惨状
爆発が起きた。
屋敷の建屋に直撃した円筒形の兵器がそれを引き起こした。
凄まじいまでの轟音が屋敷の周辺にも轟き渡ったに違いない。
この先制攻撃により、巻き上がった爆風と衝撃波は瞬時に爆心地となった箇所の周囲を巻き込んでいく。その範囲内にいた家人達は文字通りの意味に燃え尽き、吹き飛び、その命をこの世から散らせた。
彼らは何が起きたのかすら、気付く事なく世を去ったのだがそれはむしろ幸いであったのかも知れない。
何故なら彼らは、これから起きんとする惨劇に立ち会わずに済むのだから。
時間は十数秒程前に遡る。
藤原左京は文字通りにミサイルを”放った”。
彼の手繰るイレギュラーである”物質超加速”はその手で触れたモノを加速させる能力。そこに重量の縛りなどはなく、万物を超高速で放つ事が可能である。
彼が今しがたまで側に置いてあったミサイルも同様である。
「行け――――!」
とん、とそれを軽く押し出す様にしただけで円筒形の破壊兵器は加速、一直線に眼下にある屋敷へ向かっていく。放たれたミサイルは推進剤に点火せずとも何の問題もなく標的へ。
火の気がないステルス状態の兵器には、誰も直前まで気付きは済まい。気付いた時には既に手遅れ……逃げ切るのは不可能だ。
信管には予め細工を施してある、衝撃があれば炸裂する。間違っても不発弾とはならない。
何が起きるのかを臙脂色のスーツを纏いし男は凝視する。あそこは自身が生まれ育ちし生家である。
最早、何の感慨すら湧かぬと思っていたのだが、こうしてこれが最後になると思うと我知らず、眺めていた。
パアッとした鮮やかな閃光が走るのが見えた。眩く、美しさすら抱かせる光景だと思った。
まるで夜空に映える花火の様ですらあったが、花火とは違うのは炸裂したのは多くの住人のいる屋敷の建屋で、今から更に悲惨な事がそこで起きるで有ろう事が想起出来る事であろう。
もっとも、これからそう自身の手の者へと指示を出すのは自分自身なのだが。
ドオン、という宙をも揺らす轟音が響き渡る。
その爆発から生じたエネルギーは絶大で発せられし衝撃波はガタガタ、と上空のヘリまで大きく揺るがすに至る。
屋敷が半壊するのが見えた。しかし屋敷はまだ原形を留めていたのには流石に少々驚きを隠せない。
あの爆発でも全壊しなかったのを褒めるべきだろうか、それとも同情すべきかとしばし思いに耽り、栓なき事だ、とやがて冷笑する。
「……後片付けをしろ」
それは予め、定められた事。
口元に浮かぶ笑みは一体何に対するモノであろうか。
ヘリを操縦するパイロットの肩をトントンと叩く。パイロットは大きく頷くとその場を去っていく。
「俺からの手向けだ。皆と共に…………安らかに眠れ弟よ」
誰に言うでもなく呟いたその言葉は、災禍の中で既に死したか、もしくはこれより死せんとする唯一の肉親へ向けた葬送の言葉であった。
「指示した場所へ――急げ」
既に三条左京の関心は眼下になく、別の場所へと向いていた。
そう、彼には他にやるべき事があるのだから。
自身の……ただ一人の血縁を討ち果たしてでも達せねばならぬ事があるのだから。
◆◆◆
「う、ううぅ」
よろけながらもまず起き上がったのは士華であった。
頭がズキズキと痛むのを感じる。吹き飛ばされた際にどうやら何処かに強かに打ち付けたらしい。
焦点の合わない目を細め、少しでも現状の把握に努める。
「ごほ、ごほ」
思わず咳払いをした。
まずは、もうもうとした黒煙が立ち昇っているのが分かる。
それから周囲の空気が熱く、ひりつく様な感覚から察するに周囲は火に包まれているらしい。
そして士華はようやく我に返る。そう、ここには自分以外に真名もいた事に思い至った。
「真名さん――!」
すると、士華の呼び掛けに応じるかの様にガラ、という音と共に彼女の背後の瓦礫が崩れる。
ピンク色の髪をした少女が振り返ると、その瓦礫の隙間から手が伸びていた。
「士華さん、……ここです。ここにいます」
声の調子はしっかりとしており、無事らしい。ほっとした士華であったが、では何故彼が出てこないのかと思い、近付く。
「うわ、大丈夫なの?」
真名は完全に瓦礫に埋もれており、その姿は見えない。
手だけを隙間から出したらしい。
「ええ、丁度瓦礫と瓦礫の隙間に入り込んだみたいで。ですが持ち上げるには少々重量があるので……困りましたね」
その声の調子からは緊張感の欠片もないのだが、士華は気付いていた。ピシ、ミシ、という何かに亀裂が走る音。
それは彼を閉じ込めた瓦礫から聞こえてくる。
「真名さん、冗談は抜きで答えてよ……持ちそう?」
「はは、マズイですね。……もうじきにここは押し潰れます」
真名も流石に冗談を言うような状態ではないらしく、真面目に返答を返す。
「そっか、分かった。……僕が何とかするよ」
言うなり士華は後ろへ飛び退く。そして左右の手を己が身体へと押し込む。
ぞぶり、とした感触と共に手が体内へ入り込む。異様な光景であったが、当の本人は至って冷静。平然とした面持ちである。
そして体内から抜き出した彼女の手には一振りの刀がある。右手は柄を左手は鞘を手にさも当然の如く刀身を抜き放つや否や。
「――五月雨」
無数の斬撃を瓦礫へ放つ。
まるで蒲鉾でも切るかの様に瓦礫は、いとも容易く――細かく刻まれていき、下にいた真名は抜け出る事に成功する。
「助かりましたよ、士華さん」
苦笑しつつも、真名は埃だらけの服をパンパンと叩く。
そしてサングラスから僅かに覗く横目で恩人たる少女へ視線を向け、それからつい今まで自分の上にあった瓦礫の成れの果てを眺め、そしてそれを為した刀へと。
瓦礫の大半は木材であった、だが、だとしてもだ。
あれだけの斬撃を放ったにも関わらず、その刀身には一切の刃こぼれはなく、銀色に輝いている。
その輝きには美しさと妖しさが同居しており、尋常な業物ではないのは明々白々であろう。
「そか、それで武藤零二だけど……」
士華が言い終える前に真名はその手を差し出して遮る。
「静かに、……何かおかしいです」
真名は慎重に崩壊した部屋から外に出る。
そして懐から取りい出した扇を開くと、ふわり、と大きく周囲を仰いでみる。
そう、何かがおかしいのだ。
確かに凄まじい破壊の爪痕が刻まれていた。
見たところ、建屋のおよそ半分は跡形もなくなっている。
そして、各所から火の手が上がっており、その大火で発した黒煙により周囲は包み込まれつつあった。
如何にここが広大な敷地内であろうが、これだけ大きな爆発、火と煙とが上がれば騒ぎにならないはずがないのだ。
にも関わらず、真名の耳には何も聞こえては来ない。
正確には扇で風を手繰り寄せ、周辺の”声”を聞こうと試みたのだが、それらしい叫び声も何も届いてこないのだ。代わりに聞こえるのは足音。それも一人や二人ではなく大勢の集団のそれだ。
まるで、ここが世界から切り離されたかの様に。
ふむ、とそこまで考えが巡った時であった。
「ぎゃあああああああああ」
それは叫び声、それも今際の際――断末魔の叫びであった。
「真名さん、誰かいるよ」
「ええ、どうやらここには客人がいるらしいですね。………それも招かれざる客人が」
二人は静かに、かつ素早くその場から離れていく。
そうして先程の声の所へ向かっていく。
するとそこで目にしたのは、
「ぎゃ、ああ……ぁぁ」
声が途切れ、倒れ伏す。その背中に突き立つのは幾本もの矢。
しゅん、という風切り音が聞こえ、二人がその出処へ視線を向ける。
そこにいたのは弩を構えた無数の男達の姿。
人数はおおよそ二〇人。その恰好は手にした古典的な射出武器とは似合わない近代的な軍仕様の戦闘服。
彼ら一団は隊列を組みながら歩んでいく。
四人毎に前列に立ち、五列で進んでいる。
そうして周囲を探り、生存者を見つけるや否や、前列の四人が矢を放つ。
そして即座に後列へと下がり、二列目の四人が同様に矢を放つ。
不意を突かれた哀れな生存者は、ほとんど抵抗すらかなわず無数の矢をその身に受けて絶命していく。
その攻撃は整然としており、実に効率的。
彼らの目的が生存者の救出ではなく、抹殺であろう事だけは明白であった。
「ひどい、ひど過ぎるよ」
士華はその唇を噛みしめる。じわり、と血が滲んでいくが噛みしめ続ける。
刀を持つ手も微かに震えている。
真名には彼女の心情が理解出来た。
恐らくは今、彼女には浮かんでいるのであろう。そう、………昔の光景が。
実際、真名の目から見てもこれはもう、一方的な殺戮にしか見えていない。
先程の恐らくは、何らかの爆弾による先制攻撃は藤原の屋敷内の全滅よりも、混乱を引き起こす事が主目的であったのだろう。
これだけの爆発が起きたのだ、不意を突かれた藤原の家人で怪我一つないものはほぼゼロであろう。
屋敷の一番奥まった離れにいた真名や士華にしても、リカバーで傷そのものは塞がってはいたが、無数の瓦礫による裂傷があちこちに刻まれていたのだ。もっと爆発に近かった者達の中には相当数の重傷者がいるに違いない。
そこを狙ってのこの攻撃だ、襲撃者達は予め算段を立てていたのだろう。
銃火器を用いないのは、銃撃では相手に襲撃の察知を悟らせる可能性がある為かもしくは何かしらのこだわりであろうか。
そんな襲撃者達の前に、誰かが歩み寄っていく。
「ま、待てお前ら三条の……や、やめろぉぉぉ!!」
矢を射かけ、倒れた相手に二人が腰に備えたナイフを引き抜くと無造作に幾度となく突き立てる。
哀れだとは思えたが、これで敵が誰かもハッキリとした。
三条左京がこの攻撃を仕掛けたのだ。
彼は自身の生家に非道な攻撃を仕掛けたのだ。
(であるのならば、標的は……まずい)
真名がその場を飛び出す。
「士華さん、ここは任せます」
三条の手の者達は新たな生存者に向けて何の躊躇なく矢を射かけた。
だが、その矢は目的を果たせない。
パラパラと真っ二つにされ、地面に落ちたのだから。
「ハァハァ……」
士華が彼らの前にその姿をさらけ出す。
三条の者達は即座に列を入れ替え、矢を射かける。
だが、その矢は全て切り払われる。
「君達にどういう理由があるかは知らないけどさ、させないよ。
僕の前でこれ以上こんな事は絶対にさせやしない」
士華はそう言い放つと襲撃者達へと身構えるのであった。