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マテリアルアクセラレーションその1

 

「せあ、アアアアアアッッッッッッ」

 周囲の大気を切り裂かぬばかりの音声をあげながら零二は縦横無尽に暴れ回っていた。

 数百にも達しようかという数が仇となり、その動きを制限された相手は爆発的な機動力で動き回るたった一人の獲物を捉えきれない。

 対して零二はこの場が狭いのもお構いなしに動き回る。

 確かに自由自在に動き回る、とはいかない。

 何せ自分の前後左右に敵がいて、周囲を完全に包囲されているのだから。

 でもそんな事は知った事じゃない。

 そもそも零二の熱操作はその瞬間、瞬間毎に自身の体内に充満する水分などをエネルギーとして変換するモノである。

 単純な比較は出来ないが、肉体操作能力者のイレギュラーとは違い、長時間持続する類いのモノではなく、本当に一瞬一瞬ごとに燃料を消費する事で扱うのが可能となる爆発力こそあれども、同時に極めて燃費の悪いイレギュラーである。

 その為に炎熱系のイレギュラーを扱うマイノリティの中は数多くいるものの、これを専門に使う者は殆ど存在しない。


「アアアアッッッ――!!」


 だからこそ、零二はその燃費の悪さを少しでも改善するべく秀じいから散々に鍛えられた。

 如何に一瞬で、加速し、または減速出来るか。

 その緩急の切り替えに肉体自体が耐えられる様に走り込みをして、基礎体力を付けたり、または瞬発力を付ける為のトレーニングを積んだりと様々な鍛練を実施した。

 その結果が、今この場で起きている事実へ繋がる。


「ふっ」

 零二は自身の熱操作による加速をかける。

 ぶわっ、とした熱気を帯びた蒸気を噴出させ、零二の身体が瞬時に前後左右へと移動する。

 襲い来る幾多の凶器の数々がその速度に対応出来ずに空を切る。

「くあっ」

 一瞬加速した先には敵がいるが構わない。そのままの勢いでぶつかっていく。

 敵を吹き飛ばすと、その場で手足を振るい身近な敵を蹴散らす。

 そうして即座にまた加速。

 この繰返しである。

 それは単純な話、実に雑な戦法である。

 一言で言えば零二は別段敵を定めているのではなく、加速した不良少年は、直後に敵に衝突するのは減速に熱操作を使うのを厭うていた為に、周囲にいる相手を緩衝材代わりに利用しているだけ。その後の攻撃もとりあえず周囲の敵を殴打しているだけ。

 だが、それでも充分である。

 零二の全身から発せられる攻撃、つまりは左右の手は白く輝いているのだから。

 その”輝く双拳”は触れた相手の肉をアッサリと切り裂き、断ち切るだけの威力を備えている。

 確実に仕留めるのであれば熱を相手に伝えればより確実なのだが、その伝達の為の時間的な猶予はとても望めそうにもない。

 だが、それでいい。

 零二の狙いはあくまでも仏子津であり、更にはその裏で暗躍しておるであろう黒幕が姿を見せるのを待つ為である。


 そうしていく内に更に時間は経過していく。


「ふぃーーッッ」

 思わず息を付く。

 かれこれ幾人の敵を打ち倒した事であろうか。

 敵の群れをどれだけ蹂躙せしめようともその都度、新たに敵が浮かび上がって来る。

 燃料切れを少しでも先延ばしにする為に、出来得る限りで省エネで戦ってはみたものの、こう断続的に敵が湧いてくるのを目の当たりにするのはキツイ。


≪コロス、ころしてヤルぅぅ≫

 仏子津は殺意に満ちた唸り声をあげてはいたが、彼個人はそれだけしかしてこない。

 この際限のない消耗戦は零二としては、正直少々拍子抜けもいいトコであった。


(あのザコい連中がポコポコと出て来るのは、確かオオグチってヤツのイレギュラーだったハズ。

 なら、仏子津ってヤツ個人のイレギュラーはどうしたンだ?)


 仏子津のイレギュラーを彼は知らない。

 この戦いが始まってから、いや、先日の戦いでもそうであったが、オオグチの力はある程度理解出来たものの、肝心の仏子津自身の能力は未だに謎である。


「ちェ、しょっぱなからある程度持久戦ってのは覚悟はしてたケドよぉ、……流石に全く状況に変化がねェのはキッツイな」


 思わず愚痴を洩らす。

 まだ余力は残っているが、それでもいつまでこうしていればいいのかが判然としないのは精神的に堪える。

「ぐぎゃあああ」

 叫びながら襲いかかる新手の攻撃は、何処からか引き出した剣による刺突。背後からのその攻撃は普通であれば致命的な事態を引き起こすには充分であろう。

「はいよ、」

 だが零二はその攻撃を予測していたかの様に振り返り様に右拳の甲で弾く。勢いを反らされ、身体が泳いだ相手の隙だらけの刀身へと左手刀を叩き付けてへし折る。

「だらあっ」と叫びながら足を踏み込みながら右手を突き出しての一撃が直撃、相手は吹き飛んでいく。

 当然ながらそれ自体は然程殺傷力を持った攻撃とは云い難い。

 だが、零二はもう相手に眼中はない……何故なら。


 ひぎぃぃ、という悲鳴があがった。

 突如として相手の上半身が爆ぜたからである。

「【火葬クリメイション第三撃サード】」

 そう、……既に相手は死んでいたからに他ならない。

 その爆発は零二が自分の”熱”相手へ伝播させ、それを元に体内で一気に弾けさせた結果。

 その爆発は周囲の敵をも吹き飛ばし、薙ぎ倒す。

 威力自体は”激情インテンス初撃ファースト”には及びはしないがそれでも今対峙している敵の群れに対しては充分。

 そもそも時間稼ぎが目的なのだから。


 そうしてその時は遂に訪れた。


 びゅおん、という風を切り裂く轟音。

 それは何かが超高速でこちらへと射出された音。

 咄嗟に後方へと飛び退く。

 すると、直後にズ、ドオンという爆撃の様な土煙が巻き起こる。

「くっ、ハデだなぁ。お出ましってワケだな」

 熱探知眼サーモアイでその攻撃を放ったであろう相手の姿を見据える。

 その距離はおよそ二〇〇メートル、といった所か。

 そこにいたのは、紛れもなくこのパーティーの仕掛人にして支援者。三条左京であった。



 ◆◆◆



 かつてはこの国の中枢に深く深く根を張り、様々な時代を時に裏側からまたは表側からしたたかに生き抜き、現在に至るまでの一〇〇〇年もの時が経過した。そして現在ではもはやその権勢は世界各国にまで及ぼうかとさえ繁栄を極めた藤原一族。

 だが、長き時の経過からかあまりにも藤原一族は巨大な存在になってしまっていた。

 一〇〇〇年という歳月で全国各地へと血脈を広げていき、その土地にて時に有力者と交わり、時にその立場を様々な手管を用いて奪い去っていった結果、かつての様な団結力、結束力が損なわれていった。

 そして本来ならば全国に根を張った一族を統轄すべき立場は、全ての一族の始まりの地であるこの京都を支配する藤原、いや三条の家の者のはずであった。

 だというのに。

 時が経過するにつれて藤原一族の中枢は京都から越の国、かつては蛮夷の支配する地であった汚れた場所に居住まいを置いた最長老の元へと移り変わっていた。

 我慢ならなかった、何故自分から一族を捨てた男がいつの間にやら祭り上げられているのか。

 確かに”穢れた血”力を持った愚か者には越の地は相応しいだろう。あの地はかの御仁にも縁深き土地だしお似合いであろう。

 だが何故その様な穢れた、蛮夷の末裔が住む地に中枢が移り変わったのだろうか?

(誇り高き一族の名誉は何処にいったのだ)

 それが我慢ならなかった。

 名誉ある一族の中でも、もっとも名誉ある名跡である”三条”の名を継いだ自分こそが、一族を率いるべき立場の者であるべきだ。

(であるならば、私は掴み取るまでだこの手でな)


 その為に様々な労苦を重ねた結果が、今日、あの貴船神社で起こる出来事に繋がっていくのである。



 ◆◆◆



(少し時は遡る)


 パラパラパラパラ。

 空を切りつつ、ヘリは向かう。

 機内にいるのは操縦者と、己のみ。


「ふむ、どうも思っていたのとは状況にかなりの差異があるらしいな」


 三条左京はその様子をヘリの機内から、その現場になるであろう場所に己が到着する前に放っていた偵察用ドローンが撮影する中継映像から見ていた。 

 そこでは狙い通りに姿を表したオオグチと武藤零二が神社の奥宮で戦闘を開始していたのだが、そこで繰り広げられていたのは予想を大きく裏切る光景であった。

 あのオオグチなる異界の怪物の封印を解き放ち、仏子津に預けたのは無論、あの哀れなる道化(ピエロ)役を演じてもらう青年に対する同情からではない。

 あくまでも三条左京個人としての叶えたい願望の為である。

 彼が欲したは絶対的な強さ、それも個人レベルの強さではなく、三条の家の権威を絶対的なモノにする為の武力であった。

 防人にせよ退魔師にせよ、三条、或いは藤原の家から出る金銭を含めた多大なる援助により維持できているという事実から、古来より時折、彼ら異能者を使役す事も幾度かあったらしい。

 だが、三条左京が欲しているのはその程度の力などではない。



 数か月前、彼は自身の屋敷にて封印していたオオグチなる怪物の持つ”特性”を知った。

 それは実に些細な事から発覚した。

 家人がその封印を僅かに破った事で、オオグチの一部が外に漏れ出でた。封印の影響で無意識のまま、ただ餓えを満たすべく生き物としてごく自然な行為に及んだ。

 絶叫をあげながら家人はその半身を喰らわれた。

 駆け付けた三条左京はそして目にした。



 そこにはその家人が二人いた。

 一人は半身を喰らわれ、もう絶命寸前の死に損ない。

 もう一人は、同じ姿形をしてこそあれ、知性の欠片も持たないナニカ。

 左京はナニカを捕らえ、密かに調べあげた。

 そしてオオグチなる怪物の持つ異能を理解した。

 それは喰らったモノを模倣出来る、というモノだった。

 一度血肉を味わったモノの姿を奪い、そして寸分違わぬ性能を発揮するのだ。


(これだ、私が欲したのはこの力だ)


 そして彼は機会を伺った。

 この京都に於いて、事態を大きく動かせる機会を。

 要は始めの算段さえ付けれればいいのだ。

 数年に於ける、研究の末にオオグチを手繰る方法は既に確立済みだ。

 必要なのは、オオグチを使い餌を少しでも多く集められる人物と、一時的にその愚か者の身代わりとして使えるゴミ屑。

 かたや仏子津であり、もう一方が零二であった。


 仏子津という男は実に御しやすかった。

 あの愚者は、大事なモノだか何かだかを失った事で己を見失い、心が壊れていたのだから。

 何が何でも失ったモノをどうにかしたいという妄執は、実に容易に倫理観を踏み外させた。

 相手はオオグチを効果的に使ってくれた。

 お陰で短期間で数多くの異能者をアレは喰らい、咀嚼して、己のモノと化した。

 そしてあの愚者が、あの貴船神社に至る事は理解していた。

 何故なら、あの神社のもっとも謳う強き宿願とは”縁結び”に他ならないのだから。

 想い人に対してあの愚かなる男が願うのが何であろうとも一向に構わない。どのみち左京が欲するのはオオグチの一部で充分なのだから。



「気に食わんな、小僧め」

 全ては万事予定通りに進んでいる、そのはずであった。

 だのに、武藤零二は未だ健在であった。

 力を蓄えたオオグチは確かに、予想通りに喰らったモノを模倣していた。それは寸分違わずに贄となった異能者マイノリティ姿形を、持っていた異能力イレギュラーをも再現しているはず。

「なのに、だ。何故未だに死なぬ」

 そう、零二は臙脂色のスーツを纏いし男の予測通りに追い詰められてはいなかった。

「いいだろう、死なぬなら手ずから射抜いてやろうぞ」

 ヘリから飛び降りて、山頂に降り立つや否やで、彼はヘリから投下させたコンテナを開く。

 そうしてそこから取り出だしたは一本の木の杭。

「まずは小手調べよ、どうする小僧ォォォォッッッ」

 そしてそれを掌で押し出し、一気に超加速させるのであった。


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