マテリアルアクセラレーション――その2
もうもうとあがるその土煙の向こうを見据えながら少年は不敵な笑みを浮かべる。
「へっ、……ようやくお出ましってワケだな。待ってたぜ!!」
自身の目前に出来たクレーターの中心の木の杭を一瞥した零二の視線の先には、……三条左京の姿があった。
遠目からではその表情までは見えない。
それに相手からは何の返答もない。
ただ、無数の木の杭がこちらへと飛んで来るのみ。
むしろ、この投擲こそが返答であるのかも知れない。
加速したそれは一つ一つがまるでちょっとしたミサイルのようなものであろうか。
ド、ドッッ。
続々と降り注ぐ木の杭は容赦なくオオグチが変化したモノ達をも蹂躙していく。
あるものは杭に貫かれ、あるものは衝撃に巻き込まれ、斃れていく。
「ち、あくまでも遠距離から狙おうってか? ……うおっと」
間合いを詰めて一気にかたを付けたい所ではあったが、そうはさせじと群れが迫って来る。
彼らには離れた所から攻撃してくる三条左京よりも、すぐ側にいる不良少年の方が興味があるらしい。
ち、と舌打ちしつつ、零二は動き回る。
どうやら周囲の群れはあくまでも零二をこそ狙うつもりらしい。
その攻撃は空を切り裂き、側にあった樹木をへし折る。
(へっ、あの姐さんの言ってた話はどうもマジだったみてェだ)
妙から聞いてはいた。
オオグチもとい仏子津と言う防人の一員がどういう経緯でオオグチ等を取得出来たのかを。
――三条左京はんの仕業でしょうなぁ。アレは以前わてがあん人に預けたモノどすし。
分かりますか? つまりあんさんはまず間違いなく仏子津と三条左京の両者を敵に回すという事どす。
ハッキリ言うて不利どす。……それでも行きますか?
その問いかけに対する零二の返答……そんなのは最初から分かりきった事だ。
そして、それが今の状況であった。
「う、おおっっ」
零二は大きく上へと飛び上がる。
その直後に、ガガガ、という轟音。
まさに砲撃の様な威力。
咄嗟に回避した少年以外の側にいたモノ達はひとたまりもなく、消え失せていた。
「やっべェやっべェ、こいつあ確かにマトモに貰えないな」
零二には、はは、と苦笑する他なかった。
その狙いは二〇〇メートルからとは思えない程に正確無比。一瞬であっても足を止めればその瞬間に終わりであろう。
考えるに所謂、そのイレギュラーは”空間操作能力”の応用であろうか。
触れた物質を自分の”空間”として操作して射出、こんな所だろうか。
何にせよ遠目から、……ましてや断続的に速度を調節して、動き回りながらなので、相手の動き全てを把握する事は困難である。
(さってと、どうするよ? ここで追いかけっこしてちゃジリ賃だしな。いっそ、…………ここいらで一気に仕掛けるか?)
動き回りながら周囲の様子を伺う。不幸中の幸いとでも言えばいいのか、敵の群れの数が明らかに減っていた。もっとも現在進行形で敵はまたぞろ湧き出しているのではあるのだが、さっきまでの杭の撃ち込みは地面に穿かれた無数の穴が示す通りに相当の破壊力を有しており、巻き込まれた群れは続々と斃れた。
(いンや、今ならオオグチってヤツの数が減ってる。なら優先すンのは――)
そこで零二の動きが変化する。
三条左京からオオグチ、もとい仏子津へと意識を切り替えて行動する。
無論、向こうからの投擲を失念はしない。
一直線に動く様な愚は犯さずにジグザグに動き回り、狙いを絞らせない。
「いくぜぇぇぇぇぇぇぇ」
その白き輝きは両手から右拳へと集中。
仏子津は呆然とした面持ちのままで、敵が迫って来るのを見つめているのみ。
ズザザザ、と地面を削りながら擦るのはブレーキをかける為ではなく、攻撃の為の云わば助走、溜め。
その動作はいつもなら震脚の様な左足からの踏み込みの代用であろうか。
ブワッ、とした蒸気の噴出は加速による破壊力の向上をきしての事であろうか。
いずれにせよ、零二は一連の動きを意図的に行ったのではない。
いつもとは違う状況、狙撃のリスクを背負ってでもこの場にて敵の一人を斃すという決断が呼び込んだ動作であった。
「激情の初撃ッッッッッ」
その一撃はいつも以上に白く、そして眩く輝くのであった。
「うぬっ、何だ今の光は?」
その輝きは零二を狙わんとしていた三条左京の視界をも一瞬奪い去った。
しかも、その隙に標的の姿が見えなくなっていた。
彼が距離を取っての攻撃に徹していたのは勿論、零二との近接戦闘など論外であったからからではあったが、それがここに来て仇となった。
間違いなく、零二はこちらへと向かって来る。
逃げようにも、ヘリは遥か上空を旋回しており、即座に乗り込むのは不可能。
ちら、と眼下の風景が目に入る。
仏子津であったものはもはや原形を留めてはいない。
ぎり、とした歯軋りと共に眉尻がピクリ、と痙攣する。
だが同時に違和感も感じた。
仏子津は死んだはず、だのに。
何故、あの場からは一向に殺意が消え失せないのであろうか、と。
≪ぐ、がぎゃあかかかか≫
およそ人の声とは思えない悲鳴らしき声音をあげながら、零二の右拳は相手の身体を貫く。
相手の全身を流れるありとあらゆる体液が瞬時に沸騰していくのが拳を通して分かる。
間違いなくすぐにでも相手は蒸発するであろう。
周囲にいる群れがこれで一気に片付くかは分からないが、司令塔は今この手で倒した。これで状況も変動するはずだ。
シュワアアアアアアという音は、拳から伝わった熱の伝導による光景である。
一気に蒸発したり、または徐々にそうなったりといったりと消え失せるまでの時間に個人差があるのは、零二の気分に――つまりは精神状態によって威力が変わるというのもあるが、それ以外にも拳を喰らった相手の熱に対する”抵抗力”も関係してくるらしい。
そもそもマイノリティ同士の戦いとはイレギュラーの優劣は当然ながら大きな要素ではあるが、それ以上に重要なのは、精神的なタフさである。
イレギュラーが担い手たるマイノリティの精神的な状態により、その威力を大きく増減させるというのは今では常識になりつつなる。
そういう意味で云うならば、ムラっ気の強い零二は安定感に欠けると言えるし、”ファニーフェイス”こと怒羅美影のような人物は安定して強いと断定出来るのだろう。
正直に言って零二はこのオオグチなる相手には然程関心を持っていなかった。
何故なら、この怪物とは既に先日戦った。
確かに厄介な相手ではあったが、その際に手応えで理解した。
コイツじゃ今一つ燃えない、と。
零二にとって戦いとは即ち、自分と相対する者との価値観を、存在意義をかけたモノである。
そこにあるのは様々な思惑こそあれど、形はどうあれ”剥き出し”の自分が嫌が応にもその姿を見せる。
どんな悪党で善人でも、戦いの中では普段は見せる事のない”素顔”を見せる。
零二は彼を知る者からさえ”戦闘狂”と思われている。実際、彼は戦いを好むし、興奮もする。
だがそれは戦いという手段ではあり、物騒でこそあったが、他者を”理解”したいという彼なりの欲求から来るものでもある。
しかし、このオオグチという怪物に対しての零二は思っていた以上にそうした好奇心を刺激されなかった。
その理由は彼自身理解していた。
相手は、零二をハッキリとした敵として認めなかったからである。
先日と違い、上の空のままただ邪魔だから排除しようとした。
そのくせ、自分は何もしてくる事もなく死した。
攻撃もされたが、それすらついぞ散漫なままであり、零二にとってはこれを戦いだとは認められなかった。
確かに敵の数こそ多かった、だが、それだけだ。
敵の群れは最後まで零二にとっては真の意味で脅威足り得る存在とは成り得なかった。
だからこそ、である。
彼の関心は司令塔を失い、いよいよ統制の取れなくなったらしい群れから、向こうから自分を狙ってくる三条左京へと向けられた。
(この前の借りを一〇〇倍にして返してやるよ――)
遠距離から攻撃してくる相手に正面からただ闇雲に突進しても単なる的になるだけであろう。
(だったらどうだってンだよ? 上等じゃねェかよッッッ)
零二は不敵さを通り越した壮絶な笑みを浮かべていた。
「な、何ッッッ?」
馬鹿な、という言葉にならない呟きが口をつく。
その選択はもっとも有り得ない、……はずの行動であった。
零二の拳が放った輝きで目が眩んだ三条左京の視界が回復した時、彼の目は驚きにより大きく見開かれた。
零二が自分へと向かって来るであろう事は容易に想定出来た。
距離にして直線二〇〇メートル。
だが、それは真っ直ぐにであって実際にはその数倍の距離、山道を越える必要があった。
見開かれた場所ならば、物質超加速の独壇場。だからこそ、木々の隙間を縫うように来るであろう、そう思っていた。
だというのに。
あろう事か、零二は真っ直ぐに突っ込んで来る。
何の躊躇も感じさせずに、迷う必要などない、とでも言わんばかりに。
「お、おのれッッッ」
舌打ちしつつ、コンテナに入っていた残りの木の杭を左手で二つ共に取り出すと小脇に挟んだ。
その内一本を脇から左手へ、そして宙に放るや否や、右の掌で押し出すようにして射出。一気に加速がかかり恐るべき速度となる。
びゅうん、という空気を切る音と共に、杭が向かって来る。
先程までとはまるで勢いの違う杭が零二を貫かんとする。
「小僧めが、腹に大穴を穿ってやるわっっっ」
まさしく飛んで火には入る夏の虫、それが脳裏をかすめ、なおも愚かにも真っ直ぐに突っ込んで来る相手の姿に勝利を確信したその次の瞬間である。
「邪魔すンなッッッ!」
そう怒鳴り付ける様に声を鳴り響かせて、零二はさらに加速。
向かって来た杭を回避せんと姿勢を低くした。
「馬鹿め、思う壺だ!」
だがそれは左京の狙い通り。
そもそも、彼がこの場を選んだのには理由が存在する。
視界が開けていて、零二やオオグチの動きを見下ろせる事。
それからここに至るには坂道を登ってくるしかない事である。
如何に上手く躱そうともそれにより、獲物の動きは制限される。
身を低くした零二は確かに木の杭を恐らくは躱すだろうが、問題ない。……何故なら杭はもう一本。
「くかあっっ」
左手に掴んだ杭を下手投げでその零二の姿勢に合わせる様に投げた。
マテリアルアクセラレーションは、意識さえすれば左右関係なく発動する。
その二本目の杭は一本目を凌駕する加速で迫っていく。
「!!」
「死ねッッッ小僧ォ」
上下に放たれた杭はあっという間に獲物へと接敵。
最早零二にそれを躱す術は皆無。
杭は寸分違わずに相手を貫くのであった。




