかった。

 鋼板をも易々と貫ける彼の黒く変異した手でさえ、まるでだ。

 一見すると、大男は表情を時折歪め、喘いでいる。

 だが分かる、実感がある。

 全てがこの大男の演技でしかないのだと。

 現にこの藤原新敷の目の奥に宿る光はこちらに対する憐れみ、憐憫すら讃えている。

(お前は一応【本家】の人間、最低限気を使ってやる)

 そう無言で言葉を投げ掛けていた。それはこれまで味わった事のない感情、屈辱感だった。


 そして藤原慎二は去った。

 決定的な敗北感に身を震わせながら。

 誰も引き留めにすら来なかった。大方、長老辺りはこうなる事を見越していたのだろう。これまで自分に付き従って来た多くの者が如何に薄い存在であるのかを思い知らされる気分だった。


(それから何年経つだろうか)


 藤原慎二は思い返す。

 彼は各地で暗躍を続けた。そうしていつしか、こう呼ばれる様になる。

 ”栄光ウェイ・オブ・グローリー”と。

 どんな依頼をも完璧にこなす事からWDの誰かは分からないがそう名付けたらしい。

(全く愚かな事だ)

 本心からそう思う。誰がこのコードネームを付けたのかは知らないが、皮肉としてなら最高だろう。

 彼は”負けた”からこそ今、こうして在野の身なのだから。

 誰も知らないが、彼は完璧に敗北したのだ。

 今、こうして働くのは全てはその時の屈辱、心に染み付いた劣等感を注ぐ時の為に、経験と力を蓄えているに過ぎない。

 藤原新敷、あの不遜な男を越える為の、だ。


 三枝木宏臣の依頼を受けたのはかれこれ半年前の事だ。

 いけ好かない男だった。

 成り上がり者特有の臭いが全身から発せられているのが一目で理解出来た。

 しかも、だ。依頼は小娘の”護衛”だと聞いた時、一度は断ろうかともさえ思った。

 だが、彼女の”能力イレギュラー”を目にした時、その考えは雲散霧消した。文字通りに消えて失せた。

 それは実に興味深い物だった。

 三枝木は、あの幼さを残す少女を用いて”実験”を行うつもりだと知る。

 確かに、彼女の神宮寺巫女という少女のイレギュラーならそれは可能だと思えた。

 しかし、それだけではなかった。藤原慎二がこの依頼を受けたのは、その実験を行う場所を聞いたからに他ならない。


 この芸能プロダクションを隠れ蓑にしたWDの狙う場所は、あの九頭龍。つまりは彼にとっての故郷だったのだ。

 WDのモットーとして”自由”がある。

 その自由の中には何処で何をしようとも自由という考えも含まれている。かくして狭い縄張りを巡って身内での争いが勃発する事も度々起こる。

 そういう気風のWDの中でもこの九頭龍支部は少々その存在は異質と言えた。

 何故なら、この九頭龍という大規模な経済特区に、WDはたった一つの支部だけが存在するのみなのだから。

 他の自治体でこういう事はまず有り得ない。

 過疎化の著しい地域であるなら話は別だが、ここは今まさに急発展を遂げている地域なのだ。複数の支部があってもおかしくはない。

 それを差配する長こそ、九条羽鳥。

 ”平和ピース使者メーカー”等と呼ばれる得体の知れない女だ。

 この九頭龍という経済特区が成立する時からその見た目は一切変わらない、いつまでも妙齢の美女の姿をしている。

 長老とすら個人的な繋がりを持っているらしく、本家の屋敷を訪れた際に顔を合わせた事もある。


 今の雇用主である三枝木は、この実験に際して後ろ楯を得ている。恐らくはWDの上部階層オーバークラスが支援をしているのだろう。別にどうだっていい、彼にとっては九頭龍で自分が任務を成功させる事にこそ意味があるのだし、三枝木の”依頼主”は恐らくは自分にとっては邪魔な九条羽鳥を失脚させたい、といった所だろう。


 更に藤原慎二にとっての僥倖・・はあの武藤零二がここにいた事だ。

 彼の悪名は散々耳にした。

 あの藤原新敷が、能力の暴走に巻き込まれて瀕死の重傷を追わされた、その相手を仕留める事が出来れば、彼の死を望む無数の大物たちの覚えもいいだろう。

(その為にここで今、確実に仕留めてみせる)

 そうなればいよいよ、彼の名も功績も高まる事だろう。

(さぁ、来い。……私の栄光の為にここで殺してやる)


 その時、屋上のドアが開かれ、まるで野生の獣の様な雰囲気を纏った零二が姿を見せた。



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