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急襲

 

「もう、何処に行ったんだよ武藤零二」

 士華は彼女にしては珍しく怒っていた。

 それもそのはず、ついさっきまですぐそこにいた、男の子がいきなりいなくなったのだ。それも自分には内緒で。

 零二がいなくなった事を直感的に察した彼女は素足のままで庭先に飛び出し零二を探した。

 途中、警備に当たっていた藤原の関係者に幾度も呼び止められもした。だが、当然の事ながら彼らもまた何も知らない。零二は誰にも見つからずに外へ出たのだから。

 だから、捜索の結果は空振り。

 士華は、零二の”匂い”も辿ったものの、相手は近くにはもういないとしか分からなかった。

「……どうせ僕を巻き込むからとか思ってたに違いないよ、あのバカ」

 泥だらけの足もそのままにして、彼女は廊下を歩く。

 ギシ、ミシとした床の軋む音が今は妙に腹立たしかった。

 頬をプクリと膨らませ、どしどしとした足取りで彼女が向かう先は、屋敷の客間。そこにいるはずの彼女の保護者である。


 ◆◆◆


 居間にいたのは先だって藤原右京から依頼を受けた真名。

 ただし依頼の遂行は明日からでいい、とのことであった。

 そこでもう時間も遅くなったのと、ここ数日ろくに寝ていなかった事から屋敷の主人には許可を取った上で仮眠を取るべくこの部屋にて休息していたのだ。

「ふ、あーあ…………。そろそろですかねぇ」

 つい今まで読んでいた本は右京の部屋にあった書庫から持ち出した蔵書。

 本の題名は”呪術と信仰”。その内容は古来、世界各地にて勃興した幾多もの宗教について。著者は宗教学の教授らしい。

 内容はタイトルの如く、世界中の呪術についての考察及びに、そこにまつわる様々な神についての記述。

(良くもまぁ、これだけの事を調べて、一冊にしたものですね)

 思わず関心とも呆れとも取れる嘆息をする。

 確かに情報量は凄いのだが、これだけの情報を前にしたら普通の読者は付いていけないに違いない。

 そんな難解な書物を真名が読めたのは、元来彼が読書を好むのと、早く眠るには難解なモノを読むに限る、という著者からすれば失礼千万な理由からであった。

「…………ん。何でしょうか?」

 その記載の中で一つ気になる章があった。

 それは”奇妙な暗黒時代”という章。

 その年代は世界中の歴史の資料が極めて少なく、未だ謎の多い時代史。この書物の著者である教授はそれこそ世界中を巡って失われつつあった伝承や、口伝のみの話を集めて回ったらしく、そうした話の結晶がこの章であった。

 それによると、暗黒時代と呼ばれたその時代。不思議な事に世界各地でほぼ同じ時期に何らかの宗教が勃興したらしい。

 それらには奇妙な事に幾つかの共通点があった。

 一つ、当時それらの地域では恐るべき天変地異が頻発していたらしい事。

 それらは洪水であったり、大火であったり、または飢饉であるという差異こそあれ、いずれも各地にて人々は絶滅の危機に瀕していた。

 一つ、そうした天災と時を同じくして”異人”による攻撃を受けた事。この異人、というのが読んでいてかなり怪しげな存在であり、やれ剣で切っても死なないだの、矢で射抜いても平然とした様子であった、だのと完全に化け物扱いであり、普通であればそんな怪しい存在を信じる者はいなかったに違いない。


 だが、真名にはそうした怪しい存在に心当たりがある。そう、自分達の様な異能者(マイノリティ)だ。

 現代であっても圧倒的なイレギュラーという異能力を手繰る自分達の様な存在はいつの頃からこの世界に存在して来たのか? それは未だ誰にも断言出来ない大きな謎である。

 ただ異能者の存在は、歴史を調べていくと、常にその転換点には必ず時の英雄であったり、または暴君であったりの陰に浮かび上がる。

 それら過去の異能者の痕跡は勿論そのまま歴史に残ったりはしない。

 彼らの異能は英雄や暴君にまつわる様々な伝説の中に残されている。

 そうした伝説が英雄を更に英雄たらしめ、暴君の非道さを助長する。

 良くも悪くも歴史上の人物の引き立て役となり、歴史の陰に存在し続けた彼ら先人は果たして何処から来たのであろうか?


(どうも柄にもなく真面目に考えに耽ってしまったみたいですねぇ。それにしてもです)


 その本には気になる記述が幾つか見受けられた。

 その中で最たるものが、”神の祝福”という言葉だ。

 ある平凡な農夫が、ある親無しの浮浪児が、または周囲から蔑まれてきた少女が、その時を境に”預言者”となる。彼らは神の代弁者として様々な”奇跡”を群衆の前にて披露し、瞬く間に信仰の対象として祭り上げられる。

 ただでさえ人心の心は乱れた時に、一体どうすればいいのか分からなくなり絶望しつつある最中で、突如神という超常の最たる存在から力を得た何者かが信じられない様な力を目前で披露する。

 そして異人との戦いは激しさを増すものの、神の代弁者の指揮の下で団結した人々が勝利を収める、という結末で幕を閉じるのだ。

 そうして奇跡を起こした代弁者は、やがて神官となり、巫女となり、王にまで上り詰めるのだ。

 確かに奇妙過ぎる符号であったと思う。

 一つ一つであれば英雄譚(サーガ)として見る事が出来るであろう。

 だが、多少の差異こそあれ世界中でほぼ同じ時代に全く別の場所でそうした出来事が発生した、これはあまりにも話が出来過ぎだとしか云えない。

(そう、まるで誰かの書いた脚本通りに全てが滞りなく進められた、そんな感じです)


 そんな思考を漂わせている内に、うつらうつら、と真名は自然と船を漕ぎ始めていた。

 久方ぶりの心地の良い睡魔を前に、少しばかりの睡眠を貪ろうと、意識を切らんとしたその時であった。


「真名さん――――!」


 ピシャン、という襖の音はまさしく今の彼女の苛立ちを如実に代弁しており、半分寝かかっていた真名が目を覚ますには充分に過ぎた。

「う、わおっっ。な、なんですか士華さん?」

 驚きの余りにゴツン、とテーブルに頭をぶつけた事も気にならない。

 士華が怒っている、それは本当に珍しい事であったのだ。

「一体どうしたのですか? それに、足が泥だらけですよ」

 外を駆けたらしいのは足を見れば一目で分かった。

 草木で切ったのだろうか、脛からは僅かな血の滴りもある。

 士華がここまで怒気を露にしたのは、彼女に出会って以来、まだ二度か三度位であろうか。

 思わず手元に置いていたバックからボディシートを取り出すと士華へ手渡す。

 そこに至り、ようやく士華も自分が泥々だった事を自覚したらしい。真名の手からボディシートを受け取るとその場に座り込み、汚れた足を拭き始める。

「…………」

 ピンク色の髪をした少女は無言でただ足を拭いている。

 いつもなら閉じる事が無いのではないか、と苦笑する程によく回るその口も今は、真一文字に閉じられたまま。

 何とも気まずい空気を真名は感じ取り、ハァ、と小さく嘆息。

 話を切り出した。


「一体何があったのですか?」


 真名ももう何が起きたのかは理解してはいた。

 ここにいるのは士華ただ一人。外に飛び出したのは、誰かを探したからだろうし、ここまで怒るのは心配しているからであろう。そこまでこの少女が心を開く相手と言えば、もうただ一人だ。

 それでも、真名が士華に話をさせるのは自分の口で説明してもらう事で少しでも冷静になって欲しいからだ。

「聞いてよ真名さん。僕に黙って武藤零二が何処かに行っちゃったんだよ」

「ええ、でしょうね。先程から表がにわかに騒がしいですし」

 そう言われて士華が耳を澄ませば確かに外では人の出入りの音が忙しなく聞こえてくる。

 ざ、ざっと砂利が音を立て、廊下の床は軋みを挙げ続ける。

 こほん、と咳払いをした真名は改めて正面に腰を下ろした少女の様子を窺う。

 少しは冷静になって来たのであろうか、さっきまでむくれていた表情にも少し変化が見て取れる。真名はここで畳み掛ける事にした。

「それで、……士華さんはどうしたいのですか?」

 その問いかけはあくまで穏やかに、諭す様に。

 士華にも真名の思いは伝わったのだろう。

「アイツを見つける」

「それで?」

「とりあえずグーで殴る、それで……許したげる」

 ようやく少女に笑顔が戻る。

 そう、これでいい。目の前にいる少女に怒った顔は似合わない。

 いつでも太陽の様に明るくも、眩しく、暖かい陽射しこそ彼女には相応しい。

「分かりました。……では私にご協力出来る事は何でしょうかお姫様?」

「じゃあ、これを……観て」

 士華が取り出したのは一枚のハンカチ。零二が使っていた物だ。

 真名は物の起源を理解する事が出来る。そして同時にその物を遣っていた主の事も記憶の一部を観る事で理解する事が可能。

「では行きますよ」

 真名は士華からハンカチを受け取ると、目を閉じる。

 そうして深く呼吸を入れ、集中していく。


 観えたのは零二の考え。

 彼が折を見ては屋根へ登り、敷地内を観察している姿。

 彼はしきりに敷地内の警備状態を確認。時間帯によってどう警備員の位置関係が変化していくのかをつぶさに観察していた。つまりは零二は全くここから抜け出す事を諦めたりはしてなかった、そういう訳であった。

 だが、ここまでは一言で言うのならば単なるサイコメトリー。

 真名の真骨頂はここからである。

「く、うっっっっっ」

 深呼吸をし、更に意識を集中。

 すると浮かぶのは京都の街並みを俯瞰するような映像。

 ガタガタ、と視点が揺れるのは走っているから。

 そして観えるのは酒場へ突入する姿――――。


「う、ううん」


 ここまでであった。

 真名の鼻からツツ、と一筋の血が流れ落ちる。

 これ以上は観えない。

 士華がよろめく真名の身体を支える。

「真名さん、無茶し過ぎだよ」

「なぁに、少し横になれば大丈夫ですよ。それより、彼が今何処にいるか分かりましたよ。いいですか――」

 真名が零二が突入したらしきその酒場の名を言おうとした時であった。


 ドオン、という轟音が轟く。


 直後に巻き起こるは猛烈な熱さを伴った風とそして襖を吹き飛ばす衝撃波。

 突然の事態に二人の身体もまた吹き飛ばされる。



 男の視界に映るのはたった今自身で発した上空からのミサイルで火に包まれる屋敷の風景。


「後片付けをしろ」


 それだけ通信を入れると、臙脂色のスーツを着込んだ男は口元を歪め、パイロットの肩を軽く叩くとヘリでその場から立ち去るのであった。



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