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静かな戦い

 

 そこは静かだった。この車は静音性に優れている。この中でいる時、彼は都会の喧騒から解放される。

 移り行く車窓から見えるのは、慌ただしく蠢く無数の光。

 下の国道はいつもの通りに大渋滞になっている。

(全くゴミだな、ここにはゴミが多過ぎる)

 そんな事を思いながら彼はグラスにワインを注ぐと、一口。

 ワインの銘柄は何だっただろうか? とそんな事をふと思う。

 確か、フランスか何処かの高級品だった。

(ま、どうでもいい)

 彼にはそれが何処のブランドでも構わなかった。大事な事はこのワインは一本で数百万する事と、それを何の躊躇いもなく飲める自分が今この場にいる事なのだから。

 かつての自分では決して届かなかった高級品を、こうしてまるで大衆向けの清涼飲料水の如く飲み干せる。その実感こそが大事な事なのだから。


 彼は満足していた。

 今の自分が成功者・・・になった事に。

 かつて自分が思い浮かべた姿とは、手段も手間も違ったが、現に彼はこうして大金持ちになれた。

 それもこれも自分が”少数派マイノリティ”だったからに他ならない。

 彼のイレギュラーは一言で言えば他人の”才能”を理解出来るという代物で、系統的に言うなら”超感覚スーパーセンス”に該当するのだろう。


 彼は一度死にかけた時に、このイレギュラーを手にした。

 彼は目にした相手の才能を直感的に理解出来る。

 それを活用する事で、彼はこうしてのし上がれた。

 大勢の人々の中でこれは、と思える人物がいるとする。

 まだ世間的には無名のその人物を影から応援し、先行投資する。ただそれだけの事だ。それをかれこれ数年行っただけで、今では多くの会社の株を保有し、芸能プロダクションの社長にもなれた。

(それにこれからは更に大きな力を手にする)

 そう、その為の第一歩がもう間もなく九頭龍で開催される。

 これが上手くいけば、自身の更なる栄達も望めるだろう。そう思うと彼はにやけ顔を堪え切れない。

 そこに──。


 ピピピピ。

 音が鳴り響き、その楽しみを切り裂いた。

 それは彼の携帯の着信音。無機質な音が車内に響く。

「はいどちら様でしょうか?」

 その携帯は彼の”仕事用”のカスタム携帯。通常の盗聴対策を施されており、彼は仕事の話はこの携帯でしか受け付けない。

 この車にも盗聴対策は施されており、相手が盗聴に特化したイレギュラーを持っていない限りは万全だといえる。

 車のボディ強度も抜群で、バズーカ砲でも持ってこなければこの車から彼を降ろすのは不可能である。

 いわばこの車は彼の為の足であり、”砦”でもある。

 ここにいる限りは暗殺の可能性はかなり低減、こここそが彼が一番安心出来る場所だった。


 ──もしもし、三枝木さんですね?

 声の主は女性だった。

 三枝木は顎を指で触りながら思い返す。自分のこの携帯番号を女性に教えた覚えはないからだ。

「どちら様でしょうか? 間違っていますよ」

 無論そんなのは嘘だ。この携帯は端末に認証された番号からしか接続出来ない。その時点で間違い等の偶然でこうして通話等は出来ない。

(やはりイレギュラーが要因か?)

 そう思い、探るつもりでの問いかけだった。

 だが、

 ──それは妙ですね、三枝木宏臣さん。貴方は私の管轄に無断で入っているのですよ? ……さて、まだ分かりませんか?

 刹那、三枝木の全身が凍り付く。

 その言葉には”刃”の様な鋭利さがあった。

 ただの言葉にも関わらず、目の前に何者かがいて、自分の喉元へと刀の切っ先を突き付けているかの様な感覚を覚える。

「ぴ、【平和ピース使者メーカー】か?」

 ──ええ、そうとも呼ばれます。

 その電話は、つまりWD九頭龍支部支部長にして、一説では日本全体の統括的立場でもあるとされる九条羽鳥からだった。

 三枝木も噂では聞いてはいた。九条羽鳥という妙齢の美女についての幾つもの逸話を。

 一つ、彼女は一人で数万もの人々を瞬時に洗脳した。

 一つ、九条羽鳥は不死である。

 一つ、彼女がその気になれば世界大戦をいつでも引き起こせる。

 一つ、彼女は世界中のあらゆる組織の創始者に繋がる。

 それはどれもこれも荒唐無稽としか思えないレベルの話であり、そんな事が出来るマイノリティ等は存在しないとたかをくくっていた。そう、今までは。


 だが、実際直に電話の主から感じる圧力は、ああいった冗談の様な話が本当であっても不思議ではないと、そう思わせる。

 決して声を荒げたりはしては来ない。彼女は実際には何もしてきてはいない。だというのに。恐ろしい、と思った。

「は、はは。これは光栄です、あの九条羽鳥さんが私の様な小物をご存知だとは思いもよりませんでしたよ」

 予想よりも早かった。

 実験を歌姫ディーヴァを使った後であればバレるのもやむ無しだった。だが、直前とは言え、こうして自分の仕業だと発覚。更にはこの携帯番号を知っている。そう考えればやはり恐ろしい相手だと思った。脂汗が流れ落ちる。不快だった。


「そ、それよりも一体何事でしょうか?」

 ──貴方は私の管轄で無断で【実験】を実行するつもりなのですね。

「そ、それは…………何か問題がありますか?」

 三枝木はようやく反撃の糸口を見つけた、と思った。

 WGとは違い、WDとは自分の目的こそが最重要。

 完全なる”自由”こそが唯一のルールである。

 それに照らし合わせ、もしも他者が邪魔であれば排除もやむ無し。そういう組織とは到底言えない小さな個の集団だ。

 そのルールに従うなら、今彼が九頭龍で実施しつつある実験も何の問題もない、文句があるのなら妨害すればいいだけだ。

 それに許可等は必要ではない。何故なら、

「私は許可を頂いています。……WDの上部階層オーバークラスからね」

 それはWDという組織の体を為していない集団を支配すると言われる重鎮の俗称。

 十人前後の人物がそう呼ばれ、WDの実質的支配者とされる。

 三枝木宏臣にはその内の一人が後ろ楯となっていた。

 オーバークラスの支援があったからこそ、短期間でこうして様々な実験をも行えたのだ。

 如何に九条が大物であっても関係無い。これで口出し等は出来ない、もしも妨害すれば、オーバークラスを敵に回すのだから、とそう思った。

(これでもう文句も言えんだろう、はは)

 そう内心思いながら相手の返答を待った。


 ──ふむ、そうですか。問題ありません。では。

 九条は実にアッサリとそう言うと電話を一方的に切った。

 三枝木はただ呆気に取られ、呆然としていた。

「い、一体何なんだ?」

 そう呟くのが精一杯だった。



 ◆◆◆



「ば、ばか。何で来たんだよっっっ」

 巫女は思わず叫ぶ。

「ンあ? 偶然だよ偶然」

 零二は素知らぬ顔を浮かべる。

「お、おれは助けてなんていってないんだからな」

「へっ、関係無いね。……オレはオレの【自由】でここにいンだからよ」



「貴様、邪魔をするか?」

 藤原慎二は眉を吊り上げ、睨み付けた。

「あ? ったり前じゃねェかよ、この期に及んでアンタバカか?」

 零二はへっ、と軽く笑う。

「ンで、どうするよ? アンタの黒服なら四人はもうぐっすりとお寝ンねしてンぞ……かかってくるかい?」

 そう言いながら手招きをする。

 既に臨戦態勢である事を示す様に、その全身からは仄かに蒸気が上がっている。

「くはは、いいだろう。私自ら相手になっているやろうではないかね――!」

 藤原慎二が仕掛けた。

 一瞬で零二の懐にまで肉迫。同時に拳を鳩尾へとめり込ませるべく放った。それは巫女の目には見える事のない超速。

 だが、

「甘ェよ」

 零二はそれを易々と受け止めていた。

 相手の拳を直前で左手で止めている。

「らあっっ」

 踏み込みながらの頭突きが相手の顔面を強襲する。

 ガキン、という頭蓋骨が鈍器の様な音を立てる。

 藤原慎二は思わず、ぐがっ、と呻きながら後退。

 そこに零二は追い打ちをかける。

 頭突きの勢いのまま右足を一歩を踏み込む。そして左手を握り直すとそのまま振り上げた。そのアッパーは狙い通りに相手の顎先を打ち抜く。藤原慎二の身体は大きく浮き上がり、転がっていく。


「す、すごい」

 思わず巫女は口を開けている。

 零二が恐らくは自分と同じく何らかの能力を持っているのは分かってはいた。だけどあそこまで圧倒的だとは思ってもいなかった。

 傍目にもそのたった二発がどれ程強烈だったのかは、零二が踏み込んだ足元を見れば一目瞭然だった。

 彼の右足の周辺にはハッキリとしたヒビが入っている。

 それは、彼が一歩を踏み出した際の衝撃の強さを雄弁にこれ以上なく物語っている。

 残された黒服達も同様なのか、すっかり腰が引けており、巫女から見て、ここから逃げるかどうかで迷っている様にも見える。


 だが、当の零二本人は笑ってはいるが、その視線は真っ直ぐに今自分で吹き飛ばした白スーツの男へと注がれていた。

 まるでまだ戦いは終わっていない、とでもいう様に。

「立てよオッサン、あんなンで倒れるタマじゃねェンだろ?」


「クハハ、なかなかだ。貴様もやはり【藤原】の人間だな」

 藤原慎二は何事も無かったかの様に立ち上がった。

 白スーツには今しがた流した血の染みが付いている。

 だが、顔には一切の痕跡がない。

「ンで、アンタがそこそこにタフだってのはわーったよ。……だけど、オレは手加減なんざしねェよ」

 その言葉に呼応する様に零二の周囲の空気が変わった。

 急に暑さを感じ、背中や額がじわりと汗ばむ。

 春先とは言え、まだ十数度位の気温が突然、ここだけ真夏へと変わったかの様に暑い。

 その原因たる少年汗一つかかず、涼しい顔でニヤリと笑う。

 全身からはハッキリと目視出来る程の蒸気が放たれる。

 その様子は、まるで今にも噴火寸前の活火山の様にも見える。

「クハハ、小僧……」

 調子に乗るなよ、と低い声を上げつつ、藤原慎二の腕が黒く変異していく。

「喰らえっっっ」

 そして吠える様な声と共に向かってきた。

 その速度は極めて早く、常人には残像すら見えなかった。間違いなくさっき以上の速度だった。

 だが。

「遅ェよ!!」

 その超速の攻撃にも零二は即応していた。

 突き出された一撃を右肘で弾く。続けて振るわれるフック気味の右拳を左腕を振り上げながらブロック。そこに零二は右手を振り上げた状態から拳を振り降ろす。それは強烈ではあるが、大振りの反撃である。本来であれば藤原慎二には容易に躱せるはずだった。

 しかし、それは瞬時に加速。想像を越える速度で襲いかかる。完全に意表を突かれた。もう躱せない。

「ぐがっっ」

 呻きながら藤原慎二は膝を屈した。痛烈な一撃は相手の肩口を叩く。メキメキ、とした音は恐らくは鎖骨の折れた音だろう。

 更にそこへ零二の膝が襲いかかる。

 顎をかちあげ、よろめく白スーツの男は自分から後ろへと転がる事で一旦距離を取った……はずだった。

 しかし、既に零二は追撃をかけんと更に一歩を踏んでいた。

 ここまで来てもう、出し惜しみは考えない。

 震脚の如き左足からの踏み込みから放たれる一撃。

激情インテンス初撃ファースト

 光輝く右拳が相手の鳩尾へと命中。

 その一撃は寸分違わずに鳩尾へとめり込む。

「があっはっ」

 身体を大きく九の字に曲げ、呻きながら藤原慎二は後ろへと一歩、二歩と下がっていく。

 零二は確かな手応えを感じ、敢えて追撃をかけない。

「がああああああ」

 その痛みはこれ迄に感じた事のない物だった。

 拳がめり込んだ瞬間に全身に走ったのは高熱。

 身体中のありとあらゆる水分、血液、尿、体液が瞬時に沸騰。

 それらが気化していくのが感覚で理解出来る。

 同時にすさまじい勢いで全身が燃える様に熱い。

 それは致命傷にも思える程のダメージにも思えた。

 だが。

「があああああっっっっ」

 白スーツの男はその一撃に耐えてみせた。

 全身の沸騰に抗ってみせる。

「ヘェ、アンタタフだな」

 感心した様に零二はヒュー、と口笛を鳴らす。

「だ・け・どよ…………」

 そう言いながら悠々と前進する。必殺の拳で仕留められなかったが、その様子に焦りの色はない。

 こういった事は稀に起こる。

 理由は様々だ。

 例えば一番考えられるのが、相手も炎熱系のイレギュラーを扱う場合だ。彼らは一応に熱にも強い。氷雪系のイレギュラーを扱う者も同様だ。これは相反する属性とでも言うべきだから当然と言えるだろう。

 他には単純に生命力が高い、という物だろうか。

 様子を見る限り、目の前にいる白スーツの男はこの生命力が高い、が一番適当に思えた。

「まあ、関係ないね」

 今のが効いた事は一目瞭然。

 ならばもう一撃入れればいいだけ、そう思いながら詰め寄る。

 その様子は一匹の肉食獣が油断せず、用心深く、別の肉食獣を仕留めようとしている様に巫女には見えた。

「がは、はあっ」

 ガコオン。

 次の瞬間、藤原慎二は何を思ったか床をぶち抜く。

 ガラガラ、という震動が建物に走る。

 そのままの勢いで床を破砕。その破片や瓦礫を至近距離から相手へと見舞った。

 ガアアアンというまるで爆撃の様な凄まじい音が耳をつんざき、巫女は思わず耳を塞ぐ。

「今だ、上に行け」

 藤原慎二は何故か上に行く様に指示する。

 部下達は「え、ですが」と言う。

 彼らの顔には明らかな困惑が浮かんでいた。だが、

「二度は言わん」

 何を思ったか、藤原慎二はサングラスを外す。

 それを目にした黒服は「ひいっ」と声を出す。

 その目はまるで蛇の様に細く、恐ろしい。

 その目はこう告げている、従わねば殺す、と。

 選択の余地は無い、そう悟った黒服達は上へと階段で上がっていく。無論、巫女を連れて。

「クハハ、小僧。上だ上に来い。勿論、このまま逃げてもいいんだぞ? だが、来るなら殺してやる」

 白スーツの男はそう言い残すと、笑いながら上へと向かう。


 零二は瓦礫に埋もれていた。

 熱の壁が発動したが至近距離からの全ての瓦礫を瞬時に溶解する事は出来なかった。だが、特段深刻なダメージはない。

 右拳を突き出し、零二は目の前の瓦礫を破砕。

「ち、逃げやがったか」

 だが、行き先は上だ。わざわざそう告げてくれたのだから。

「……上等だ、クソヤロー」

 零二、は飢えた獣の様に獰猛な笑みを浮かべた。



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