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戦いの合間に

 

 午前九時過ぎ。

 本来であれば京都が喧騒に包まれる時間帯。

 いや実際には喧騒に包まれつつあった。

 だがここはそういった雰囲気を感じさせない。まるでそう、この場所だけは時が止まったかの如くに。

 京都の、それも御所の近くという立地にあって広大な敷地を持ったある屋敷。

 そびえ立つ塀の高さは軽く一〇メートルはあるだろうか。

 塀を越えた敷地内はと言えばまるで観光名所の庭園の様な景観を誇る。

 きちんと手入れをされた木々に、程よく苔むした池には鯉が優雅に泳いでいる。

 あまりにも広大で、下手をすると迷子になりかねない、そんな場所だったがよく見れば玉砂利で道が作られており、それに従えばやがて平屋が見えてくる。

 もっとも平屋、とはいってもその高さは六メートル。ほぼ三階建ての大きさを誇っており、おまけにまるで寺社の様な荘厳さを誇っているのだが。


 そんな建屋の庭先にて。

 ぶつかり合う二人の姿がそこにあった。


「ずあっっ」

 気合いのこもった声と共に繰り出されるのは風を切る勢いの零二の右拳。

 それを、

「よっと、うっわ。あっぶなぁ」

 ひゅー、と口笛を吹きつつ、士華が後ろへと転がる。その様子から察するに、まだまだ余裕があるらしい。


 朝食後、縁側で暇を持て余していた士華が演舞をしていた零二に関心を持ち、急遽手合わせをする事に相成ったのだ。



「まだまだぁッッ」

 零二の追撃。大きく一歩を踏み込みながら――後ろへと下がった相手へ前蹴り。狙いは適当、当たれば何処にだって構わない。速度を重視しているので威力も二の次。士華はそこまで思い切りよく攻撃が来るとは思わなかった。もっと強い一撃が来る、そう思っていた。

「くっ」と舌打ち混じりに両腕を交差させ、直撃を防ぐ。

 だが、そこに至るまでの勢いの差か、零二の蹴りに押し切られる格好で士華の身体が後ろへと吹っ飛ぶ。ばん、と地面を跳ねて幾度も転がる彼女へ零二は狙い済ました――容赦ない右の飛び膝を放つ。

「もらったぜ」「――まだ」

 士華はそこで前へ飛び出す。スライディングしながら零二の軸足である左足を削る。

 バランスを崩し、今度は零二が転がる番であった。ただし零二とて様々な状況下でも動ける様に身体へ教え込んでいる。自分から前方へ飛び込んでいき、相手の追撃を避ける。

 互いに向かい合う形となって……対峙。

「ちェ、こりゃケリつかないかな」

「うん、そだね。やるね武藤零二♪」

 手合わせが余程楽しいらしく、二人は互いに笑い合う。


「いやぁ、凄い凄い。君達は軽業師でもやっていけそうだね」

 その二人のぶつかり合いを、諸手を挙げて喜んでいるのは真名である。

 縁側に座布団を敷いて、尻を落とした和装の青年は持ち込んだ煎餅を噛りつつ、たまに緑茶をすする、とまぁすっかりくつろいでいた。

 そのおおよそ二〇代とは思えぬ老成した姿に一〇代の少年少女は完全に呆れている。


「ちょ、爺様かよアンタは」「あーあー、もう若くないんだね」


 と、容赦のない言葉を投げ付ける。

「うん、君達辛辣ぅ」

 はは、と真名は苦笑しながらと言いつつ、それでも居住まいを正す様子は見受けられない。縁側でのほほんとしたまま眺めている。


 気を取り直した零二は獰猛な笑みを浮かべる。

「ま、いいや。シカ、続きしようぜ」

 そう言いながら不意打ちの腕刀を勢いよく振り回す。

「うわたっ、武藤零二ズッコイぞ」

「へっ、何言ってンだっつうの。油断大敵ってヤツだぜッッッ」

 本当に嬉しそうに無邪気に笑いながら零二が無数のジャブを放ち、それからストレート。不意打ちという状況も手伝ってか、一気呵成に攻め立てていく。しかし士華もその零二からの攻撃に対応していく。ジャブを顔を左右へ逸らし躱す。ストレートには腕を掲げてのガードから腰を捻りながら肘で受け流しながら、右手刀を零二の首へ当て押し飛ばす。自分から仕掛けていた勢いも手伝い、零二の身体が大きく前へ泳ぐ。

 攻守が代わり今度は士華から仕掛ける。

 士華はその場で回転しながら浴びせ蹴りを放つ。零二は上半身を仰け反らせて躱す。着地した士華はその場で水月蹴り。零二の足を払わんとする。零二はそれを予期していたのか後方へ飛び退く。

 士華が叫ぶ。

「まだあだぁ」

 素早く立ち上がり、飛び込む士華はそのまま己の身体をぶつけようとする。華奢で自分よりも軽いとは言えども、素早く鋭い体当たりは強烈そのもの。零二は後ろへ派手に吹っ飛ぶ。

 更に士華が追撃。二歩で間合いを潰し、腰を捻りながら回し蹴りを放たんとした。

 だがそこで零二が反撃に転じる。狙いすまされた右回し蹴りを左肘で払いのけた。そしてそのまま右拳を交差するように相手の顔へ放つ。完全に決まったはずのカウンター攻撃であった。

 だが、

 パン、という手を叩く音と「はい、そこまでです」という声に両者は動きを止めた。

 二人はその声の主、つまりは真名を睨む。

 思ったよりも鋭い視線を受けて和装の青年はたはは、と苦笑。

「いやいや、ここいらで止めないと異能まで使いそうでしたので、つい、ね」

 スミマセン、とばかりに頭を下げる。

 その年長者の物腰に少年少女はすっかり興を削がれた。


「ま、確かにな」

 零二は拳を顔面直前で止めていた。

「ちェ、決まったかと思ったンだけど……甘かったみてェだな」

 残念そうな表情を浮かべているが、不思議と悔しさは感じていない。そう、今のでも彼女は倒せなかった事だろう。

 何故ならあの瞬間、

 士華の目は見開かれていた。

 そこには相手に追い詰められたという危機感は微塵もなく、ただ冷静に対処しようという本能だけがあった。

 現に零二の拳は寸止めであったのだが、士華の顔は前に突き出されていた。つまりは拳狙いの頭突きを放とうとしていたのだ。

「うん、残念だね武藤零二♪」

 拳から顔を逸らしたピンク色の少女もまた笑顔になっている。

「にしても、さっきの派手に吹っ飛んだのって……」

「ああ、自分から飛ンだ」

「そっかぁ、手応えがあまりなかったからそんな気はしてたんだよねぇ」

 二人はめいめいに少し離れた木陰に移動。足元にあったタオルで汗を拭い、用意されていたスポーツドリンクを口にする。


「これはこれは、お二人共に素晴らしいお手前でした」


 賞賛する声の主はこの屋敷の主人である、藤原右京。

 車椅子に乗せられたその顔色は相も変わらず青白く、まるで幽鬼の如しである。

 真名は無言で屋敷の主を見やる。

 一般人である彼からすれば零二にせよ、士華にせよどちらもオリンピックのメダリストの様なモノだ。あまりに人間離れし過ぎている。だが、そんな二人に彼は嫉妬する様な様子は見受けられない。


(まぁ自分が一般人だとしても、周囲には異能者が常にいたのでしょうし、今更別段驚く事でもないという訳でしょうか)


 とりあえずそう思う事にして会釈をする。

 藤原右京もまた頭を下げて挨拶を返す。

 零二と士華はまだまだ暴れ足りないらしく、またぶつかり合う。


「いやぁ、本当にお二人共に素晴らしい。あれだけ激しく動いたばかりでああも動けるとは……異能者とはかくも凄いものなのですね」

「ああ、でもあの二人はまぁ、……その異能者マイノリティの中でもかなり外れていかすからねぇ。

 話を戻しましょう。自己紹介をさせていただきます。私は真名、京都にてしがない探偵業を営んでおります。

 藤原右京さんで宜しかったですね?」

「ええ、歩く事もままならない、この通りの半人前の身体ながら過分な役割を務めさせてただいております。

 それでお呼び立てしたのは私の兄の件です。もう聞き及びになっているとは思うのですが……」

 車椅子の男は申し訳なさげに言い淀む。

 何も出来ない自分の無力さを痛感しているらしく、肩を震わせている。

「いえ、こうしてあの二人を助けて戴けただけで充分に感謝しております。有難うございます」

 真名もまた、申し訳ない気持ちで一杯であった。

 何せ、士華は複雑な事情の末に自分が身柄を引き取った手前もあるのだし、零二についても恩人である加藤秀二から託されたのだ。

 もしも、昨晩目の前にいる車椅子の男がヘリで向かっていなければ今ああして二人で手合わせ等出来ようもなかったのかも知れない。

 寧ろ自分こそが、という思いである。


「いえ、少しでも兄の不始末の、その犠牲を減らせるのでしたらどんな事でもしなければならないのです」

「兄君と貴方では状況も立場も違うのですから、あまり必要以上に気に病まない方が宜しいかと思いますよ。

 しかし、こうしてお互いに謝ってばかりではなかなか話が進みませんね困ったものです」

「確かに、そうですね。ふふふ」

 ははは、と藤原右京が笑う。それに釣られる形で真名もまた笑う。



「ン? どうした」

「何か笑ってるなぁ、って」

 零二と士華は二人の大人が突然笑い出した事に思わず反応。互いの手を止める。

「ンで、シカはどう思ってる?」

「どうって……何がさ?」

 キョトンとした真顔でピンク色の髪の少女が聞き返してくる。

 零二は、自分もあんまり細かく物事を考えない、と自覚していたのだが、上手がいるのだと認識。思わず苦笑する。

「ちょ、武藤零二。何なのその笑い? ……何だかすっごくムカつくんだけど」

 物事を考えない年上の少女も流石に目の前の年下少年の今の笑いが自分を馬鹿にするものだとは気付いたらしい。頬をぷくり、と膨らませて怒り出す。

「ハイハイ、ゴメンゴメン」

「ハァ、……もういいや。反省の色が伺えないよ」

「悪い、悪かったって」

 流石にからかいすぎたと、思ったのか零二も申し訳無さそうな表情で士華に謝ろうした。

 その次の瞬間。

「あれ?」

 言うのと同時に零二は地面に大の字に転がっていた。

 そしてその様を見下ろすのは、

「ヘッヘー。油断大敵火事親父だよってね♪」

 自慢気に口元を尖らす士華であった。

「…………」

 一方で、零二は地面に大の字にされた悔しさよりも、驚きが勝っていた。

(ジュードーか、今のは?)

 零二もこれ迄に散々秀じいとの手合わせで投げ飛ばされてきた。

 だが今のは違う、そう思えた。

 思わずキョトンとした顔で士華を仰ぎ見て……問いかける。

「なぁ、…………」

「え、なにさ?」

 零二は跳ね起きるや否や、

「今の技――教えてくれよ」

 そう目を輝かせて尋ねるのであった。


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