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乱入者

 

「…………」

 その光景を見下ろす影があった。

 清水寺にそびえる三重塔の屋根の上。

 月明かりに照らし出されたその影は、眼下の出来事を凝視している。

 そう、地主神社では戦いが起きていた。

 当初は獲物であるあの少年が奮闘。二対一という状況にも関わらず優勢に事を進めていた。このままでマズイ、と思った。

 だから、意図せぬ形ながらも”介入”したのだ。

 これで彼の存在がここの結界の主に伝わったに違いない。

 あの瀬見老女は見た目通りの怪物だ。

 戦って負ける事は有り得ないものの、この介入が後々厄介の種にもなりかねない。

 とは言っても、ここでアレらが塵にされては元も子もない。

 だからあの介入はやむを得なかった、そのはずだ。

「ち、使えない連中だ」

 臙脂色のスーツを纏った男は、沸き起こる苛立ちを隠さない。

 本来ならば、もう片が付いてもいい頃合いだのに。

 なのに、未だたった一人相手に勝ち切れない事に心底腹が立つ。

「早く決着しろ、私の思い通りに動け――愚物どもめが。

 何の為にわざわざお膳立てしたと思っているのだ?」

 苦々しい口調でそう言いながら、男は……藤原左京は状況を見守るのであった。


 ◆◆◆


 零二の右拳が唸りをあげながら相手へと向かっていく。

 それを迎え撃つは、黒く染まった手を持つ藤原慎二。

 互いに譲らぬかの様に飛び出す。

 距離にしてほんの一〇メートル程。二人の踏み込む速度及びに歩幅を鑑みれば三歩から四歩で接敵であろう。


 一歩目、零二は右拳を引く。溜めを作るつもりだろう。

 藤原慎二は両の手を掲げると、背中へ回して隠す様にする。

 二歩目、零二は眼光鋭く相手を睨み付ける。

 藤原慎二はその相手の視線を受けるも、動じず前へ踏み込む。

 三歩目、零二の左足が地面へ。その鋭い踏み込みは中国武術でいう所の震脚の如し。

 藤原慎二は両の手を振りかざし、零二の首筋へと鋭い手刀を放った。

 そして四歩目。

 両者は交差する。

 零二は震脚の如き踏み込めからの右ストレート。

 藤原慎二は左右の手刀を、相手の首を落とさんと振りかざす。

 先に襲いかかるは白く輝く右拳。

 鋭い踏み込みから生じた動的エネルギーを加えた一撃が、相手の腹部を狙わんとする。

 だが、これは藤原慎二も予想出来た事態でもある。

 一度はこの攻撃で限りなくその命を、失うすんでの所にまで追い込まれたのだから。

 だから、手刀の軌道を修正。迫るその右拳を遮り、かつ反撃に転じようと試みた。

 左手で右拳を受け止め、残った右手刀で相手の首を刎ねる、というのが藤原慎二の思惑であった。

 その狙いは奏功する。零二の右拳を自身の左手が受け止める。

 ググ、と押されるものの、腰を落として耐える。

 当然、零二の右拳伝いに”熱”が左手から全身へと伝わる。

 これは本来ならば致命的なミスだとも言える。この熱が瞬時に全身のあらゆる水分や細胞を沸騰させ、肉体そのものをも蒸発させるのだから。

 だが、藤原慎二にはある種の確信があった。

 そしてそれは事実である事はすぐに知れた。


 結果として、彼の肉体は蒸発する気配がない。

 確かに熱そのものは感じるし、苦痛でもある。

 だが、それでも致命的な水分の沸騰には至らない。

 思わずほくそ笑む。これで確信出来た。自分の肉体があの小僧の熱に対して一定の耐性を備えているのだと。

 原因はハッキリとはしない。だが、考えられる可能性としては、

 一度あの熱に依ってこの身を焦がされ、死に瀕したのが原因なのではないのか。聞く限りでは深紅の零、つまりは武藤零二と戦って生き延びたものはいないのだそう。

 あれだけの目に遭っても尚、この肉体は生き抜いたのだ。それはつまりは、あの忌々しい熱に対するアドバンテージなのかも知れない、そう思っていたのだが、まさか図に当たるとは。


(勝てる、ぞ。私はこの小僧の熱に対抗できるのだ)

 そう、だからこそ彼は自身の勝利の可能性を、自信を深め、いよいよ首を刎ねようと手刀を下から袈裟懸けするかの様に振るう。

 ビュオン、と小気味いい風切り音と共に黒き刃の様な鋭利さで迫る手刀はそのまま相手の首を落とさんと迫った。


 彼は勝った、と思っていた。

 だが、いや、だからこそであろうか。

 藤原慎二は気付かなかった……否、気付けなかった。


 零二の右拳の違和感を。

 いや、それは正確ではない。

 現に零二の拳そのものの重みはいつも通りなのだ。


 正しくはこうだ。

 その右拳に宿りし熱量、白い輝きが弱いと。

 それは彼がもしも冷静でさえあったなら、或いは気付けたかも知れない。


 だが今、彼は気付けなかった、自身の勝利を微塵も疑いもせずにほくそ笑んでいた。

 だからこそ、彼は何故、窮地のはずの零二がその口角を吊り上げているのかが分からない。


 何故、自身の窮地を理解せず、あまつさえ余裕すら感じる笑みを浮かべるのかが。


「せやあああああ」


 声が轟き――衝撃が全身を一気に駆け巡る。


「ぐ……う、…………ぎゃあああああああああ」


 まるで獣の咆哮の様な凄まじい叫びが轟いた。



 何が起きたのか一瞬分からなかった。

 ただ、気が付けば何かが己の腹部を突き通している。

 それは手だ。有り得ない、と思い、視線を前に向ける。相手の右拳は止まったままだ。

(なら、これは……左、手なのか?)

 だが、おかしい。

 相手の左は向かっていなかった。仮に向かっていたとしても、だ。先に仕掛けたのは自身の右手刀。

 なのに、相手の左が何故先に到達したのか?


 そこで、はたと気付く。


 相手の左腕全体から蒸気が発せられている事に。貫かれた腹部が仄かに白く輝いている事に。

 そして零二の右腕、右手、いや拳よりも強い蒸気が左腕全体から吹き出ている事に。それが示す事実は一つ。

「か、加速した……のかぁ? なら、このみ、ぎ手はぁ――!」

「ああ、囮だよ」

 しゅん、と右拳から輝きが途切れる。

 そして代わりに、今度は彼の左腕全体が輝く。

 そしてその輝きは肘先に、そして更にその先へと移っていく。まるで生きてかの様に。

 ああ、と唸る元エリートの男の目が見開かれる。


 零二は不敵に笑うと「ブッ飛びな」と告げると、その突き通っていた左手を引き抜く。

 そして何事も無かったかのように背を向け、スタスタと歩いていく。

 隙だらけのその様子にも関わらず、男は動かない。

 いや、違う。動けないのだ。

 彼の目は自身の腹部へと注視されていた。

 自分の腹部が一層強く、――白く輝いている。

 何かが込み上げるのが分かる。とても強い何かが!


(これ、は……この光は――――!!!)


 彼の目が恐怖で見開かれていき――次の瞬間。

 藤原慎二の腹部は一層強く輝いて――――爆ぜた。


「【火葬クリメイション第三撃サード】」


 それは、零二自身の熱を、輝きを相手の体内で一気に炸裂させる第三の必殺技。

 タイミング自体は零二がある程度任意で操れる。つまりは一種の時限爆弾とも言える。

 藤原慎二は強かった。確かに彼の肉体は熱にも強かったかも知れない。

 実際、振り向いた零二の視線には、あの男が黒焦げになって倒れているのが写った。蒸発してはいない。大したモノだと思う。

 とは言ってもその上半身と下半身が腹部から千切れそうになっていて、ピクピク、とひくついていた。


「こ、小……ぞうめ――が………っ」


 それでも死んでいないというのはやはり普通ではないが、間違いなく戦闘不能のはず。とりあえず今はどうでもいい。

 何故なら、


≪グアアアアアアアア≫


 咆哮と共に残された怪物が飛びかかって来たのだから。

 その巨大な拳が叩き付ける様に振り下ろされ、零二は両手を交差して受け止める。

 ゾン、いう震動。巨体を活かしての拳の威力と重みで地面にヒビが入った。

 苦笑いを浮かべつつ、零二がボヤく。


「やっぱそう来るよなぁ」

≪舐めるな童、ワシを侮るなよ≫


 そう言いつつ異界の怪物は更に力を込める。

 ミシミシ、と受け止めている両手の骨が軋む。


≪このまま、潰して喰ろうてやろうぞ。こうなればもう抗う術は無かろうて、己一人で勝とうなど愚かにも程があるわ≫

「そうかよ、なら何で一斉にかかってこなかったよ?

 どうせ漁夫の利ってヤツでも狙ってたンだろうよ」

≪それがどうしたワシは誰とも群れぬ。それに、お前はもうこれで詰みだぞ≫


 怪物は己の勝機を確信し、笑う。

 だが、


「へっ、ソイツぁ……どうかなぁ?」


 零二はそう言うと悪戯っぽく笑う。

 少年は続けて言った。


「……オレが一人だなンていつ言ったよ?」


 と同時に何かが駆け抜ける。それは疾風の如く吹き抜けた。


 ザン、という音は何かが斬られた音。

 何か、大きな肉の塊が舞った。

 それは、生意気な小僧を潰さんとしていた己の手であった。

 怪物が叫ぶ。


≪な、なあああああああ≫


「待ってたぜ、シカ」

「ったく、君は一人じゃ何にも出来ないんだねぇ武藤零二♪

 ……お待たせ」


 そう言いつつ刀を引いたのはピンク色の髪をした少女、士華。


「さーてと、さっさと片を付けなきゃな」

「そだね、ここにいるもう一人を逃がしちゃマズイもの」


 二人は笑い合い、共通の敵へと視線を向ける。


≪オノレエエエエエエエエエ!!!≫


 怪物の怒りの怒号が轟いた。


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