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撤退

 

 それは突如始まった。

 突然、彼らは感じた。強力な力の流れを。

 この地を抑える力の流れが狂っていくのが分かった。

 まるでそれは巨大な渦のように周囲を呑み込まんとしている。


「な、何事か?」

「これは……一体?」

 三条左京が周囲を見回し、真名が息を飲む。

 異変が起きた。

 グラグラ、と足元が大きく揺れる。

 ピシピシ、と地割れが発生する。


「どうやら何か変事の様ですね、どうしますか? まだ戦いますか?」

「く、どうやらここまで、か。ふむ、まぁいい。次は仕留めてみせる」

「いいんですか? ……あのオオグチは」

「あんなものどうでもいい。所詮は下等生物に過ぎぬ。

 そもそも――ちっ、ここまでだ」


 そう言うと臙脂色のスーツの男はその場から立ち去る。

 一方の真名は、表情こそは笑っているが、その扇の裏の目は真剣そのもの。

 真名は相手の、その姿及びに気配が消えるまで警戒を解かない。


「ふぅ、居なくなった様ですね」


 三条左京が完全に消えたのを確認すると、ようやく一息付く。

 一見すると、互角、もしくは真名が優勢に事を進めていたのだが、実情は違う。

 相手の異能イレギュラー、つまりは物質マテリアル超加速アクセラレィションに対して真名は扇を振るい、風を巻き起こして対応していたのだが。真名はギリギリの所で凌いでいたに過ぎなかったのだ。

 確かに真名の起こした風は、相手の攻撃によく対応していたのだが、彼には分かっていた。

 あの悪趣味な臙脂色のスーツの男はまだ本気ではなかったと。

 対峙した相手の力量を測る為に、様子見をしていた。大方そういった所だろうか。

 幸いにも相手が真名の真意を読めなかったのが幸いした。

 何故なら、もしも本気でぶつかり合ったなら互いに無事では済まなかっただろうし、負けこそしなかっただろうが、恐らくより深手を負うのは自分であった事だろう。


(何せ、私の本分は風使いじゃあないですからね)


 そう、真名の異能は通称”起源遣オリジンい”。

 物に備わる本来の能力、即ち”物の云われや本質”を引き出す能力。

 例えば、彼が持つ扇。

 扇とは古来、神や天狗の呪宝とされた物。

 または古来戦さに及び、その戦さに勝たん為に軍師が神へ祈りを捧げるのに用いた物。

 他にも様々な神事に於ける舞踊に用いられたり、そもそも扇とは神が世界を渡る為の乗り物だという考えだってある。

 そうした様々な逸話の結果、扇には幾つもの”伝承いわれ”が付いた。

 つまりは扇とは、霊力の”依り代”であり”魔除け”等の力を持つのだ。

 こうした様々な物の由来にまつわる伝承こそが起源。

 それを理解した上でなら扱えるのが、真名の異能。


 今の場合ならば、魔除け。

 迫り来る災いを扇を振るう事で薙いだのだ。


 他の道具も、起源を知ってさえいればそれに応じた能力を使えるので、状況に応じ柔軟に対応する事が可能なのだ。

 一見すると万能にも思える異能ではあったが、当然弱点もある。

 まずはどんな物でも扱える訳ではない。

 知らない道具、理解しきれていない道具は起源を扱えない。

 それから、あくまで道具の起源に応じて発動する能力であり、彼自身の能力ではない。

 あとは本職のイレギュラーには敵わない。

 例えば、彼の扇で発した風は、本当の風使いが手繰る風と比すれば弱いのだ。

 そして、何よりもあまり長時間使えない事だ。

 真名が視線を手元へと向ける。

 手にした扇は既にボロボロになっている。

 彼が持っていた扇は一応はとある由緒正しき神社からの贈答品なのだが、それでも戦闘に用いれる時間はせいぜい数分。

 市販品なら、もっと耐久性に欠けているはずだ。

 つまりは強力な能力を発揮するには、その分、優れた道具が必要になるのだ。


「何はともあれ、ここから離れた方が良さそうですね。

 ……流石に士華さんと零二君も逃げてくれましたよね」


 嫌な予感を覚えつつも、真名はこの境内からの脱出を図るのであった。



 ◆◆◆



 ほぼ同時刻、地主神社にて。

 彼らもまた突然の出来事に泡を食っていた。

 周囲の景色が一変していく。

 美しかった清水寺境内が見る影もなく、破壊されていく。


「な、なンだこりゃ――どうなってンだよコレ?」

「さぁね。何にせよここはもうマズイ、逃げなきゃ武藤零二」

「だな、ワケ分からねェぜ、ったく」

 流石に零二と士華の二人もこの異常事態を前にしては、逃げを選ぶ。

 少なくともここでの敵はもういないのだ。

 ならばこの場に留まる必要ない。それは至極当然の結論だった。

 即座に撤退を始める二人。


 だが、二人の道は大きく寸断されつつあった。

 地割れがあちこちに発生して、行く手を遮らんとする。

 目の前の石段が完全に地割れに呑み込まれ、突如道を見失う。

「わ、道無くなった」

「ち、鬱陶しいぜ――シカッッ」

「りょーかいッッ頼んだぜぃ」

 先行していた士華は零二の言葉に反応。即座に横へスライド。その俊敏さはさながら猫の様ですらある。

 せっ、と息を吐くや否やで零二は熱代謝を高め、突貫。目指すは視線の先、一本の樹木。右腕に意識を集中させる。燃やすのではなく、叩き切るイメージ……そう斧の如く。

「でらああッッッッ!!」

 右の腕刀が狙い通りに樹木を力任せに叩き折る。

 ミシミシ、と折れて倒れ来る幹を零二は抱える。重さは軽く数百キロはあるだろうか。その重量を肩に乗せ抱えると一気に寸断された石段へと掛け、即席の橋を作る。

 士華は迷わずに走り込み、零二も続く。

 二人が渡り切るとほぼ同時に地割れが広がり、橋は無残にも地の底へ吸い込まれていった。


「間一髪ぅ、サンキュね」

「感謝すンなら後でたい焼き奢ってくれよな」

「オッケー。……ん?」

 士華が音に気付く。周囲を覆うかの様な破壊音に紛れて、妙な音が聞こえる。

 その微かな音の方角を耳を澄ませて聞き取ると、視線を向ける。

 途端に、ピンク色の髪の少女の表情が綻んでいく。

「武藤零二、あっちだ」

 零二は士華が指差す方へ視線を向ける、すると。


 それは上空から来るモノだった。

 パラパラパラと、その空を切る独特の音。

 ヘリコプターが降りてくる。

 余程操縦者の腕が良いのだろう、真っ直ぐに二人の元へと向かって来るそれから、バラッと縄梯子が降ろされる。

「乗って、急いで」

 誰かの声が聞こえる。

 躊躇する余地等無かった。彼らの足音へと物凄い速度で地割れが迫って来たのだから。

 跳躍した二人は縄梯子を掴む。

 それを確認したのか、ヘリは即座に上昇。

 そして、二人がいたはずの地面はアッサリと呑み込まれて、そこには大きな穴が穿たれるのだった。


 二人が梯子を登った先にいたのは一人の男であった。

 真名よろしく和装にその身を包み、穏和な顔をしたその男は、真名とは違ってコスプレだとは思われないであろう気品を醸していた。

 ただし、その顔色はお世辞にも健康そうには見えず、彼が恐らくは何らかの病気を患っているのはまず間違いないだろう。

 男はニコリ、と微笑むと口を開いた。


「ご無事でしたか、良かった」

「いやぁ、こっちこそ助かっちゃった。ね、武藤零二♪」

 士華も微笑みながら横に座る零二へと視線を向ける。一方の零二の表情は、相手を見定めるかの様に目を細めていた。

「シカ、悪ぃな。オレはそう簡単に他人を信用しねェ主義でさ。

 なぁアンタ、確認しときたいコトがあるンだけどさ」

「ちょ、失礼だろ」

 剣呑な雰囲気を醸す零二を遮る様に士華が立ち上がる。

 だが、男は微笑みを絶やさない。

「いえ、武藤さんの警戒も当然です。伺いましょう」

 あくまでも礼儀正しく言葉を返す。


「そうかい、ソイツはどーも。オレが聞きたいのはたった二つだけさ。まず一つだが、なンでアンタ……ココに来れたンだ?」

 零二からの問いかけに士華もハッとした。

 そう、清水寺周辺には一般人は近寄れないはずだ。

 元々の結界や、零二が展開したフィールド。士華とて万が一を考慮して展開していたのだ。

 零二は一層その目を細めながら問いかける。

「【たまたま】お空のお散歩してたって言ったりはしねェよな。

 …………アンタ一体誰だ?」


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