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藤原右京

 

 ヘリ内の空気はにわかに緊迫、剣呑さを増していく。

 零二は相手の一挙一動を見逃がすまい、と目を細めており、その様はさながら獲物を狙うキッカケを窺う肉食獣の様であった。

 士華も流石に今は黙してる。元来楽天的な性格のピンク色の髪の少女も相手の正体が気になるのであろう。

 ただし、彼女は疑念こそあれここで戦いを行うつもりは毛頭無かった。もしも横に座る零二がもしも……力に訴えるのならば止めるつもりだった。ここは既に上空なのだ……それも高高度の。

 こんな場所から墜落でもすれば、如何にマイノリティが常人離れした生命力を持っていたとしても、無事では済まない。

(それにここの下は……)

 そう、下は京都の街。こんな場所で落とせば間違いなく大勢の犠牲者がで出るのは必定だった。


 彼女としては珍しく厳しい視線を零二も感じていた。

 元より、彼もここでヘリを墜落させる様な行動に訴えるつもりはない。

 だが、彼は士華程に他者を信用しない。これまでの僅か十数年の、それでも普通からは程遠く暗くて濃密な人生経験から学んだ幾つかの事。

 その一つが、

「アンタにゃ悪いンだけどさ、……オレは自分の窮地に都合よくいきなり助けが来るなンつう幸運とかは信じねェ。

 それにアンタ、オレを知ってるみたいな言い回しだったが、オレはアンタを知らねェ。…………一体何もンだよ?」

 そう言う零二の目がギラつく。下手な言い訳でもしようものなら、という雰囲気がありありと士華にも伝わる。

「…………」

 士華も、全て同意とはいかないまでも、この状況が上手く出来すぎだとは思っていた。だから、敢えて止めない。

 二人の視線が、和装の男へ一心に向けられる。


「はは、これはどうも参ったね」

 男は苦笑しながらこほん、と咳払いをする。そして、襟を正す。

「私の名は【藤原右京】。……武藤零二君、君ならこの名字が何を示すかは分かるはずだよ?」

「てめェ!!」

 零二は激昂して、相手の胸ぐらへと掴みかかる。

 ゴホ、と苦しそうに呻く藤原右京は零二に抗う素振りすら見せない。ただ、為すがままといった様相。

「ちょ、止めなよ武藤零二!」

 流石に士華が割って入る。零二の肩を掴むと、そのまま引き剥がしにかかった。

「離せシカッッッッ、コイツは藤原の人間だぞ!」

「僕には何の事かサッパリだよ。だけどね、今の君が冷静じゃないってコトはよく分かるよ。

 とりあえず落ち着いてくれよ。じゃないと僕も、……手荒にやるしかなくなるよ」

 ドスの利いた声色は頭に血の昇っていた零二に冷や水をかけた。

 思わず横の少女を省みて、ハァ、と溜め息を一つ。

「わーったよ、何もしねェさ。少なくとも今は、な」

 肩を竦めると、席に付く。

 藤原右京は安心したらしく、さっき同様に柔和な笑顔を浮かべると話を続ける。

「悪かった、唐突過ぎたらしいね。どうも私は物言いが良くないらしい。この通りだ、すまなかった」

 頭を下げて謝罪する。

 流石の零二も、目上の人間にそこまで頭を下げられると、もう怒るに怒れない。

「いや、いいよもう。オレも少しせっつき過ぎたしさ」

 罰が悪いのも分かっているので、後頭部を掻いて誤魔化した。


 少し間が空く。


 零二は眼下の景色を眺めてみる。

 先程に比べて、ヘリは高度を落としたらしい。目的地は近いのかも知れない。


「それでは話をしましょう。何故私が清水寺へとヘリを向かわせたのかを。事の起こりは私の兄である藤原左京、いえ世間的には三条左京の暴走に起因しているのです」

「……三条?」

「ええ、ここ京都での藤原の長が継ぐ名字、とでも言えばいいでしょうか。代々、ただ一人だけが名乗る事を許されます」

「ちょっと待って。三条って云えば防人の【スポンサー】の一人だって聞いたコトがあるよ。その三条なワケ?」

「ええ、その認識で間違いは有りません。確かに三条の家は古来より代々京都全体の異能者マイノリティに支援を行っています。その目的はこの都の異能にまつわる様々な怪異の鎮圧です」

 藤原右京の話に零二が頷いた。

「成程な、道理で京都ここにやたら大勢のマイノリティがいても平気なワケだ。要は、藤原一族が抑えている土地ってこった。

 そンでWDにWGがここに進出するのを遮ってたワケだ」

「でもさぁ、それで何でその三条左京って人が暴走しちゃうわけさ? ……正直ちょっとおかしいよね」

 その士華の疑問はもっともであった。

「それは……」

 藤原右京は口ごもる。どうにも答えにくい問いかけだったらしい。


 と、ヘリが着陸したらしい。

 景色は街中ではない、何処かの庭らしい。

 ヘリから降りると、そこはどうやら屋敷の敷地。

 周囲は塀によって全く見えず、外とは隔絶されているらしい。

 大勢の警備員が油断なく気を配る様子はここが藤原の屋敷である事を如実に物語っている。


「まずは風呂に入って下さい。汚れを落として、リラックスしていただいて……それから話をしましょう。今度はキチンと説明しますから」


 表情を緩めた藤原右京が車椅子に座ると、家人に引かれ、そのまま先へと進んでいく。入れ替わるように別の家人が二人の元へ歩いて来るのが見えた。

 残された格好になった零二が横の少女に話し掛ける。

「だとさ、……どうするシカ?」

「うーん、まずはお風呂に入ろっかな」

「オイオイ、ちっとは警戒心とか抱けって」

「んー、……何で?」

 士華は緊張感の抜けた声で問う。如何にも眠そうだ。

「ここは藤原の敷地だぜ。どんな罠があったっておかしくない」

「そっかー…………気を、つけな……」

 言い終わる前に士華が倒れそうになり、零二にもたれ掛かる。

 うお、と驚きの声をあげる零二であったが、ピンク色の髪の少女が単に寝ただけだと知ると、ひと安心したのか表情を緩める。

「わーったよ。オレが面倒見りゃいいンだよな、……シカ」

 苦笑しながらも年上の少女の身体を背負うと、側に控えていた家人の案内に従って歩き出すのであった。



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