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その名はオオグチ

 

 彼は幾度も使役された。

 使役者はその都度に別。様々な気候条件の土地に、様々な色の肌に様々な音――言語なるモノを出す生き物に彼は使役された。

 彼がその生き物が人間なるイキモノである事を認識したのは幾度かの使役の後の事であった。


 使役者は様々な目的で彼を呼び寄せる。

 彼を細々とした雑事に用いたり、または儀式の為の供物としたり。または科学的な実験とやらに。人間なるイキモノは同類を捧げるのを厭うらしい。その代わりに他の種を躊躇なく捧げるらしい。

 そうして数え切れない回数、彼はその身を喪失した。

 ある時は焼かれ、ある時は粉々に粉砕され、

 彼は別段何も思わなかった。

 それがどういう目的であろうとも別に気にする事もない。

 何故ならば、彼にとって今の自身が消えようともに何の支障もない。

 それに、幾度となく現界、様々な知識を得てはこの身を滅ぼされていく事を繰り返す内に徐々に彼に変化が生じ始めた。

 使役者達はついぞ気付かなかったのだ。

 よもや使役したソレが得た知識を、同類達へと少しずつではあったが伝えていたとは。

 そうして彼は少しずつ、本当に少しずつ成長していくとは考え至りもしなかったのだ。

 使役者達は気付けなかった。彼が、常に異界と繋がっているとは。

 ”彼ら”にとってそれは進化とも云える事であった。

 彼、彼らは少しずつ己を進化させていく。その先にあるのは……。



 ◆◆◆



≪グギャアアアアアアアアア≫


 殺意に充ち満ちた凄まじい迄の咆哮は周囲の建物を軋ませ、木々や地面に亀裂を生じさせる。

 零二と士華もその勢いにじりじり、と身体が後退していく。吹き飛ばされないよう堪えるのが精一杯であった。

 零二が下唇を噛みながら、ボヤく。

「コイツぁ、マズイな」

 それは自身の状況も含めてのボヤきだった。

 熱操作による疲労が少しずつ蓄積していた。それに、ぶっつけ本番であったシャインダブルにクリメイションサード。

 シャインダブルは比較的消耗が少ない。しかし一時的とは言え、両の手を輝かせるのは想像以上に難度が高く、消耗を強いられてたらしい。

 それにクリメイションサードは自身の輝き、熱を一定時間後に炸裂させる技だが、これもまた精密な能力操作が必要である。

 追い込まれた事からやむ無しで使い上手くいった迄は良かったが、ここに来てその際の疲労が反動としてのし掛かってきたのだ。


「武藤零二、ひょっとしてキツいのかい?」

 士華はそんな零二の様子を察したのか、顔をしかめ、少し心配そうな声をかける。

 彼女もまた、事態の悪化を実感していた。


 この場に至る迄に真名から今回の一件について説明を受けた。

 真名は自身が知り得る限りの情報を公開。

 今回の事件を引き起こしていると、目される防人の名前に、恐らくは実行しているとおぼしき妖の名前。

 それから今回の一件にて黒幕として暗躍している名家の男の名前に至るまで。


 粕貝少年には待機する様に念押ししていたが、どうやらそれは正解であったらしい。ついさっきの藤原慎二を捕食した光景。そしてそこから起きている現状。獲物を喰らう事で即座に己を進化させるその怪物の名を彼女は聞いた事がある。

 だから、口を付いた。


「……【オオグチ】」


 ポツリと呟いたその言葉。


≪グゴオ、オオオ≫


 だが、その言葉に怪物は反応。獣の様な狂った咆哮を止める。

≪お前、ワシの名を知っておるのか?≫

 低い地の底から出ている様な声で、怪物は問う。どうやら理性は残ってたらしい。

 ”オオグチ”という言葉は、この異界よりの来訪者を示す固有名詞。この京都一〇〇〇年を越える歴史の中で幾度もその存在を示唆された妖の名。

 その妖は、万物を喰らい己が血肉へと還元する。

 その際に喰らった物の力を得て、より強く変化せしめる。

 どこまでも強くなるその妖を殺すのは極めて困難である

 だからこそ、その名前を聞いてはいても確信は無かった。

 今、繰り広げられた光景を目の当たりにするまでは。


≪ワシは確かにオオグチと呼ばれしモノよ。して、名を知った所で如何とするか? 今のワシはもう、そこなる小僧如きに遅れはとらぬ。小娘、貴様が相手をするとでも申すか?≫


 オオグチはかか、と笑う。

 巨大な蛞蝓状の怪物は、余程今の自身に自信があるらしい。


 はぁ、と嘆息すると士華が一歩前に進み出る。

 そして、

「武藤零二、もう少しだけ戦えるかい?」

 振り向く事もなく零二へ問いかける。

「全然平気だっつうの、……行けるぜ」

 零二は不敵に笑うと、全身から蒸気を吹き出し……飛び出していくのであった。


「オッケー。じゃあ二人でケリをつけようか」

 相棒の飛び出す姿を目にした士華もまたその身体を前のめりに倒すと突っ込んでいく。


≪くく、来い小生意気な小童に小娘よ。喰ろうてやろう。そして我が血肉へ成り果てるがよいわ――≫


 オオグチは大笑すると、その巨体を動か始める。

 ズリズリとした動きは先程から比較して鈍重そのものだが、どうやら余程今の自身に自信があるらしい。


「行くぜえぇぇェッッッッ」

 まず仕掛けたのは零二。全身から蒸気を発するや否や、一気に間合いを詰めていく。

「しゃあああああ」

 不良少年には小手調べをするつもり等毛頭ない。

 そもそも零二に余力はあまり残されていない。如何にここに至る迄に程よくイレギュラーを節約しようとも、効率よくエネルギー補給をしていようとも、今日一日で戦い、蹴散らした防人の数は一〇〇人を優に越えていたのだ。たった一人で戦い続けた反動は徐々にだが、確実に蓄積されていた。

 それがこの僅か数分で遂に限界を、体力及びに精神的疲労が底を尽き始めたのだから。

「せやっっっ」

 震脚の如き左足の踏み込み。ミシッ、という震動を生じさせる程の運動エネルギーを右拳へと伝える。右拳が瞬時に白く輝き、そしてその必殺の拳が炸裂する。

激情インテンス初撃ファースト――!!」

 オオグチは零二の速度に着いていけない。殆ど無抵抗に、右拳が相手の肥大化した胴体へと吸い込まれる。

 本来であればこれで終わりはずであった。

 だが、…………。


 零二の拳が違和感を覚えた。

 彼の白く輝く拳が、相手の肉体を貫けない。

 その熱は相手のあらゆる水分を瞬時に沸騰、蒸発、もしくは灼き尽くすはずであった。

 だが、その兆候が全く生じない。

 ゾブリ、という嫌な感触はまるで、…………!

(――ヤバいコイツぁ!)

 自身の危機を察知した零二が己が拳を引き抜きにかかる。

 だが間に合わない。オオグチの肉体はまるで粘土の様に零二の拳に絡み付き、離れない。

 この時、零二は確信した。このオオグチ、という怪物の”捕食方法”を。

 ジュワワ、という液体の音。

 ソレはオオグチの体内から聞こえた。

「くっそヤベッッ」

 零二は咄嗟に右腕全体を輝かせる。


 そこへ――士華が突進をかける。

 その手にはいつの間にか刀が握られている。

 零二の背を踏み台にして跳躍。宙を舞いながら刀を上段に。

「ハアアアアアッッッ」

 彼女はその小柄な体格からは想像だに付かない速度で愛刀である”虎徹”を上段から振るう。


≪ぐ、ごっがっががああああああ≫


 オオグチが叫ぶ。

 その身体がバッサリと切り裂かれ、零二を拘束する力が弱まる。その機を逃す事なく右拳を引き抜くと反転。零二は着地した士華の身体を包み込む様に抱えるとそのまま飛び出す。

 そのいきなりの行為に士華も驚く。

「ちょ、何だい?」

「いいから離れるンだよ」

 零二の目と言葉からは真剣さが伝わり、ピンク色の髪をした少女はこれ以上何も言わない。


≪ふざけよって、貴様らぁぁぁ≫


 オオグチの身体は、あっという間に元通りになる。士華の一刀も効果が無いかの様にすら思える。

 しかし、怪物はようやく気付く。

 自身の体内にあるソレに。

 閉じた腹内がぼう、と白く輝いている事に。


「ぶっ飛びな。クリメイションサード――!」


 零二の声に応じる様にオオグチの身体は白い輝きに満たされ――爆ぜるのだった。

 

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