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左京と右京Part2

 

 気が付けば数年もの時が経過していた。

 俺は三条左京として、その名を知られる様になる。

 それはある者には畏怖の対象であり、またある者にとっては尊敬の対象であった。

 俺は物事に対して、常に公正であらんと考え、実行した。

 自画自賛と思うが、悪くない。正当な評価だと思えた。


 三条の名を継いだ歴代の中には己が野心や栄達の為だけにその権力を行使した愚物もいたそうだが、俺にはそんなモノは下らないモノでしかない。

 三条とは、この古都を守りし者。

 即ち守護者。

 異界からの介入を水際で防ぎ、一般人に害をもたらさぬ様に努めねばならぬのだ。

 権勢欲等を抱く暇があるのであれば、どうすればこの地を守れるのかに考え至るべきなのだ。


 幸いにも退魔師の長とは良好な関係を保っていた。

 あの瀬見という老女は、見た目こそ妖怪じみているが、常識人だ。話せば大抵の事は丸く納めてくれる。

 問題は防人の方だ。

 あちらはつい先日元締めが入れ替わった訳だが、どうにもキナ臭い評判の”男”だ。

 聞き知っている限り、その男は京都に来てほんの二年目らしい。

 防人は代々”妙”という名を継いだ女性が元締めをしているという慣例があったのだが、それを破ってまでその男は元締めとなった訳だ。しかし、その男は何やらよその異能者の集団とも繋がりがあるらしい。


 挨拶こそ丁寧ではあったが、俺はその男をどうしても好ましくは思えなかった。

 薄っぺらい笑顔、軽薄な物言い。着飾った服は高級ブランドのスーツなのだが色が臙脂色。

 そのまるで怪しい金融関係者の様な出で立ちを目にして信用など出来そうもない。


 とは言え、何か問題を起こした訳でもない。

 しばらくは捨て置こう。そう思った。

 そんなある日の事だ。


 三条の屋敷に一人の侵入者が現れた。

 無論、警備は万全であり、その侵入者は敢えなく囚われたのだが、どうも妙だった。

 何故なら、その侵入者は三条左京に話がある、の一点張りだったからだ。

 興味を引かれた俺はその相手に会う事にした。


 侵入者はまだ一〇台の少女。それも聞くところによると、先日引退した防人の先代元締めの可愛がっていた者だと名乗った。

 顔立ちはまだ幼い、確かに少女だ。だが、驚く程に聡明でしたたかなその少女が、何故屋敷に侵入等試みたのか?

 俺は問いただす。

「名前は?」

「…………」

 少女は答えない。

「何故名乗らない?」

 もう一度問う。すると、相手は口を開く。

「あちきには、まだ名前がないからさ」

「ほう、それはどういう事だ?」

「今の防人の元締めは京都に仇なすつもりだ」

「…………続けろ」

「あの野郎は慣例を破らせた。汚ねぇ手管で先代を骨抜きにしたのを目にしたんだ」


 その話は京都にとって危険極まる話だった。

 俺は裏を取って、その上で行動を起こした。

 事前に瀬見老女に協力を要請、どうやらあの少女は先だってあの老女とも面談したらしい。大したヤツだ。


 結果的に男は、京都にてある妖を解き放とうとしていた。

 その為の準備として、妙に近付き、そして防人を乗っ取ろうとしていたそうだ。

 男は激しく抵抗したが、最後には俺の手で斃した。

 奴の仲間は全滅、これで一件落着に思えた。


 あの男は、あるモノを封印していた。

 それは古びた箱に入れられていた。オオグチ、という名の異界からの妖の入った箱。

 何でも、無尽蔵に肥大化するその妖は上手く使えばどんな事でも叶う、とか聞いた事がある。

 馬鹿馬鹿しい、そんなモノを放てば街が大変な事になる。

 だから俺は封印する事にした。


 あの少女だが、その後防人の元締めとなり、妙の名を継ぐ事になる。全く、油断ならない相手が元締めになったものだな。

 俺は思わず苦笑した。



 ◆◆◆



「えっと、つまりは、なンだ。アンタの兄貴がおかしくなったのはこの数ヵ月のコトってワケだな?」

「ええ、それまで兄は多少強引な事こそあれ、全ては街を愛するが故でした。ですが、その頃からか独善的になり、蠢動する様になったのです」

「うーんとさ、じゃあ何でその左京さんはおかしくなったワケ?」

「それが……お恥ずかしい話ですが、皆目見当も付かないのです」


 藤原右京は、困惑した表情を浮かべる。

 車椅子の男からの話は要約するとこうであった。

 一つ、三条左京の行動がおかしくなったのはこの数ヵ月程の事。

 二つ、それまではこの京都を守るのだという強い使命感を抱いた好人物であったのだ、という事。

 三つ、どうやら今現在、彼は三条の屋敷にはいないという事。


 だが、問題が一つ。

 零二がそれを口にする。

「結局、三条左京の目的がわっかンねェンだよなぁ」

 帰結するのはそこであった。

 三条左京が、この一件の黒幕であるとして、あのオオグチという怪物をどうしたいのかが今一つ不鮮明なままなのだ。


「あの怪物、倒しちゃったからもう安全……なワケないかぁ?」

 士華が首を傾げる。

 彼女はこの件について多くを知らない。

 あまり細かい事を考えないピンク色の髪をした少女に、真名はこの件で調べた事をあまり語らなかったらしい。

 その理由というのは。

「んー、あんま細かい話とか聞いてて疲れるし」

 という事だった。

 士華、という少女はその小柄で華奢な見た目から想像しにくいのだが、完全に脳筋キャラであった。


「どうやら、その真名さんが来られるのを待ってから一度話をした方がいいみたいですね」


 藤原右京はそう結論を出すと場を解散する。

 とりあえず零二と士華には屋敷内を自由にしてください、と言うと家人に連れられ、ダイニングを後にする。


 士華は縁側にて足を投げ出し、寝そべっている。

 スー、スー、とした寝息を立てての昼寝タイムであった。


 一方で、零二はと言うと。


「ふっっっ、…………せやっ」

 拳を突き出し、蹴り足を見舞う。

 それはゆっくりとした動作で、傍目から見るとまるで日本舞踊の様でもあり、または太極拳の様にも思える。

 すうう、と息を吐きながら手をかざし、呼吸を止めると目を閉じて決められた型を取っている。


 これは武藤零二という少年が日課として毎日行っている演舞。

 零二の戦闘は近接戦闘に特化している。

 だが、彼には確たる格闘技を習った事は一度としてない。

 あの忌まわしい”白い箱庭”でも、そしてこの二年間も一度として習った事はない。

 その技の一つ一つが、彼がその場で思い付いたものであり、即興。だからこそ、彼の技は荒くて、到底洗練されたものとは言い難い。

 だが、故に”自由”。

 勿論、手合わせするとそれぞれの格闘技や武術に習熟した相手に遅れを取る事も多い。

 それに後見人にして執事であり師匠でもある秀じいに対しては自分が一本取った事など、この二年間でほんの三回か四回しかない。

 しかし、それでいいと思う。


 秀じいが日頃からよく言っていた。


 ――負ける事は恥では有りませぬ。大事な事はどんな逆境に於いても【心】を折らない事です。

 いざ戦いに於いて、己よりも力量が勝る相手と合間見える事も有るでしょう。

 ですが、真剣勝負の場に於いて最も大事なのは、己の未熟さを理解してもなお、屈しない事です。

 良いですか、未熟とはまだ先があるのだという事です。

 下を見てはなりませぬ、前を向いてください。どの様な窮地であっても、必ずや打開する機会は存在するのですから。


(そうだ、オレは弱ェ……まだまだな)

 手刀を振るいながらそう思った。

 思い浮かんだのは先日の無残な敗北。

 あの禿頭の大男の姿に、柄にもなく動揺した。

 イレギュラーの威力はマイノリティの精神状態に大きく左右される。

(そンなヤツと戦おうってのに、あンなに動揺しちゃあ、勝てるワケねェよな。……なっさけねェ)


 だからこそ、零二は思った。

 もっと強くなる必要がある、と。

 以前よりも熱操作もスムーズに出来るし、昨夜はこれまでマトモに使えなかった”シャインダブル”も使える様にもなった。

 確実に一歩、また一歩、進歩している。

(だけど、まだだ。もっとオレは自分の力を使いこなせなきゃならねェ。あの男、藤原新敷に勝つ為に)


 そんな零二の様子を、

「ふーん、頑張るじゃん武藤零二」

 いつの間にか目を覚ましていた士華が目を細め、興味深そうに眺めているのであった。


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