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疾走

 

「ハァ、ハァ――――ッッッッ」

 息を切らせて零二は走る。

 こうして外に出たのは二日振りの事。

 屋敷の敷地から出るのは日中からそれとなく観察していたから難しくはなかった。

 結果的に言えば、先日までの強引な決行を躊躇ったのも役に立ったと言える。この二日という時間は、ここの敷地内を把握するのには充分に過ぎる時間であった。


 時を遡る事およそ十数分前、士華との些細な会話の後。

 自分の頭の中がごちゃごちゃになった事を自覚した零二は、気分転換にと、外の空気を吸うべく庭へ出た。

 そしてふと星でも見ようと屋根へ。そこから周囲を見回した。

 この二日間と同様に。

 しばらく何も考えずに星空を見上げ、何気なく視線を敷地へと向けて見る。

「……ン、あれ?」

 すると、屋敷内の警備に穴がある事に気付く。

 この二日間では常に誰かがいたはずだったこの屋敷の敷地内の要衝とも言うべき箇所に人の姿が認められない。改めて”熱探知眼サーモアイ”で敷地内、庭園の様子を探ってみたがやはり誰の姿も見受けられない。

 そこで零二はこの屋敷から抜け出す事を決意するのであった。


 見込み通りに警備には遭遇せず、塀を乗り越える事も出来た。

 だが、問題はその先からであった。

 塀を越えた先には別の者達がいたのだ。


 人数は二人、塀を越えた零二を認めるなり、その目を見開き殺気を放つ。初対面の相手ではあったが、その目だけで判断するには充分であった。その明らかな殺意だけで相手が自分にとって敵であるのだと。

 だから躊躇うつもりはなかった。

 飛び降りて、そのまま相手を蹴散らさんとする。

「ふへっ、」

 間抜けな声を出して一人が呻く。

 零二は勢いに任せて膝を顔面に叩き付け――そのまま体重をかけて押し倒す。

 そのまま着地した零二は足払いをかけ、もう一人を蹴倒す。

 背中を強かに打ち付けたその相手が起き上がる前に零二は馬乗りとなる。逃げられぬ様に左手で相手の右肩を掴む。そうして地面に張り付けた状態の相手の顔面に右肘を叩き込む。

 ものの、二秒にも満たない時間で二人を制圧した零二は、相手のベルトを奪うとそれで手早く拘束。

 一人は物陰に放り出し、残った一人には質問をするのであった。



「で、アンタは何処の誰なンだよ?」

「…………何の事――ぎゃ」

 バチン、という音は、相手が返答を言い終える前にデコピンがその鼻先を弾いたのが原因だ。

 たかがデコピン、されどデコピン。決して鍛える事が出来ず、人体急所の一つともされるその箇所に、ピンポイントで刺激を与える、一見冗談の様な、遊んでいるようなこの行為も使い手が理解した上で用いるのであれば立派な尋問技である。

「ハイハイ、そういうのは聞きたくないンでね。じゃ、もっかい聞くぜ……アンタは何処の誰だ?」

「…………」

「そか、ふーン」

 バコン、という破壊音は、相手の耳元。

 ぞぞ、とした震えが来る。

 パラパラ、とした欠片は彼が背にしているコンクリートの壁のものだ。

 零二のデコピンが壁に小さな穴を穿ったのだ。

(もしも、こいつがその気になったら――)

 思わず思ってしまう。コンクリートに穴を穿つ程の威力が、自分に向けられたりしたら……そう思うと戦慄せざるを得ない。

 異能者であるから、死にはしない。だが、死なないからとは言えども痛みは同じなのだ。

 そうした相手の動揺を窺っていた零二はこほん、と咳払いを入れる。そして相手のビクッとした反応を確認。


「さってと、話をしてくれる気になったかな?」

 零二は努めて笑顔で尋ねる。右手はいつでもデコピンは出来るように相手の鼻先。

 ツーンとした痛みがまだ残っている。そしてぴしぴし、と穴が広がる様な音が耳朶に届き、恐怖を煽る。

 肉体操作能力者ボディでこそないが、零二の素の身体能力もまた自身が手繰る熱操作、それに付随する爆発的な身体能力に適応出来る様に発達している。

 先程のデコピンも、ちょっとしたモノに見えるが、実際にはコンクリートにヒビを入れる位の威力は持っている事を彼はよく理解している。

(もしも、もう一度喰らったら、それも……本気で来たら――)

 このままじゃ、どうなっちまうんだ?

 グラグラとした焦燥感に苛まれる。

 そもそも、自分達がここに張り付いていたのは、命令だったからに過ぎないのだ。

 別に、目の前の相手に対して何か含む所等全くない。

 これが初対面、こんな場所で死んだりでもしたら。

 そしてトドメとなる一言を笑顔の少年は囁く。

「さぁ、言いなよ」

 その言葉はどうしようもなくだめ押しと相成った。

 そして、彼は自分の知っている事を全て吐く。


「お、おれは退魔師に所属するものだ」

「ふン、……で?」

 零二は先を急かす。少しでも時間を節約したいからだ。

 屋敷からは脱したとは言え、ここはまだそう離れた場所ではない。急いでここから離れないと、また士華や真名を巻き込むに違いない。普段こそぽやぽやとしたピンク色の髪をした少女は、存外勘が鋭い。ひょっとしたらもうバレていてもおかしくない。

「いいから言えよ、じゃねェとアンタにちょいとばかしキッツい目に合ってもら――――」

 そう言いながら拳を振り上げた零二の様子に退魔師の男は完全に恐慌を来した。指一本であれだけなのに、拳を喰らいでもしたらどうなるのか、それは火を見るよりも明らかであった。

「――うひぃっっっ、く、詳しい事は何も知らないんだ。おれ達もほんの二時間前にここに来る様に指示が来て、それであんたの顔写真を見せられて、屋敷から出てこないかを見張れって、それだけだ」

「……ホントか?」

 零二はいよいよその目を細め、睨み付ける。

 相手が何か嘘や隠し事をしていようものなら、躊躇せずにぶん殴る腹積もりであった。

 だが目の前の相手は、どうやら本当に何も知らされていないらしい。心底零二を恐れているのか、ガタガタとした震えは止まらず、目にはうっすらと涙が浮かぶ。演技ではなく、本当に怯えているらしい。

 ハァ、と一つ息を付く。


「わーったよ、信じてやるさ。ならあと一個いうこと聞いてくれるかい?」

 一転して笑顔を浮かべる零二に対して、退魔師の男に抗う、という選択肢はもう存在していなかった。



 ◆◆◆



 かくて、現在。

 零二は京の街を疾走していた。

 目指すは、とある酒場。

 そこに”情報提供者”がいるはずなのだ。

 京の街もまた、何処の街と同じだ。

 大通りはきらびやかで、華やかだ。ただし他所とは違うのは大勢の観光客がここにはいる事だ。

 九頭龍の繁華街もかなりの人通りで溢れ返っているのだが、ここは段違いだと思えた。九頭龍もまた発展著しく、大勢の人々が集う街だが、ここには”歴史”という武器があるのだから。

 そんな華やかなりし街を眺めながら零二は駆ける。

 ただし、彼が疾走するのは大勢の観光客で溢れ返る大通りではない。

 ガタガタ、と足元が弱冠不安定なその場所は建物の上。

 そう、零二が道にしていたのは屋根の上であった。

 如何に多くの人の目が有ろうとも、万が一、トチ狂った誰かが街中で仕掛けて来ないとも限らない。

 大まかな状況は真名から聞き及んでいたのだが、実際に直面すると実際の状況が如何に緊迫しているのかは、肌で感じ取れた。


 ここに至るまでにかれこれ一〇人ばかりの異能者マイノリティを零二は返り討ちにして来た。

 内訳は防人が一回で、あと二回は退魔師らしかった。

 連中は、特に退魔師の連中はこれ迄に無く殺気立っていた。

 それも無理ならかぬ事であろう、そう零二も思う。

 何せ、自分にかけられている容疑とは退魔師の元締め殺害疑惑なのだから。

 自分が知らない内にあの瀬見老女は何者かの手にかかっていたらしい。無論、零二には全く身に覚えのない事だ。

 だが、最後に接触したとされるのが自分であった事から、そして連日の異能者殺しの容疑をかけられていたのが決め手であったらしい。

(ったく、最高に面白れェジョーキョーだよな……こりゃさ)

 クク、と見事なまでに全部の容疑が吹っ掛けられている事に笑いすら洩れる。

 返り討ちにした連中はとりあえず物陰に隠してきてはいるのだが、追跡者は多い。いつ発見されるか分からない。

 これは最早時間との勝負。

 零二が早急に情報を集めていき、容疑を晴らせるかどうかの。



「見えた、ここだッッッッ」

 急ブレーキをかけて足を止める。勢いに負けたのかビシビシ、と何枚かの屋根瓦に亀裂が入り、または砕ける。

 目指す酒場の看板を確認。あの退魔師から聞いた店で間違いないと確信した零二は迷わずに下へ飛び降りる。

 まるで猫のように四点での着地を決める。そうして這う様な低い姿勢から突進――ドアをぶち破る。


「何だぁ」

「何処のジャリガキだ、ああん?」

 そこにいた人相の悪い男達は、どう見ても筋者で間違いない。

 この店は今晩営業はしていない。

 今、ここにいるのは退魔師達を支援している連中のみ。

 この酒場は今、そうした支援者達が捜索拠点として借り受けており、いるのは無関係の一般人ではない。ならその素性は、

「ワシらが三条のモノだと知っての殴り込みかぁ」

 先頭にいた禿頭の男が自分から名乗りを挙げた。聞く手間が省けて良かった、と零二は口角を吊り上げる。

「そ、か。なーる、三条ねェ……」

 乗っけからどうやら”当たり”を引いたらしい。

「っつうコトはさ、アンタら【三条左京】の手駒って認識で合ってるンだよなぁ?」

「何だ小僧、軽々しく我らが主の名を呼ぶとは――うっ」

 途方もない気配に思わず身構える。ここに至り彼らも気付いた。

 目の前に、殴り込みをかけて来たのが単なる鉄砲玉の類ではないのだと。そう、自分達にとっての賞金首たる少年なのだと。

「小僧、いい度胸だ。ここで半殺しにしてやる」

 傍らに立て掛けていた木刀を手にし、一足で間合いを詰める。そうして胴を切り払う様な勢いの一撃を放つ。

 そう、彼らもまた”武藤”の家と同様なのだろう。

 一人一人が戦い慣れした連中であり、下手な退魔師や防人よりも腕が立つのであろう。

 だが、零二に焦りの色は見受けられない。

 唸りを挙げて迫る木刀を零二は無造作に左手で掴む。そして引き寄せるや否や――右肘を禿頭の相手の顔面に叩き込む。

「ぐぎゃあっ」

 哀れな男はカウンターへ叩き付けられる。

「貴様、小僧っ」

 三条の手の者達が怒気も露に、零二を取り囲む。各々が得意な得物を携え、零二の隙を窺おうとする。

「いいから来なよ、それとも何かい。たった一人のガキを相手に怖じ気ついちゃうのかぁ……三条も大したコトもないな」

 その言葉は彼らの怒りを瞬時に沸騰させた。

「ジャリガキが」「いてもうたれ」「調子に乗るなや!」

 叫びと共に一斉に飛び掛かるのであった。


 

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